仮面ライダー妖   作:ちくわぶみん

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第十一夜「犬の哭く夜」

頼人と晴矢がジドリくんと激しい攻防を繰り広げていたのと同じ頃──御景市の西側に位置する山の麓にて、2人の女子高生が山を見上げていた。

 

「ここに結界の起点があるのかい?」

「はい……この街を覆う結界を維持している四つの起点。その中の一つです」

 

真っ黒なセーラー服の上からチェスターコートを羽織った黒髪の少女、宵待黒海。

黄色い

セーターの上から白衣を羽織った栗毛の少女、颯音多貴子。

 

五行院御景支部に属する2人は今、黒結界の調査任務で、頼人達とは別行動を取っていた。

現状、立て直しを始めたばかりで人手不足な御景支部から、現地へ送り込める最大限の人員である。

 

「調査部の人達と合流次第、調査を開始します」

「ということは今、この場には何もいないわけだね?」

「一応、そうなります。ですがこの山に立ち入るなら、眼鏡は必ずかけてください。敵は結界に細工して本部の目を欺いた……私達が来る事も想定して、見張りを置いているはずです」

「既に敵地、というわけか。今回もよろしく頼むよ?」

「あっ!居ました~っ!」

 

突然の第三者の声に、2人は振り向く。

こちらへ向かって手を振りながら走ってくる、首からカメラを提げた少女の姿が見えた。

その後ろでは、黒いスーツの成人男性が息を切らしていた。

 

「あの二人かい?」

「そのようですね。1人は新人だと聞いてましたが……」

「騒がしそうな新人だねぇ」

 

少女は2人の前まで来ると、両目をキラキラさせながら口を開いた。

 

「研究部の天才研究生こと颯音多貴子さんと、“影使い”の宵待黒海さんですよね!!お会いできて光栄です!!」

「その通りだが、君は?」

「大阪支部所属、緋山美南です!よろしくお願いします!」

 

ハツラツと自己紹介をすると、緋山は2人に握手を求めた。

そこへ、彼女の後ろから付いてきていた黒スーツの男性がようやく追いつき、足を止めた。

 

「マッチさん、遅いですよ」

「ぜぇ……ぜぇ……ひ、緋山くん……俺を置いて……先に行くの……よしてくれないか……?」

「だって東京本部の有名人が2人も居るんですよ!?モタモタして居られないじゃないですか~」

『えんらえんら!マッチ、お前も取材に熱中してる時は美南とあまり大差ないぞ?』

「やれやれ……エンラに、言われてしまっては……返す言葉もない……」

「おや?」

 

不意に聞こえてきた声に、多貴子は懐から取り出した眼鏡をかける。

 

眼鏡を通して見る視界では、マッチと呼ばれた男の頭上に、狼のような形をした煙の妖怪が浮かんでいた。

 

煙々羅(えんえんら)か。本物は初めて見たよ」

『ん?嬢ちゃん、その眼鏡は……』

「私はこれが無いと、君たちが見えなくてねぇ」

「なるほどなるほど。霊感がないと聞いていたが、本当らしいね。いや、悪く言ってるわけじゃないよ。事実確認さ」

 

ようやく息が整った男は、背筋を伸ばすと自己紹介を始める。

 

「俺は出雲正親。千葉支部所属の祓人だ。こっちは相棒のエンラ。よろしく、お嬢さん方」

「出雲……ああ、あの出雲家の」

「そうそう。まあ、実家は優秀な弟妹達に任せてきたから、実質フリーの身なんだけどね」

「ふぅン……」

 

正親の物言いに怪訝そうな表情を見せる多貴子。

そこへ、黒海が興奮気味に割り込んだ。

 

「出雲先生ですよね!?」

「ん?君は?」

「お噂はかねがね。新作、買わせて頂きましたが、とても良かったです!」

「おやおや、君、まさか読者なのかい?」

「はい……!『妖怪団地シリーズ』の頃から読んでます!」

「へぇ、それはそれは。嬉しいねぇ」

「あの……後でサイン、頂いても?」

「勿論勿論。ファンサービスは僕のモットーだからね」

「おや、珍しいねぇ。黒海がこんなに饒舌になるとは……」

『当然やろ~。好きな小説本の作者さんが目の前におるんや。ウチやったら興奮のあまり2時間は話し込んでまうわ~』

 

キラキラと目を輝かせて本を取り出す黒海と、心做しか嬉しそうに応じる正親。

そして、相棒の思わぬ一面に驚く多貴子。

 

そんな多貴子の耳に、新たな声が届く。

 

声の方向に目をやると、美南の肩に乗る赤い猫の姿があった。

後ろ足の付け根の部分には、炎に包まれた小さな車輪が浮いている。

 

「緋山くん、その猫が君の相棒かい?」

「はい!火車のヒノコです」

「ヒノコや、よろしゅうな~」

「颯音多貴子だ、よろしく頼むよ」

「自己紹介も終わった事だし、そろそろ始めようか」

 

正親の言葉に、一同の表情が引き締まった。

黒海は両手に黒い手袋をはめ、美南はカメラに手を添える。

正親もポケットから古びたキセルを取り出すと、先陣を切って参道へと足を踏み入れた。

 

□□□

 

「調査部によると、御景市は今でこそ避暑地として知られた土地ですが、その反面で禁足地となっている山も多く存在してるらしいんです」

 

道すがら、調査部からの報告書を読み上げながら情報を確認する。

既に日は落ちており、参道には街灯1つないため、光源はそれぞれが持参したハンドライトやランタンのみである。

 

「禁足地ですか……。山に悪い妖怪でも住み着いていたんですか?」

「そこまではまだ、掴みきれていないようです。もしかすると、五行院も把握していない未登録の封印だったりするかもしれません」

「未登録か、実に心躍る響きだねぇ!」

「おやおや、天才科学者ちゃんもそういうのにロマン感じちゃう性質(タチ)なわけ?」

「そりゃあそうだとも!未知なるものを解き明かす瞬間、組み上げた理論に答え合わせをするその時にこそ生じるあの快感ッ!あれに勝るものはないよ」

「ッはぁ~~~、多貴子さんかっこいいですぅ~~~っ!!今のお言葉、記録しておきますね!」

 

美南は興奮気味に手帳とペンを取り出すと、すごい勢いで多貴子の一言一句をメモしていく。

 

「美南、こんな夜道で手元見とったら危ないで~」

「えんらえんら!躓いて転んだりするなよ~」

「はいはーい。気を付けま~す」

 

ヒノコは心配そうな声を上げ、エンラは笑いながら注意を促した。

 

「ところで、私たちは今どこへ向かっているんだい?」

 

多貴子からの質問に、黒海はスマホの地図を見せて答えた。

 

「この参道の先に、古い社があるそうです。結界の起点としては最適かと」

「社か……寺や神社と違って、管理が行き届いてない場合も多い。油断しないようにね」

「……どうやら、あちらから来てくれたようです」

 

黒海の言葉に、一同は足を止める。

全員の耳に聞こえてきたのは、低い、獣が唸るような声だった。

 

ライトの明かりを前方へと向けると、何かがこちらへとゆっくり向かってくる。

 

「野犬か?」

 

エンラが呟いた。

 

「皆気ぃつけや、あれただの野犬とちゃう!」

 

ヒノコが叫んだ時、野犬の顔がライトに照らされ、一同は息を呑んだ。

 

なんと、目の前に現れた大型犬サイズの獣の顔は……白目を剥き、犬歯を剥き出しにした中年男性の顔だったのだ。

 

「人面犬……!?」

 

反射的に構える一同。

現れた人面犬は、ボソリと口を開いた。

 

「……テン……ヨォ……」

「おい、この犬……何か……」

 

多貴子が気づいた次の瞬間だった。

 

「ナニ見テンダヨォォォォ!!」

 

人面犬は咆哮と共に、4人に向かって飛びかかった。

 

「うわっ!?」

 

咄嵯に身を屈めた美南の頭上を掠め、鋭い爪を振り下ろされた。

 

「危ない危ない……緋山くん、無事か?」

「ひえぇ……危うく首が飛ぶところでしたぁぁぁ……」

「多貴子さん、大丈夫ですか?」

「お陰様でね」

 

立ち上がり、慌てて正親の背後に隠れる美南。

一方、多貴子は黒海に腕を引かれ、庇われる形で抱えられていた。

慣れているのか、多貴子は平然とした態度でタブレットを手に取り、人面犬へと向けている。

 

「妖火の反応がない。どうやら式鬼(しき)の一種らしいねぇ。犬の特性を有しているなら、噛まれないように気をつけた方がいい。狂犬病の要領で、傷口から蝕まれる可能性があるからねッ!」

「ッシャアアァ!!」

 

言い終わるが早いか、人面犬は再び4人に飛びかかる。

 

人面犬の視線の先には美南。狙いを定め、凶爪が迫るその刹那──

 

「コラーッ!ウチの美南に何すんねん!!」

 

人面犬へと、ヒノコが車輪を投げつけた。

 

炎を纏いながら回転する車輪は、人面犬の顔面に勢いよく命中する。

 

「ギャオォン!?」

「ヒノコ、ナイス!」

「俺より早かった……やれやれ、出番がなかったね」

 

ヒノコに先を越され、呆然としている正親の前に出た美南は、人面犬に向かってカメラを向ける。

 

痛みと熱に悶える人面犬へとピントを合わせ、美南はそのままシャッターを切った。

 

「ギャアアアアアアアアッ!!」

 

人面犬は野太い悲鳴を上げると、闇に溶けるように消滅する。

 

「ふう……」

「何してんの美南、もう少しでお陀仏やったで!?」

「ありがとヒノコ、助かったよ」

 

ホッと息を吐きながら、こちらを振り返る美南。

一瞬の攻防に、多貴子と黒海は何があったか分からず、美南に問いかけた。

 

「今のは……?」

「そのカメラ、もしかして写霊機ですか?」

「写霊機?あの、妖怪を撮影する事で封じるという呪具かい!?」

「やっぱりご存知でしたか」

 

そう言うと美南は、写霊機を自慢げに掲げた。

 

「当然さ!今じゃ幻と言われる、旧世代の遺物だからね。実物は初めて見たよ」

「術師の家系ではない、新米の私にとっては唯一の武器です。旧世代の遺物と言われてますが、こう見えて現役なんですよ!」

 

多貴子は興奮気味に語ると、美南の持つカメラをまじまじと見つめる。

美南は封じた人面犬を確認しようと、写霊機を操作し始めた。

 

だが、黒海と正親は何か納得がいかないらしい。

周囲を見回して警戒する。

 

「2人とも、油断しないでください。これで終わりとは思えません」

「そうそう、こういうのって1匹みたら30匹は居るって言うじゃない?」

「マッチの言う通りだ……囲まれてるぞ」

 

エンラの言葉に、4人は思わず目を見開く。

 

改めて周囲を見回すと、茂みの奥や木の上からは、こちらをじっと見つめる二対の目がいくつも並んでいた。

 

「ありゃありゃ……これ、結構いるな……」

「これ全部、人面犬なんでしょうか……?」

「野犬の群れに囲まれた気分だねぇ……」

「皆さん、構えてください。ここからが本番みたいですよ……」

 

美南は再び写霊機を構え、多貴子は懐からガスバーナーのような形状をした拳銃を取り出すと、五行院のロゴが入った銀色のチャッカーをセットした。

 

「ウガァァァァ!!」

「シャアアァッ!」

 

人面犬たちは唾液を飛び散らせながら咆哮すると、一斉に飛びかかった。

 

□□□

 

「さてさて、野良犬退治だ」

 

正親は自分を取り囲む人面犬を見回すと、キセルを指先でクルクルと回した。

 

「グルルルァッ!」

 

咆哮と共に、一斉に飛びかかる人面犬。

だが次の瞬間、それらは勢いよく吹き飛ばされた。

 

「おやおや、まさか無手だと思っていたのかい?」

 

正親はニヤリと笑みを浮かべると、振り抜いたそれを構え直す。

 

「残念残念、俺の武器はこいつなのさ」

 

その手に握られていたのは、煤で形作られた黒い棒。

本能に任せて飛びかかる人面犬達の急所を的確に突き、横っ腹を薙ぎ払い、頭を打ち据えていく。

 

「動きが単調すぎる。もっと予想外の作戦とか、見せてくれないものかなぁッ!」

 

そう言って正親は、正面から接近してきた一体に棒を叩きつける。

 

だが、その人面犬は叩きつけられた棒を素早く回避すると、正親の喉元へと牙を剥いた。

 

「やっべ……」

 

正親が呟いた次の瞬間、人面犬の顔を白い煙が包み込む。

人面犬は力なく落下すると、全身を痙攣させ、やがて動かなくなった。

 

「危ない危ない。助かったよ、エンラ」

「えんらえんら!調子に乗るからだぞ、マッチ!」

「すまない。ちょいとスリルを求め過ぎたようだ」

 

軽口を叩きながらも、正親は煤棒を振るう手は休めない。

地面に落下し、あるいは木に背中を打ち付けて消滅していく人面犬。

 

いつの間にか、正親の周囲を囲んでいた人面犬は、あらかた片付いてしまっていた。

 

「さて、緋山くんの方を助けてやらないとね」

 

□□□

 

「宵待流闘影術……影爪(カゲヅメ)!」

 

黒海が両腕を交差させると、紫色のオーラが彼女の両手を包み込む。

やがてオーラは鋭い鉤爪のような形となった。

 

「見テンジャネェェェ……グワァゥ!」

 

人面犬の一体が、喉元に食らいつこうと飛びかかる。

黒海はすかさず、その顔面を引っ掻いた。

 

「ギャアアアッ!」

 

怯んだ隙を突き、地面に落下した人面犬に蹴りを叩き込む。

 

「ギャウッ!」

 

人面犬は悲鳴を上げ、傾斜を転がった。

しかし、黒海の背後に別の人面犬が迫っていた。

 

「ギャオオオッ!」

「たぁッ!!」

 

振り下ろされた凶爪を寸でのところでかわすと、黒海は人面犬に向かって拳を振るった。

 

纏ったオーラにより、向上した腕力から繰り出される拳が人面犬の身体を貫く。

更には貫手で、もう一体の急所を貫いた。

 

一定のダメージを受けると、人面犬は死体も残さず消滅していく。

だが、黒海の背後や真横からも、人面犬は迫ってきていた。

 

「ガウッ!」

「ウガアアアアッ!!」

 

死角からの同時攻撃により、黒海の動きを封じようと飛びかかる二体。

しかし、黒海は顔色ひとつ変えることなく、ただ一言呟いた。

 

防影(マモリカゲ)

 

直後、黒海の背後の空間に、墨汁を垂らしたような黒い波紋が広がる。

人面犬はそこに顔から突っ込んでいく。

 

黒い壁に鼻先が触れたその直後。人面犬の頭は、水面に沈むようにその場から消えた。

 

背後からの奇襲を防いだ黒海は、同時に右方から攻撃を仕掛けてきた人面犬へと狙いを定める。

飛びかかるために跳躍する、その一瞬を見極めると、黒海は虚空へ手を伸ばした。

 

「影掴み」

 

黒海の右手を包むオーラが手を離れ、まるで手首が伸びたかのように人面犬の方へと向かっていく。

影でできた手は巨大化し、人面犬の胴をがっちりと掴む。

 

「はああああっ!!」

 

そのまま、右腕を水平に振る。

影の腕は人面犬を掴んだまま、人面犬の群れを薙ぎ払った。

 

それから背後を振り返ると、パチッと指を鳴らす。

直後、防影に埋もれていた人面犬は勢いよく吹き飛ばされ、大木に身体を打ち付けられた。

 

「倒したのに妖火が残らない……全部使い魔ですか……」

 

□□□

 

「フフン。新兵器、アヤカシバーナーの威力を見よ!」

 

得意げに叫んだ多貴子は狙いを定め、トリガーを引いた。

 

銃口から発射された炎は人面犬に命中すると、体毛伝いに燃え広がっていく。

自ら発明した新兵器の威力に、多貴子は満足そうに笑った。

 

「ククク……計算に狂い無し。設計通りの威力だ!」

「グルルアァァァッ!」

「おおっと失礼」

 

頭上から飛びかかってきた人面犬へと銃口を向け、トリガーを長押しする。

すると放射状に放たれた炎によって、人面犬は炙り焼きにされてしまった。

 

「アアアアアア熱ィッ!?熱ィィィィィィッ!!」

「アッハハハハハ、火炎放射も設計通りに発射できている。素晴らしい成果だ!これなら量産も可能だろう!」

 

満足そうな表情を浮かべる多貴子。

しかし、彼女は発明の成果に夢中で気づかなかった。

 

背後から近づいてくる黒い影に。

 

彼女は本来、戦士ではない。ただの科学者なのだ。

気配を察知する能力や、死角からの奇襲に対する戦闘技能などは持ち合わせていない。

 

それでも迫る野生の殺気だけは、彼女に咄嗟の行動を促した。

 

「グワァァウッ!!」

「うわあ!?危ないじゃないか!?」

 

咄嗟に身を逸らした多貴子。

幸いにも、人面犬の凶爪は彼女を引き裂くことはなかった。

 

しかし、人面犬の群れは彼女を一番弱いと判断したのか、次々に押し寄せてきた。

 

「わああああ!?来るんじゃない!来ーるーなーよー!」

 

あまりの数に、多貴子は慌てて逃走する。

木の陰を盾にし、頭を下げることで飛びかかって来た人面犬を回避し、自分に接近したものから先にバーナーで燃やしていく。

 

そんな動きを繰り返していく内に、枯れ葉に隠れていた木の根に躓いてしまった。

 

「うわわ、しまっ……」

 

身を逸らそうとして、思わず尻もちをつく多貴子。

だが、転んだ拍子に彼女のメガネは目元を離れ、彼女の足下に落下した。

 

「ッ!?まずい、メガネを……」

 

拾おうとして、多貴子は絶句した。

彼女のメガネは、あくまで妖怪達を視認するためのもので、度は入っていない。

 

だが、彼女の眼はそれらをはっきりと映していた。

 

「この犬達……()()()()()()()()()()()()()()!?」

 

困惑する多貴子。だが人面犬はそんな彼女に構わず牙を剥く。

獲物が目の前で呆けているのだ。獣はそれを逃さない。

 

「ガアアアアアッ!!」

 

五体もの人面犬が、無防備な多貴子へと同時に襲いかかる。

絶体絶命。あわや御陀仏。命運ここに尽きたり。

 

そう思われたまさにその瞬間(とき)――黒海は叫んだ。

 

「ヤド!!お願い!!」

 

「仰せつかった!!」

 

若い男の声が響く。と同時に、紅葉積もる大地に落ちた多貴子の影から、何者かが姿を現す。

 

多貴子を庇うように立ちはだかった黒い影は、手にした錫杖で五体の人面犬を全て打ち据え、叩き屠った。

 

「君は……」

「多貴子殿、お怪我はございませぬか」

 

落ち着いた雰囲気の、男の声。

手渡されたメガネを受け取り、多貴子はその姿を認識する。

 

その姿は、闇に溶けるような黒い装束に身を包んだ修験僧のようだった。

目深にかぶった笠からのぞく口元は、白く美しい。

装束と同じくらい黒い長髪は、肩まで伸びている。

 

「すまないねぇ、ヤド。助かったよ」

「多貴子殿は黒海の大切なご友人。殺されてしまっては拙僧、悔やみに悔やみきれませぬ」

「ヤド、やっぱりこの数相手はしんどい……。片付けて!」

「承知、では」

 

人面犬と格闘しながら、多貴子の元へ向かおうとする黒海。

ヤドと呼ばれた妖怪は静かに首肯すると、右手で印を結び、錫杖をシャリンと鳴らした。

 

「沈め、影沼(かげぬま)

 

一瞬の静寂。その直後、人面犬たちに異変が起こる。

 

「グルゥ……?……ッ!?」

「オオ……!?アァァッ!?」

 

突如、人面犬たちの足下が沈下し始めたのだ。

まるで底なし沼にはまったかのように。足下から沈んでいく。

 

「あれは……黒海さんの契約妖怪!」

「何やねん!?あのけったいなまっくろ黒助!?」

 

木の幹に隠れながら写霊機を構えていた美南と、二つの車輪を投げつけ戦っていたヒノコが、思わず手を止める。

煤で形作ったクナイを投擲した正親は、美南たちの視線の先を振り向くと呟いた。

 

「これはこれは……影を自在に操る妖怪、『夜道怪』か」

「えっ……それ、夜最強じゃないですか?」

「ああ、間違いないだろう。影使いとは聞いていたが、なるほどなるほど……最高のパートナーじゃないか」

「えんらえんら!俺とマッチみたいにな!」

「ああ。今年の生徒は粒ぞろいと聞いていたが、これほどとはね」

 

一体、また一体と人面犬の姿が消えてゆく。

あっという間に、あれほどうるさかった人面犬達の吠える声は聞こえなくなっていた。

 

「お疲れ様です、ヤド」

「黒海こそ、よく一人で頑張りましたね」

「鍛錬の成果です。……多貴子さん、大丈夫ですか?」

 

黒海は多貴子の元に駆け寄ると、ライトで彼女の身体をあちこち照らす。

 

「ヤドのおかげでね。まあ、ドジを踏んだのは私だが」

「本当ですよ。そうやってすぐ調子に乗るんですから……」

「しょうがないだろう?実験が成功したんだから」

「はぁ……」

「二人とも、その辺で。今は急ぎましょう」

 

ヤドが二人を静止したところで正親とエンラ、美南とヒノコがやってくる。

 

「さてさて、本番はここからだ」

「そうですね……。あの人面犬、使い魔でしたし」

「つまり、あれを操っていた大本がいるってことですよね?」

「この先で待ち構え取るやろなぁ」

 

一同は参道の先を見つめる。目的の社はすぐそこだ。

 

「……行きましょう」

「ああ」

「いざ、決戦の地へ!」

「それ、ちょっと早くないかな?」

 

怪しげな気配漂う社へ。

四人と三体は気を引き締め、足を進めていった。

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