仮面ライダー妖   作:ちくわぶみん

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第十二夜「三つ首の人狗」

「うわ、ボロボロだな」

 

正親は社を見上げて呟いた。

 

ライトに照らされたそれは、かなり苔むしていた。

柱や屋根は腐食が激しく、一部は崩れ落ちてさえいる。

十数年近くは人の手が入っていないのではないだろうか?

 

「雰囲気としてはいかにも、という感じだねぇ」

「この何処かに、結界の起点が?」

 

多貴子と美南が周囲を見回しながら進む。

 

「皆さん、静かに……何か居ます」

 

最前列の黒海が足を止めた。

後ろの3人も足を止め、黒海に示された場所を見る。

 

そこには四つ這いの何者かが、ハッハッと短く息をしながら何かを貪っていた。

顔を動かす毎にクチャクチャ、グチャグチャという音が鳴る。

ペッと何かを吐き出す音の直後、カラカラと何かが転がる音が聞こえた。

 

野犬が獣を貪る音だろうか?

いや、その何者かは確かに犬のような後ろ姿をしてはいる。

 

だが美南の写霊機は、それをただの野犬とは認識していなかった。

 

ここからどう動くか決めようとして……正親が音もなく背後に接近し、黒煤の長刀を振りかぶった。

 

「シィッ!」

 

石畳を打つ硬い音が、闇夜に響き渡る。

不意打ちで仕掛けた一撃は軽々と躱され、貪られていたイノシシの亡骸だけが真っ二つになった。

 

「食事中なの、見てわかんねぇのか?」

 

ガラの悪い、ふてぶてしい声だった。

発しているのは、その野犬で間違いないだろう。

 

「殺す気で狙ったのに避けられるとは。野生の勘かな?」

「こちとらお犬様だぞ?人間如きが殺せると思ってんのか」

 

口周りを血だらけにした野犬はそう言うと、二足歩行で立ち上がる。

 

細身だが成人男性ほどはある体躯。二足歩行できるようになった大型犬、という印象を受ける立ち姿。

ボロボロに擦り切れ、体毛が覗くビジネススーツ。

首に巻かれた厳つい首輪と、身体に巻き付いた多くの鎖。

 

そして青白いその顔は、鼻から口までが三角を描いて飛び出しており……犬の顔と人間の顔を、上下に分けて縫い合わせたような様相となっていた。

 

「あれが、人面犬……!?」

「さっきまで戦ってたやつらと全然違うじゃないですか!」

「バカめ、同じなわけねぇだろうが。俺はただの人面犬じゃねぇ……」

 

そう言った人面犬は、全身をこわばらせながら低く唸る。

 

直後、人面犬の身体に異変が起きた。

肩にあたる部分が何やら不気味に蠢き、そこから何かが生え始めたのだ。

 

両肩から生えてきたそれは、犬の頭のような形をしていた。

それもただの犬ではない。左右それぞれ一部分だけ、人間の顔になっている。

否、人間が犬に変えられていく途中で止められたような、グロテスクな状態だ。

 

やがて三つ首へと姿を変えた”それ“は名乗った。

 

「人面ケルベロスだ。その一つしかねぇ脳ミソに叩き込めッ!」

 

次の瞬間、人面ケルベロスは正親の目の前に立っていた。

暗闇の中、伸ばされた爪がギラリと輝く。

 

「ぐぅッ!?」

 

咄嗟に防御の構えを取った正親は、後方へ勢いよく吹き飛ばされる。

 

「出雲先生!」

「マッチさん!」

「大丈夫かい!?」

 

鳥居の柱に背中からぶつかった正親に駆け寄る3人。

正親はよろけながらも立ち上がった。

 

「サンキュー、エンラ。今のは危なかった」

 

正親の背後から、エンラが顔を覗かせる。

どうやらぶつかる直前、自分の体をクッションにしたようだ。

 

「正親、こいつ強いぞ」

 

エンラは渋い顔で正親に話しかける。

先程までとは打って変わった、真面目な声音だ。

 

「四級くらいかと思っていたけど……やれやれ、見積もりが甘かった。この速さ、三級か」

「んじゃ、本気でかかるか」

「ああ、やるぞ」

 

エンラがアヤカシチャッカーへと戻り、正親は懐から取り出したドライバーを腰に巻く。

 

「ヤド、私たちも」

「御意に」

「うわぁ!?まだそこに居たのかい!?」

 

多貴子の影から現れた夜道怪もまた、黒海の手のひらに握られたチャッカーへと身を移す。

 

「ヒノコ!私たちもいくよ!」

「よっしゃ!いてこましたるでぇ~!」

 

ヒノコも空中で一回転すると、美南のチャッカーへと入っていった。

 

『オクリビドライバー!』

『キャンドライバー!』

 

ドライバーを巻いた3人は、それぞれのチャッカーを片手に握りキャップを弾く。

 

『着火!エンエンラ!』

『着火!ヤドウカイ!』

『着火!カシャ!』

 

チャッカーがドライバーに装填され、3人の契約妖怪の名前が入った待機音が鳴り始める。

 

『エ~ンラ、エンラ!エンエンラ!エ~ンラ、エンラ!エンエンラ!』

『カイ……カイ……カイ・カイ・カイ!カイ……カイ……カイ・カイ・カイ!』

『カーシャカッシャ、カッシャッシャ!カーシャッカシャ、カッシャッシャ!』

 

正親はペンを握るような構えで右腕を水平に動かし、

 

黒海は顔の横で猫の影絵ができるように手を組み、

 

美南は両手の指で長方形を作り、カメラのように覗き込んだ。

 

「「「変身!!」」」

 

『妖火意列火!』

『妖火意点火!』

 

声を揃えてレバーを引く。

ドライバーから吹き出した妖火が、三人の身体を包み込んだ。

 

『ご縁ら!燃えんら!?ええんら!!煙々羅ァ~!!』

暗晦(あんかい)斎戒(さいかい)!奇々怪々!何か用かい?夜道怪!!』

『ド~タバッタ、RAN RAN RAN!Gotcha(ガッチャ)!行脚!火車シャ!』

 

韻を踏んだ変身音と共に、3人のライダーが並び立つ。

 

「まさかお前ら、3人揃って仮面ライダーか?」

 

驚く人面ケルベロスに、ライダー達はそれぞれ名乗りを上げた。

 

「さてさて、一服付き合ってもらおうか」

 

出雲正親が変身したのは、青い複眼が光る灰色の狼面と煙の描かれた白羽織に身を包んだ仮面ライダー。

その名も仮面ライダー狼煙(ノロシ)

 

「さぁ、撮影開始です!」

 

緋山美南が変身したのは、緋色の複眼を持つ三毛猫面に、炎と車輪が描かれた白い羽織を纏い、肘や膝をプロテクターで覆ったライダー。

仮面ライダー炎輪(エンリン)という名の通り、その両足にはローラースケートが装着されていた。

 

「……今宵が貴方の峠です」

「今の間は『私も決めゼリフ言った方がいいのな?』って迷っていたね?」

「ッ!多貴子さんは隠れていてください!」

 

そして、宵待黒海が変身したのは、漆黒の袈裟に身を包み、目深に被った編笠の奥から黄色い目が覗く仮面ライダー。

名を仮面ライダー戒淵(カイエン)

 

3人のライダーを前に、人面ケルベロスは不敵に笑った。

 

「3対1……だとでも思ったかよォ!!」

 

直後、ケルベロスの両肩が膨らむように蠢き、何かが現れる。

現れたそれらはどんどん形を変え、ケルベロスと同じ姿形へと固まっていく。

 

「1人ずつ相手してやんよ!」

 

3体に分裂したケルベロスは長い鉤爪を、鋭い牙を光らせると、ほぼ同時に飛びかかった。

 

□□□

 

「グルルルルァァァァッ!!」

「おおっとっとっとっ、とぉ!」

 

鉤爪による連撃を、炎輪は華麗なバックステップで回避していた。

 

否、正確にはバックステップではない。

両足のローラースケートで後ろ向きに滑走しているのだ。

それも、人面ケルベロスからの攻撃を次々と躱しながら。

 

「そんなんじゃ当たらないですよ~」

「ちょこまか、してんじゃ、ねぇッ!!」

『美南ぃ!あんま調子乗ってると、転んでまうで!』

「分かってるって~」

 

相棒からの忠告に軽く応えながら背後を振り向く。

 

そこには、そびえ立つ樹木が行先を塞いでいた。

 

「やっば!?」

「死ねやぁぁぁぁッ!!」

 

背後に障害物。袈裟懸けに振り下ろされる鉤爪。

たとえ直撃を避けても切断された木の下敷きとなり、隙を作ってしまう事になる。

 

絶体絶命の状況、致死の刹那に響いたのは……相棒の声だった。

 

『左斜めにイナバウアーや!!』

「ッ!でりゃあああああッ!!」

 

咄嗟に重心を前方斜め左へと傾け、上半身を限界まで逸らしながら前進する。

 

直後、背後で樹木が倒れる音が轟く。

炎輪の身体はケルベロスの左脇をすり抜け、背後を取っていた。

 

『今や!かましたれ!!』

「炎輪・逆廻(さかまわ)しッ!」

 

炎輪は体をひねりながら体勢を戻すと、手元に出現させたチャクラムを反時計回りに回転させ、ケルベロスの背中を逆袈裟に切り裂く。

 

「グガッ!?」

「もういっちょ!炎輪・前廻しッ!」

 

悲鳴を上げて振り返ったケルベロスへと、続けて時計回りに回転するチャクラムを叩きつける。

 

「ガッ!?」

「続けて三コン……」

「三度目の、ってなぁッ!!」

 

更に一撃叩き込もうと振り下ろされたチャクラムを、ケルベロスは鉤爪を交差させて受け止める。

 

回転するチャクラムが爪とぶつかり、ギャリギャリと火花を散らした。

 

「やっぱり、そう簡単には倒されてくれませんか……!」

「調子乗ってるクソガキほど、いたぶるのが楽しそうだよなぁッ!!」

 

□□□

 

「グルルルァァァッ!!」

「はぁ……ッ!」

 

戒淵の方へと向かってきたケルベロスは、両腕に幾重にも巻き付けられた鎖をムチのように振り下ろす。

 

戒淵はそれを難なく躱しつつ、ケルベロスの懐に入ろうと踏み込んだ。

 

「甘ぇッ!」

「ッ……!」

 

しかし、ケルベロスもそれは読んでいるようで、戒淵が繰り出す打撃を両腕でガードする。

腕に巻かれた鎖は硬く、鎧のようにケルベロスの身体を守っていた。

 

全身を包むスーツと影爪(カゲヅメ)越しにでも伝わる痛みと痺れに、思わず怯む。

 

その隙を見逃さず、ケルベロスは戒淵の横っ腹に蹴りを叩き込んだ。

 

「ぐぅ……ッ!?」

 

勢いよく横に吹っ飛ばされていく戒淵。

ケルベロスは素早く追従すると、無防備な戒淵へと鎖を振り下ろし、地面へと叩きつけた。

 

「が……ッ!」

 

地面に叩きつけられ、地に伏す戒淵。

ケルベロスはそれを見下ろしながら、両腕から伸びる鉤爪を鳴らした。

 

「犬は猫や人間と違って、獲物を弄ばねぇ。これでトドメだッ!」

 

突き出された鉤爪が、戒淵の身体を刺し貫く。

 

訪れる静寂。動かなくなった獲物の姿。

ケルベロスは勝利を確信しニタリとほくそ笑む。

 

「存外、あっけなかったな。噂の仮面ライダーもこんなもんかよ。楽勝じゃねぇか」

 

これなら残りの2人もすぐだな、と言いかけて。彼はある違和感に気がついた。

 

「……あ?……おい、どうなってやがる!?」

 

腕を引いても、戒淵の身体から爪が抜けなくなっていたのだ。

 

「どうして……こいつの死体、爪から抜けねぇんだ!?」

 

違和感に気づいた時はもう遅い。抜けなくなった爪の先端から、泥のような何かがベタベタと腕を飲み込んでいく。

 

何かがおかしい。目を凝らして自分の腕を見たケルベロスの視界に映ったのは……一面の黒。

 

戒淵ではない。戒淵によく似た姿形をした影だけが、形を崩しながらケルベロスの腕に絡みついていた。

 

「宵待流闘影術・映身(ウツシミ)……あなたが貫いたのは、私の姿を映した影です」

「うわああああああッ!?」

 

背後から聞こえた突然の声に、思わず悲鳴を上げるケルベロス。

そこには、無傷の戒淵が佇んでいた。

 

「俊敏さに大層自信があるようでしたので、動きを封じさせてもらいました」

「テメェッ!?い、いつの間に入れ替わりやがった!?」

「さぁ?そこはご想像にお任せします」

 

戒淵はドライバーのレバーに手をかけ、押し込んだ。

 

『妖火チャージ!妖火意転カーイ!』

「よ、よせ!来るな、来るなぁぁぁ!!」

 

バックルが閉じ、ベルト内部にチャッカーから溢れ出した妖火が充填されていく。

紫色の、影のように揺らめく炎が彼女の右足を包み込んでいく。

 

ケルベロスの眼前で、戒淵はそのままレバーを引いた。

 

『ヤドウ必殺!妖火意ブースト!』

 

「宵待流闘影術……奥義・影湖征酔(エイコセイスイ)!」

「ギェアァァァァッ!?」

 

繰り出された華麗な回し蹴りが、ケルベロスの顔に命中する。

 

ケルベロスは横薙ぎに吹っ飛ばされ、地面を転がっていき……。

 

「おやすみなさい」

 

そして、最後は炎に包まれ爆散した。

 

「……さて、残りの2体を──」

 

正親と美南の援護に向かおうと、振り返る戒淵。

そこで彼女は、あることに気がついた。

 

「随分と、社から離されていたんですね」

『黒海、どうやら奴の術中にはまったようだ』

「ッ!?まさか、狙いは私達の分断!?」

 

黒海の脳裏をよぎったのは、社に残っていた仲間の顔だった。

 

□□□

 

「そらそらそらそらッ!!」

 

狼煙は袖口から煙を放出し、その煤を固めて形成した長刀『煤祓(ススハライ)』を振るい、ケルベロスと切り結ぶ。

素早い動きから放たれるひっかき攻撃に狼煙は難なく対応し、時に視界を煙に巻いては、隙あらば踏み込もうとする。

 

「お前、人間にしちゃあいい動きだ」

「伊達に祓人やってるわけじゃあないんでね。ハァッ!」

「シャアッ!」

 

しかし、ケルベロスも負けてはいない。

爪や牙での攻撃は有効打にならないと判断するや、バックステップで距離を取る。

 

直後、ケルベロスは大きく息を吸い込み、口をガバッと開いた。

 

「アオォォォォォォォォォォォン!!」

「なっ!?これは……!」

 

ケルベロスの咆吼が超音波となり、狼煙を襲う。

全身がビリビリと痺れ、周囲の空気が強いプレッシャーとなってのしかかる。

 

思わず長刀を取り落とし、耳を塞いだ。

動くことが出来ない、その一瞬生じた隙を突いてケルベロスは石畳を蹴った。

 

「隙ありッ!」

「ぐうッ!?」

 

ケルベロスの拳を顔に受け、狼煙は大きくのけぞる。

 

「さらに二発、三発ッ!フィーバータイムだ!」

「がっ!?ごぉっ!?」

 

拳、拳、さらには腹部に膝蹴り。

体勢が崩れた狼煙は、ケルベロスの攻撃を受け続ける。

 

胸ぐらを掴み、間髪入れずの連撃。加えて超音波で痺れて動けなくすることで、反撃の隙を与えない。

相手に余力を残させなず、自らの手で確実に仕留める戦い方だ。

 

やがて狼煙は、石畳を力なく転がった。

 

「ハッ、こんなもんかよ。まあ、結構頑張ったんじゃねぇか?」

「う……くっ……」

 

唸るような声を漏らし、立ち上がろうとする狼煙。

それを見下ろして、ケルベロスはせせら笑った。

 

「もう声もだせねぇか。ざまぁねぇ……あぁん?」

 

しかし、狼煙はまだ立ち上がろうとしていた。

取り落とした長刀を石畳に突き立て、それを杖に身体を起こす。

 

「まだ……まだだ……!俺は……まだ、立てるぞ……」

「……ハッ、強がるんじゃねぇよ。内臓から血ぃ出てるだろ?臭いで分かる。常識的に考えて、まともに動ける身体じゃないだろ」

「いいや……まだ、だね」

 

狼煙の仮面の奥から除く眼が、ケルベロスには見えた気がした。

強い意志でこちらを見据え、反撃のチャンスを掴もうとする眼が。

 

「鎖で繋がれた犬っころなんかに……俺は負けない」

「……テメェ、今なんつった?」

 

狼煙からの言葉に、ケルベロスの耳が一瞬ピクッと動く。

聞き捨てならない言葉だったのか。癇に障ったようなその反応を見て、狼煙はもう一度、ゆっくりとその言葉を繰り返した。

 

「鎖で、繋がれた、犬畜生風情に、負けるわけがないって言ったんだこの骨なしチキン野郎!」

「この俺が畜生風情だとぉッ!」

「そうともそうともッ!君、さっき自分をお犬様だの人間風情より上だの言ってた割には、その格好はなんだ?えぇ?首輪と鎖だらけじゃあないか!自由がない、繋がれる身分で大口叩いてイキってるとは滑稽滑稽!実に愉快だ、面白い!」

「ッ!!テメェ!!」

「それに、弱い犬ほどよく吠えるって言うよなぁ~?強い言葉ばっか使ってるのは、弱い自分を隠すためのハッタリなんだろ?」

「黙れぇぇぇぇぇッ!!」

 

次の瞬間、ケルベロスは狼煙の眼前に立っていた。

その左手は狼煙の首を掴み、高く掲げている。右手は指をまっすぐ揃え、貫手の構えを取っていた。

先ほど切り結んだ時の速さで突き出せば、一瞬で狼煙の身体を貫けるだろう。

 

「死ねッ!その後でお前の屍を踏みつけてやるッ!」

「やってみろよ」

 

だが、狼煙はこの状況でなお冷静だった。

首を捕まれた状態で、ケルベロスの方を見下ろしている。

 

その姿がなおさら腹立たしかったのだろう。ケルベロスは歯ぎしりすると、唾液を撒き散らしながら叫んだ。

 

「死にさらせぇぇぇぇぇぇッッッ!!」

 

 

 

 

 

「かかったかかった」

 

次の瞬間、社に銃声が響き渡った。

 

煙が上がっていたのは、狼煙の右腰。

弾が命中したのは、ケルベロスの腹部だった。

 

「なん……だとぉ……ッ!」

「ゲホッ、ゲホッ……ふぅ、かかってくれて嬉しいよ」

 

ケルベロスの手を離れ、狼煙は咳き込みながらも着地する。

 

右腰から引き抜いたのは、妖狐のキツネビシューターに似た形状だが、狼煙の面と同じ煙狼の顔が象られた銃だった。

 

『エンラショットー!』

 

「ぜやぁッ!」

「ぐうッ!?」

 

蹴りを入れられ、今度はケルベロスが後方へと大きく吹っ飛ぶ。

ケルベロスは困惑しながらも、狼煙を睨みつけた。

 

「どういう、ことだ……!?」

「いやぁ、君の言葉遣いと戦い方から、君は煽られると弱いんじゃないかと推察してね。強い言葉で他人を見下すのは虚勢の表れ。ここにたどり着く前に差し向けてきた式鬼も、相手を動けないようにしてから一方的に嬲る戦い方も、臆病さの裏返しなんだろう?」

「……ッ!?」

「おやおや、図星かい」

 

そう言いながら、狼煙はドライバーからチャッカーを引き抜き、エンラショットーに装填する。

 

「決め手はその鎖と首輪だ。妖怪の在り方を決定づけるのは、人々の認識と想念(イメージ)だ。人面犬が鎖に繋がれていた、などという話は聞いたことがない。とすれば、その鎖は他人のイメージではなく、君自身に由来するものなのだろう?」

「お前は……いったい、なんなんだ……!?」

 

ことごとく言い当てられたためか、ケルベロスは困惑し後退る。

対する狼煙は銃口を向け、静かに名乗った。

 

「小説家の観察眼を、甘く見ないでもらおうか」

『着火!エンエンラ!エンラ必殺!』

「くッ……!」

 

逃げ延びようと跳躍するケルベロス。

しかし、その両足が石畳を離れることはなかった。

 

「なッ!?」

 

狼煙を取り巻くように表れた四体の煙狼が、ケルベロスの両手足に喰らいつき、拘束していたのだ。

 

狼煙終煙弾(のろししゅうえんだん)!」

 

放たれた最大威力の弾丸が、ケルベロスの身体を貫く。

 

「ギャアアアアアアアアッ!!」

 

 

 

 

 

 

「これにて完結、っと」

 

断末魔の叫びと共に、ケルベロスが爆散する。

狼煙はエンラショットーをホルダーに戻すと、先ほどまでケルベロスがいた地点を見回した。

 

「……おかしい。残火が残らないのか?」

「実際見るのは初めてかい?」

「颯音くん……。君は知っていたのか?」

「私は実際に交戦した仲間に話を聞いたからねぇ。あまり驚きはしないよ」

 

振り返ると、鳥居の陰に身を隠していた多貴子が、タブレットを操作しながらこちらへ歩いてきていた。

 

「昨日、うちの晴矢と新入りが撃破したヤマノケだが、倒しても残火が残らなかったらしい。代わりに黒いチャッカーが残されていたようなんだが、その辺に落ちていないかい?」

「黒いチャッカー?」

 

そう言われた狼煙は、足下を見回す。

だが、石畳のどこを見てもそれらしいものは見当たらない。

 

「そういえばあの怪異は分身、いや、プラナリアみたいに分裂していたねぇ」

「まさか、緋山くんか宵待くんの方が本体なのか?」

「可能性は高いねぇ。或いは――」

 

多貴子がそう言いかけた時だった。

 

「それ以上動くな。こいつが死ぬぞ」

 

倒されたはずのケルベロスが、多貴子の喉元に爪を突き付けていた。

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