「颯音くんッ!」
「噂をすれば何とやら……かな?」
倒されたはずのケルベロスが、多貴子の喉元に爪を突き付けていた。
いや、正確には炎輪と戦っていた個体である。どうやら炎輪を引き離してきたらしい。
「やれやれ、人質とはいかにも……」
「黙れ小説家。お前の弾丸より、俺様の爪の方が素早くこの女を貫くぞ」
「……言うじゃないか」
「多貴子さんッ!」
そこへ戒淵の声も響く。
「黒海……すまない、見ての通りだ」
「お前も動くんじゃないぞ、影使い。お前ら、そのベルトを外してこっちへ投げろ」
「な……ッ!?」
ケルベロスからの要求に、三人は息を呑む。
「……ベルトを外せば、颯音くんは返してくれるんだろうな?」
「何言ってんだ。せっかくの人質を、そんな簡単に返すわけねぇだろ」
さも当然というように、ケルベロスはそう答えた。
戒淵は吐き捨てるように呟く。
「最ッ低ですね……」
「オイオイオイ、いいのか?お友達が使い切りの新作噴水彫刻になっても?」
「黒海……」
多貴子の喉元に、爪の切っ先が迫る。
戒淵を見つめる彼女の瞳は、言葉にしなくとも何かを訴えているようだった。
「……分かりました」
「……やれやれ、従うしかなさそうだ」
顔を見合わせると、狼煙と戒淵は各々のドライバーに手をかける。
手を伸ばすのはレバーではなく、ドライバーの留め具の方。
下手に動けば仲間が死ぬ。二人に選択権はなかった。
……あくまで二人には、だが。
「そういえば」
突然、多貴子が強調するように大きな声で言った。
「人面ケルベロスくん、だっけ?君、もう一人のライダーはどうしたんだい?」
「あぁ?」
「なに、少し気になってね。彼女は新人だが、機動力は我々の中でも随一だったはずだ。どうやって振り切ってきたのか、教えてはくれないか?」
ケルベロスは一瞬、怪訝そうな顔をしたが、すぐに答えを返す。
「ああ、あのマヌケそうなやつか。アイツなら、俺様に一撃入れられたからと調子に乗って加速したもんだから、止まれなくなって山の麓まで滑り落ちていったぜ」
「ふゥン……ククク、そうか……」
それを聞いた多貴子は、口角をつり上げた。
「ククク……アーッハッハッハッハッハ!アッハハハハハハハハハハハハ」
「な……何が可笑しい!?」
タガが外れたように笑う多貴子に、ケルベロスは困惑する。
すると、多貴子は目線だけをケルベロスの方へ向けると、笑い混じりに言った。
「これは傑作だねぇ!まさか……まさかそこまで浅はかとは」
「どういう意味だ?」
「だって、ねぇ……弱そうだからトドメを刺さずに放置するなんて迂闊すぎるよ、君」
次の瞬間、ケルベロスの後頭部を強烈な衝撃が襲った。
「があッ!?」
『今だ正親!』
「ああッ!」
ケルベロスが多貴子を手放したその一瞬。狼煙が自身の身体を煙へと変化させ、多貴子を包み込む。
煙化した狼煙はケルベロスの腕をすり抜け、社の前で再び実体化した。
「大丈夫かい、颯音くん」
「いやぁ、正直ヒヤヒヤしたねぁ。でも、しっかり間に合わせてくれたねぇ……騒がしい新人は」
石畳に降ろされた多貴子は、そう言って空を見上げる。
そこには月光を背に受けて鳥居に降り立つ、仮面ライダー炎輪の姿があった。
「多貴子さん!お怪我はありませんか?」
「おかげさまでね!最高のタイミングだったとも!」
炎輪は手元に戻ってきたチャクラムを握ると、社から飛び降りる。
両足のローラースケートに炎が灯り、彼女はフワリと降り立った。
「嫌な予感がしたので、空を飛んでカッ飛ばしてきたらあの場面で、驚きましたよ」
『怪我の功名って言うんか?タイミング良すぎやわ~』
「ククッ、君は面白いねぇ」
「多貴子さん!」
呼ばれて振り返ると戒淵……もとい黒海が駆け寄ってきていた。
「おや、黒m――」
名前を呼ぶ前に、抱きしめられていた。
思わず閉口してしまう。
「よかった……」
「……すまないねぇ、心配させてしまって」
「……許しません」
ポソリ、と。そう言って戒淵は、多貴子から離れる。
そして怒りを絞り出すような声と共に、人面ケルベロスを睨みつけた。
「あなたは私の友達に手を出した……。絶対に、許しません!!」
「黒海……」
黒海の表情は、仮面越しでも分かるほど激しい怒りに満ちていた。
全身を循環する妖火が闘気のように立ち上り、夜闇の中で輝いている。
「許さない、だと?それは俺のセリフだ!どいつもこいつも、俺をコケにしやがって!お前ら全員喰い散らかして、犬の餌にしてやるッ!!」
一方、ケルベロスの方も怒りのボルテージが頂点に達していた。
目を血走らせて叫んだケルベロスの両肩には、再び二つの頭が出現する。
そしてケルベロスは、再び3体へと分裂した。
「黒海、緋山くん、マッチくん」
「俺、一応年上なんだけどな……」
正親のボヤキを完全にスルーして、多貴子は三人にタブレットを見せる。
「奴はどうやら、3体同時に倒さなければ残った首から再生する特性があるようだ」
「ということは、奴への必勝法は……」
「三人同時に必殺技!ですね!」
「それなら、私に考えがあります」
三人のライダー達は、ケルベロスの方へと向き直り、それぞれ必殺の構えを取った。
「「「何を企んでるかは知らねぇが……まとめて八つ裂きにしてやらぁぁぁ!!」」」
分裂した三体はそれぞれのタイミングで走り出し、飛びかかり、そして咆吼するべく息を吸い込んだ。
ケルベロスらによる連係攻撃が繰り出されるかに見えた、まさにその時。
「ヤド、手加減しないで」
『承知ッ!』
戒淵が印を結ぶように両手を組んだ。
「宵待流闘影術、影縛り」
両手指を交差させ、網目を作る印。
直後、ケルベロスらに異変が起こる。
「な、なんだこりゃぁ!?」
「ま、またこれかぁぁぁーーーッ!?」
「むぐッ!?むぐぐむぐ!?」
ケルベロス達は自分の影に縛られて動けなくなっていた。
戒淵が組んだ印の通り網目状になった影が、ケルベロスの全身を縛り付けている。咆吼しようとしていた個体は、口まで塞がれてしまっていた。
「皆さん、今ですッ!」
「さっすが黒海さん!カッコイイです!」
「宵待くん、中々容赦ないね……」
三人はそれぞれ、ドライバーのレバーを押し込む。
『妖火チャージ!妖火意転カーイ!』
『えんらえんら!決めるぜぇ!』
『妖火チャージ!妖火意全カーイ!』
『やったるで~美南!』
それぞれの妖火が足に充填されていく。
狼煙は煙となって大空を舞い、炎輪は天高く放り投げた車輪と共に大回転。そして戒淵は、両手で犬の印を結ぶと、空高く跳躍した。
『エンラ必殺!妖火意ブースト!』
「
『カシャ必殺!妖火意バースト!』
「
落下の勢いを乗せ、または回転の勢いのままに飛び蹴りを放つ狼煙、炎輪。
そして――
『ヤドウ必殺!妖火意ブースト!』
「宵待流闘影術、奥義改ッ!
『オオオォォォォォォッ!!』
巨大な犬の影を両足に宿し、敵を喰らう飛び連続蹴りを決める戒淵。
「「「ひッ、ひぃぃぃぃぃぃぃッ!!」」」
ケルベロスらの身体を貫き、着地するライダー達。
三大ライダーのライダーキックを受け、三体の人面ケルベロスは同時に爆散するのだった。
□□□
「黒いチャッカーを回収。あとは――」
人面ケルベロスを撃破した後、四人は社の裏手に来ていた。
多貴子の視線の先。そこには社の裏手にある要石と、その前でしゃがみ込む黒海の後ろ姿がある。
黒海の黄金の瞳は、闇の中で煌めいていた。
「噂には聞いてましたけど……黒海さんの眼、本当に光るんですね」
「彼女は『異能者』。俺みたいな術師の家系でこそないが、生まれつき妖力や霊力の流れが視える特別な眼を持っている人間だ」
「すご……!ちょっと羨ましいです!」
黒海とは違う意味で目を輝かせる美南。
しかし、正親は浮かない顔をしていた。
「大変なものだよ。人と違うっていうのはね」
「へ?どうしてですか?」
「異能者であるが故に、生まれつき視えてしまったのさ。妖怪がね」
正親より先にその問いに答えたのは、多貴子だった。
「幸い、家族に疎まれこそしなかったが、黒海は周囲から浮いていたらしい。無理もない、周りとは見えている世界が違うんだからね」
「それって、つまり……」
「君にも覚えがあるんじゃないのかい?私と違って、視える側なのだろう?」
「……大変だったんですね」
美南は、自分の軽率さを恥じた。
軽く落ち込んでいる様子を見て、思うところがあったのだろう。
多貴子はだが、と付け加えた。
「だが……彼女は一人ではない。今の彼女には、多くの友人達がいるからねぇ」
「五行院は、そういうはぐれ者の受け皿でもある。実際、俺もそうだからね」
「え?マッチさんもそういう経験あるんですか!?」
「あーダメダメ、俺の情報はトップシークレットだ。簡単には渡さないよ」
「えぇー!教えてくださいよ~!同じ部署のよしみじゃないですか~!」
「君は勝手についてきただけだろう」
「そんな~!」
多貴子はクスっと笑い、再び黒海に視線を戻す。
影爪を纏った手で、彼女は要石に張られた札を丁寧に剥がしていた。
「……できました。これで、黒結界の力も弱まるはずです」
「やれやれ、ようやく任務完了か」
「長かったですね~」
「何を言っているんだい。これは第一歩に過ぎないよ。この街には、あの怪異に守られた要石がまだいくつもあるんだからねぇ」
「えぇ!?これだけじゃないんですか!?」
「まだまだ、任務は始まったばかりというわけか」
美南は悲鳴を上げ、正親は肩をすくめた。
しかし、多貴子は好奇心に胸を躍らせていて、黒海はどこか楽しげに笑っている。
『なぁ、お二人はん。ウチら、結構いいチームなんとちゃう?』
『えんらえんら!俺は楽しかったぜ!若ぇやつらと組むのも悪くねぇな!』
『拙僧は……まあ、黒海が楽しいのであれば、特に言うことはありません』
『んだよそれ~。黒海ちゃんはともかく、お前自身はどうなんだよ~』
『我欲は持たないのが僧侶ですので』
『ま、真面目な坊さんやな~……。でも気持ち分からなくもないわぁ』
『なんだよ~、お前ら揃って相棒大好きかよ~。……まあ、俺もだけどよ』
契約妖怪達も、和気藹々とした雰囲気だ。
出会ったばかりの彼らだが、この一晩の戦いが、決して浅くない絆を育んだのだろう。
「また、一緒に組むことがあるかもしれませんね」
「その時はもっと、街に近いところがいいですね!任務の後に、ラーメンとか食べたいですし」
「それはいいねぇ。丁度、ここに社会人もいることだし、奢ってもらおうじゃないか」
「オイオイ勘弁してくれよ。……あまり高いところじゃなければね」
気がつけば、もう日が昇り始めている。
木枯らしに秋の深まりを感じながら、四人と三体は下山していくのだった。