序章
気がつくと、夕闇に染まる茜色の空が目に入った。
ああ、またこの夢だ。
この夢を見るのも、これでもう何度目になるだろうか。
最初に見たのはいつ頃だろう?
少なくとも10年以上、僕は同じ夢を見ている。
身体を起こそうとして、動けない事に気がつく。
身体に力が入らない。そして、とても痛い。
訳が分からず困惑していると、何者かの気配に気がつく。
気配のする方を振り向くと……誰かが戦っていた。
黒い炎に全身を包まれた、真っ黒な影法師のようなものが何人もいる。
数は視界に入るだけでも20を優に超えており、ゾンビのような動きで身体を揺らして蠢いては、ある一点へと向かっていく。
まるで、影だけが地面から這い出してきたようにも見える不気味な集団と戦っていたのは──腰に不思議な形のベルトを巻き、緋色の狐の仮面を被った男の人だった。
『ハアアアアッ!!』
狐の顔のような意匠の武器を片手に、たった一人で何人もの化け物を蹴散らしていく。
うねる盛炎を刃に灯し、振り抜く刀で敵を斬り。
刀と思われたその武器は、赤炎を吹く銃にも変わる。
そして、その人が纏う装束もまた、炎に包まれていた。
いや、もっと詳しく言うなら、ベルトを中心に炎が全身を廻っているように見えた。
悪と戦うヒーローのようなその姿に、思わず痛みも忘れて見入ってしまう僕。
だが、何体かの化け物が、急にこちらへと方向転換して来た。
声もなく、ただこちらへと向かってくる影法師たち。
逃げようにも身体は動かず、思わず目を瞑る。
『その子を頼む!!』
その時、狐面の男が手に握った何かをこちらへと向ける。その何かから放たれた緋色の炎が、宙を駆けるように向かってきた。
炎は僕と影法師たちの間に割って入ると、壁のように広がった。
すぐそこまで来ていた影法師の何体かが燃え尽き、他の影法師たちが立ち止まる。
そして、炎の中から現れたそれは、僕に背を向けて立ち上がる。
背を向けているから、顔はよく見えない。
こっちから見えるのは、着物の後ろ姿には煌々と燃え盛る炎を灯したフサフサの大きな尻尾と、頭の上に生えた三角の獣耳だけだ。
狐……で間違いないと思う。
着物姿で、人間のように2つの足で立つ、成人男性くらいはある大きな狐だ。
その狐がこちらを振り向き、そして……
──そこで、いつも目が覚める。
「……またあの夢、か」
枕元でジリジリ鳴っている目覚まし時計を止める。ベッドから降りると、少し伸びをしてメガネを掛けた。
日本各地の妖怪に関する書籍で埋め尽くされた本棚とか、ノートPCやゲーム機が置かれた勉強机とか、いつもの見慣れた自分の部屋が視界に広がっている。目覚めた時間もいつも通りだ。
「今日の夢、今までで一番鮮明だったな……」
不定期ではあるが、10年近く見続けた同じ夢。それが最近、昔よりも鮮明になって来てる気がする。
昔はもっとボヤけていた筈なのに、今ではBluRayで見た映画くらいの解像度だ。
「やっぱり、これの影響……なのかな?」
ふと、視界の隅に入ったものへと視線を移す。
部屋の真ん中にある折り畳み机。
その上には、黄ばんだ古紙が拡げられていた。
見ようによっては古文書みたいに見えるそれは、先日、家の蔵から見つかった爺ちゃんの遺品だ。
そこに書かれているのは、達筆でとても古い文字。
でも、内容は詩とか俳句、ましてや宝の地図や秘伝の奥義書なんかでもない。
降霊紙。いわゆる「こっくりさん」に使われるものだ。
爺ちゃんの蔵を整理していた際、たまたま見つけたそれには、不思議な何かがある気がした。
むしろ、僕がこれを見つけたのは偶然じゃなくて、導かれたんじゃないかとすら感じている。
これを見つけて以来、あの夢が鮮明になって来た。きっと何かしらの因果があるはずだ。それも今日の放課後には分かるかもしれない。
うん、燃えてきた!オカルト研究同好会の部長として、この謎は必ずや解き明かしてみせる!
「今日の放課後か……。破れないように気をつけないと」
「頼人!起きなさい!遅刻するわよ~」
その時、部屋の向こうから母さんの声が響く。
「は~い!今行くよ!」
拡げていた降霊紙を丸め、紙管へと片付ける。
それをリュックの中へと仕舞うと、僕は部屋を後にした。
……この日を境に、僕らオカ研を巻き込む奇々怪々な日々が始まるなんて、まさか夢にも思わないよね。