今からずっと昔の事。人間と妖怪は、同じ世界で共に暮らしていた。
妖怪たちにとって、人間の感情から生まれるエネルギーは糧だった。そこで、妖怪たちは人間を驚かしたり、時に生活を助けて感謝されたりしていた。
一方、人間たちもそんな妖怪たちを畏れ、敬い、隣人として接した。
両者は長く、良好な関係を築いていた。
しかし、妖怪たちが持つ不思議な力に目をつけた人間たちがいた。
同時に、人間たちの負の感情から生まれるエネルギーに味をしめた妖怪たちもいた。
彼らは手を結び、恐怖と力を以てこの世を支配しようと暴虐の限りを尽くした。
やがて、人間と妖怪が共に生きる世界を、その均衡を保つべく、動き出した者達が居た。
彼らは妖怪たちから妖術を学び、集まって組織となり、人と妖怪をひとつに繋ぐ呪具を造った。
そして、その呪具で自身に妖怪を憑依させ“変身”する戦士達は、『仮面ライダー』と呼ばれた。
現在でも組織はひっそりと存続しており、仮面ライダーは日本各地に在中。人間を襲う妖怪たちから、人々を陰ながら守護している……。
□
「なるほど……。じゃあ、最初の質問。君たちはどこから来たの?」
コワポンをベッドに座らせ、その手前に腰を下ろす。
視線を合わせ、持ってきた煎餅を勧めながら、僕は質問した。
「ボクたちの住んでる”妖魔界“は、頼人たちの住んでる人間界と隣り合う位置にあるコン」
「つまり、コワポンは異界から来たって事?」
「そういう事コン。昔から、ボクたちの仲間は人間界と妖魔界を行き来しては、人間達と交流してきたコン。お仕事を手伝ったり、助けられた恩を返したり、時には人間をおどかしてみたり。仲良くしてたんだコン」
「じゃあ、民話や伝承に出てくる妖怪たちって、本物だったんだ!!」
「そういう事コンね」
そう言ってコワポンは、出された煎餅をパリッとひと口咀嚼する。
美味しそうに飲み込むと、続きを語り始めた。
「……でも、中には人間達をよく思わず、暴れたりする妖怪もいたコン。そこで、人間と妖怪が仲良く暮らせる世界を護る戦士、”仮面ライダー“が生まれたんだコン!」
「って事は……僕もその1人になったって事!?」
「そういう事コン!頼人は選ばれたんだコン!ボクたち妖狐一族の力を受け継ぐ、当代の『仮面ライダー妖狐』として!!」
ビシィッ!と、ちっちゃい前足で僕を指さすコワポン。
僕は改めて、コワポンから受け取ったアヤカシチャッカーとキャンドライバーを見つめた。
「……でも、本当に僕でよかったの?」
「間違いないコン。『交霊紙の原典』でボクを呼び出せた頼人なら、きっと果たしてくれるコン!」
「普通の人には呼び出せないの?」
「先代から聞いた限りだと、交霊紙そのものが候補者を選別しているらしいコン」
「選別の基準って?」
「うーん……実は、ボクもその辺の詳しい事はよく知らないんだコン……」
「そうなんだ……」
なんでも、コワポンが5代目の『コックリさん』を襲名したのは、ごく最近の事らしい。
つまり、ほぼ新米であるため、分からない事も少なくないんだとか。
「頼りない案内役で申し訳ないコン……」
「気にしなくていいよ。分かんない事を分かんないって言えるの、すごくえらいと思うな」
「頼人……ありがとうコン」
「……コワポン、ちょっと撫でてもいい?」
「構わないコン。どうぞどうぞだコン」
何となく、コワポンの撫でてあげたい衝動に駆られた。
手のひらに触れるモフモフした感触は、温かくて、とても手触りがいい。トリミングしたばかりの子犬を撫でているような感じで、すごく気持ちがいい。
……僕が選ばれた理由って、なんだろう?
ふと脳裏に浮かんだのは、小さい頃から夢に現れていた謎の狐面。
彼の姿が、昼間僕が変身した『仮面ライダー妖狐』によく似ていた事が、ずっと引っかかっていた。
もしかして、僕が仮面ライダーに選ばれたのって、彼が関わっているんじゃ……?
ひょっとしてコワポンは彼の事、何か知ってるかもしれない。
「コワポン、実は……」
長年の謎に一歩近付けるかと思った、その時だった。
ジリリ、ジリリ、ジリリ!
ジリリ、ジリリ、ジリリ!
突然、警報のようなけたたましい音が鳴り響いた。
驚きのあまり、思わず尻もちを着く。
「なになになに!?どっから出てるの!?」
「この臭い、まさか……!?」
そう言ってコワポンは、尻尾の中から何かを取り出す。
それは、ちょっと変わったデザインのガラケーだった。音の出処はこれだったらしい。
ガラケーを覗き込んだコワポンの顔色が変わる。
「コワポン?どうしたんだ!?」
「怪異が……街で暴れてるコン!!」
「なんだって!?」
見ると、ガラケーには地図が表示されている。
場所は市内を走る高速道路。
「頼人、行くコン!」
「うん!行こう!!」
怪異を止められるのは僕だけだ。
僕は急いで支度すると、こっそりと家を出た。
この距離だと、走るよりも自転車の方が早い。
ペダルに足を乗せて漕ぎ出すと、コワポンが肩にしがみつきながら囁いてきた。
「坂を降りたら変身するコン!もっと早く現場に着けるコン!」
「わ、分かった!」
コワポンの言う通り、坂を降りるとキャンドライバーを腰に巻く。
「変身!」
『
『種火!篝火!狐の火!妖狐YOYO!ココンコ~ン!!』
昼間に教わった手順で、仮面ライダーへと変身する。
ところで、変身する度に流れてくるこの歌にも、何か意味があるんだろうか?
「チャッカーの妖火を、自転車に吹きかけるコン!」
「こんな感じ?」
ドライバーから引き抜いたチャッカーを一度閉じ、再び点火する。
言われた通りに火を吹きかけると、自転車がオレンジ色の炎に包まれ、形を変えた。
炎が消えると僕の自転車は、狐の顔の意匠を施されたバイクへと姿を変えていた。
「こ、これは!?」
『マシンフォックストライカー。チャッカーに宿る妖火を使えば、契約した妖怪を器物に憑依させて、こういう事もできるコン!』
「その声、コワポン!?」
ライトを光らせながら喋るバイク。
肩を見ると、いつの間にかコワポンの姿が消えていた。
『さあ、現場へ急ぐコン!』
「でも僕、バイク免許持ってないよ!?」
『大丈夫コン!動かしてるのはボクだから、頼人はハンドル握ってるだけで良いコン!』
「そういう問題!?」
でも、そんなこと言ってる場合じゃない。
僕が跨ると、フォックストライカーはブルンブルンと力強い音を立てて発進した。
□
御影市を囲む山を開き、市内の中心部まで続くハイウェイは、地方都市である御影市を、外の街と繋ぐ一番大きな道路である。
このハイウェイに近い山々には、山登りやハイキング用に作られた道路もいくつか存在する。
その山の麓にあるバイパスを、一台の車が走っていた。
車に乗っているのは、いかにもチャラそうなカップル。
音楽を大音量でかけながら走っていく車は、夜道をぐんぐんと進んでいった。
「この辺り、出るんだって」
「そうなの?」
「ネットで有名なんだよ。夜に車では走ってると首のないユーレイが出てきて、凄いスピードで追い越されるってハナシ」
「ウソでしょ~、ヤダこわ~い♪」
「でもさ、出てきたら面白くね?」
「ウケる~w写メ撮ったらバズるかな?」
「かもなw」
チャラチャラした見た目通りの、軽い調子の会話。
街灯の明かりよりも夜の暗闇の方が目立つバイパス道路だが、そんな事はお構い無し、といった様子でゲハゲハ笑いながら男女は進んでいく。
やがてカーブへと差し掛かった、その時だった。
「テン……ソウ……メツ……」
「……え?」
何処からか聞こえた奇妙な単語に首を傾げた、その直後。
激しい摩擦音と共に、景色が激しく揺れた。
「きゃああああああああッ!?」
「うわああああああああッ!?」
車は道にブレーキ痕を残しながら、暫く蛇行する。
やがて、車はガードレールにぶつかって停止し、二人は慣性の法則を働かせながらシートの上で跳び跳ねた。
「今の……何……?」
「なんか、変な声したよな……?」
二人は顔を見合わせると、互いに車の周囲を見回す。
辺りは見渡す限り、擁壁と街灯、そしてガードレールの下には鬱蒼と茂る森の木々。
人の手が入ったバイパス道路とはいえ、陽の落ちた山道は気味が悪い。
その森の何処からか、まるで地の底から響いてくるかのような声が鼓膜を揺らす。
「テン……ソウ……メツ……」
メキャッと何かがひしゃげる音。
「今の……なに……?」
「ッ!!おい、車から降りようぜ!」
「う、うん……あれ?……開かない!」
「はぁ!?」
男は助手席のドアを開けようとするが、ガタガタと音は鳴るものの開かない。
それは、車のフレームが歪んだ音だった。
慌ててドアを開けようとするが、いくら押しても開かない。
そして、運転席側のドアはガードレールにめり込んでいる。
閉じ込められたと気付いた時、また声が聞こえた。
「テン……ソウ……メツ……」
「なに……これぇ……まさか、噂の……」
「そっ、そそそそんなわけあるかよ!こっここここれはなななな何かの間違いだって!」
「でもこんなのって……」
「テン……ソウ……メツ……」
声が、前方から聞こえた。
二人は顔を見合わせて、ゆっくりと声のした方を振り向く。
すると、フロントガラスの端からずっと向こうに、白い人影が浮かんでいた。
ヘッドライトに照らされたその人影は、ピョンピョンと跳ねるように……まるで、片足でケンケンをしてるような動きで近付いてくる。
「なに……あれ……」
「人……じゃ、ない……よな……」
人影が謎の言葉を呟くと、その度に車が潰れていく。
「テン……ソウ……メツ……」
やがて、人影の正体がゆっくりと浮かび上がった。
「テン……ソウ……メツ……」
それは……首から上のない、真っ白な人の身体。
「テン……ソウ……メツ……」
代わりに、胴体にはぎょろりとした目玉が2つに、腋まで裂けた大きな口。
口からは、不揃いに並んだ汚い歯が見える。
「テン……ソウ……メツ……」
そして、左右どちらの足とも違う一本足。
裸足でアスファルトを踏む、ピタピタという音がとてもよく響いていた。
一本しかない足でケンケンしながら、両手をめちゃくちゃに振り回し、身体全体をぶれさせる程に揺れ動かして迫ってくる白いナニカ。
「テン……ソウ……メツ……」
その姿は確かに、昼間、頼人に倒されたはずの怪異、ヤマノケの姿であった。
「「ひぃッ!?」」
震え上がるカップル。
その姿を見て、ヤマノケの口角がニタリ、と吊り上がる。
「あ、あああくあくあくアクリョータイサンアクリョータイサン!!」
「こここここっち来んなぁぁぁぁぁ!!」
怯えた声で騒ぎ立て、思わず頭を下げて身を隠す二人。
ヤマノケの声と足音は、ゆっくりと近付いてくる。
やがて、車の前まで音が迫り……
急に声が消えた。
「…………あれ?」
「…………ん?」
足音が遠ざかっていく。
助手席のすぐ真横を通り過ぎ、車が走ってきた道を逆方向へと進んでいく。
足音はどんどん遠ざかっていき、やがて聞こえなくなった。
「助かった……のか……?」
「でも…….なんで……?」
戸惑いながら顔を上げる二人。
足音が遠ざかって言った方を見ながら、ホッと息を吐き、胸を撫で下ろす。
「なんで通り過ぎたのか分かんねぇけど、今のうちに……!」
「こんな所、早く逃げよう……。後ろのドアなら、まだ開くかな──」
二人が後ろを振り返った、その時だった。
「ハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタ!!」
後部座席で、ヤマノケがケタケタと笑っていた。
「きゃああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「うわああああああああああああああああああああああああああああ!!」
二人の身体から、暗く、おどろおどろしい色の靄が溢れ出す。
悲鳴は、夜の森に広がる深い闇へと吸い込まれた。