火星より、エネ。   作:BIG-BAKA-MONO

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泣き虫小烏

鳴り響くアラート、真っ赤に染まるディスプレイ。

視界は汗と涙で霞み、残り少ない弾薬と耐久値は私の心拍数を跳ね上げる。

飛ぶ試験官の怒号は全く頭に入らない。

どうしてこんなことになってしまったのか。

私は途方に暮れた。

 

あれは確か秋口のことだっただろうか。

 

「ただいまぁ…」

今日は何だかだるい。そんな気分が抜けないまま1日を終え、アパートの鉄扉を開く。

「あら、おかえりなさい。学校どうだった?」

母は笑顔で迎えてくれた。

「まぁ…普通」

適当に答えながら部屋に入る。

母の笑顔で少しだけ陰鬱な気分が晴れた気がする。

「お母さん。体は大丈夫なの?」

「うん、今日は何だか調子が良いのよ」

そう言って母は笑った。

普段何かと病気がちだった母の元気な姿を見れたことは幸運だ。

「良かった…はい、人参。今日安かったから買って来たよ」

「あら!ありがとう。今晩何が良い?何でも作ってあげる」

嬉しそうに言う母を見ると私も嬉しい。自然と笑みが溢れる。

「ただいま…」

後ろで扉が開く音がした。

「ん、早かったね」

「なんかクラブが早終わりだったんだよ。顧問が出張だとか」

そう気怠げに答えたのは私の弟。

「おかえりなさい!今日夕飯何が良い?なんでも作ってあげられるわ」

目を輝かせて母は言った。

「え、マジ?じゃあカレー」

「ガキだなぁ」

「姉ちゃんうっせ。良いじゃん別に…」

こんな問答も、日常の風景として楽しいものだとふと思う。実はいつまで続くか誰にも分からないとても尊い時間なのではないだろうか。

不意にそんな考えが頭をよぎり、私は心の中で苦笑いした。

「なんだよニヤニヤして。気持ちわり」

どうも顔に出たらしい。

「別にぃ?」

それからちょっと弟をからかって楽しんだ。

 

カレーの良い香りが狭いアパートの一室に漂い出したあたり、また扉が開く音が。

「ただいま」

父だ。

「ん、おかえりお父さん」

私は睨みつけていた家計簿から顔を上げて答えた。

心なしか父の表情が優れないような。

「あらおかえりなさい」

「ああ、ただいま。おっ、カレーか!久しぶりだなぁ」

父は玄関で靴を脱ぎながら、台所に立つ母を見て嬉しそうにそう言った。

朗らかな家庭。平和な日常。

私は幸せだった。

 

食事を終えて私が食器を洗おうと立ち上がりかけた時に、父は急に神妙な顔で私たちの顔を見渡した。何かと思ってそのままでいると、父はこう切り出した。

「実は父さん、皆んなに言わなくちゃいけないことが有るんだ」

ただ事でないような気がして少し気を張る。

少しの沈黙。

「…父さん、リストラされちゃった」

父はとても決まりが悪そうに、そう溢した。

皆、目が点になった。数刻経って、ハッと現実に戻る。

まず最初に口を開いたのは弟だった。

「ど、どどどどうするんだよこれから!」

「ま、まだ一応貯金あるから…」

父はそう返すも、説得力はない。

「貯金って、私たちの貯金そんなにないじゃない…」

家計簿をつけていた私には痛いほど分かる。貯金で生活を保障はできない。

母の方を見る。すると母は不思議と落ち着いていた。

「…まあ、なんとかなるわよ!」

根拠のない前向きな一言。

「うんうん、なんとかなるよ!」

父も便乗してそう言った。この二人は昔からそうだ。変に前向きなのだ。何だか私まで楽観的になってしまいそうだ。しかし弟は違ったようだ。隣ですごい顔をしていた。

それを見て、冷静になる。

多分、私たちも働いて家賃の足しにするべきだろう。

それで私たちの生活はどうなってしまうのだろうか。少なくとも日常は謳歌できまい。

まさか本当に尊い時間になってしまうとは…

私は深いため息をついた。

 

予想通りというか何というか。

日に日に生活は厳しくなり、ついに私たち姉弟は学校に通えなくなった。

限界までアルバイトを増やしても、楽にはならなかった。

生活苦が限界を迎えたある晩、皆深刻な顔で卓を囲む。

ここでも切り出したのは弟だった。

「で、どうするんだよ…」

皆、と言っても笑顔のまま戸惑ってキョロキョロしている母以外ではあるが、誰とも目を合わそうとしない。もちろん私も例外ではなかった。

そんな中、父の言葉を待つ時間がとても長く感じた。

少しの沈黙の後、急に顔を上げた父は

「…火星だ!」

と、一言。

は?

突然の発言に、私は理解が追いつかない。

「火星に行けばな、いくらでも仕事が有るらしいぞ!」

父は立ち上がり、笑顔でそう主張。

一拍置いてから発言の意図を理解した私と弟は父に詰め寄り、正気かと尋ねた。

父は笑顔で大きく頷く。

横を見ると母も同様、にっこりと笑顔を浮かべていた。

諦めた私たちは、無言で席に戻り、まず火星行きのチケットの最安値を調べ始めた。

確かに整備され尽くした今の地球よりは、植民が開始されたばかりの火星の方が仕事は有りそうだ。父は間違ってない。

そう自分を納得させる。

そうでもしなければこの二人の脳天気さには着いていけない。

「大丈夫!みんなで暮らせばどこだって天国さ!」

父は満面の笑みでそう言った。

この笑顔の前では、私たちは何も言えないのだった。

しかし不思議となんとかなりそうな気がしてくるのが何とも憎いところだ。

それに、笑顔で夢を語る父は、どこか人を安心させる不思議な魅力があった。

 

これが私たち一家が火星生活を始めた経緯である。

 

何とかして移民船のチケットを手に入れ、火星へ向かった私たち家族はまず住まいを見つけるために走り回った。

結果、父がたまたま作業用MTの免許を持っていたことが幸いし、新興の採掘業社に採用が決まり、私たちはその社員宿舎に身を収めることが出来た。

 

宿舎は狭く、決して綺麗とは言えなかったが、住むぶんには困らなかった。ぶっちゃけ地球の頃のアパートも似たようなものだ。

 

火星の弱い重力に慣れ始めたあたり。生活もそこそこ安定してきて、私たちは地球にいた頃の生活を取り戻しつつあった。

 

やっとのことで学校に通えるようになった矢先、事件は起こる。

 

一日の終わり、学校から宿舎に帰ろうとした時のことである。

宿舎の前にたどり着き、疲れた顔を上げると真っ赤に燃える宿舎が目に映った。

ガラスの破片まみれの背中を晒してうずくまる労働者たちの呻き、鳴り響くサイレン。眼下に広がるのは血の染み込んだアスファルト。

 

鞄が手から滑り落ちる。

 

開いた口が塞がらなかった。

 

しかし不思議と頭は冷静で、焦りや恐怖はそれほど感じなかった。

代わりに感じたのは、やっと見つけた住処を失って、これからどうやって生活して行けば良いのだろうという、至極現実的で絶望にも似た不安だった。

私は呆然と立ち尽くし、上がる炎をただ見つめ続けた。

 

後から聞いた話だが、どうも労働者区画に逃げ込んだテロ集団とそれを追ってきたレイヴンとの間で戦闘が起きたらしく、運悪く流れ弾が私たちの宿舎に着弾。炎上したそうだ。どちらが撃った弾なのかは最早分からない。だが今となってはどうでも良いことだ。

 

母と弟は怪我こそしたが一応生きていた。まあ一応である。母は砲弾の破片が腹に突き刺さり、弟は脚がもげてしまった。

しかしこれはまだマシ。

最悪なことはいつもは遅くに帰ってくる父がその日たまたま早終わりで帰ってきていたことである。

父は死んだ。誰の目で見ても死んだとわかる程度には人の形を保っていなかったことは、遺族の確認とかいうもので確かめさせられた。

母も弟も医療機関に搬送されたので、確認に当たったのは私一人だったのだ。

ひび割れた道路に転がる胴体には四肢も首も付いていなかったが、着ていた服と思わしき布切れに、見覚えのある刺繍があったのを見て始めてああ父なんだと思えた。

悲しくも恐ろしくもなかった。まるで他人事のように感じたことをよく覚えている。

かつて父だったものが回収されて行く様を、私は酷く冷めた瞳で見送った。

結局、こんなものだったのだ。

少しだけ頼もしく見えた父の最期は、こんなにも呆気なかった。

 

かくして、私たちは巣と食い扶持を失ったのであった。

路頭に迷うことになるのかと途方に暮れたのもつかの間、棚からぼたもちに事態は好転する。事件で出た被害者またはその遺族を引き取って支援してくれるという企業が現れたのだ。母と弟が入った医療機関はその企業の系列だったこともあり、私はその企業に頼ることにした。この時は心底ホッとしたものだ。

しかしこれで安泰かというとそうは問屋が卸さなかった。

施設に入る際に、負傷していない遺族はテストと称してとあるシュミレーターを使った適性試験を受けることを義務付けられていた。

それは私も例外ではなく、不思議だなぁと思いながら頭に機器を取り付けられ、簡単な反射神経テストみたいなものを受けさせられた。内容は覚えていない程度にはどうでも良いものだった。

 

母や弟に合わせてもらえないまま部屋を割り振られて2日。この間は食事が配給されたので飢えることはなかったが、部屋から出ることは叶わなかった。囚人にでもなった気分である。

 

暇が過ぎて苦痛に変わる頃、ベッドにうつ伏せになっていた私は何気なく顔を部屋の壁にむけた。

すると壁に備え付けられていた端末から映像ニュースが流れていることに気がついた。

例の事件についてだ。

現場近くから、破壊されたACの残骸が発見されたとかなんとか。

画面には瓦礫の中に転がる部品と、四肢のないコアが映されていた。

その姿はバラバラになった父を連想させて、私は少し眉を寄せた。

嫌なもの見ちゃったな…

余計な考えを頭から掃き出して、そのまま目を閉じた。

 

そろそろ不安が限界に達しかけた夜、ある通知が私の元に届いた。

 

おめでとうございます!

数多の候補者の中から貴女は我が社専属のレイヴンとなる権利を勝ち取りました!

これはとても名誉あることです。

詳しい話は明日の午前9:00に3号オフィス棟で。

お待ちしております。

 

なんだこれは。

それが最初にこれを見たときの素直な感想である。

レイヴン。

これを見て少し頭が痛くなった。燃え盛る宿舎とニュースで見た無残な残骸が頭をよぎる。

私がレイヴン…傭兵?

なんとも奇妙な気分だった。

あんまりな因果だ。

単調なメッセージの奥に、無機質な悪意のようなものが見え隠れしているように思えて仕方なかった。

 

翌朝、朝食の配給はなかった。

まあ、今まで何もしないでもらえていたこと自体が不気味に感じていたのでむしろもらえない方が自然な気がしなくもない。

 

午前8:45。

私は時間まで適当に身支度を済まし、唯一の財産である学生服を身につけ、髪を縛り、最低限の身だしなみを整えてから二日間世話になった部屋を後にした。

 

約束の時刻のわずか2分前になってやっと私はオフィス棟の前にたどり着いた。

この施設は私の想像より遥かに広く、道に迷ってしまったのだ。

その間に人っ子一人ともすれ違わなかったことは、とても異様に感じた。

息を切らした私を出迎えたのは、社員と思わしき男だった。

人の良さそうな笑みを浮かべ、お待ちしておりましたと一言。私は男に案内されてオフィス棟の中へと入る。

オフィス棟は、やたら巨大な建物に対して部屋そのものは不思議と広くはない。違和感を感じながら、男の顔を見ると彼は笑みを浮かべたまま話を始めた。

 

貴女は類い稀な才能を持っているのです。それを活かさずにいるには非常に勿体ない!

是非我が社の専属としてこの火星を秩序と平和へと導くため働く名誉を…

 

御託と世辞に満ちた話し方が耳につく。

特に内容の無い話が終わると、一枚の書類を手渡された。

書類の内容を要約すると、どうも私は母と弟を人質にされたらしい。

私は男に母と弟は無事なのかと聞くと、最低限の手当てだけ施していると一言。

正式な治療が受けられるかは私の働き次第だそうだ。

断れる筈がない。

差し出されたペンを手に取り、私はサインをした。

書類を男に手渡すと、満足したように一言。

 

賢明なご判断です。

 

この瞬間をもって、私はこの企業の奴隷になったのだった。

男が何かスイッチを操作すると、壁がシャッター状に開いた。

現れた一面のガラス窓から見えたものは、立ち並ぶ巨大な機械の人型、この時代最強の汎用機動兵器アーマード・コア、ACの群れだった。間近に見たのは初めてで、息を飲む。人に似ていながらも不気味に歪んだシルエットは私の生理的な嫌悪感を呼び起こす。その姿は私の目には兵器というよりは、怪物の様に写った。

どうにもオフィス棟というのは偽装で、実際はこの怪物の格納庫だったようだ。

いかにも「企業」らしい。

私は少し顔をしかめた。

 

どうも端の機体が私の機体になるらしい。

書類によると、パーツの換装・売買は自由らしいが、ミッション・アリーナ報酬の5割が企業の取り分だそうだ。

修理・弾薬費は企業持ち。しかし企業が指定したミッションに限る。

男は言った。

 

貴女はこれより我が社専属のレイヴンです。まあレイヴンと認められるには別に試験を受けていただかれなくてはなりませんが。

何卒よろしく。

 

私は深い深いため息を吐いた。

 

私の初ミッション、もとい試験の内容は、郊外の市街地にテロ組織が放った無人兵器群の掃討だった。

市街地での戦闘と聞くと頭が痛む。

住民の避難は済んでいると聞いたが、それでもやはり気は進まない。

しかし対象が有人機でなくて良かったと心底思う。

人殺しだけにはなりたくなかった。

虫の良い考えなのは分かっているが、それでも嫌なものは嫌だ。私は家族のため、そして自分の生活のために戦うのであって、そこで人の道を外れたくはなかった。

 

しかし試験がいきなり実戦になるとは。

不安が私の胸を締め付ける。

でも私には背負うものが、守るものがあるんだと覚悟を決め、まだ素のままの機体に乗り込み、試験会場となる郊外のハイウェイへと向かった。

家族は私が守らなくちゃいけないんだ。

操縦桿に手をかけながら、そう改めて強く誓った。

 

輸送機に揺られること数刻、目的地とたどり着いた。

すでに封鎖されているのか、車の姿はない。

寂しい高架道路の真ん中に佇み私を待っていたACは、ゆっくりとこちらに頭部を向け、通信をよこして来た。

「来たか。話は聞いているな」

ドスの効いた低い声に少し身がすくむ。

重量級ACのレイヴン…識別コードは『ストラング』。

彼はこう続ける。

「成功すれば、君はアリーナに登録される。失敗すれば、その時は死ぬだけだ」

死。

その一言は、私に重くのしかかった。

分かってはいたつもりだった。

でも本当は、死ぬなんてことは意識しないようにしていたのかもしれない。

考えると途端に身体が強張って、息が詰まる。

「さあ、来たぞ」

深呼吸をする暇も無くそう言われて、ハっと顔を上げた。

道路の向こうから、無人機が数機迫って来ているのが見える。

「君の力を見せてみろ…」

私は唇を噛み締め、操縦桿を強く握った。

 

ここで話は冒頭に戻る。

 

初めの方は、おぼつかないながら右腕のライフルでコンスタントに無人機を処理できていた。

しかし時間が経つにつれ、敵の処理は間に合わなくなり、放たれる弾丸は私の機体の装甲をガリガリと削る。

家族を守らなくちゃいけないんだ。

私がやらなくちゃならないんだ。

そう自分に言い聞かせ、歯をくいしばる。

潰れそうな心を無理やり押し広げた。

焦りが隠せなくなって来た頃に、ライフルの残弾が少なくなる。ミサイルに切り替えるも、慌ててしまいうまく操作ができない。

ついに耐久値はレッドゾーンに突入し、アラートが鳴り始める。

ディスプレイに照らされ赤く染まる狭いコックピットの壁はまるで私を押しつぶそうとしているように見えて、目には涙が滲む。

しかし敵にそんなことは関係ない。

操作に手間取っているうちに耐久値はさらに減る。

「何をしている!死にたいのか‼︎」

試験官の怒号が飛ぶ。

しかし手助けはない。そういう契約なのだ。これは試験なのだ。

 

死にたくない。

私の頭を支配したのはこの一つの思いだった。

胸の内にあった決意は、迫る恐怖の前に音を立てて崩れていく。

 

私は涙と汗でぐちゃぐちゃになった顔を上げ、操縦桿を握りしめ、死に物狂いで敵を撃ち、左腕のブレードを振るった。

 

永遠にも思える戦闘が終わったとき、私の機体は敵の残骸の山の中に佇み天を仰いでいた。

自分が何をしてたのか、どうやって敵を倒したのか、全く思い出せない。

火花を散らし、黒煙を吹くそれの耐久値が残り10%を切っていたことに私は気がつかなかった。

「全く危なっかしい戦い方をする。長生きできんぞ」

試験官が呆れたように呟くのが聞こえた気がする。

「まあ、何にせよ君はミッションを成功させた。……認めよう、君の力を。今この瞬間から君はレイヴンだ」

他のことは良く聞こえない。でも私が試験を生き延びたという事だけは良く理解できた。

理解したその瞬間、緊張の糸が切れたのか、私の意識はフッと闇の中に消えた。

「さあ、帰還するぞ。……ん?レイヴン、レイヴン!…気絶したか…全く無茶をする」

「……しかしこんな子供が…寒い時代になったと思わんか。なあ、クライン……」

 

目が覚めたとき、私は医務室のベッドの上にいた。

試験官が運んでくれたのだろうか。意外と面倒見が良いのかもしれない。

 

真っ白い天井を眺めながら今日起きたこと、そしてその結果を整理する。

過程はどうであれ、私はミッションを成功させ、レイヴンとなった。なってしまった。

私の胸の中に、達成感など何もなかった。

 

医務室を出て、また世話になることになった自室へ戻る。

部屋の照明をつけないまま私はベッドに倒れこんだ。

酷く疲れた。今日はもう寝たい。

柔らかい布団に顔を埋め、束の間の暖かさを感じる。

生きて帰れたと安堵した瞬間、試験の記憶がフラッシュバックした。

激しい恐怖が襲う。

死。

死にたくない。

死にたくない…

「お父さん…」

死の恐怖に震えたときに、口を突いて出たのは、父という言葉。

父の朗らかな笑顔が頭をよぎった。

その時初めて、私は家族に、父に守られていたことに気付いた。

自立できると思っていた。

一人でなんとかするんだと決心したつもりだった。

でも本当は、自分一人では何もできないただの子供だったのだ。

家族を守るという決意は圧倒的な死の恐怖の前に押し潰された。家族の命と自分自身の命を天秤にかけてしまった気がして、激しい罪悪感が込み上げてくる。

私では、私の弱い心では背負える代物ではなかった。自分の命一つで精一杯だった。

家族の命を背負うということがこれほどの重荷だったことに気がつかなかった。

頼りなく見えた父は、それを背負ってずっと生きて来たのだ。

私たちは父の強い愛の中で生きていたのだ。

そして、その父はもういないということを、その愛を当たり前のように享受していたいつかの日常はもう二度と戻らないということをハッと思い出す。

その瞬間、堰を切ったように涙が溢れ出した。

今まで押さえ込んできた色々な感情が喉元に込み上げて来て、嗚咽が漏れる。

自分でもどうしたら良いかわからなくて、枕を抱きしめただひたすらに泣き続けた。

 

レイヴンとしての初めての朝は、陰鬱な気分で目を覚ました。

無機質な部屋のベッドから身を起こし、小さな窓の外を少し眺める。都市を覆うドーム状の天井から見える遠い太陽が虚ろに光っていた。

そして昨日のことを思い出して少し膝を抱えて俯いた。

しばらくして顔を上げ、前を向く。

身支度をするためにベッドから飛び降り洗面台の鏡の前に立つと、泣きはらした真っ赤な目の下にくまを作った私が映っていた。

少し苦笑いして、

 

仕事が始まる。

私はレイヴンだ。

 

そう鏡の中の自分に言い聞かせた。

そう、今日から私はレイヴン『エネ』だ。

 

朝食を取る気にはなれなかった。




最後まで読んでいただきありがとうございました。
これまではゲーム内で描写されている短い紹介文からの拡大解釈でしかありません。これ以降の、エネのレイヴンとしての活躍、出会い、成長を蛇足として執筆中ですので、また進展があり次第投稿させていただきます。気長にお待ち下さい。
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