気怠げに耐Gスーツに着替え、ヘルメットを被る。
私は重い頭を上げ、ハンガーに固定された機体を見上げた。
既に昨日の損傷は修復されて、弾薬の補充も終わり、綺麗な姿になっている。
嬉しくなかった。
出撃しなくちゃならないことを考えると嬉しくない。治ってなかったら良かったのに。そう思ってしまう。
そんな逃げるための考えしか出てこない自分が憎くて仕方なかった。
私は家族のために…
そう考えてから昨日のことをまた思い出して、自己嫌悪。
気を紛らわすため、おもむろにスーツに据付のホルスターから拳銃を抜いてみた。
護身用なのか、スーツと一緒に支給されたものだ。あまり大きな銃ではなかったが、ずっしりとした金属の塊は、小さな私の手には大き過ぎた。
しばらくそれを見つめてから、ふと思いつきで映画で見るようなガンプレイをやってみようてして、指を捻った。しばらく悶絶して、やっとのことでホルスターに戻した。
何やってるんだ…
私はため息をつき、コックピットへと向かった。
今日の仕事は何だっただろうか。
ハッチを閉めて、ディスプレイを弄りミッション受付画面へと進む。そこには試験と同じような無人機掃討ミッションが表示されていた。それを見て、有人機相手でなくて良かったと胸をなでおろす。しかしいつかは必ず有人機と当たる。人を殺さなくてはならないミッションは必ず来る。
でも今は そんなことは意識の外に追いやって、極力考えない様に努めた。
昨日のように輸送機に乗り込み、到着してみると初ミッションの舞台は再びあの高架だった。嫌な思い出が残る場所である。
しかし私は前回ほど焦ることもなかった。
幸い条件も試験とほとんど変わらない。初の戦闘ではない今、小型無人機相手は何とでもなる。機体操作はちゃんと復習して来た。私ならできる。できなければならないんだ。
強く念じて目を開く。
すると目の前には見覚えのある無人機が何機か鎮座して、こちらへ銃口を向けていた。
私は深呼吸をして、操縦桿を握る。
大丈夫、私は最強の機動兵器、ACに乗っているんだから。
何度も自分に言い聞かせ、ブースターを吹かす。
軽い振動の後に、シートベルトが身体に食い込む。歯を食いしばり機体を旋回させ停止、すぐさまライフルの照準を敵に合わせる。しかし少しモタつき、相手の照準調整に間に合わずに何発か貰ってしまう。機体を揺らす軽い衝撃とカンカンという嫌な音。少し冷や汗をかいたが、装甲の耐久値は僅かに減ったのみ。
落ち着け、まだ大丈夫。
息を吐いてから敵を睨み、今度こそ確実にロックオン。引き金を引く。
数発放った弾丸はいくらか外したものの、敵に命中し、薄っぺらい装甲に大穴を穿つ。無人機は煙を吹き上げ一瞬動きを止めた後、爆発した。
次!
即座に眼球をぐるりと回転させ横の敵を捉える。
機体の右腕が敵の方を向くのを待たずに引き金を引く。断続的に放たれた弾丸は道路に穴を穿ちながら敵に迫り、薙ぎ払う様に数発命中。直後、網膜に黒く焼きつく強い光を放ち爆散。
二匹!
少し飛び上がって次の敵の方に急旋回。軽い吐き気を呑み込む。
着地すると同時にブースターで横に滑り敵の射線から逃れるが、勢い余って壁に衝突してしまった。
肺から空気が絞り出される。
必死に息を吸いながらカメラを旋回させ敵の姿を確認するも、直後に放たれたロケットを回避することができずに直撃弾を貰う。
激しい衝撃と共にディスプレイに一瞬ノイズが走る。耐久値がガクンと減ったのが見えたが、この程度ならまだ行ける。
再び深呼吸をして照準を調整し、発砲。
操縦桿を握る手が震える。
ぶれる照準の中、外しつつも数発命中させる。
爆発。
…三!
まだ敵はいる。
大丈夫、弾はまだある、ミサイルも残ってる、大丈夫。
手の震えを抑え込み、敵を見据える。
発砲。
四!
発砲。
五…!
ライフルの弾が尽きる。外しすぎたことが祟った。
でもまだ武器はある。ミサイルもブレードも…!
敵と距離を取ろうと、ブースターを吹かすも、背中を撃たれ衝撃で足が止まる。
まだ、まだ手はある。
引き金の脇のボタンを押し込むと、コアの背部が展開し緊急用ブースターが飛び出す。
点火!
瞬間、私の身体はシートに張り付き、経験したことのない強烈なGに耐える。一瞬のうちに跳ね上がった速度計の針は時速750kmを示していた。
口から内臓が飛び出しそうだった。
喉に込み上げてくるものを必死に堪え、敵から離れていく。そしてブースターを格納し、急停止。前に飛び出そうとする私の身体をシートベルトがきつく締め付ける。
後ろを向き武装をミサイルに切り替え、サイトに敵の姿を捉えると、ロックオンカーソルが敵に集まっていく様子がディスプレイに表示される。
ピーという間の抜けた音と共にロックオンが完了、すぐに引き金を引く。
真っ白い軌跡を描きながら二つの小さな流星が敵に吸い込まれて行く。
命中、炸裂、爆散。
六!!
レーダーに映る敵影は数を減らしていた。
あと少し、あと少しだけ耐えれば終わる。
同じように敵をロックオンしてミサイルを放ち続けた。
七!
八、
九、
……十!
ちょうどミサイルが尽きたあたりで、最後の無人機が瓦礫となって道路に散らばった。
終わった…
弾痕とヒビだらけになった道路の真ん中にぽつんと佇む私の機体は、腕をだらんと垂らし戦闘モードから通常モードへ移行する。
コックピットの中で、私は脱力した。
浅い呼吸を数回繰り返してから、深呼吸をして早い鼓動を鎮める。
全身に滲む汗は、分厚いスーツに包まれた細い身体をじっとりと冷やした。
シートに頭を当てたまま目だけを動かしてディスプレイを確認する。残弾はもう無いが、耐久値にはそこそこ余裕あった。
それを見て私は少しだけ口角を上げて、直後には膝を抱えつつ呻くのだった。
怖い…怖いよ…
狭いコックピットの中で、小さくなって嗚咽を漏らすその姿はとてもレイヴンには見えない、ただの女の子だった。
それからは早かった。
毎日の様にこんなミッションを繰り返した私は、弾の節約を覚え、攻撃のかわし方を覚え、それなりの機体制御が出来るようになった。
同時に敵に対する恐怖もだんだん薄れてきて、無人機相手のミッションはまるで作業の様にこなせる様にまでなった。
しかしレイヴンとしての仕事に慣れていく一方で、対人ミッションの足音が聞こえてくる様な気がしてきて、不安は増した。
今のところはまだ無人機しか相手にしていない。でも確実にすぐそこまで来ているのは確かなのだ。
そして稼ぎの方だが、五割が企業に持っていかれ、その残りで母と弟の治療費を払わなければならないことは残酷だった。
生活に回せる額は少なく、光熱費も自費であるため、カツカツである。
特に水道代。テラフォーミングがかなり進んでいるとはいえ、火星での水は地球と比べてまだ高価だ。
生活は苦しく、食事も満足にできない時もあった。貯金した額がそこそこになって、調子に乗って少し性能の良い高価なパーツを買ってしまったり、それで苦しくなってパーツや武装もいくらか安いものに換装したりしたこともあった。あれはバカだったと今は後悔している。しかしそれなりに戦える機体になったとは思う。だけど武装も弾数も足りていないことは今後問題になりそうだ。
まあ少し射撃精度が上がった今なら弾が少なくても何とかなっている。少なくとも弱く小さな無人機相手には。
今後出会うであろう強敵との戦闘のことなど考える余裕は今の私にはなかった。
そんなある夜、自室で就寝の準備にかかっていた時壁掛けの端末が鳴った。
こんな時間に何だと思いつつ、端末を確認すると、家族との面会を許可するとの通達があった。突然のことであった。
なぜこんなタイミングなのかとも思ったが、きっと払った額が一定まで行ったことに対する褒美なのだろう。
少しだけこけた頰を見て母はどう思うだろうと、少し不安はあれど、やはり楽しみなものは楽しみだった。元気にしているだろうか。
はやる気持ちを抑えて、私は床に就いた。
後日、私は身だしなみを整え、家族のいる部屋へと施設内地図を確認しながら走った。
その部屋の前にはこの前の男が立っていた。
相変わらずよく分からない笑みを浮かべている。
彼はこちらを覗き込む様に視線を投げかけ、
どうぞ
と一言。
開いた扉の前で私は一瞬足を止め、深呼吸をして、中に入った。
久しぶりの再会に緊張しながら、二人を探して部屋を見渡す。
すると、私の部屋より少し広いくらいの部屋の真ん中にあったベッドに母が体を起こして座っているのが見えた。
弟はその脇で車椅子に腰をかけてこちらを一瞥すると、目を輝かせてこちらへ車椅子を旋回させた。
「姉ちゃん!」
そう言って笑顔を見せてくれた。
元気そうで良かったと私も少し顔を綻ばせるが、少し視線を落とすと毛布で隠された膝下が見えて、胸が痛んだ。
逃げるように視線をベッドに向けると、母は優しい笑みを浮かべて私を見ていた。
「久しぶりねぇ、少し痩せたんじゃない?」
鋭い指摘。聞かれたくなかった。
母は変なところだけ鋭かった。
「私は元気だよ。そっちこそ、怪我の調子はどう」
自分の状況はあまり知られたくなくて、話を逸らす。もう手遅れかもしれないが。
見たところ、母はいつもと変わらないように見える。しかし「正式な治療が受けられるかどうかは働き次第」という言葉が物凄く気にかかる。
もしかしたらまだ治療はなされていないのではないだろうか…
そんな不安が募る。
ドギマギしながら回答を待っていると、母はおもむろに自分の服をめくり上げた。
突然の行動に驚いたのもつかの間、露わになった腹部は痛々しく包帯に包まれていた。
その姿に私は思わず視線を落とした。
母は歯を見せて笑い、ちゃんと破片は摘出されて、縫合してもらった旨を話して、大丈夫よと朗らかに笑った。
その言葉は強がりではないだろうか。そう疑ってしまうほどに母は明るかった。
だけど笑う母を見ると、自然と私の顔も綻ぶのだった。
不自由はないかと二人に聞いてみる。
すると、特にないという回答。部屋は暖かいし食事は出るし。端末でテレビだって観れる。外に出られないことはそもそも動けないからあんまり苦痛ではないそうだ。不満があるとすれば、暇なくらいだそうだ。
しかし母はともかく、弟の顔は少し自嘲気味に陰っていた。
そこにはいつも汗だくになってクラブから帰って来ていた弟の面影はもうない。
もう弟はクラブの仲間たちと走り回ることは叶わないのだろうか。何とか出来ないだろうか。
考え込んでいると、唐突に弟が、
「そう!父さんは、父さんはどうなったの!?怪我人なら近くの病室に居るはずなんけどまだ会ってないんだ」
と。
私は息を呑んだ。考え事は何処かに行ってしまった。
知らないんだ。
もしかしたら母も。
冷や汗が頬をつたう。
言わなくてはいけないのだろうか。
弟はまだ父は生きていると思っている。
気が利いた嘘でもついてやり過ごせないだろうか。
でも私が?なぜ私なんだ。企業から伝えていても良かったじゃないか。
私の頭は無責任な逃避と責任転嫁を始めた。
少し時間をかけて、嘘をつく方が勇気がいると判断して、意を決して真実を…
真実を…
「……お、おお父さんは……」
口が痙攣して上手く言えない。
不安そうな弟の視線が堪らなく苦痛だった。
言うんだ、言わなくちゃ…
「……し、しん…だ…よ…」
俯きながら何とか絞り出した。
プレッシャーに押しつぶされそうになって視界は歪んだ。
弟の顔を見たくなくて、自分の足元に視点を固定する。
部屋を支配した沈黙が、私の心をじんわりと締め付ける。
「…姉ちゃ…」
弟が何か言いかけたが、咄嗟に私は遮った。
「でも!でも大丈夫!お父さんがいなくても私が全部何とかしてあげられるから!」
真っ青になった顔に無理やり笑顔を作って、上ずった声でそう言った。
弟は眉をひそめ、不安と困惑、そして少し怯えているようにも見える顔を見せた。
弟はまた口を開こうとしたが、間髪入れずにまた遮る。
「大丈夫大丈夫!全部お姉ちゃんに任せて!」
何が何でも弟の言葉を聞きたくなかった。醜い自己防衛だ。
目に滲む涙を感づかれてないだろうか、震える脚を見られてはいないだろうか。
考えれば考えるほど不安は増す。
「じゃあ私用事があるから!元気で良かった、また来るね!」
一刻も早くこの場から逃げ出したくて、誤魔化すように大きな声で別れの言葉を告げ、二人に背を向ける。
扉へ駆け込もうとしたその時、母が背中に声を掛けた。
「私たちは大丈夫だから」
私は振り返らずに部屋を後にした。
部屋のすぐ外の廊下の壁にもたれかかって俯いた。
『私たちは大丈夫だから』
母の言葉に涙が止まらなかった。
私が背負ったものの重み、父の死、弟から逃げることしか出来なかった弱い自分。
そして母の優しさ。
いかに私が家族に依存していたのか、身に染みて分かったと同時に、辛かった。
大丈夫な訳ないじゃないか。
身体の弱い母に傷のダメージが響いていない訳ないじゃないか。
弟だってそうだ。もう走れないのに…
私が家族に心配されてどうする。
あまりにも不甲斐ない。
壁にもたれたまま私は廊下にしゃがみ込んだ。
このままじゃいけない。私は二人を守るんだ。
「いかがでしたか」
ひょろ長い身体を曲げ、覗き込むように声を掛けてきたのは企業の男。
私は顔を上げないまま答えた。
「母をきちんと治療してくれて、ありがとうごさいました」
「何、我々も医療技術を売り物にしてる関係上、重篤なお客様を無下にしては信用に関わりますから」
そう飄々と男は答える。
その顔を見て、私はふと思いついた。
「……あなた達の企業は医療系の商品は何でも売ってるんですよね」
「ええ、まぁ大体のものは揃ってますよ」
「筋電義足って扱ってます……?」
「そう仰ると思ってカタログと料金プランを用意させて頂きました」
顔を上げて見た男の笑顔は、いつも通り張り付いたようだが、心なしか嬉しそうだった。
…レイヴン業とは別にバイトを探そう。
私は決意した。
ここから蛇足が始まります。ゆっくりと進みますがよろしければお付き合いください。