火星より、エネ。   作:BIG-BAKA-MONO

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生活

この街は寒い。

火星は地球と比べて太陽からかなり遠いことが大きな理由だ。

都市の中心部や大手の企業の拠点がある区画は気温の調節が行き届いており快適なのだが、労働者区画は管理がおざなりなのか平均気温は低めなのであった。

私が今寝泊まりしている場所は街外れの企業管轄区なだけあって快適だ。

しかし、現在私は前の住処があった労働者区画に戻って来ている。この街を去ってそれほど時間は経っていないが、やたら肌寒く感じてしまう。

なぜこんな所にいるかと言うと、アルバイトの面接に行くためである。

この街は労働者区画。正確には『開拓労働者区画』である。

つまるところ肉体を酷使したり重機などを扱う労働者が地球から集まった区画なのだ。

指揮は企業が行うが、労働者は正規の社員でない場合が多い。私の父の様に出稼ぎに来た者がほとんどらしい。まあ大体は地球に家族を置いて来るのがセオリーだそうだが。家族で暮らすには労働者区画は過酷な上に狭すぎる。

何が言いたいかと言うと、ここは男の街ということだ。

別にこういった労働が男だけの物などと言うつもりはさらさら無いが、この街は男性の割合が非常に高いことは事実なので仕方がない。

こんな街で私くらいの年齢の女が働ける職業と言えば、娼婦か給仕くらいの物しか思いつかなかった。

しかし私には自分の体を売るほどの勇気は無かった。甘えであることはよく分かっているが、どうしても決断することが出来なかったのだ。

結果、消去法で給仕、つまり飲食店でのバイトを探したのだった。

そして求人を漁って評判の良い店を見つけ、店に問い合わせたところ、面接に来いとのこと。

そして今、私はその店の前にいるのだが…

うわぁ…

目の前に建つ店は、飲食店というよりは大衆酒場。錆と機械油の匂いが立ち込めるこの街にはよく似合った風体の店だった。

何度か手元の地図と店を交互に見返し、ここが目的の店であることを確認した。

扉にはCLOSEの看板。まだ昼だからだろうか。

まあ開店している時に面接なんかしないよなぁ。

とりあえず扉を押してみると、鍵はかかっていなかった。

恐る恐る扉を少し開いて中を覗き込むと、壁に染み付いたタバコの匂いが鼻を突く。

少し顔をしかめながら、私は小さな声で問いかけた。

「ごめん下さーい…」

薄暗い店内を見渡していると、カウンターの奥から頑強そうな壮年の男性が顔を出した。

「何かご用で?」

睨むような視線に身をすくめながら、消え入りそうな声でバイトの面接だと答えると、男は面食らったような顔をした。

「そうか、君が…」

「はい….私です」

緊張からか珍妙な返事をしてしまった。

まずったなぁと顔を赤くしたり青くしたりしている私を尻目に、男はカウンターから出ながら口を開いた。

「いやすまんね、思ったよりその、若くて驚いたんだ」

多少困惑している様子。

やはり珍しいのだろうか。

「あの…すみません…」

「いや、謝らなくて良いよ。まぁとりあえず座って」

そう言って男はガタンと近くにあった椅子を引き出して私の前に置いた。

「あ、失礼します」

差し出された椅子に恐る恐る座る。

それを見た男も、椅子を取り出して私の目の前に座った。

面接が始まる。

 

1時間後。

私の目の前に座る大柄な男…この店のマスターは大きく俯き、腕で涙を拭いながらおいおいと泣いていた。

対面する私はどうしたら良いか分からずオロオロしていた。

「う……うう…大変だったなぁ…グスッ…まだ若いのに……辛かったなぁ……」

本当に…私は彼をどうしたら良いのだろう。

マスターは、面接とは言ったものの多くを質問してくることはなかった。

代わりに何故私がここに働きに来ようと思ったのか、つまり経緯と動機を聞いたのだ。

それに従って私は自分の身に起きたこと、レイヴンとなったこと、家族のこと、治療費のこと…全てを話した。

マスターは適当に相槌を打ちながら、真摯に話を聞いてくれた。

レイヴンであることを話した時は流石に驚いていた。どうもレイヴンとは雲の上の存在で、金銭に困ることはないと思っていた様だ。

しかし話を進めていくにつれ、彼は悲しそうに顔を歪め、ついには涙を流したのだった。

とても感受性が豊からしい。

こんな風に大人の男性が涙を流す姿を見たのは初めてかもしれない。

「あの…」

私は戸惑いつつも、マスターに声を掛けようとすると彼は突然立ち上がり私の両肩を掴んだ。

突然の出来事に体が跳ね上がる。

困惑しているとマスターは顔を上げ、

「君は今日からうちの子だ!一緒に働いてご家族を助けようじゃないか!」

と私に言った。

「それは…採用ってことで良いんですかね…」

大声にクラクラしながら私が細い声で尋ねると、マスターは泣き笑いの顔で大きく頷いた。

私はホッとした反面、不安も感じた。

マスターはとても良い人だ。最初厳つい顔に怯えてしまった自分が恥ずかしい。

しかし少しばかり情熱的過ぎやしないだろうか。まぁだからこそこの街で愛される店になったのかも知れないが。

…….うまく、やっていけるかなぁ

そろそろ肩、離してほしいな…とか思いながら、私は店の天井を見上げるのだった。

 

「ビール2本!大ジョッキでね!」

「はい!今すぐ!」

「エネちゃん、ビールこっちもお願い!」

「はい!ちょっとお待ちください!」

バイトを始めて早1週間。

面接を受けた日の印象とは大きく違い、昼は人通りの無かった表の通りは、一度夜になれば一変し、この街一番の繁華街と化す。

クラクラするような喧騒とネオンの光に包まれた通りはまさに夜の街という言葉がぴったりで、そこに立っているだけで酔っ払ってしまいそうだった。

「エネちゃん急いで!料理できてるよ!」

「あ、あぁすみませんマスター!」

回想に浸る暇もない。さすがは人気店だ。

この店での仕事にもだいぶ慣れてきたし、いくらか要領良くこなせるようにはなった。まぁ追いついていないのだが。

夜になると店は仕事帰りの労働者でごった返す。仕事に疲れた男たちは、この店で酒を飲み騒ぎ、明日への英気を養うのだ。

「お待たせしました!ビールです!」

お客さんの手前でつんのめってしまい、倒れこむように右手に携えた2本の大ジョッキをガツンと音を響かせてテーブルに叩きつけてしまう。片手で大ジョッキ2本は私には重すぎたのだ。

「ああ…ごめんなさい!」

慌てて頭を下げるとお客さんは、溢れてないし大丈夫だよと言ってくれた。

私は慌てて、ありがとうございますと言い頭を上げて、急いで左手に持ったビール瓶を二本隣の席に届けに行った。

何故こんなに盛況な店をマスター一人でやって行けていたのかが気になって仕方ない。後に聞いて見ると、どうも私の前にもバイトは居たらしいのだがあまりの忙しさに逃げてしまったらしい。なるほどと思ったが、私の心に芽生えた感情は、やってやるぞという前向きなものだった。案外自分はこの職場を気に入っているのかもしれない。

マスター曰く、前はこれほど多くの客は来てなかったとか。まぁ以前から人の入りは激しかったそうだが、私が働きだしてからまた増えたらしい。マスターは繁盛しているのはエネちゃんのおかげだと言って、ありがたがってくれる。だけど私にはそれがお世辞なのか本当なのか、分からなくて、苦笑いすることしかできなかった。

しかし忙しいことは忙しいが、私は良いバイトを見つけたと思う。割りかし良い給料も貰っているし、何より賄いが出ることがとても助かっている。おいしいし。

それにお客さんたちも不思議と優しい。大体の客の私を見る目が心なしか…こう、表現しにくいが優しげな気がする。何かプレッシャーじみたものも感じるような気もするが考えすぎだろう。

ビールを運び終わって、カウンターに戻る途中、壁際のラックに設置してされている古いテレビが目に入り、少し足を止める。

画面に映っているのは二機のAC。円形の闘技場を舞台に互いに激しい射撃の応酬が繰り広げられていた。アリーナだ。

熱心にその様を眺めるお客さん達の後ろから画面を覗き込みながら、私にもアリーナ出場の催促が来ていたことを思い出す。

試験の時にストラング試験官が話していたが、レイヴンになるということはナーヴス・コンコードというレイヴンを派遣する組織に所属するということだが、それは同時にコンコードが主催するアリーナに選手として登録されるということでもある。

アリーナは興行だ。対戦の組み合わせ次第ではたった一試合で小国の国家予算並みのファイトマネーが動くこともある、火星随一の娯楽なのだ。唯一とも言う。

半世紀くらい前なら地球でも頻繁に開催されていて、酷い時は小国の国家予算どころではないお金が動いたとか。しかし統一政府が樹立されて、平和を謳歌している今の地球においては専ら地下の競技に成り下がってしまった。地球では見たことがなかった私も、火星に来てからはテレビ放送でちょこちょこ見かけるが、野蛮であまり好きになれない。歴史の教科書に載っていた古代の奴隷剣闘士みたいな雰囲気を感じた。…まぁあながち間違いでもなさそうだなぁと、己の境遇を思い出す。

今の私はレイヴンであり、企業の所有物であり広告塔なのである。

はぁ…

なんだかんだで名前を売らなくちゃならないのでバイト先のここでも私は本名は使えないし、当然レイヴンであることも隠していない。私は酒場の給仕である前に、レイヴン『エネ』なのだ。

正直こんなことになるんならもっと真面目に名前を考えておくべきだったと思わないでもない。まぁこれはこれで覚えやすそうだから別に良いけども。

とりあえず、アリーナに出るのはもうちょっと先延ばしして、限界まで簡単なミッションで凌ごう。

そんな感じで考えをまとめた。ただの棚上げとも言う。

家族のために稼がなくてはならないが、まずは地盤を固めないと。

そんな風に正当化して、私はまた逃避したのだ。微かな罪悪感が胸に刺さる。

熱狂するお客さん達を尻目に、そそくさと仕事に戻った。

その時私は、テレビにかじりつく客たちから少し離れた場所で彼らを暗い目で見つめる一人の客の存在に気がつかなかった。

 

しかし世の中そんなに甘くはなかった。

ある日、単純作業じみたミッションを終えた後バイトを済ませ、早く寝ようと思って自室に戻った午前3時、壁の端末がけたたましく鳴った。ついに痺れを切らした企業が最終通達を叩きつけて来たのだ。曰くこれ以上催促を無視し続けると、現在5割の私の取り分が3割になるらしい。

最初それを見た私は、疲れのせいかなと思い、とりあえず寝た。

そしてそんなことはすっかり忘れて目覚めた朝7時半。寝ぼけ眼のままニュースでも見ようかなと端末の画面に触れると、真っ赤な通達が目に飛び込んできた。私はまず二度見して、目をこすってから三度見し、飛び上がった。

ギャア!ついに来た!

眠気は即座にどこかへ行ってしまった。

3割!5割でも辛いのにこれはあまりに酷。

いつも義足のための貯金に収入の6割を当てているのだが、この額を変えるわけにはいかないので割合が増えることになる。これは本気で生活に困る。ただでさえバイト先の賄いで騙し騙し生活していたのに。

逃げ道を塞がれた私は、渋々アリーナのランキングを確認すると、私は現在50位。最下位である。まあ当然だ、一度も出ていない訳で。気紛れで上位までスクロールしてみると、私のレイヴン試験の監督をしてくれたストラングさんの名前を見つけた。順位は10位、流石だ。紹介文には、任務達成率100%とあった。分かってはいたが、彼が凄まじい手練れのレイヴンであったことを再確認した。またあの試験官に会える日が来るのだろうか…

そんなことを考えながら、とにかく私は急いでガレージへと向かった。

 

どんな人が相手なのかとか、対AC戦はどうすれば良いのかとか、本当に模擬弾なのかとか、様々な疑問が溢れ出して私の頭は大混乱。

とにかくディスプレイで対戦相手のプロフィールを探してみる。

ヒットしたのは全体的に角ばった機体、ブレイクスルーとオーロラシーカーという名のレイヴンだった。「勝ち星無しの新人レイヴン」らしい。なんとも辛辣な紹介文だなぁ。しかしめげない姿勢から人気は高いとある。ふむ、良く良く考えたら私にもこんな身も蓋もない紹介文が付いているかも?そう思って自分のプロフィールを表示してみると、エンブレムも機体名も設定していなかったことに気がついた。これでは格好が付かない、後で考えておこうかな。

肝心の紹介文だが、なになに…

「家族の手術代を稼ぐため、アリーナへと身を投じた少女」

まぁ…間違ってはいないが私は手術費ではなく弟の義足代のために稼いでるということを指摘するのは細かすぎるだろうか。どうにもこう、同情を誘うような文のような気がしなくもないが…考えすぎだろうか。

しかし私の機体の武装の貧弱さは他人の機体を見た後だと際立っているように見える。対戦相手のブレイクスルーはライフルとブレード、私の機体はハンドガンとブレード。対して違いはないがライフルとハンドガンでは基礎攻撃力と弾数の差がある。若干ライフルの方が両方とも高いのだ。不安は募るが、武器を買う資金も時間もない。選手入場のサイレンが鳴り響き、私の機体は暗い格納庫からエレベーターでアリーナへと運ばれる。揺れるコックピットの中で機体操作の復習をし、対戦の流れをイメージする。私の頭の中で我が愛機は敵の弾を避け、距離を取り、チャンスに距離を詰め、敵を撃ち抜いた。

大丈夫、私ならやれる。

いつものように自分に言い聞かせ、深呼吸。

そんな中出場のランプが光る。始まる。

私は身を引き締め機体を昇降機に載せた。

ゆっくりと機体と共に私はアリーナへと登って行く、外界を表示するHUDに細い光が差す。ゲートが開いた。

広いとは言えないアリーナの向こう側に先程確認したのと同じ機体がゲートから姿を現わしたのが見えた。

視界の端に浮かび上がったカウントダウンが刻々と試合開始までの時を刻む。

3、2、1…

GO!

 

結果だけ述べよう。

私の勝利である。

しかしそれはあまり達成感のあるものでもなく、疑問さえ湧き上がってくる勝利だった。

経過を回想すると、まず試合が始まって先に動いたのは私だった。ブーストを駆使し敵の射線を避けたのだ。敵は初動が遅かった。そして私は敵の側面から射撃を加えた。どう回避されるかと思ったが、予想に反して敵はその場でゆっくりと旋回を始め、それから私の過去位置に向かって疎らに弾をばら撒く。時折ブーストで横移動をしていたが、極めて短距離で、それ以外はガシャンガシャンと歩いて回避しようと試みていたように見える。

結局、私は数発まぐれ弾を貰ったのみで、難なく撃破に成功してしまったのだ。

黒煙を上げながらゆっくり膝を付く敵を、私は何とも言えない気分で眺めた。

何だったんだ…

凄まじい肩透かしを食らった気分だ。

そして私が勝ったのは何かの間違いではないか、相手の機体が故障していたのではないかと疑問が湧き上がってきた。

その分受け取った賞金は雀の涙ほどで、弾薬費と修理費がコンコード持ちでなかったら赤字になってしまう程度のものであった。

まあ何にせよ、これにて私はアリーナ49位となったのだった。

 

試合終了から数刻、会場を後にした私はガレージで機体の整備をしながら考えていた。

試合で用いられるのは模擬弾とは言え相手は有人機。倒したらフェイクではあるが火花や黒煙が上がる。やっていて気持ちの良いものではない。

対人戦は私にとって精神衛生上よろしくないような気がする。

結局「やはり私にはアリーナの雰囲気は合わなかった」と勝手に決めつけ、催促にしたがって一度でも出場すればしばらく文句は言われないだろうと踏んで通常の任務に戻ることにした。

要するに面倒だっただけである。

しかしまあ、別に期待していたわけじゃないが、アリーナへの出場は私に何らかの変化を起こす起爆剤にはならなかったわけだ。一度勝利を味わえばそれが次の試合へのモチベーションになる、とかどこかで聞いたような気がするが、どうも私には当てはまらなかったようだ。そう言えば試合の相手のACの名前はブレイクスルーだっけか。なんて皮肉、とか考えてしまうのは被害妄想だろうか。

まあ考えても仕方ないので、とりあえず考えを仕事に移そう。

さあ、今回の任務はどんなのだろうか。薄っすら光るディスプレイをぼんやりと眺める。

しかし思考は靄がかかったようにまとまらない。ふふ、いつも通りだ。

少しだけ笑って、面白みの無い日常が帰ってきたことに少しだけため息をついて、コックピットのハッチを閉じた。

 

しかし幸か不幸か、この面白みの無さを恋しく思うことになってしまう。

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