あくる日。私はいつものように無人機の排除依頼を受けていた。
いつもと違うことと言えば、今までは旧市街地で地上を這い回るタイプの無人機ばかり相手にしていたのだが今回は飛び回るヘリコプターのようなタイプであることと、旧市街ドームからかなり離れた砂漠で戦っているということくらいだろうか。
的が小さく動きも素早い飛行タイプは厄介極まりない。弾はミサイルを含めて尽きそうだ。
四苦八苦しつつも何とか殲滅は完了したが、照準を合わせることに必死で棒立ちになってしまい、ミサイルと機銃の集中砲火を食らってしまった。耐久値は何とか残したが、大破ギリギリという危ない状況だった。
怖かったぁ…
今まで以上に感じた命の危機に私は激しい恐怖を覚えていた。が、不思議と試験の時と比べると恐怖はまだ薄いようにも思える。今回の方が危なかったのにである。
良く言えば「慣れてきた」だが、言い換えれば
「麻痺してきた」になるのかな。
自分の命も大して意識できなくなっていることに気がついて血の気が引いた。私はこのまま機械のようになって、いずれ有人機の相手にも抵抗がなくなって…そんな不安が頭の中に朧げに浮上したが、頭を振ってそれを振り払う。
ふと冷静になってみると、なんかいつもこんなだな、私。いつも怖がって、それから自己嫌悪だ。
誰が見てるわけでもないのに、なんだかきまりが悪くなって頰をかこうと伸ばした指先がコツンと硬いものに遮られ、ハッとヘルメットを被っていたことを思い出した。
バカだなぁ…と自嘲気味に笑う。
まぁ、考えていても仕方ないし帰ろうかなと思い、オペレーターに連絡すると、帰って来たのは耳に突き刺さるノイズだった。
え。
どういうことだろうか。先程の戦闘で通信機器が故障したのかと思いディスプレイを弄るも特にその手の警告は出ていない。
何故だろうと思ったのもつかの間、ふとカメラから外を眺めてみると黄色い霧のようなものに遮られて寸分先も見えないことに気がついた。そして私はすぐに答えに行き着いた。砂嵐である。
砂漠では砂嵐が度々起きるという話は前々から聞いてはいたが、激しい電波障害も併発するという話もあったことを思い出す。
「オペレーターさん、聞こえてます?あの、帰投の…」
まさかと思い再び呼びかけてみるも、やはり返答はない。
連絡は不可能だった。
慌ててレーダーを確認すると、ノイズにまみれて全く機能していなかった。
レーダーも視界もない。通信も使えない。
つまり私はこの砂漠のど真ん中で孤立してしまったということになる。
嘘…
ことの重大さを理解すると、ドッと冷や汗が流れ出た。
こんなところで野垂れ死ぬのは嫌だ!
戦闘とは別種の、真綿で締めるような感覚に息がつまる。
混迷を極める思考でもってしばらく解決法を考え、結論を出した私は即座に回線をオープンに切り替えた。
「誰か、誰か、誰かいませんかー!」
とりあえず近距離通信なら生きているはず。近くを通りかかる人に助けを求めるしかない…!
この時点でこんな辺境の砂漠で人と出会う確率のことは頭から完全に抜け落ちていた。
「誰か、誰かー!」
何にせよ、私は広大な荒野で無謀な呼びかけを続けるのだった。
5時間ほど経っただろうか。
コックピットのハイドレーションシステム(給水システム)のタンク残量はわずか、私の気力も尽きつつあった。
心なしかコックピット内の気温は下がりつつあるような気がする。砂漠の陽が落ちる。
機体のジェネレータは待機状態であれば数週間生命維持装置を稼働させるだけの出力はあるが、大破寸前の私の機体ではそれも信頼はできない。そもそもACは単機で長期にわたる任務に耐えるようには出来ていないのだ。狭いコックピットの居住性は最悪で、食料も軽食程度のレーションしか積んでいない。
「誰か……誰かぁ……」
喉は枯れて声はもう掠れている。
もはやこれまでかと心は折れかけたその時、極限の中で研ぎ澄まされた私の聴覚は、無線のノイズがほんの少しの乱れを逃さなかった。
それに一縷の望みをかけ、私は必死に呼びかけた。
「だっ誰か、誰かいますか、助けてもらえませんか…」
声を張ろうとしても、喉に焼け付くような痛みが走り、掠れた声しか出ない。
しばらくの沈黙。
ダメか…
諦めかけたその時、奇跡が起きた。
「……う……な…」
荒れ狂う嵐を表したような激しいノイズの中から、明確に人の声と取れる音が段々と鮮明に聞こえてきたのだ。
もう一心不乱だった。
「っ助けてください…!…お願いします…」
私は色々なものを顔面から垂れ流しながら呼びかける。
その声はついにハッキリと聞き取れるように。
「…どうした!遭難か」
声の主と私がお互いの姿を目視できる距離まで近づいて来てから私は絶句した。
砂嵐の中からゆらりと姿を現したのは巨大な人型…ACだった。
レイヴン!
驚いたのは相手も同じようで、こちらへ向かう足を止めてしばし佇む。
戦々恐々していると向こうから話しかけてきた。
「何が狙いだ?」
先ほど私の呼びかけに応えてくれた時とは似ても似つかない、落胆したような冷たい声が刺すように響く。
「わ、私ここでオペレーターさんと連絡がつかなくなって…」
必死の応対。何が何でも助けてもらわなければならない。事実を伝えるのだ…
「御託は良い、質問に答えろ」
そうバッサリ切り捨てられた。
それどころか、良く見ると相手は私に向けて右腕のライフルの照準をこちらに向けていたのだ。
恐らく返答次第では容赦なく火を噴くだろう。
どう言えば良いのだろう、何をすれば助かるのだろう。コックピットを狙う銃口を尻目に、なんとか思考をまとめようとするが、どうにも上手くいかず、焦りが頭をかき乱す。
まずは敵意が無いことを証明しなければ。
とにかく思いついたことをしてみよう。私は機体のジェネレーターを緊急停止させ、コックピットのハッチを非常コックでこじ開けた。
そして機外に身を乗り出して両手を広げ、助けてくださいと叫ぶ。
後から考えると本当にどうかしていたと思う。
普通に考えれば分かることだったはず。機外が今どうなっていたか、よく分かっていたはずだったのに。
かなり大きく乗り出した私の体は、外界を吹き荒れる強風にいとも簡単にさらわれて、バランスを崩してコックピットから転落してしまった。
転落と同時に何か目の前で轟音が響いたような気がしたがそんなことは意識の外だった。
あ、死んだ。
先ほどまでの混乱から一転して、私の思考は急に冷静になった。
コックピットがある機体の胴体上部から足元まで大体7m位かな、10m位だろうか。下が砂とは言えタダでは済まないだろう。停止させた時に膝をついとくんだったなぁ。しかし短かったなぁ人生。結局なーにも出来なかった。
…死にたくないなぁ
色々頭に考えが浮かび、自分の行く末を受け入れようと努力していると、思っていたより早く背中に衝撃を受けた。
ぐえー!
分かっちゃいたけどやっぱり痛い!
即死じゃない、死ぬまでが苦しいんだろうなぁ。やだなぁ、それにしても背中が痛い。
痛みに身をよじっていると、ヘルメットのインカムに声が入った。
「…何やってんだアンタ」
気がつくと今私が転がっているのは地面じゃない。もっと硬くゴツゴツした金属質の…
これはACのマニピュレータ?
不思議に思って見上げると、赤く光る巨大な一つ目がこちらを見下ろしていた。
どうも私に銃を突きつけていたACが咄嗟に左手を差し出してキャッチしてくれたらしい。
私はコックピットから2m程しか落下していなかった。
先程の轟音は彼が私を助けるために機体のブースターを使った噴射音だったようだ。
「…こんな間抜けなレイヴン初めて見たな」
呆れたような、いや明確に呆れた声がインカムに響く。
九死に一生を得たが、これは恥ずかしい。
「あ、あぁありがとう、ございます…」
「どうも締まらんな…」
その声はさっきほど冷たくなく、少し柔らかくなっていた。
「確認するが本当に遭難しただけなのか」
私を掌に乗せたままそう聞いてきたので、何度も首を縦に振って答えた。
分かってくれたかな。
「そうか…まあ良い」
そう言うと、彼はゆっくりと左腕を持ち上げ、私の機体の上に優しく戻してくれた。
今度は飛ばされないようにハッチにしがみつきながらコックピットに潜り込む。内部は砂だらけだったが、何とか操作は出来そうだ。
しかしあんなに警戒していたのに助けてくれた上に、少しとは言えまだ武装を残している機体に私を戻して良かったのだろうか。私に背中を撃たれたり…いや、そんなことをする気は無いが、そんな心配はしていないのだろうか。自分で助けてと言っといて何だが、不安になって聞いてみると、アンタみたいな間抜けに遅れは取らないと言われてしまって渋い顔。まあ実際多分返り討ちだろうけども。
そんな話をしつつ、私が機体の再起動に手間取っている間にもう彼のACは歩き出していた。
「付いて来い」
ジェネレーターに火を点け慌てて追いかける。
少し歩いたあたりであることを思い出したので聞いてみた。
「あ、あの」
「なんだ」
「私エネって言います。本名じゃないんですけど…」
「ふむ」
「……あの、あなたのことは何て呼べば良いんでしょう…」
沈黙が帰ってきた。
これは聞いちゃいけなかったかな…レイヴンのマナーというヤツだろうか。
ヒヤヒヤしながら待つ。どうしよ…どうしよ…
しばらくして、無線に微かにクツクツという異音。何の音かと思っていると、それが彼の笑い声だと気がついた。
「…クク…フフフ…」
笑われてる。
「あの…」
「フフ…いや済まん、そんなこと聞かれたのは初めてでな」
「はぁ」
「…レイヴンは互いをレイヴンと呼び合う。それ以上を知る必要は無いからな」
「なんだか寂しいですね」
これは素直な感想だ。名前も呼び会えないなんて。
「まあどう思うかは自由だが。俺のことは好きに呼ぶと良い」
好きに、と言われても。しかしこんな話をされると意地でもレイヴンと呼びたくなくなってしまうではないか。さあなんて呼ぼうか…
「…おじさん」
「ん」
「おじさんと呼びます。よろしくお願いします」
滅茶苦茶失礼なことを言ったと思う。しかしレイヴンとは呼びたくない。おそらく声からして男性だろうということしか彼のことを知らないが、思いついたのがこれしかなかったのだ、仕方がない。
多分この時の私の目は据わっていただろう。
「変な奴」
そう言う彼、おじさんの声は不思議と嫌そうではなかった。
ストックが尽きました。続きはしばしお待ち下さい