落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 作:柳之助@バケつ1~4巻発売中
夜の帳の中で張遼は蒼一を睨みつけていた。
数瞬前までは寺であったはずの場だった、その面影は最早ない。只の木材が雑多に積み重なっているだけだ。
その中で埋もれるように蒼一は倒れている。動きはない。
しかし張遼は偃月刀を握る手を緩めなかった。張遼も蒼一も恰好だけ見ればボロボロである、口の端や額から血を流している。それでも一見すれば張遼の勝利で蒼一の敗北にも見えた。
当然違う。
「ふぅ――」
だらりと、あくまでゆっくりな動きで蒼一は立ち上がった。額から流れる血で濡れた髪をかき上げつながら長く息を吐く。その様子から視線を外さない張遼の顔は険しい。
「何故だ」
「あん?」
偃月刀をきつく握りしめながら張遼は詰るように問いかけた。その顔には静かな怒りが。蒼一に対して発せられた感情は空気を震わしている。
「何故使わない。昨日のように使えない状況ではないだろう。もしかして君は僕を馬鹿にしているのかな?」
彼の指すのは当然那須蒼一の『瑠璃神之道理』だ。最早語るまでもないその奥義はこの相対戦において未だ使われていないままだ。
それはつまり未だに蒼一は全てを出し切っていないということ。本気なのかもしれないが、少なくとも全力ではない。それは張遼にとってどうしようもない屈辱だ。彼からすれば力の出し惜しみをする相手などに勝ってもまるで嬉しくない。それどころ恥じとすら感じるだろう。
それは武人というものだ。
そして蒼一の返答は、
「は? そんなわけないだろ」
呆気にとられたようなものだった。
「アンタ相手を馬鹿にするとか馬鹿な真似するかよ。まったく」
やれやれと首を振り、ついでに首を
「『瑠璃神之道理』は俺とレキの絆だ」
言った。
「今ここにいる俺がいて、レキがいるから存在する力だ。俺が俺じゃなかったら、レキがレキじゃなかったら存在することはない」
色金は心につながる金属だ。だからこそ色金の力を体現するにはなによりも心が必要なのだ。故にそれは唯一無二の蒼一とレキの人間関係。
それがあるから『瑠璃神之道理』はある。
それがなければ『瑠璃神之道理』はない。
それは那須蒼一とレキを知るものならば、周知の事実。
当然、張遼も知っていた。
「だから、なんだというのかな。それは僕だって聞いている。それが僕との相対で全力を出さない理由になるのかい?」
「だーかーら。頭固いなぁほんとに、お前さんは。そして全力出してるって。マジだから。まぁなんつうかさ」
言いにくそうに少しだけ淀み、
「あー言いにくいなぁ、えっと。つまり『瑠璃神之道理』は俺とレキありきってことだよ。俺だけの
言った。
「解るか? 俺固有の技術は蒼の一撃とか格闘スキルなんだよ。つまり、頭の固いお前さんにも解りやすく言うとだな」
笑みを浮かべて、そして拳を――否、手刀を構え、
「――漢の戦場だぜ? 女の力借りて戦うなんてことできねぇよ」
言い放った。
「だから、『瑠璃神之道理』は使わない。かっこ悪いじゃん。……まぁ俺は基本的にあいつのために戦って生きてるんだけど、アンタと戦う以上は身一つで殴り合いしたいんだよ」
喧嘩は男の華だから。
野郎同士の殴り合いなら互い魂だけをぶつけ合いたいと蒼一は言っていた。常にレキ中心に物事を考える蒼一からすれば滅多にないことだ。
愛のために生き、惚れた女のために戦う那須蒼一は、極めて珍しく自身の願望のためにその武威を発揮していた。
それがどれだけ珍しいことであるのかは張遼は理解しきれているわけではない。彼が蒼一について知っていることはあくまでも表面的な経緯とレキとの関係性だ。蒼一という存在の根底にまで触れているわけではない。
それでも、
「――そうか」
今、確かに触れている。
一人の男、武人として。互いの魂が交叉しているのを感じていた。
「非礼を詫びよう。そういうことならば、寧ろ光栄だ。そんなことを言割れるとは思わなかったよ」
「かはは、俺もあんま言わねぇよ。アンタを含めて二、三にいるかなぁ。レキ抜きの関係とか」
「それはそれは」
そして笑みと共に張遼は偃月刀を構え直す。数瞬前までの苛立ちが籠っていた気配はない。寧ろ清々しそうに。いっそ無邪気な子供のように歯を剥き出しにして笑う。
ためらいも憤りもないにもない。蒼一にああまで言わせたのだ。彼が出し惜しみをする理由はどこにもない。曹操の臣下としてだけではなく、一人の男としての相対を彼は望んでいたのだ。
「さぁ、ここからが本番だ」
「応とも。生憎さっきまでは無様晒してたけど、こっちも
「君もだ。僕も僕が身に宿した力を使わせてもらう。出し惜しみなしだ」
故に二人の益荒男は全身全霊を以て、今度こそ相対しに行く。
「――!」
行った。
●
『疾ク馳セ参ジ者』。
それが張遼の保有する能力の名前である。曹操率いる曹魏の将たちはそれぞれのオリジナルが為した伝説や逸話をそれぞれの形で再現していた。
張遼のソレは『張来々』と呼ばれたかの英傑の有様を体現したもの。
任意の対象への斬撃補正。
それが今の世を神速の名を担う男の力だった。
踏み込みと同時に偃月刀を振るう。
生み出した斬撃は距離的に見れば蒼一には届かないはずなのに――届いた。斬撃を飛ばしたわけではない。偃月刀を振るう最中刃が、張遼がまるで蒼一に引き寄せられるように超加速して届かせたのだ。
「!?」
それが彼の異能だ。
昨夜、唐突にレキを背負い走る蒼一に一撃を喰らわせたのもコレだ。それは最早転移に等しい。蒼一からすれば一歩踏み出しながら斬撃を繰り出したかと思えばその刀身が目の前にあった。常人ならば何が起きたか気づかずに絶命。ある程度の手練れであろうと刃は認識しても、反応はできずに死んでいた。
「――」
けれどこの場に立つのは他でもない『拳士最強』那須蒼一だ。
反応した。
「!!」
右の手刀と袈裟斬りの偃月刀が激突した。
「オオッッーー!!」
止まらない。
「駆けろ……!」
刃は疾走する。斬撃の初速と最高速の差が激しい。斬撃途中に超加速する一刀は威力は言うまでもなく破格であり、緩急故に予測も困難だ。一閃毎が必殺。だがそれはこの程度で終わるはずがないだろうという信頼の表れであり、
「――」
それに蒼一は当然の如くに応える。
見る、観る、診る、看る、視る――見取る。妹の『業見取《アイキャッチコンタクト》のお株を奪うかのように張遼の猛撃を見切って、全てに対応していく。
拳ではなく手刀だ。
これもまた蒼一にしては珍しい。
元々彼は『拳士最強』の名の通り、徒手空拳五体満足における戦闘では他の追随を許さない。古今東西あらゆる武術を蒼一は習得し、その中で自分の好みに沿って
そういう意味では手刀はあまり使われない。蒼の一撃第七番『蒼刀開眼』にはあるが、言ってしまえば、それがあるのだから通常使うことはない。
だが――今この瞬間、蒼一は手刀をメインして戦っていた。
否、ソレは手刀に限った話ではない。
「旋・風・脚……!」
飛び上がりながらの二連回し蹴り。それもまた張遼の斬撃と拮抗して弾かれ合うが発生するのはやはり金属音だ。蹴足というよりも――足刀だ。
「なるほど、それが」
「応とも。俺の新技ってことだ」
拳ではなく手刀。蹴りではなく足刀。全身は鋼の硬度を宿している。
「元々俺はレキの刀ってことになってた。まぁそれは比喩だったんけどちょっと前に俺の大好きな兄弟がすっげー刀ゲットして色々スキル増やしてさ。悔しかったから比喩じゃなくて現実的なものにさせてもらったぜ」
名付けて――蒼刀・錻。
自身を一本の刀と見立てた蒼一の新しい戦闘スタイル。
「俺テンション上がると見切りスキルすぐに放棄するからなぁ。無意識で即死しそうな傷は避けてただろうけどな。けどもったいないから、コレ使ってる時は見切りがメイン。そういう風に調整した。ま、さっきしたばっかりだけどな」
「いいのかい? そんなにペラペラ種明かししても。この戦いは世界中継で、あらゆる機関が観戦しているんだよ?」
「別に今更だし。あとはまぁ――俺を倒せるなら倒してみろよ。レキ絡みでは絶対負けないけど、男同士の喧嘩でも負けるつもりはないぜ」
「大した自信だ。ではまず僕がそれを打ち砕こうかな」
「やってみろ」
止まることはなく――むしろ二人は加速した。
動き初めは同時でも攻撃速度は補正が生じる張遼に圧倒的なイニシアチブがある。それでも確実に蒼一は対応していた。ぶつかり合いは衝撃波をまき散らし、回避された一刀は周囲を切り裂く。当然ながら、この清水がそれだけの激闘に耐えられはずもなく崩壊していく。
そして同時に、
「駆け下りよう黄泉平坂」
「先に落ちた方の負けかい?」
崖を駆け下りた。
同時に街の彼方で巨大な炎柱が。けれど構わない。
清水の舞台だった場所から二人は同時に飛び降りる。基本的に清水の舞台からの飛び降りは意外にも生存率は高く、死ぬ方が珍しいほど。蒼一や張遼の場合はまず問題なく着地できるだろう。
それでも二人が同時に飛び降りれば言葉通り、黄泉路への坂だ。
蒼一が中空を蹴りながら張遼へと右足刀を叩き込み、それを張遼は偃月刀の柄で受け止めた。しかし同時に蒼一が逆足で瞬発。右足を偃月刀に絡ませ、それを始点にして縦回転。
サマーソルトキックだ。
「ぬっ……!」
顎へとカチ上げられる一閃に張遼は背中を逸らしながら回避する。右肩に縦一文字喰らったが浅く問題になるほどではない。だから止まらない。張遼もまた空間跳躍は可能だが、それよりも異能を用いれば足場の有無は関係ない。例え初速がどれだけ脆弱であろうとも常に全力状態へとなるのだから。
連続で叩き込む。
中空に手放ったのは斬撃五閃。首、袈裟、逆袈裟、十文字。一瞬で放たれたとは思えないほどの速度と威力。異能の使用によってヒットの瞬間に最も威力が発揮されるようになっている。
「ガッ、アァァ……ッ!」
首だけは回避し、クロスさせた腕で防御するも残りの 四撃は受けた。全身は鋼の如く硬化していたにも関わらず、鮮血が舞い、切創が刻まれる。致命の一撃、ではあるものの、
「寧ろ燃えるね……!」
致命傷を被いながらの戦闘など蒼一からすれば当たり前のことだ。いつだってボロボロになりながらも戦ってきたのだから。血を流し、傷を受けようとも、死に片足を踏み入れた所から彼の本領は発揮されるのだ。
「蒼刀・錻――無空抜刀」
手刀が疾走する。無拍子で放たれる乱斬撃。溜め無し隙無し、武術の一つの極意。それが張遼を切り刻む。蒼一ほどではないにしろ、傷を受け血に塗れる。
けれど張遼もまた蒼一と同じだ。生と死の境目にあってこそ最も魂が震える。王の槍として、勝利を捧げるために。一人の男として負けないために。
二人はその身に傷を宿しながら、
「かはは――」
「ははは――」
笑って、
「はーっはははははーーー!!」
勝利を掴みに行った。
●
張遼は全身を駆動させる。崖淵に同時に足を付け、地面はすぐそこ。故にここで決める。先に上がった炎柱もおそらくは別の相対場所での決着か、それに近いことだろう。自軍か敵軍、どちらが勝ったのかは解らないが、しかし仲間の勝利を信じている。だからこそ己も勝利を得ることを望むのだ。
「――」
着地の瞬間、全身をたわませた。足首や膝、腰などの関節部を脱力して、直後に瞬発することによってカチ上げの一刀をより強固なものにする。
今度こそ蒼一の肉体を逆袈裟に両断しようとする轟閃。衝撃の伝達に加え、『疾ク馳セ参ジ者』の使用によって、十割以上の出力を発揮し蒼一へと振るわれる。穂先に水蒸気を纏い、音が遅れてくる大斬撃。振り上げ、蒼一ごと崖までもを両断しかねない必殺技。極限にまで高められた武威は、単純な一手でさえも奥義だ。
違うことなく命中すれば那須蒼一を絶命しうるだけの一撃はその威力を発揮する。
蒼一は前に出た。
正気の沙汰ではない。不安定な足場で、確実に自分を殺す一閃を前にして、前進することなどできるはずがない。加えて言えば蒼一でもこの張遼の必殺は止められない。防御しようとも守りごと抜かれるし、回避は遅い。
だから迎え撃つことを選んだのだ。
「――武者狂い」
激突した。
右の腕刀を偃月刀に激突させて一際高い金属音が鳴り響き――止まった。
「な――!?」
驚愕は張遼から零れたもの。自身の至高の一閃が完全に相殺されたのだから。彼が誇り高い武人だったからこその一瞬のスキ。
そこを蒼一は逃さない。
『武者狂い』。
見切りや捌きのスキルを最大限に利用したその奥義は相手の攻撃を完全に相殺することであり、当然それだけで終わらない。『武威狂い』は決殺技への前段階。
そして狂った両腕の刃が、
「蒼刀・錻限定奥義――」
『天上天下・蒼』と同じ零拍子。両腕の二刀として振るわれる神速の双閃。拳と手刀という差異はあれどそれが武術の極みであることには変わりない。
蒼き一刀が鞘走った。
「――蒼ノ逆鱗ッ!」
偃月刀を粉砕し、張遼の胸に十字が刻まれる。
かつて蒼一が握拳裂に刻まれたように。
そしてそれこそが勝敗を決定付けるのだった。
『
那須蒼一対張遼文遠。
勝者――那須蒼一。
番外編の時は蒼刀・錻は蒼一の格闘技能のことを示していましたが、現段階では手刀足刀メインの戦闘スタイルっていうだけです。
念のために言うと
ちなみに限定奥義、技名に二時間くらい悩んだ(
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