落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 作:柳之助@バケつ1~4巻発売中
それはサードがその拳を振りぬく音だ。少しづつ高度を増していくステルス戦闘機。雲は近くなり、徐々に気温は増していく。空気中のチリやゴミも少なくなっていき、純粋な大気だけがある空間。
それをサードは打撃する。
「くは……!」
踏み込みの瞬間に義足部のカートリッジを炸裂、ステルス外装を砕きながらサードの身体は押し出され、衝撃を拳へと伝達しつつ射出し、腕が伸び切った瞬間にさらに腕のカートリッジを炸裂させた。サードが拳を叩き込んだ後に放たれる大衝撃。その度に大気が揺れて、戦闘機やサードたちの身体に張り付いている氷を砕く。
「……!」
それをキンジは紙一重で避ける。『
解っていたこととはいえ――強い。
それでも拳や蹴りを武器としつつも拳闘や格闘とは程遠いものだ。蒼一のように対人を想定し、技術を以て打倒するのではない。
あるのはただの破壊だ。
幾千の破壊を、幾万の崩壊を、幾億の喪失を、絶対の蹂躙を、無限の闘争を。戦場を焦土に。命を骸に。生を死に。有を無に。科学が生み出した科学の修羅。人の業が創り出した傑物。倫理を無視した悪魔。
人工天才、人間兵器。
「それでも、あの女はそれが平和に繋がるって信じてたんだ」
それだけの絶対的な戦闘力を保有するからこそ、絶対的な抑止力になると信じていた。
「夢見がちな女だったよ。パソコンの液晶や実験の資料の紙とか訳の分からん薬品ばっか扱ってくせに、いつだって夢を追いかけていた。世界は平和になればいいって。自分が地獄に落ちても、そうなるのだったら最高に笑えるってな」
不器用な女だった。サードは彼女のことをそういう風に思う。不器用で、頭がいいくせに馬鹿で、自分が幸せになるなんてことを考えていなかったのだ。
「だからなぁ俺があんた夢を叶える。そうしたらさぁ……アンタの夢は終わって、アンタは目が覚めて。そこから先は人類とか平和とか気にせずに生きて、自分の幸せを見てくれるよなぁ」
「だから!」
呟かれるサードの言葉の間にも動きが止まるわけがない。寧ろ、言葉にすればするほどサードの狂気は強くなっていく。その全てをキンジが理解できない。できるわけがない。できるなんて言っちゃいけない。
――世界はキンジを中心に回っているわけではないのだ。
なにもかも自分に理解できるわけがない。物語に記されていないくて、誰も知らないような真実がある。
それは例えばサードがサラ・ウェルキンと共に過ごした刹那とか。
それをキンジはどうやっても理解できない――しようとも思わない。
「生き返らすのか!」
「あぁそうだ!」
顔面に叩き込まれる撃拳を体を前に倒すことで回避する。頬が浅くはない裂傷を受けるがそれでも動く。サードの懐に潜り込むように体を沈め、
「お前にだって解るだろう、兄弟!」
目と鼻の先で、サードが腰から引き抜いた拳銃をノータイムで発砲した。自動式拳銃の一発。超至近距離、続く弾丸も打てないほどの刹那。この一発がキンジの脳天を貫いたところでやっと次の弾丸が放たれるだろう。それを高速化された思考の中でキンジは認識している。
だから行動の一切の淀みはない。ほんの少しだけ、ゆっくりと迫る弾丸を前にして顎を引き上げる。同時に一度引かれたサードの指が戻っていくのが見えた。それすらも計算に入れつつ、
「――ッ」
「
衝撃伝達掌破を叩き込む。インパクトの瞬間腕を中心に回転させることで衝撃を叩き込む。鎧通しとも呼ばれる一撃はサードの特別製コートの上からも確かにその威力を彼に伝えて見せた。
「ッもしも! 緋弾が死んだら!」
「!」
けれどそれにサードは構わない。痛みなんていう次元を最早完全に超越していた。あるのは狂気と愛だけしかないから。科学に生み出された兵器であるはずの彼は悲しいくらいに痛みを抱えてその
「お前の女が! お前に付き従う配下たちが! 高校の友達たちが! お前の戦友や家族が! 昨日まで普通に笑っていたやつが、ある日突然死んじまって、お前はそいつらに帰ってきてほしいって思わないのかよォ!」
鷹捲を打ち込んだ後の隙。どうしたって消せない技後硬直。例えばこれが那須蒼一やカナやランスロットならば技術で、或は曹操や遙歌ならばその生態にて消したり新たな動きに繋げられるのかもしれないがキンジはそうは行かなかった。
撃鉄が落ちる音がする。
そして鉄塊が胸を撃ち抜いた。
「バーストォッ!」
「ガハッーー!」
胸部に直撃してキンジの身体が吹き飛んだ。一度大きく足場をバウンドし、空へと放り出されかけた。それでも無理矢理バタフライナイフを足場に突き刺し落ちるのを防いだ。拳銃からナイフと緋刀に持ち替えつつ、緋刀で身体を支えながらなんとか立ち上がる。一撃受けて、あばらは何本か折れて、臓器もかなりのダメージを負っただろう。
それでも立った。
「……思うさ。兄さんが死んだ時、多分俺は同じことを思った」
去年のクリスマスに遠山金一が死んだと聞かされた時。実際には死んでいなかったけれどその死を信じたキンジは彼が帰ってくるのを望んでいた。兄さんが死んだわけがない。あんなにも強かった兄さんが帰ってこないわけがない。兄さんは無能なんかじゃない。兄さんは悪くない。悪いのは罪を擦り付けた社会だ。武偵っていう制度そのものだ。
そう思っていた。多分、そのまま何もなければそう想いつづけて武偵も止めていただろう。強襲科なんて止めて、探偵科あたりに移って、さっさと一般校に転校したいなとか考えながら惰性で武偵高にいただろう。
多分それは、結構な確立の話だった。
「あぁ、そうだな。死んだ人を惜しむのは、帰って来てほしいのは自然なことだろうさ」
「そうだ、だから俺は――」
「でもな、駄目なんだよ。それはやっちゃあいけないことなんだ」
「――」
「俺は、アイツを……蒼一を見て知ったんだ。アイツはさ、自分の師匠を、父親みたいな人を自分で殺してさ。多分すげぇ傷ついたんだと思う。俺以上に。でも、アイツは……生き返ってほしいなんて一言も漏らしたことはなかった」
那須蒼一が握拳裂に関して語ることは少ない。あの二人の関係をキンジは子弟関係以上のものであると知っているけれど、具体的なことは何も知らない。これもまた、キンジが知らなくてもいいことだ。ただ彼は。那須蒼一は誇らしげに。いつだって胸を張って彼から受け継いだその字を名乗っている。
「アイツは言ってたよ。泣いても何も変わらないし、時間が経っても忘れられないし、帰っても来ない。死んだから。帰ってこねぇよ、死んだらそれで終わりだ。その先なんてない。死んで、燃やされて骨になって埋められて微生物に分解されて何も残さず何も残らず終わるんだ」
でもだからこそ。
「――俺たちが死んだ人の想いを受け継がなきゃならないんだ」
握拳裂の後を那須蒼一とレキが。
シャーロック・ホームズも後を遠山キンジと神崎・H・アリアが。
死んだら生き返らないのは人外だって同じだし、彼らに限った話ではない。蒼一や遙歌の両親や、キンジの両親だってそうだし理子もそう。ランスロットも本来使えるべき主を失っている。
そしてそれはキンジたちだけに限った話ではない。
目の前にいるサードはそうだし、この世界中のどこにでも転がっている極々当たり前の話でしかない。
だからこそ。
「死んだ人を生き返らせたら駄目だ。それはかつてから今に、今かいつかに繋がって受け継ぐことを侮辱することだ。彼らが生きて来て、命を失っても、後の世代に繋げてきたことを踏みにじる行為だ。悲しいから苦しいからだから死んだ人を生き返らせましたなんて、そんな御都合主義あっちゃいけねぇんだよ。
そんな風にあれもこれも叶えてしまったら――それは多分人間ではない別の何かだ。
そんなものに――なりたくなんかない。
「失くしたものは帰ってこない。帰ってくるってことは大した価値がなかったことだろう」
失くしたら帰ってこない。失ったら戻ってこない。簡単に帰ってくるのならばそれに価値なんてなかった。どれだけ頑張っても、頑張れば帰ってくると言うのならばたかが知れている。
だから誰もが大事なものを抱きしめるのだ。
手を繋いで、心も繋げて。
離したくない、離れてたくないって。
無垢な子供みたいに。
「……あぁそうだよなぁ」
キンジの言葉にサードは呻くように言葉を漏らす。解っているよと言わんばかりに空を仰ぎながら。
「その言葉は正しいんだろうなぁ
でもよぉ、
「ダメなんだよなぁ。願わずにはいられないんだよなぁ、間違ってるって、アイツは望んでないって解ってるのにさぁ、それでも俺はアイツにもう一度会いたいんだ。抱きしめたい、キスしたい、好きだっていいたい愛してるって囁きたい――一緒に生きていきたい」
サードがサングラスを外す。顔面刺青のせいで解りにくいが顔立ちはキンジによく似ている。その両目は義眼らしいけれど、一見しただけではわからない普通の黒い目だ。
泣いてはいなかった。
涙もなかった。
涙なんてきっと流し尽くしたのだろう。
泣いているのは多分心の方だ。
「無理だぜ兄貴。今更俺は言葉でなんか止められねぇ。そうであるべきなんて知らねぇよ。そうしなきゃいけないなんて知ったことかよ。俺はアイツに会うって決めたんだそうじゃなきゃ俺はもうどこにもいけねぇ」
「どこにもいかなくていいだろ。お前もかなめも。俺の弟なんだからよ」
そうだ。どこにも行く必要なんてない。何時だって、誰だって、その場所があればいい。
「家に帰ろうぜ、兄弟」
「――あぁ、それも悪くねぇ」
苦笑とは裏腹にサードは拳を握っていた。彼自身、もうよく解っていないだろう。壊れてしまった彼の心は誰にも治せる人はいなくて、壊れたままここまで来たのだ。滅茶苦茶になって暴走した兵器だなんて笑えない。
笑えない――本当に笑えない。
壊れた心のまま暴走して、そのまま道半ばで朽ち果てるって解っていたのに、サードは止まらなかったのだから。
「決着、つけようぜ」
「あぁ」
そしてキンジも銃とナイフを仕舞い、緋刀も鞘に納めて腰に戻す。
握りしめるのは拳だ。
「いいのかよ」
「いいんんだよ。弟に向かって刃物やら銃やら向ける兄貴がいてたまるか」
ははは、とサードは笑って、
「それじゃあ兄さん、殺したらごめんな。サラのついでお前も生き返らせてやるよ」
「死なねぇよ。兄貴の意地舐めんな、俺もお前も生きて家に帰るんだ」
そして兄弟は空の下で駆けだした。
●
キンジの身体が蒼から緋色に変わる。
『緋裂緋道《スカーレット・アリア》』。
遠山キンジの真骨頂。
全身の損傷を急速に回復、全快させるわけではないが喧嘩に問題はない。。『
遠山の一族が持つ『
キンジの魂の発露。
だから思うのだ。今でこそ刀を使うし、元々ナイフを用いるし、『
一番意味を持つのは――やっぱり拳ではないのかと。
「がああああああああああああああああああ!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
吠える。獣みたいに。そのまま拳をぶち込んだ。
『緋裂緋道《スカーレット・アリア》』の輝きとカートリッジの炸裂は同時に。
鏡写しのようにお互いの顔面に突き刺さり、
「……!」
全く同時に逆の腕で互いの腹をぶん殴る。そしてやっぱり二人して血反吐を吐きながら、
「は」
拳を叩き込む。
それはかつて遠山キンジと那須蒼一が殴り合った時のように。
そして多分、この広い世界のどこでも、それこそそこら辺の路地裏でも行われているような。
そんな――喧嘩だ。
「はは」
零れるのは殴られたせいで肺から洩れた息。それを解っていながら、二人とも口端は吊り上がっていた。何度も何度も拳は交叉し、防御なんて考えていない。避けることもないし護ることもしない。ただひたすらに拳を振りかぶって打ち込む。
それだけだ。
「ははは」
お互いにどちらも威力だけ見れば必殺の威力だ。下手をしたら死んでしまうのは言うまでもないが当然構わない。
死んだって貫きたい願いがある。
死んだって叶えたい祈りがある。
それを諦めるなんて死んでも嫌だ。
ならば死ぬしかないけれど、言うまでもなく死ぬのは御免だ。
――だったら命を懸けるしかない。
「はははは――」
拳を、魂を、矜持を、意地を、願いを、祈りを、渇望を、感情を、理性を、意思をなにもかも。
今――この刹那に燃やし尽くせ。
そうでなければお互いの想いを全部伝えられないから。二人とも似た者同士なのだ。不器用過ぎて、自分に優しくなくて、そのくせ他人にだけは優し過ぎる。。
「はははははははははははははははははははは――――ッ!!」
勿論、全力同時のテレフォンパンチを避けずに受けるなんてことが長く続くわけがない。多分、交叉した拳は十や二十を少し超えたかどうかという程度で、時間にすれば一瞬だった。
あと、一撃。
「
「緋桜……!」
キンジの振りかぶった右腕の周囲に緋色が集まって形を得る。それは桜の花びらだ。彼の右腕に掛けて浮かぶ文様がそのまま浮き上がったように乱れ舞う。小難しいことはしていない。己の異能として発現する全てを右腕に集めるというだけ。そしてだからこそそれはかつてないほどの強度を有している。
互いに限界を超える力をひねり出していた。だからお互いに笑みを浮かべて、
「この桜吹雪――」
「――散らせるものなら散らせて見やがれ」
ぶち込んだ。
「――インパクトォ!」
「乱舞――!」
――激突。
●
一瞬で戦闘機全体に亀裂が入った。遠からず墜落の運命を辿ることになった世界で唯一の戦闘機の上、衝撃の中心に立っていたのは誰もいなかった。
キンジもサードも、壊れかけの翼の上で大の字になって倒れている。
どちらも虫の息。お互い全身は腫れ上がり、血塗れだ。特にそれぞれの右拳は
「……」
「……」
少しだけ二人とも何言わなくて、
「引き分け、か」
キンジはそんなことを言った。
「いや」
しかしそれ直ぐにサードは否定した。
「アンタを斃し切れなかったんだ。まぁ、俺の負けだろうさ。俺は兄貴をぶちのめすのが目的で、兄貴は俺を止めるのが目的だったんだ。だったら俺の負けだ。……俺の負けだ」
「……そうか」
「……あぁ、くそぉ……でもやっぱ無理だなぁ……諦められねぇよ、会いたいなぁ……サラ……かっこわりぃなぁ俺……」
「そんなことねぇよ」
キンジは空を見上げたままに言う。
「お前を止めた俺が言えた義理じゃねぇけど、お前が恰好悪いなんてことは絶対にない。惚れた女のためにそこまでやれるお前は恰好悪くない。寧ろ最高だぜ。だからまぁ、諦めきれないんだったら諦めなくていいさ。その度に俺はお前を止めるから、だからお前は気が済むまでやったらいい」
けれど、もしいつか。
「気が済んだら……サラ博士の分まで生きてみろよ。彼女が夢見た平和を夢じゃなくて、現実で実現してみろ。それなら俺は喜んで協力するかからさ」
「……」
その言葉にサードが何も言わずに砕けた右腕で顔を覆った。
今の言葉通り、まだサードは彼女を諦めきれない。この先も彼女を追い続ける。
それは自分がよく解っていた。
けれどもしそんな未来があるのならばいいなと、今のサードは思った。
そして彼が小さく頷いたのは言うまでもないだろう。
けれどその瞳から透明な雫が溢れたのは、語るべきだったはずだ。
キンジはどうにも主人公してるなぁ。
サードもだけど。
多分、視点が変わればサードも十分主人公。
八章主人公何人いるんだ()
感想評価おねがいしますー
あと二話で八章終わりかな