落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 作:柳之助@バケつ1~4巻発売中
吐きだした息は白かった。
「はぁ……」
キンジは悴んだ手に息を当てながら未だ陽が昇りきらない空を見る。いかに温暖な土地は言っても流石に夜明け前は寒い。寝間着として使っているジャージの上から部屋に備え付けられていたゆったりとした外套を羽織ってはいるがそれでも気持ち足りないくらいだ。
周囲に人はいない。椅子や机が何組があり、無人のテラスにそこから広がる昇る直前の太陽、青白い黎明の空だ。特に意味があってこうしているわけではない。昨日今夜の戦いについて話し合った後眠って、なんとなく気づいたら目が覚めて、気まぐれに出歩いただけだ。一応敵もいるし、味方ではない組織の本拠地なので危ないだろうが、少なくとも曹操はそんなことをしないし、藍幇だって手を出してくるとは思えない。楽観的に言われればそれまでだが。
「……」
手すりに両肘を置き、手をこすり合わせる。
緊張は特にない、と思う。昨夜はなんだかテンション任せに凄いことしていたが、それでももう腹を括ったというのは事実だ。すでに葛藤や迷いはなく、踏み出すだけ。
そうすれば――変わってしまう。
なにもかも。
「おや、これはキンジ様」
「っ」
時間の経過を忘れて呆けていたので背後の気配に気づかなかった。振り向いた先にいたのは静幻だった。相も変わらず笑みを張り付かせていたが、微かに驚きが滲んでいるように見えた。
「どうしたのですか? こんな朝早くから」
「あ、あぁ。別にただ速く起きただけだが……アンタは?」
「日課の太極拳健康法を行おうと思っていたのですがね。まさか貴方がいるとは……ふむ。少しお待ちください」
「あ?」
静幻が言葉少なに城の中に入り、そのまま数分経ってから戻って来た。幾つかの大きな箱を手にしている。
「どうでしょうかキンジ様、一手打ちませんか?」
「……中国将棋だったか? 俺はそんなルール知らないぞ」
「チェスや将棋もありますよ? それならば知っているでしょう」
「知ってることは知ってるがお前の相手になるようなレベルじゃねーぞ」
「ははは大丈夫ですよ。知っていますか――接待打ち」
「お前それ言ったら駄目だろ……」
ぶっちゃけ発言にげんなりしつつも、静幻に促され椅子に腰かける。机の上に広げられたのは将棋の盤だ。静幻は手際よく、キンジは少し拙い動きでコマを並べ、
「ではお手柔らかに」
「頼むぜホントに」
打ち始める。
静幻に言った通りそれほどキンジは将棋が打てるわけではない。実家に帰れば一式あるので偶に祖父とやるくらいでしかない。この前の潜入任務で実家に帰った時にひと悶着あったがそれはまあ置いておいてもあくまでルールを知っているという程度。特別な打ち方を知っているわけではない。
「将棋とは、この戦役のようなものですね」
「ん……そう言われれば、そうなのか?」
「えぇ、昨夜司馬懿殿が言っていたでしょう? 戦った後の事後処理が大事……将棋で言えば一度の対局で手に入れたコマを次の対局に持ち込めるということですからね。実際こういうボードゲームは実際の戦に近いです」
「ふぅむ……」
パチパチと音を立てながらコマを打っていく。接待打ちというのは本当のようで今のところどちらかが優勢という風には見えなかった。
「ついでに言えば、昨夜の話を私から補足させていただきましょうかね。彼は枠組みだけ話していたというか、ロマンチストな上に照れ屋という面倒なキャラなので公の場では口にしないことでしょうし。彼の昨日の話では眷属や師団という組み分けは闘争を加速させつつ、終わらせないため、という風でした」
「そうだったな。正直そんな仕組み作った奴ぶん殴りたい気分なんだが」
「えぇ、私もそう思い、だからこそ考えました。勢力を分けたのは闘争を加速させ、広げる為。けれど――ならばなぜ、原初の戦士たちはそんなことを始めたのか」
「――それは」
「闘争の規模拡大と世界の覇権を握る。言葉にすれば簡単ですし、実際そうだったのかもしれません。けれどやはり違和感がある、どうしてそんなシステムを生んだのか。『宣戦会議』や戦役に関わる者ならば一度はぶつかり、しかし目前の戦に集中するために置いておく疑問です。実際無意味な思考と言われればその通りですしねぇ」
「……」
静幻の言葉を反芻しながら適当にコマを進めていく。空気は冷たく思考するのには丁度いい。その上で考える。
なぜ。
どうして。
こんな戦いが生まれているのか。
そういえば、戦役のスタンスや立ち位置、戦いについては考えていたがそんなことを考えたことはなかった。昨日のは枠組みの話。そして今これは枠組みを作った者たちの話だ。
当たり前の事だが――あくまでキンジの持論として――人の行いには意思が伴うはずだ。世界規模の闘争となれば猶更。
「……アンタはどう思うんだ」
「私ですか? はは、私のはおそらく一番恥ずかしい考えですよ?」
「聞かせてくれ。興味が出てきた」
「――誰でもよかったのだと思います」
●
「……は?」
「だから、誰でもよかったのだと私は思います。始まりがなんだったのかは今では解りません。『師団』と『眷属』という名前のみを敬意として残しているだけです。だからこそ私は考えました。原初の戦士たちを。集った最古の勢力を。彼らが何を考えていたのか、何を見ていたのか、そして何を願っていたのか」
「何を願って――」
「答えは貴方も知っているはずです。曹操様も昨夜暗に告げていたし、なにより――シャーロック・ホームズも貴方に語っていたはずだ。貴方に遺したはずだ」
「――」
記憶は即座に回帰した。『ただ知っているだけの人外』シャーロック・ホームズ。今回の戦役の発端。彼が何を考え、何を見て、何を願っていたのか。そして何を遺したか。
『悪意あるものからイロカネを護り続けてくれたまえ――『世界』の為に』
『僕たちはすでに前世界の残滓なんだよ。老兵は消え去るのみだ。だからこそ、次の世代に引き継がねばならないのだよ。新しい世は新しい世の若者たちで創りあげてくれ』
「――世界、新世界」
「その通り」
パチンと指を鳴らしながら静幻は頷いた。
「曹操様や司馬懿殿もそんなようなことを言っていたでしょう? 覇道、興亡期、世界の中心、王、まぁそんなあたりのこと」
「……言ってたな確かに」
「でしょうね。そして原初の戦士たちもまたそういう目線で見ていたのではないかと思います。貴方も曹操様も憎みあっているわけではない。貴方達のどちらが勝利しても、後の世は悪くないものではないかと思いますよ? 彼らもまた――そうだったのではないでしょうか」
「……」
「誰でもいい。誰が勝ってもいい、誰が新たな世界を担ってもいいと思っているからこそこんな風に戦いを広げていた――私はそう思います」
「それは、なんというか……」
希望的観測に過ぎるのではないか。まぁ確かにそれだったら決闘メインだったのは解らなくないが、それだったら話し合いで解決しろよと心の底から突っ込みたい。原初の戦士たちとやらも思い切り脳筋だったということか。
勘弁してほしい。
いやマジで。
ただそれでも、あえて言うのならば。
「悪くないな」
「でしょう? ……シャーロックもまた同じようなことを言っていました」
「あぁ、そうか。アンタはアイツと戦ったことがあるんだっけな」
「えぇ。藍幇も人材派遣組織という面もありますから。スカウトで対立するというのはよくありました。最後に直接ぶつかったのはもう数年前のことですがね。貴方のこともその時に聞きました」
「……なんて言ってた?」
「えぇ、それはもう――女たらしで根暗で目つきが悪くて女たらしで無自覚フラグ量産機でラノベやエロゲの主人公のような境遇でそのくせ片っ端からフラグを回収するハーレム系主人公とそれはもうベタ褒めで」
「ちょっと待て。少し待て」
「おや?」
「おや? とか素で驚いてんじゃねーよ! 全然褒めてねーよ!」
「はて……しかし事実でしょう?」
「事実じゃねぇ!」
明らかに事実無根だ。少なくともキンジの主観では、という注釈付きだが。
「いえいえ、恥ずかしがることはないでしょう。王の箔は女の量と質ですからね。正妻のアリアさんに妾に白雪様、理子様、ワトソン様、ここにはいないですがジャンヌ・ダルクもですかね。今回の件で曹操様を斃せば彼女だって妾にもできますよ」
「いやいやいや止めてくれ! なんだそりゃ事実無根……無根……むこん……というにはちょっと俺もやりすぎたかなーとは思わないでもないけど? だとしても妾とか言っちゃだめだぜ? うん、マジで。それ以上言うと色々問題発生するし」
「しかしNTR巫女というちょっと衝撃的な方も……」
「それは忘れろ!……あとワトソンは男だろ?」
「え?」
「え?」
「……」
ポクポクチーン。
その時静幻の超高速思考で、ワトソンが男装をしていてそれでもキンジには知らなく不必要なフラグを避けるためにアリアが口止めをしていたらなんやかんやで言うことができずにそのまんまになっているというのを電撃的な発想へと至った。
「あぁいえいえなんでもないですよ。どうせ転装生として来た時の情報が錯綜してるだけですね。えぇ、はい問題ないです」
「そ、そうか? んじゃあいいんだけど」
「えぇ、問題ないです」
●
「……」
「……」
少し落ち着いて将棋を指すのに集中していた。夜明け前の世界にパチパチという音だけが響く。少しづつ空は明るくなっていてもうすぐ夜が明けるだろう。そのままに打ち続け、
「おや……これは私の負けですね? 投了です」
「……よく言うぜ」
キンジの側が王手をかけた。だがそれはあくまで静幻に誘導されただけだ。接待打ち、まさしくその通りだ。キンジも自分にできる限り勝つつもりで打ったがどこ吹く風だ。半目を向けても受け流されるだけ。
嘆息しつつ、席を立つ。
「それじゃあ、俺はもう……」
「遠山様」
「……なんだよ」
「……貴方に聞いてほしいことがあります。いえ、これを話したからといって何かが変わるとは思っていませんが、それでも貴方は知っておくべきだと思う」
初めて静幻の笑みが崩れた。
無表情に近く、細い糸目が右だけわずかに開き、鋭い眼光が放たれる。
「曹操様の、正確に言えば彼らの将たちのことです。貴方や私、それに『バスカービル』の方々も含めて我々は初代の英雄たちの子孫でありその力を受け継いできていますね」
「……あぁ」
今更言われるまでもない。
キンジは遠山侍という家系だし、他にも卑弥呼、ルパン、源義経、那須与一、ワトソン、ランスロット。学校では平賀源内とか風魔小太郎とか、ジャンヌ・ダルクとか。吸血鬼に至っては本人だったのだが。
「それがどうした?」
「いえ、彼らは、曹魏の将は
「……なに?」
「名の継承ではなく、襲名というべきですか。曹操様が幼い頃に藍幇を離れて戻ってくるまでの数年間、中国全土を放浪しながら彼女は己の将を集めました。もとより覇王の系譜も彼女が生まれるまでは藍幇での地位は低く、かつての部下の血筋は廃れていた……英国とは逆ですね。血統的、遺伝子的に見れば彼らはかつての将たちは何の関係もないのです」
「……」
名を受け継いでいるのではなく。
名を自ら名乗っているだけ。
「元々彼らはどこかの孤児だったはずです。あるいは曹操様自身に放たれた暗殺者が彼女にひれ伏した。あぁ、これはジーサードたちも同じですか。さぁ遠山様」
「……」
「この話を聞いて貴方はどう思いましたか?」
「
即答だった。
吐き捨てるように静幻に即答していた。思考が生じないからこそ、それは本心からの感想だった。心の底から、今の静幻の話を下らないと断じていたのだ。
「だからなんだ。どうでもいい。俺は遺伝子や血筋と喧嘩してるわけじゃねーんだ。お前がどういうつもりだとしても連中の出生がなんだろうと俺の立場は変わらねぇ」
「――誰もが貴方のようだったら幸せなのですがね」
零れた呟きはキンジには届かなかった。
届かせなかっただけかもしれない。
「ん?」
「いえ、何でもないですよ。気づけば時間が経っていましたね。そろそろお開き……と言いたいのですが実はあと二つだけお願いがあります」
「なんだよ。もったいぶるのはアンタの悪い癖だと思うぜ」
「これは失敬では早速」
そしてキンジは静幻の言葉を聞き、頷いた。
「では二つ目です」
今度静幻は本気だった。両目が共に開き、鋭さは先ほどと比べ物にならない。その強さはキンジには理解できない。ただそれでも尋常ではないものがあることだけは理解できた。そんな雰囲気から果たして何が飛び出るのかと息を呑む。
そして彼は静幻の
「――貴方は那須蒼一を排除するべきだ」
さぁ次回からようやく決戦始まるぜ。
ちなみに組み合わせ全く決まっていない()
まぁ二週間くらい開いてたけどちゃんと定期的に更新できるはず。
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