落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 作:柳之助@バケつ1~4巻発売中
「――!」
二階部に上りきった瞬間だった。
突如飛来した短剣がワトソンの首筋に突き刺さる。誰も反応できなかった。気を抜いていたわけでも油断していたわけでもなく、寧ろテンションや気合いということに関しては最大限高まっていただろう。それにも関わらず誰一人として反応を赦されなかった。
――彼女を除いては。
「Good。思った通りだ。
薄い笑みと共にワトソンは指先に挟んだ刃を放り棄てる。首筋に傷はない。ハイネックの防刃アンダースーツにわずかに喰い込んでいるが傷と呼べるものではなかった。
「ワトソン!」
「行きたまえ。元よりこの相手だけは僕がするつもりだった。あぁ、うん。あんな臭い台詞は僕の趣味じゃないので別のことを言うよ――振り返るな、君の敗北が僕らの敗北だ」
「っ……解ってる」
「Good ruck」
流暢な英語を残してワトソンは走り出した。上への階段に続く廊下とは反対の方向へと突き進む。
背後で複数の音が連続したことに笑みを浮かべつつも、周囲に神経を張り巡らせる。『蚩尤天』の二階、というよりも三階から下はほとんどが使用人室や物置部屋になっている。実際ワトソンたちの寝室があったのは五階だったし、六階は遊戯室がメインだという。 それは彼女自身も確認した。実際今走る廊下は手入れは行き届いているが装飾の類は少ない。数十メートルはある長い廊下に部屋が幾つか。傷害物のようなものはないし、照明もあるので視界は良好だ。スキルによって感覚器の強化は十全であり、常人の数十倍には至っているだろう。
それでも敵の補足はできなかった。
「……いることはいるんだけどね」
気配そのものは
まぁこれも予想通りだ。
突き当りの部屋に侵入する。蹴飛ばして開けるようなことはせずに普通に開けて中に入り、ドアノブのワイヤーを仕掛けておく。それほど広くない物置部屋だ。壁の量際の棚に生活用品や清掃道具の類だけがある。 まともに戦おうと思えば狭すぎる部屋だった。
「――ッ」
部屋の奥まで入った瞬間には再び短刀が降って来た。眼球に刺さりかけた刃を反射で弾き、彼女が部屋の中に入って来たと確信してからワイヤーを引っ張て扉を閉める。パタン、という音共に密室となって、
「……どういうつもりでしょうか」
突然曹仁は現れた。扉を閉めた時には間違いなく誰もいなかったというのに、ずっと前からそこにいたと言わんばかりに彼女はその姿を現していた。
「こんなせまいへやで、このわたくしを……このあんさつしゃたるこのわたくしをおびきよせるとはしょうきですか? じさつしがんだというのならばとめはしませんが、にげないでほしいです」
「勿論、自殺志願というわけではない。僕なりに考えがあってのことだ。君だって、暗殺者というのに姿を現してお喋りしてくれるとはどういう風の吹き回しかな?」
「すきにたたかえとおうさまからはいわれました。だからさきほどきしゅうしたのですがふせがれました。さっきもおなじです。そのうえでさらにきしゅうするほどこうがんむちではありません。せんしではいあんさつしゃですが、こんなときくらいしょうめんからたたかおうとおもっただけです」
「それはそれは。素晴らしい心がけだね」
無表情で、平坦なトーンで言う曹仁に対しワトソンは笑みを浮かべたままだった。
「時に話は変わるが……何故か僕は仲間内では非道とか外道とかそういう風なイメージが固まっていてね。正直一番苦労しているのは僕だという自覚があるのに酷い扱いだよ。ちょっと陰謀使って仲間割れさせたり、実力的に絶対勝てないだろう相手と鉢合わせて死んでくれないかなーと策を打っただけなのにさ」
「……それはわたくしでもたいがいだとおもいますが」
「こほん。その話は置いておこう。まぁそれでなにが言いたいかといえばだね」
浮かべていた薄い笑みが変わった。
より薄く。より酷く。より――酷薄に。
「それ自体は否定できないなぁという話さ」
「なにを――ッ!?」
刹那曹仁が崩れ落ちた。糸が切れた人形のように膝が落ち、顔面から床に激突する。
「っ……ぁ……がぁ……っ?」
「……やれやれ効くのに中々時間が掛かったね。今君が倒れ、指一本ですら動けないのは僕の毒のせいだ。あぁ、言っておくが既存のものではなくて僕オリジナルでね。無味無臭無色透明揮発性水溶性抜群それを昨日の夜から各階のこういう狭い部屋に充満させておいた」
曹仁が正面から戦わないように。
エル・ワトソンも正面から戦うものではない。
策略でも暗殺でもなく――謀殺こそが真骨頂。罠にはめることこそが彼女の本領だ。それ故にワトソンは昨日の間に場内の間取りを全て確認し、曹仁をおびき出すのに適した部屋に毒を仕込んでおくことで罠を張っていたのだ。
「君だけは僕が倒していかなければなかった。他の将と違って君だけはあからさまに殺しに行っているから。皆じゃやりにくいだろうし、戦うことすらできずに殺されていただろうか。僕だってその危険性はあった。だからこそ――こうやって仕込みをしておいたんだよ」
勿論ワトソンにとっても賭けではあった。無味無臭無色透明揮発性水溶性抜群、などは言ってもそんな都合のいい毒をホイホイ作れるわけではない。毒自体も香港に訪れる前から作って来たもので各階といいつつも実のところ一階から四階までの物置部屋にセットするのが限界だった。抗体もワトソンの体内にはあるが、血清としては持っていないし精製するのにも少しばかり時間が掛かる。
それでも、賭けには勝った。
「安心してくれ。命まで落ちるようなものではない。筋肉弛緩剤の強化版、といえば解りやすいかな、意識は薄れ体に力が入らなくなる、それだけだ。量と効果的に象百頭だって昏倒させることができる。目標が色金でも粉砕できないということだしね……まぁ聞こえていないかな」
既に曹仁の身体から力は抜け、意識は消失していた。少なくとも明日の朝までは目を覚まさないはずだ。つま先で突きつつ、反応がないことを確認し、跨いでドアノブに手を掛ける。
「さて、皆を追いかけるかな……ランスロット卿に手を出すのは無粋というものだし……・」
――少なくとも。
一連の戦闘未遂に関してワトソンの落ち度は一切なかった。
持ち込んだ毒物の有効利用、事前の地形把握、それらを組み合わせたトラップ。そこに相手をおびき寄せ、会話を挟むことで毒が回る時間を稼ぎ、見事相手を昏倒させた。己の本領をフルに発揮し、展開としてはこれ以上ない最高の展開だったと言えるだろう。
だからこそ、この時ワトソンの気が緩んだのを責められるものはいない。戦わずして勝つという言葉を理想的に実現した直後でも、倒した相手に気を配り続けろというのは酷な話だ。加えてこの後にも戦いは残っている。体力を温存した分仲間たちの加勢に行かなければならないのだから。
故に、
「――え」
背に短刀が突き刺さっていることに気付くのに、すぐに気づくことはなかった。
ゆっくりと、曹仁が立ち上がる。それこそ人形のように不自然な動作で。
ゆらりゆらり。幽鬼のように。
あえてワトソンの失敗を上げるのならば卓越した隠密行動を彼女のスキルだと思いこんだことだ。ICCホテルにワトソン自身が設置した罠の数々を難なく突破した曹仁の技量こそをワトソンは曹仁のスキルだと判断していた。無理もない。それだけの強度が曹仁にはあった。例え誰かがあの隠密技能はただの体術だと言ったとしてもそう簡単には信じなかっただろう。那須蒼一でさえもやれと言われれば難色を示すのは間違いない。
「――
しかしこれこそが曹仁子考を襲名した少女の固有技能。
特化した暗殺技能を誇る彼女は誰よりも殺すことに長けた少女は殺されることにも長けていたのだ。曹操とよく似た容姿故に影武者としての役割を何度もこなした彼女は、その間に幾度となく
それは、曹仁が先頭不能になった時点で発動する能力だった。
「わたくしはわたくしがさだめたしめいをかならずこなす。なにがあっても。このみがくちはてようともかまわない。われはわがおうのやいば。やみにまぎれ、かげにひそむ、さつりくするちめいのあんこく。たおすがいい。わたくしもたおす。ころすがいい。わたくしもころす。ころすころすころすころすころしつくす。わたくしがわたくしであるかぎりだれのせいもゆるさない――」
袖から滑り落ちるな短刀が両手に握られる。既に体は曹仁の意思からかけ離れていた。ただそれでも、王の使命を果たすという、己に課した法だけを貫くために、反射行動のレベルで曹仁の身体は駆動していた。筋肉に力が動かなくても、四肢が欠けようとも、その忠義が残っている限りに彼女は止まらない。
「っ……はっ。ま、これで終ったら終わったで拍子抜けだったしね……っ」
背の刃を無理矢理引き抜いた。即座にスキルを用いて止血と治癒を開始する。柄の根本までぐっさりと刺さっていた重傷だったが、それでもワトソンに掛かれば数分足らずて問題ないレベルに回復できる。
謀殺は真骨頂であり――エル・ワトソンは毒使いではなく、薬物使いなのだ。
コートを脱ぎ捨てて、ボディスーツと身軽になりながら、全身に強化を張り巡らす。
吊り上がった笑みは先ほどの酷薄なそれではない。ワトソンは気づかない。己の身から発生する緋色の覇気を。そしてまた気づかない。その笑みが自分とはかけ離れたと嘆息していた者たちのソレと同じものあると。
「再び名乗ろうか、『
「『我法背不許』曹仁子考――いざせいし」
ちょっと遭遇を2000文字で書買うと思ったら気づけば4000行ってた。解せぬ。
まぁ全体の中でも例外的に戦闘以外が主体となる二人なので先頭に時間を割いたという感じで納得しておきましょう()
スキル名に半角カタカナいれるよりも漢字オンリーのほうがかっこいいんでねとか思ってちょっと変更。どっちがいいかなとか思いつつ、反応を見てみたり。
こっちに統一するかも。
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