落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@バケつ1~4巻発売中

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第22拳「俺が――皆の居場所になるんだ」

 

「いずれ君には王が現れる」

 

 かつてシャーロック・ホームズは諸葛静幻にそう告げた。

 それは七日七晩戦い続けたその終焉だった。当時に病魔が表面化することなく、その極限にまで鍛えられた肉体は間違いなく全盛期と言えた時期だ。達人域にて極めた太極拳。先祖譲りの神算鬼謀。武力が知力共に最高水準で兼ね備えた拳士にして策士。

 夢のようなステータスを体現したのが諸葛静幻という男だったのだ。

 そんな彼にシャーロックはそう言った。

 共に満身創痍だった。

 二人ともその知の冴え渡りは未来予知に等しい。虚実入り混じり、攻防は互いに全て読み切った上でそれを超えていく。精神と肉体の消耗は尋常ではなく、さらに容易に勝負がつくはずもなく。

 それ故に七日七晩。

 勝敗は付かなかった。

 そのまま行けば、拳闘のみならば静幻が勝てたのかもしれない。少なくとも八日目を迎えた瞬間に放った拳がシャーロックに命中すれば静幻は彼の名探偵を打倒し得たかもしれない。思い出すのも知恵熱が出そうなくらいの読みあいの果てに放った一撃だった。

 当たれば勝ったかもしれない。

 届かなかったけれど。

 

「君は病魔に侵されているのだね」

 

 そう、看破されたからだ。

 隠し切っていたつもりだった。実際静幻の病を知るのは自分自身と信用できる医師だけ。例え相手が全能ではなくとも全知である『ただ知っているだけの人外』だとしても勘弁に隠蔽していると思っていた。

 少なくとも七日間は隠せていた。 

 八日目にばれてしまった。

 その時点で――静幻の負けだった。

 例えそのまま戦えば勝っていたとしても、隠していたものを暴かれた時点で己の敗北だった。

 その後誰もが負けではないと言ってくれたが、負けたと思った時点で彼の負けだ。

 負けた上で、掛けられた言葉だったのだ。

 その意味を最初は理解できなかった。鸚鵡返しにその言葉を繰り返し、その辺りに転がっていたパイプを咥えシャーロックは笑みと共に言葉を続けていた。

 

「そう、王だ。曹操君のことではないよ。彼女は確かに僕の知る限り最も完成され、極まった王の器だが彼女のことではない。あぁ、君の知っている誰でもないよ。今この時点では彼のことを知る者など中々いないだろうね」

 

 そんな存在がいるなんて信じられなかった。

 

「信じられないのも無理はない。僕自身、彼のことはよく解らないからね」

 

 苦笑気味に言ったことこそ、理解できなかった。

 シャーロック・ホームズが、時代を股に掛ける名探偵が、『ただ知っているだけの人外』が、解らないなんて。

 

「本当だよ? 僕は彼のことがよく解らない。そうだね、あえて評価するのなら――女たらしで根暗で目つきが悪くて女たらしで無自覚フラグ量産機でラノベやエロゲの主人公のような境遇でそのくせ片っ端からフラグを回収するハーレム系主人公、かな?」

 

 それは果たして褒めているのか果てしなく疑問だったが、彼的にはべた褒めだったらしい。

 その評価ではただの好色家にしか聞こえなかった。

 

「彼は決して曹操のように強いわけでもない。特別弱いわけでもない。寧ろ彼は色々足りない人間だ。一見すれば王というにはあまりにも違っているだろう。それでも彼は、彼こそがこれから先の世を担ってくれると、僕の意思を受け継いでくれる人間であると信じている。……そのための布石も打っているしね。これはその一環だ」

  

 何を言っているのか解らなかった。

 筋が通っていない。

 彼が何を言いたいのか何一つ理解することはできなかった。

 

「今は解らないていい。いつか君の前に君の王に成りうる少年が現れる。それを覚えていくれればいい。その上で、君自身が見極めてくれ。彼と共に在りたいと、彼の力になりたいと思うかどうかを――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 油断していたわけでも、気を抜いていたわけでもなかった。

 静幻が立ち塞がったことも驚かない。明朝、静幻がキンジへの頼みというのがこの戦いに自分が参戦するということ。

 だから拳を構えた静幻に対し、キンジは即座に拳銃を抜こうとし、

 

 ――気づいた時には彼の拳が心臓に着弾していた。

 

「――」

 

 心臓が停止する。

 続く二撃目がなければキンジは死んでいただろう。機能が停止した心臓を動かしたのは、停止させたのと同じ拳だった。

 傍から見れば自動車事故のようなもの。あまりにも容易くキンジの身体はこれまで走ってきた廊下を転がって動かなくなった。

 止まっていたのは数秒だっただろう。

 

「……ごはっ! かはっ、がはっ……っ、う……!」

 

 血の塊が口から零れ、荒い息と共に呼吸を繰り替えす。無様、というには静幻の拳は重すぎた。心臓が止まり、即座に動き出したとはいえキンジの身体を蹂躙した衝撃は甚大だった。本来内臓を護るはずの肋骨には一切の損傷はなく、全ての衝撃は心臓のみへと掛けられていた。

 静幻の足元には彼を中心として、大きな亀裂が生まれていた。

 何が起きたかなんてあまりにも簡単だった。

 前に出て、震脚を、その衝撃を載せた拳を思い切り叩き込む。技術というにはあまりにも単純だ。やろうと思えば誰にもできる。ただそれらが尋常ではない速度とキレと膂力で行われたというだけだ。

 

「……」

 

「っく……」

 

 静幻は何を言わずに、危なげに立ち上がろうとするキンジを見据えていた。

 

「ふぅー……」

 

 腰から抜いた緋刀を杖代わりにして立った。真っ赤に染まった口元を拭いながら、立った一撃で死にかけた少年はそれでも立ち上がる。

 刀を腰だめに構え、何も言わずに走り出した。

 抜刀術狙いの疾走。

 

「温い」

 

「あ、が……!」

 

 刀を抜く前に腹に拳が突き刺さった。肝臓打ち(レバーブロウ)。またもや吹き飛びかけ、

 

「オオォーーッ!」

 

 踏ん張って刀を鞘ごとかち上げる。顎を狙った一撃はしかし、掠ることすらなくそらされ、返す一撃を鳩尾に打ち込まれ再び体が跳んだ。

 えづきながら吐きだしたのは血と胃の中身だ。

 それでも、

 

「退けぇ!」

 

「できるものなら」

 

 何度向かって行っても結果は変わらない。総ての攻撃が完全に捌かれ、反撃を喰らう。五階も繰り返せば死に近づくのは簡単すぎる。『性々働々(ヒステリアス)』は発動し『緋裂緋道(スカーレット・アリア)』はまだしも、気づかぬ内に派生形である『騎士快性《エンドナイト》』もまた発動していた。

 それでも静幻の拳は遠い。

 

「貴方は確かに人の上に立つ才能がある。それは間違いないでしょう」

 

 一方的に拳が叩き付けられる中、その言葉は恐ろしく静謐に満ちていた。細長い糸目は微かに開かれ、感情の色を見せない鉄色の瞳が覗いている。

 

「貴方のこれまでの戦いはそれを証明している。でもそれは果たして、王と呼べるものなのか。シャーロックは言った。私の前に王が現れると。曹操も言った。貴方こそが己に匹敵するもう一つの覇道だと。貴方の仲間もまたそう信じ貴方に率いられている」

 

「ッあぁそうだな! 馬鹿みたいに人の事持ち上げて、付いてきてくれてるよ!」 

 

 抜刀しようとした柄を殴られ、強制的に中断。それの衝撃で全身が硬直した隙に、顎を救い上げられるように打撃された。

 

「えぇ、そうですね。彼らの忠誠も、貴方達の絆も本物だ。最早疑うまでもない」

 

「く……だったら、それ以上俺に何を聞きたいんだ」

 

「遠山キンジ――貴方の覇道とは、貴方の絆とは。一体なんなのですか? 貴方の抱く祈りがなんであるか。それを私はまだ知らない。「降りかかる不条理を破壊したい。それはあくまで貴方自身の、内向きの祈りでしょう。だからこそ貴方は誰にも語っていないはずだ。私は貴方の王としての考えを知りえていない。それが」

 

 顎を打たれふらつく胸に拳が添えられ、

 

「私が貴方の前に立った意義です。納得させてください、この私を」

 

「……!」

 

 回転しながら体が跳ね飛ばされた。

 零距離からの寸勁(ワンインチパンチ)

  恐るべきは静幻の技術だ。極限まで無駄なく鍛えられた体に、周囲に発生するベクトル、力の流れを完全に己の物とすることでただの拳を必殺の域にまで高めている。ただそれだけのことでしかない。ただそれだけが最上位の拳士として彼を押し上げていたのだ。

 

「……っ」

 

 半死半生に、外見上吐血以外の損傷はなくともキンジの内部は滅茶苦茶だった。体の内側を壊された時特有の気持ち悪さがある。ここ最近なまじ耐久力が高まっていたからその類の損傷はあまり受けておらず、慣れていない。

 勿論。

 それで諦めるキンジではない。

 

「ふぅーっ……ふぅっー」

 

 息は荒くとも、それでも彼は立ち上がる。

 これまでと同じように。

 

「……別に大したことはないんだよ。お前も、シャーロックも、曹操の奴も、それにアリアも……俺に付いてくる馬鹿共も、過大評価なんだよ。俺の願ってることなんて、誰かに聞かせるような高尚なもんじゃねぇ」

 

 いつだってそうだった。

 これまで色々な者たちがキンジと王と呼んできた。

 ただそれでも、

 

「俺はさぁ」

 

 言葉を選びながら、けれど思ったことをそのまま告げた。

 

「自分たちの居場所を護りたかっただけなんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 動きは少しづつ変わって行く。

 それまで通っていた拳撃が少しづつ逸らされていく。ほんの少しづつ、芯をズラされていく程度のもの。けれど、静幻の拳撃は少しズラされただけで威力が大きく減じるものだ。それをさせないための技術ではあるが、キンジは恐ろしい速度でそれを学んでいた。元より彼の目の良さは有名だ。

 その上で聞く。

 

「曹操にも言ったけどな。俺は世界の行先なんて興味はなかった。大切な日常を、大好きな友達と一緒にいられればそれでよかった。だって、それが俺の居場所だった。穏やかな陽だまり。掛け替えのない刹那。学校行って、馬鹿やって、そんな当たり前の日々を謳歌できるなら、それで満足だった」

 

 渇望というにはあまりにも優しくて、願いというにはあまりにもちっぽけだ。

 

「高校皆と卒業して、大学行って。兄さんみたいなプロの武偵でも親父みたな武装検事とかになりたいと思ってた。うるせぇけど寂しがりな嫁さん貰って、馬鹿な親友その嫁とかお節介な幼馴染とか自称愛人とか。そんな連中とずっと一緒に生きていければ、それだけでよかったんだよ。俺は」

 

 それはずっと変わらないキンジの祈りだった。これまでずっとそう思ってイ・ウーや曹操たちと戦ってきた。

 けれど、

 

「それでは王とは呼べない」

 

「解ってるよ。それを解ってるから俺だってずっと否定してきたんだぜ」

 

 それはあくまで内側のものだ。他者に広がるソレではない。

 けれど確かに曹操はそこに種を見出した。

 そしてそれが花開くと彼女は認め、この戦いがあるのだ。

 切っ掛けは、ただ気づいただけだった。

 

「どいつもこいつも寂しがり屋なくせに独りぼっちなんだ」

 

 拳とナイフが大きな音を立てて激突した。一瞬拮抗し、しかしすぐに螺旋運動の拳によって弾かれ、肩に直撃。態勢が大きく崩れたが、それでも前に出た。

 

「そんな奴ばっかだよ、俺の前に現れるのは。そんな奴らばかり俺は見てきたんだ。そうしたら、いつの間に放っておけなくなったんだ」

 

「――!」

 

 抜き放った一刀は今度こそ静幻に届いた。浅く、薄いがそれでも傷を付けることができた。同時に静幻の拳を逸らし切る。

 驚愕を押し殺したが、しかし内心では確かに動揺した。

 いくら見の目に長けていても、カウンターが得意だとしても。それでも那須蒼一に届きかねない静幻の武に抗えるはずがないのだ。例え剣の師『最後の円卓の騎士(ナイトオブゼロ)』や『星火の巫女』だとしても。彼の剣術は二流少しという程度でしかなかったのに。

 たった数十合、数分の交叉でキンジの武威は加速度的に高まっていく。

 それの意味を、静幻は解らなかった。 

 

「辛いのも、苦しいのも、悲しいのも、寂しいのも、意地張って隠して、大丈夫だって自分に言い聞かせて。ホントは全然大丈夫じゃねぇのに。馬っ鹿じゃねぇの、それが一番辛いっていうのに――そんなの俺は絶対に認めない」

 

 拮抗は確実に数を増していく。キンジの武威上昇だけではない。

 静幻の身体もまた限界を迎えていっているのだ。

 

「くっ……!」

 

 漏れた苦悶の声は、自身の身体が軋んでいく音から生まれていく。 

 静幻の身体は未だ病魔に犯されたまま、寧ろ時間の経過と共にそれは浸食を増していく。本来ならば、こうして戦闘行為を行うことすら許されない身だった。無理を押して拳を振るえば当然限界はすぐに迎えてしまう。

 こうなることは解っていた。

 例え静幻が一切の被弾しなくても、彼自身が攻撃をする時点で自滅は定められた結果だったから。

 だとしても彼は止まらなかった。

 例え何があってもどうせ命が短いのは今更のことだ。だからこそ、病を知った時から残された命運を託せられる人を探していた。答えは呆気なく人外から与えられ、それからなんとかもたせてきた。故に、今使い切らずにどこで使うのか。その想いだけが静幻を突き動かしていた。

 

「だったらッ、それを認めないというのならば貴方はどうするというのですか! そんな子供じみた理屈で!」

 

「決まってるだろ」

 

 放った拳は、軋む肉体で放てる限りでは最高の一撃だったという自負がある。キンジの顔面に目がけて振るわれ当たれば今度こそ粉砕できると信じていた。

 空間をも震わせる大震脚。そこから生じた衝撃を各関節部を身体の捻りで伝え、破壊の一撃を作る。この場に存在する全てのベクトルを載せた問答無用の一撃必殺だった。

 それを前にしてもキンジは臆することはなかった。

 

「俺が」

 

 緋色の一刀が鞘走る。同時にバタフライナイフの刃が緋の覇気を纏い刀身が伸び、二刀による反撃の刃が閃いた。

 

 

「俺が――皆の居場所になるんだ」

 

 

 

 

「――ほう」

 

 彼女は微かな驚きを含め、

 

「おせーよ兄弟」

 

 彼は苦笑気味に、

 

「ようやく――流れ出る」

 

 彼女は陶酔の笑みを以て彼の新生を迎えた。

 

 

「あぁ、ならば」

 

 そして諸葛静幻はその口端に笑みを浮かべ、

 

「お行きください、我が君よ」

 

 緋色の双閃を受け入れた。

 崩れ落ちる静幻は走り抜け、そして――。

 

 騎士には名誉を。

 

 医師には無謀を。

 

 巫女には星空を。

 

 怪盗には宝物を。

 

 独唱には交響を。

 

 今こそ――遠山キンジは辿り着く。




マッキーィ(
テンション上げるために怒りの日やった結果がこれだよ。でもテンションは上がっていきている。

年内に終わるかどうか。
若干巻き気味というか、次で配下戦終わらせるかもしれないですが。


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