落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 作:柳之助@バケつ1~4巻発売中
徐々に崩壊していく客船の甲板にて鈍い音が空気響く。
「うおおおおっっ!」
「うふふふふふふ!」
拳と拳、蹴りと蹴り、手刀と手刀、肘と肘、膝と膝。全身を使いながらもぶつかりあう。一度の激突で衝撃波が生まれ、周りの崩壊を加速していく。
「ふっ!」
遙歌のハイキックを身を沈めながら避ける。髪を足刀が髪を数本持っていき、通り過ぎると同時に膝を回転させながら伸ばす。一度背を向けてから放たれるのは裏拳だ。それを容易く遙歌は受け止め、
「そんなの……っ!?」
脇腹を手刀が切り裂いた!
これは裏拳を囮としてから手刀を突き出す奥義、
蒼の一撃、第四番、『螺旋蒼黒』!
「くっ……!」
遙歌の背後に大量の炎や氷や風の刃が生まれた。それらはさっき見たパトラの比ではないプレッシャーを感じる。それでも。
「これなら、どうですかっ!」
後退しながら、遙歌は叫ぶ。それには無言で返しながら、両腕をクロス。手のひらを前に晒しながら、鉤爪のように指を曲げる。
左足を前に、右足を一度下げてから----、
「おおおおぉーーー!!」
体の軸をスライドさせるように右足を前に出し、同時に両腕を、否、両手の十爪を振り抜く!網状になった爪撃が全ての刃を斬り消す!
蒼の一撃、第十番、『蒼風十雨』!
それの勢いを殺さずにさらに前に出る。右の五指を鋭く揃え、堅く、固く、硬く、気で際限なく強化していく。この時ばかりは全身の強化は最低限であり、全てを右手のみに。鋭く、鋭く、鋭く、ただひたすらに----鋭く、刃の如く研ぎ澄ませる!
「…………ッ! だったらっ!」
それに遙歌は右手を空に掲げ、
「『
刃渡り三メートル以上はある巨大な斬馬刀が握られる。刀を作る異常だろう。斬馬刀を両手で握りしめて振り下ろされる。こんな馬鹿デカいのを遙歌の馬鹿力で振り下ろされたらただではすまない。
「----」
だからこそ、前に出た。極限まで強化させた手刀を、
「シッ----!」
振り上げた!
斬馬刀と手刀が交差し
「なっ……!」
斬馬刀が両断される。極限までに研ぎ澄まされた手刀。『蒼の一撃』の中で最も静かで、研ぎ澄まされた一撃。
蒼の一撃、第八番、『蒼刀開眼』!
「う、うふふ! なんですか兄さん! この前のカジノとは別人じゃないですか、さては手を抜いてましか!? それともスキルかスタイルでも隠してましたか!?」
手刀を受け、肩から血を吹き出した遙歌はそれでも構わずに拳を突き込んでくる。
それを捌きながら俺は答える。
「そうじゃねぇよ! あの時とはな、状況が違うだろ!」
「なにがですか!」
「惚れた女が奪われたんだぞ! 全然違ぇんだよ、女取られて怖じ気づいてるような男だと思ってんのかよ! 男の矜持を、なめるなぁっ!」
ああ、そうだ。いつの時代だって男が命賭ける理由なんて、魂賭ける理由なんてソレだろう!
キンジもそれを分かっていて、神崎を取り戻したんだ。
だから、俺も!
「遙歌! お前連れて帰って----レキを取り戻すんだよ!」
「ふざ、けないで、くださいよっ!」
拳と拳が激突する。
「いつまで……言ってるんですか! 殺してって、言ってじゃないですか!」
「殺さないって言ってるだろ!」
「いいじゃないですか! だって、だって………私はっ! 私は----ホントはあの日死ぬはずだったのに!」
「!!」
それ、は。
「知ってますよ! 兄さんがお爺さんたちに虐められたら理由! あの日の前夜、お爺さんたちはこう話してたんですよね! 『那須遙歌は危険すぎるから処分しよう』って!」
そうだ、あの日爺たちはそんな話をしていた。遙歌は強すぎたのだ。異常過ぎたのだ。そんな遙歌を爺たちはあろうことか処分しようとか話していた。
「それを兄さんは聞いていて、それのせいでお爺さんたちに反抗しました! なんでですか! 普段は全然怒らなくて、反抗しなかったのに、なんであんなことしたんですか! 私は、よかったのに! なんでですか!」
なんでって。
なに言ってるんだよ、コイツは。
俺はただ許せなかっただけだ。
妹を物みたいに扱う連中が。
妹を殺すとか言ってる連中が。
だから----初めて逆らった。
「そのせいで兄さんは虐められました! あの時の私のわかりますか!? 私のせいで、たった一人の家族が虐められてるなんて、でもっ、私はあの時は怖くてなにもできなかった! ただ、傷だらけになった兄さんを迎えることしかできなかったんですよ!」
遙歌の慟哭と比例するように拳の勢いが増してくる。もう技術なんてない。ただ、デタラメに拳を突きだしているだけだ。まるで、泣いてるかのように。
「だから私は次の日に、やり返してやろうって思った! 少しくらい兄さんと同じ目に合わせてやりたくて、それだけだったんですよ! なのに、なのに、なのに! なのに!」
遙歌の両目から涙が零れる。泣いて、いた。子供のように。
「----死んじゃうなんて思わなかった!!」
「お前……」
「ちょっと拳を振り下ろしだけのつもりだったのに骨が折れましたよ! 掴んできた手を振り払ったら、それだけでも骨が砕けましたっ! なにがなんだかわからなくて! 怖くなって、どうしようもなくて、気づいたら----皆死んでました!」
泣き叫ぶ声はもはや悲鳴だ。動きはもう戦いの動きではなくてただの癇癪だろう。でも遙歌の場合----その癇癪で人を殺せるんだ。
「ねぇ、もういいでしょう兄さん? 私は化物なんですよ。きっと私はまた誰かを死なせます。手が滑ったとかその程度の理由で、兄さんも殺しちゃいます。私は生まれてこなければよくて、あの時死んでればよかったんですよ。ねえ、だから兄さん」
----その前に殺してください。
そう遙歌は、笑いながら泣いていた。笑うように泣いていた。
それに、その泣き顔に、
「-------------このっ、バカ妹が!!」
「!?」
頭突きを思い切り食らわせてやった。脳が揺れたのかさすがの遙歌もふらつくがそれは俺も同じだ。
でも、
「なにを、勝手にいってやがる! 化物? 殺しちまう? 生まれてこなければよかった?」
ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!
「お前は化物じゃない、那須遙歌だ! 俺の妹だ! それだけで十分だろっ! 大体勝手に人が死ぬこと前提で話してんじゃねぇよ! 俺は死なない!」
「死にますよ! 私といたら!」
「死なねぇよ! 俺は死ぬわけにはいかねぇんだ、レキと生きるって決めたんだから!」
「レキさんレキさんうるさいですよ! そんなに、大事ですか!」
「ああ、そうだ! あいつは俺に生きる理由をくれたんだ、戦う意味を、教えてくれたんだ!」
だから、だから、
「今度は俺がお前に生きる理由を教えてやるよ!」
「そんなの、ありませんっ!」
遙歌の拳が俺の頬に突き刺さる。俺の蹴りが遙歌の脇腹にたたき込まれる。それでも俺たちはそんなことは気にしなかった。
ただ、叫ぶ。七年分の思いを込めて。
「もう、いいんですよ! 私は死にたいって言ってるじゃないですか! 殺してくれればそれでいいんですよ! 握拳裂さんを殺したみたいにっ!」
「だからこそなんだよ! 俺は、俺はもう二度と! 家族を殺したくなんかないんだよっ!」
握拳裂は俺の師匠で。
まあ、なんというか胡散臭さ抜群だったし、理不尽だったし無茶苦茶だったし、適当だったし、意味不明なやつだったけれども----間違いなく、俺の家族だった。
そんな家族を、俺は殺したんだ。
「ふざけんなよ、お前も、あの人も! どいつもこいつも死にたがりやがって! 俺は殺したくなんかないんだよ! 俺は、家族と一緒に生きたいんだよ!」
俺の望みはそれだけなんだ。
それくらいなんだよ。
それくらい、させてくれよ。
「でも、私はっ………! 私みたいな化物が兄さんの家族だなんてっ……そんなこと……!」
遙歌の拳がなにかしらの異常でも発動したのか、今までの速度を遥かに超えて放たれた。遙歌自身は泣き叫んでいても攻撃は強くて仕方がない。
流石は俺の妹だ。
そう、俺の妹なんだ。
断じて----化物なんかじゃない。
まったく、何回叫べばわかるんだよ。
いい加減、腹が立ってきた。
ちょいとムカついてきたら、
「ガッ……!」
「え……?」
防御せずに、腹で受け止めた。瑠璃神モードの恩恵で身体能力が強化されているとはいえ、遙歌の力なら問答無用で致命傷だ。事実、肋骨の殆どが砕け、内蔵もかなりの数がダメージを受けた。幾つかは破裂しているかもしれない。かなりの量の血の塊を吐き出す。ちょっとだけ、遙歌の顔にもかかってしまった。
「なあ、遙歌」
「兄、さん……」
「さっきからなんで、とか聞くけどさ。わかってないみたいだからこの際ちゃんと言っておくぜ? お前は化物じゃないんだ。何回言えばわかるんだよ。殺してだ? 殺さなぇよ。どこの世界に妹殺す兄貴がいるんだよ」
いいか、よく聞け。
兄より優れた妹っていうのは、まあ、そこそこいるんだろう。
俺たちがまさにそれだ。
でも、な。
「兄より優れた妹はいるだろうけど----妹の味方をしない兄貴なんてのはいないんだぜ?」
「…………ッ!」
そんな驚かなくてもいいだろう。
お兄ちゃんへこむぜ?
腹に打ち込まれた拳、それの手首を握って、
「ぁ……」
引き寄せて抱きしめる。
「兄、さん」
「ごめんな。ほんとはもっと早くこうするべきだったんだ」
お互い服はボロボロで、全身傷だらけで。こんな馬鹿げた戦闘してきたのに、抱きしめた遙歌の身体は壊れてしまいそうになるほど華奢だった。
「ごめん。お兄ちゃん落ちこぼれだからさ。お前は、悪くないよ、悪いのは全部俺だったんだ」
「そんな、こと」
「あるんだよ。俺は、お前のことを一度拒絶した。それは否定できなくて、変えようのない事実だ。だから、もう一度チャンスをくれよ。今度は、絶対一緒にいるから」
「……………」
「普通……かどうかは別として、学校生活も悪くないぜ? ああ、そうだ。お前甘いもの好きだよな? お台場に美味いリーフパイの店があるんだよ。行ってみようぜ? あと、ラーメンとかもいいよな。実は俺はラーメンにはうるさいんだよ」
「……………………うふふ」
小さく、それでも確かに遙歌から笑い声が零れた。
「それってレキさんと行ったことがある場所ですよね?」
「なんで知ってるんだよ」
「レキさんが教えてくれましたよ? 兄さんたちの馴れ初め聞こうと思ったら聞いてもないのにペラペラと。……うふふ、人の話を聞かないのは兄さんと同じですね」
「言うなよ、照れるだろ」
二人で小さく肩を震わせる。
笑ってから、遙歌は小さい声で、
「ねぇ、兄さん----私、生きててもいいんですかね」
「当たり前だろ。駄目とかいう奴いたら俺がぶっ飛ばしてやるよ」
「私………あの日、兄さんから拒絶されて凄く、悲しかったんです。悲しくて、死にたくなって、家に火をつけたくらい」
「悪かった。それは俺が全面的に悪かったよ」
「……………許します」
「さんきゅ」
「ですから、一つ教えてほしいですけど」
「なんだ? なんでも言えよ」
「私に、私に----帰れる所は、ありますか?」
「ああ、あるさ」
「そう、ですか」
ゆっくりと、静かに遙歌の身体から力が抜けていく。
「えっと、兄さん……あと数分もせずにここ沈みますけど……」
「大丈夫だ、なんとかする。お兄ちゃんを信じろ」
「……えへへ、信じます」
遙歌が体重のほとんど預けてくる。それでも殆ど重さを感じないんだけど。糸が切れたのかのように、遙歌がもたれ掛かってくる。そして、遙歌の意識が完全に落ちる直前、
「大好きです、お兄ちゃん」
「俺もだぜ、妹ちゃん」
こうして、俺たちは仲直りをしたんだ。