落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@バケつ1~4巻発売中

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第11拳「仕事ですので」

「那須、おい、起きろ。那須」

 

 声が聞こえた。まどろみの中で誰かの声を聞くのは最近では結構多い。毎朝、七時ちょうどにレキが起こしてくるからだ。勿論俺ではそんな寸分違わずに時間ちょうどに起床するなんてことは無理に決まっている。毎朝を見てくれだけはいい美少女の起こしてもらえるというのは案外役得ではあるのかもしれない。

 だから聞こえた声は何時ものあの無機質な、温度零の声ではなった。

 もっと低い、男の声だった。

 

「……んあ?」

 

 瞼を開ける。

 そして映っていたのは遠山キンジだった。

 

「よう、おはようさん」

 

「……おはよう」

 

 頭の上で手を掲げている遠山に声を掛けられて、思わず反応してしまう。

 いや、別に悪いことではないからいいんだけど。

 

「……なんでお前が」

 

「もう、七時過ぎてるぜ。十五分」

 

「なに……?」

 

 布団をどかして置き上がり時計を見れば確かにそんな時間だ。遠山も既に制服に着替えていた。

 

「……」

 

 視線をずらす。

 

「……すぅ…………」

 

 レキが寝ていた。

 俺たちの話声に反応することはなく、熟睡していた。普段から真っ直ぐ抱えている狙撃銃は斜めに傾いている。

 

「……ふむ」

 

 熟睡している様子そのものは驚きだが、熟睡しているのは驚きではない。未だに寝ている彼女の周囲に積まれている小説の数々。ここ一週間、先週試しに渡してみた。

 予想外に。想定外に。本当に思いもせずに気にいったようだった。気にいった、とはレキ自身は一言も言っていはいないけど。

 一言だけ。こう言っていた。

 

「………………興味深いです」

 

 やたら長い間の後に一言だけ言った。普段よりも無言が長かったからレキなりに思う事もあったのだろう。彼女がなにを思えるかなんて見当もつかないけど。案外ギャグとかにはまったのだろうか。本人が異常持ちだがバトルか。さっぱりだ。

 ともあれ興味そのものは結構持ったらしく、消灯九時を忘れて読みふけっていた。日を回っても読み続ける事が多かった。三日間という脅威の速度で十数冊を読み終わり、別の小説に移っていた。恐るべき速読。部屋にあるのはなんでも読んでいいと言ったらこっちがびっくりするくらいの勢いで読んでいる。なにが琴線に触れたのだろう。というか琴線なんてあるのかさえも謎だ。

 

「レキ起こしたらリビング来いよ。白雪が朝飯あるって」

 

「……いいのか?」

 

「あぁ、構わないって」

 

「……わるいな」

 

 いいって、と笑いながら部屋を出ていく。

 人間できた男だ。

 好きではないけど。

 

「おい、レキ。起きろ、お姫さーん」

 

 声をかける。

 

「…………」

 

 反応はあった。

 ゆっくりと、瞼が開く。琥珀の色が漏れていくが、焦点は合っていないままだ。

 かれこれ三週間程度を一緒にいるわけだが寝起き姿というのは初めて見る。別に服装は普段と同じだし、狙撃銃も変わらないし、やたら大きいヘッドフォンもそのままだがやはり雰囲気というのは大きいだろう。

 普段がロボットなら、今はぬいぐるみだ。

 

「……」

 

「……」

 

「よう」

 

「…………?」

 

 とろんとした瞳と目があう。まだ寝ぼけているらしい。写真でも取れば高く売れるんじゃないだろうか。さすがにそんなことしないけど。寝起きも初めてだが、寝ぼけているのを見るのも初めてだ。

 

「……今、何時ですか」

 

「もうそろそろ七時二十分だな」

 

「……すいません、寝過ごしました」

 

 まなじりが僅かに下がる。恥ずかしいのか申し訳ないのか。それともただ単にまだ眠いだけなのか。

 

「ま、別にいいだろ。顔洗って来いよ、なんか星伽が朝飯恵んでくれるらしいぜ」

 

「……はい」

 

 無機質な声には普段の問答無用さはない。レキにも寝ぼける、というのがあるというのは少し新鮮というか驚きだった。

 

 

 

 

 

 

「あ、おはよう那須君、レキさん」

 

「あぁ、おはよう」

 

「おはようございます」

 

 顔を洗って、制服に着替えた俺とレキはが見たのはリビングの星伽だった。制服の上からエプロンを付けてタッパから朝食を皿に移している。焼き魚や煮物などの和食がメイン。台所では味噌汁らしきのいおいも漂っていた。朝から和食とは懐かしい。実家を思いだす。碌な思い出は無いけど。

 

「ちょっと待ってね。今お味噌汁注ぐから」

 

「……わるいな」

 

「すいません」

 

「いいよいいよ。大人数で食べたほうが楽しいしね」

 

 ニッコリと星伽が笑う。

 人間できている。

 星伽白雪は武偵高では珍しいくらいの人格者だ。異常というわけでもないし、勿論過負荷でもない特別(スペシャル)。総合点に関して言えば俺の知る限り、そしてこれから知る人物の中でもトップクラス。一年から数多くの部長を兼任し次期生徒会長と言われるのも納得である。

 これで遠山さえ絡まなければ文句のつけどころが無いのだが。遠山が絡むといろいろ残念だ。さらに残念な事に神崎・H・アリアが登場してからはそんな状態ばっかなので真人間ぶりはどこかへ消えていったりする。

 嫉妬に燃える女は怖い。

 最もこの時点ではヤンデレ属性持ちだとは気付かなかった。

 

「いただきます」

 

 俺も遠山もレキも星伽も。四人揃って並べられた食事の前で手を合わせて食事を始める。この部屋では滅多にない、というより入寮して初めての後継だった。数か月後にはむしろ人が増えすぎてテーブルには収まらなくなってソファーに行ったり、床に座って狼と一緒に食べることになったりするのだが。

 俺やレキはもとより遠山と星伽もそれほど食事中に会話をするタイプじゃないらしい。食事の音だけで、

 

「蒼一さん」

 

「…………あ? なんだ」

 

 なかった。 

 レキに声をかけられた。びっくりだぞおい。一瞬呼ばれたって気付かなかった。遠山と星伽も驚いた様子でこちらに視線を送っている。

 

「私、放課後に狙撃科(スナイプ)に顔を出す必要があるので、放課後はお一人でお願いします」

 

「…………別にいいけど」

 

 まぁコイツはこれでも一年にしてSランクの狙撃科(スナイプ)のお姫様なわけで。いくら自由履修とはいえコイツがずっと狙撃科不在というのも拙い話なのだろう。

 それはいいのだけど。

 お一人でお願いしますとか。

 まるで俺が一人は嫌みたいな言い方止めろよ。

 遠山と星伽も苦笑しているし。

 まぁいい。

 俺は俺でやりたいことが合って、レキがいてはそれができないのだから。――絶好のチャンスだ。

 

 

 

 

 

 

『これはモンゴル北部から東シベリアにかけてのどこかです』

 

 中空知美咲はレキのヘッドフォンの音声を聞いてそう言った。

 

「ふむ……」

 

 俺は一人顎に手を当てて思考する。

 一人だ。

 これは別に話し相手である中空知を無視しているわけではなくて。本当に一人なのだ。

 放課後の教室である。周囲に人はいない。レキは朝言った通りに狙撃科に出向いているし、遠山も星伽も言うまでもなくいない。日が落ちていく教室に俺は一人で、携帯電話を耳に当てて中空知美空と通話をしていた。

 中空知美咲。

 上がり症の通信役(オペレーター)通信科(コネクト)のBランク武偵。今時珍しい前髪キャラであり身体の一部でいえば武偵高内カーストトップクラス。極度の人見知りな上に男性恐怖症ではないかと思うほどに男が苦手。面と向かっては会話もろくにできないほどの社会不適合ぶり。普通の会話をするには通信器を通さねばならないほどだ。そして数少ない俺をオペレートできる人物でもあった。

 そんな彼女ではあるものの。俺はこの時ほとんど中空知に関する情報を持っていなかった。通信科(コネクト)の武偵で優秀である。それくらいしか知らなかったし、それだけで別によかった。

 任務の時はBランク故に依頼料もそれほど高くなく、能力故に多様はしたいたが。

 最近若干気が緩んでいるレキの隙を付いてヘッドフォンから音を抜き取りコピーを取って、中空知に解析の依頼をしたわけだがそれの報告が直接会うのではなく電話という形になっても大した疑問は無かった。別にそういうものならそれでいいし、本人に会う必要もない。

 

『音の反響と速度から考えて録音場所は広い草原で――高い海抜の土地です。近くに針葉樹の森が。おそらくシベリアカラマツかと推測されます』

 

 音響調査というらしい。

 視覚でも嗅覚でも触角でも味覚でもなく――聴覚で行う調査。音源から聞こえてくる僅かな音を拾って場所を特定する特殊技能の一つらしい。ただ、これらは普通は専用の機械で行うらしいが――中空知美咲は自前の聴力のみで行っていた。

 これは、異常だ。

 

『呼吸音からして半野生のブシュバルスキー馬、ツンドラオオカミ。人の会話に関してはかなり遠くから少しだけ拾えました。ロシア語のようですが――日本語と古いモンゴル語の単語も混ざっています』

 

「ロシア……日本……モンゴル……」

 

 つまりあの女の出身はそこらへんだったということか。残念ながらまったくわからない。風とやらのヒントがあるかと思い解析を依頼したわけだが。しかし恐るべきは中空知の性能だ。まったくふざけている。

 依頼を出したのは僅かつい二日前のことでレキと一般教科の食い違いの僅かの隙を狙ってなんとかデータ送った。それも口頭ではなくてメールだったから概要を伝え切れているか心配だったが杞憂だったらしい。

 目は口ほどに物を言うが、彼女の場合音こそが最も雄弁のようだ。

 

『一昨日に送られたデータで解析できるのはこのくらいかと……よろしいでしょうか』

 

「ああ、助かった」

 

『仕事ですので』

 

「そうかい。その仕事の金は何時も通りでいいな」

 

『はい。それと、今回のデータを那須さんの靴箱にUSBメモリに纏めて置いておきました。よろしければそちらもご覧ください』

 

 何時の間に、と思うも何時でもできるか。しかし徹底して避けられている。無論これは上がり症故に対策なわけだが、この時俺はそんなことは思いもよらず普通にさけられているんだなと思っていた。いつもの事だと思っていた。

 

「諒解した。またなにかあったら頼む」

 

『はい。それでは』

 

 電話が切れる。

 電話が切れたので教室を出た。速く帰らないとレキの方が先に家に付いてしまうだろう。別にそれもでも問題が在るわけではないが一応念の為だ。下駄箱に辿りつき、USBを発見。指でつまみながら人気のなくなっている下駄箱を出て、校門も出る。大体六時くらいだが、随分人が少ない。冬だからかなぁと思うが、大したことではないなと思い、手の中のメモリを遊ばせつつ、

 

 ――校門を出た瞬間にメモリが爆散した。

 

 




たまには次話に引いてみる。

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