〜Elysion〜   作:楽園

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氷川日菜:星屑にも届かない

 

 私の部屋の小さな窓から彼はよく夜空を見上げていた。ただ、静かに見つめる彼の横顔を、この時だけ僕は私は独り占めにして。だから私はこの時間が堪らなく幸せなのだった。

 

 

「いつまでも開けっ放しだと冷えて風邪引くよ〜」

 

 そう言って彼の肩にそっとタオルケットを掛ければ、視線を私へと落とし、ありがとうと隣に座った私に彼は柔らかく笑う。この笑顔も今だけは私だけのもので、私の心のどこかが甘く疼いた。

 

「ねぇ日菜。星ってね、死ぬんだよ。知ってた?」

 

 空を見上げたまま、微笑む彼に私は知らないの意味を込めてと首を横に振った。

 

「毎晩、同じように輝いて見える星もね、とても長い時間が経つと変化してて。それで、いつかは光り続けることができなくなって宇宙から消えちゃうんだって」

「へぇ、そうなんだ」

「それにね、星は生まれたときの重さで大体のその一生が決まってるの。だとしたらさ、人間もそうなのかな?」

 

 そう言って、やっと私をみた彼、暗闇のなかでも月灯りせいかうっすらと浮かんだ彼の表情は、泣きそうだった。何も言えずにいた私に彼は優しく微笑む。

 

「星に手を伸ばせばさ、いつか届きそうだよね」

 

 彼はそう少し声高く言った。まるで無邪気な子供のように、けれどその瞳はやっぱり哀しさを滲ませていて。

 

「それはちょっと難しいんじゃないかな?」

 

 そう曖昧に笑って見せれば彼はカラカラと楽しそうに笑って、無理かなぁなんて言葉を呟く。そうして私は少しだけ安心して、少しだけ泣きたくなった。

 

 私の部屋の小さな窓から彼はよく夜空を見上げていた。ただ、静かに見つめる彼の横顔を、この時だけ僕は私は独り占めにして。だから私はこの時間が堪らなく幸せなのだった。

 

 例え彼が、見上げた夜空の先に誰かを想っていても。それが私ではないと知っていても。それでも私は彼の事を想い続けると決めたから。

 

「そんなに、好き?」

 

 私の呟いたひとり言のような言葉は彼によって問い掛けへと変わった。

 

「……好きだよ。殺したいくらいにね……」

 

 そう言って彼は柔らかく笑う。

 

「……殺したいほど」

 

 そう聞き返せば彼はまた曖昧に笑う。

 

《殺したいくらいにね》

 

 その対象がいったい何なのか。彼が昔話した星のことなのか。それとも私の知らない誰かのことなのか。私には解らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 __そして、それが彼と会った最後だった。

 

 彼は亡くなったのだ。とあるマンションの一室から飛び降りて。その日は、星が綺麗な夜だった。彼は何を思いこの世をあとにしたのか。

 彼は星屑を手に入れようと手を伸ばしたのだろうか? そしてその手は星屑を掠めて空を切り何も掴めずたった一人闇夜の底へ落ちていってしまったのだろうか? 私にはやっぱり解らなないし理解出来なかった。

 

 彼の残した星の話に隠された意味も。彼の本当に欲しかったものが何なのかも。ただ、彼の夜空を見上げた横顔と誤魔化すように曖昧に笑った顔が今でも私の瞼の裏に焼き付いていて。

 

 泣きたくなって私そのたび空を見上げる。

 

 彼が好きだと言った星を探して。

 

「俺さ、生まれ変わるな、星になりたいな」

 

 そう冗談とも本気ともつかないことをいつだか彼は私に言った。

 

「そうしたら、私達会えないじゃん」

 

 彼のそんな言葉に不満気に返した。

 

「そっかぁ、それじゃあ嫌だね」

 

 と、彼はとても楽しそうに笑っていた。彼はもしかしたらはじめから星だったのかもしれない。彼が言った、殺したいくらい好きという言葉が私向けられたものだったら、どんなに幸せなことだろうかと、馬鹿げたことをそっと星に願った。

 

 そうではないと解っていても、それでも願わずにはいられなかったから。そして、そんな言葉を口にした彼に私もまた、その言葉が心の奥底から涌き出て止まないことを。そんな私の思いを、彼は知っていただろうか。だがそんな事はもう分からない。誰にも分からないのだ。

 

 だって……もう、彼はいない。私の愛したヒトはどこにいない。星の如く死んでしまったのだから……

 

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