「今日からあたしたちも高校生かー」
「私らクラス一緒かなあ」
「3人全員ってわけにはいかないだろうなあ」
今日は一ノ瀬学園の入学式。あたしも今日から高校生。満開の桜の下を2人の親友とともに歩いていた。桜が舞う中の入学式というのは新しい日々の始まりという感じがして、なんだかカンガイ深いものがある。
着慣れない制服に身を包みながら、同じく一ノ瀬学園に進学した海っち川っちの2人と一緒に校門を潜った。改めて高校生活への期待と不安と緊張を感じて、心臓がドキドキと高鳴る。
そのまま人の流れに乗って足を進めていると掲示板の前に人が集まっているのが見えた。喜びや驚きでざわついている。きっとあそこでクラスが発表されているのだと2人に声をかけ、早足になって駆けつけた。
「私は……B組だ」
「……おっ、私もだ」
「えっと……あたしもだ! 良かったー! みんな一緒じゃん!」
海っち川っちの2人と同じクラスだったことに3人で喜び合う。3人とも一緒のクラスだなんてすごい偶然。きっと日頃の行いが良かったに違いない。……できれば、もうひとり一緒のクラスになれていればもっと嬉しいのだけど。
「ほんと良かったー! でも、うるかはまだだよね」
「そうだった。あいつのクラスも気になるだろ?」
「な、なんのこと!?」
まるで心を見透かしたようなタイミングで、思わず声が裏返ってしまった。2人はニヤニヤと笑いながらこっちを見てくる。人の気も知らないで楽しそう。こうなっては反論しても無駄なので「もー」と一声上げて、もう一度掲示板に目を向ける。気になる相手の名前は「ゆ」から始まるから最後の方のはずだ。
「あ、お前らも見てたのか」
「うぇっ!? な、成幸!? と、こばやん!」
「露骨だなあ」
これから確認しようと思ったところに、後ろから想い人である唯我成幸その人から声をかけられた。不意打ちにも程があるタイミングで心臓が飛び出そうになる。こばやんが苦笑いしながら何か言った気がしたけれどよく聞こえなかった。
「何組だった?」
「な、何が!?」
「何がって、クラスしかないだろ?」
動揺して頭が回らず変な返事をしてしまった。成幸は不思議そうな顔をしてあたしのことを見ているけれど、好きな人が自分と同じクラスか確認しようとしたらその相手に背後から声をかけられた身にもなってほしい。我ながらひどい八つ当たりだ。
「あ、あたしはえっと……び、B組だけど」
「お、そうなのか。同じクラスだな!」
「ほ、ほんと!? 成幸もB組なんだ。よかったあ……」
「俺も武元と同じクラスで良かったよ。1年間よろしくな」
胸に手を当てて、良かったと言葉を漏らしたあたしに成幸は笑顔で話しかけてきた。あたしと成幸でよかったの意味はきっと全然違うけれど、それでも同じのクラスで良かったと言ってくれたことがどうしようもなく嬉しくて、慌てているところを表に出さないように、「うん」とひと言だけ返事をした。
「あ、ちなみに俺もB組だから。よろしくね」
「小林くんも? うん、よろしく!」
「B組七尾中多すぎないか……?」
海っち川っちとこばやんが話している。成幸だけじゃなくこばやんとも同じクラスになれたことは素直に嬉しいのだけど、成幸のほうを先に聞いてしまったのは許してほしい。
「うるか、顔だらしないぞ」
川っちに言われてハッとして顔を抑える。成幸と同じクラスで1年間過ごせると思って、知らないうちに顔がにやついてしまっていたようだ。海っちとこばやんはクスクスと笑ってこっちを見ていて、恥ずかしさで顔が熱くなる。
成幸はよそ見をしていたようで、何があったのかと周りを見回していた。一番見られたくない相手が見ていなかったことに安堵して、「何でもない!」と言って成幸の背中を押しながら教室へ向かう。表情を整えたいけどきっともうしばらくは難しい。成幸が押すなと言っているけど、こうしている間は表情を見られないから、もう少しだけ我慢して貰おうと思う。
◆◆◆◆◆◆
入学式の後、簡単な自己紹介と説明を兼ねたホームルームを終えると解散になった。同じ中学出身の子はある程度同じクラスに固められていたようで、みんな初日は周囲の席の子と簡単な挨拶を済ませると、概ね出身中学ごとに集まって話し込んでいた。七尾中も例外ではなく、男子は成幸とこばやんが集まり、女子はあたしと海っち川っちが集まっていた。
「いやー良さそうなクラスで良かったねえ」
「ねー。自己紹介聞いてて安心した」
「変なやついなさそうで良かったよ」
お互いにクラスの印象を話し合う。中学校とは違う新しい環境。どんな人がクラスメイトになるのか緊張していたけれど、1年間楽しくやっていけそうだというのは3人とも一致していて安心する。不安な気持ちもなくなって、これからどんな生活が始まるのかとワクワクしてきた。
「じゃあうるか。せっかく一緒のクラスになれたんだし唯我くん誘って帰ろうよ。まだ小林くんと話してるしさ」
「ええ!? い、いやほら。一緒のクラスになれたんだしそんな焦らなくても……」
雑談が途切れたタイミングで、突然海っちが急に成幸を誘って一緒に帰ろうなんて言い出した。急にそんなことを言われても心の準備が出来ていない。ただでさえ朝の不意打ちでいっぱいいっぱいだったのに、帰りまで成幸と一緒だなんて想像するだけで心臓がドキドキとしてしまう。
「甘い! それで中学3年間何か出来た?」
「そ、それはそうだけど……」
痛いところをつかれてしまった。中学校の3年間片思いをしていたけれどろくな進展もなかった。せいぜいあたしから呼ぶときに成幸と下の名前で呼ぶようになれたくらいだ。それだって精一杯の勇気を出して頑張ったんだけど。
「それに高校は中学とは全然違う人が入って来てるんだから、なんにもしないでいると取られちゃうよ?」
「そーそー。同じ学年にモデルみたいにスラッとした美人いたの見たか?」
「あー凄い美人だったよね。それに人形みたいに可愛い子もいたよね。メガネかけてて、ちっちゃいのに胸は大きい子」
「超絶クールで美人な先生もいたしな。あと一個上にはバンドやってて背は低いけどめちゃくちゃカッコよくて可愛い先輩もいるらしいぞ」
「川っち詳しすぎない!?」
同じ学年の2人と先生は綺麗な人がいるなと印象に残ってたけど、先輩まではさすがに見ていない。入学して1日も経っていないのになんでそんなに詳しいのか。
「ああ。先輩に兄貴がいるやつが隣の席だったから、そいつから聞いただけだよ」
「あ、それで。よかったー。てっきりゴシップ趣味があって入学前から調べてたのかと」
「おい」
冗談のつもりで言うとジト目で睨まれた。ごまかすように笑いながら「ごめん」と言って話を続けた。
「ま、まあ美人がたくさんいるのはわかったけどさ。別に成幸がそんなにモテるわけじゃないし……」
「うーん、でも唯我くんから好きになるかもしれなくない?」
「えっ……」
中学校の頃はそんな素振りは見せていなかったけど、成幸だって男子高校生になるのだ。恋愛に興味を持ってもおかしくない。というかそうじゃないと困る。困るのだけど、だからこそ今まで近くにいなかった子に目を奪われるというのは如何にもありそうで、想像したら胸がキュッと締め付けられるような気分になった。現実になったらどうなるかなんて考えたくもない。
「…………そ、そうだよね。高校生になったんだし変わらないと!」
「おっ。珍しい」
「あたしだってやるときはやるの!」
決意して拳を握り込む。中学生の頃のままじゃまた同じことの繰り返しになってしまう。高校生になったのも2人から焚き付けられたのもいいきっかけだ。想像を現実にしないために今こそ頑張るとき!
「……というわけで海っちお願い誘ってきて」
「ええ……そこまで言ったなら自分でやろうよ」
「だってだってー!」
「もー、わかった。しょうがないなあ」
海っちがため息をついて成幸たちの方へ向かう。川っちの視線が痛いけど、いきなり誘うなんてハードルが高すぎて出来るわけがないから許してほしい。テンパって逃げてしまうのが目に見えている。何事も一歩一歩進むのがタイセツなのだ。
海っちは成幸とこばやんに話しかけて、あっさりOKを貰っていた。いつかああいうふうに気軽に誘えるようになりたいな。
◆◆◆◆◆◆
「じゃあ私たちはここで」
「うん、また明日」
5人で下校している途中、分かれ道に差し掛かり3人と別れる。あたしと成幸の2人が残された。ここでこうやって分かれることはわかっていたけど、実際に成幸と2人きりになると緊張で胸がドキドキと高鳴ってしまう。
「武元、どうかしたか?」
「う、ううん!? なんでもない!」
成幸に声をかけられて思わず声が裏返る。成幸が不審そうに見つめてくるので緊張と恥ずかしさで逃げ出したくなる。
でもこれは親友2人があたしのために整えてくれたシチュエーションだ。深呼吸して気合を入れて、なるべくいつもどおりに話題を振った。
「クラスメイトだけど、男子のほうはどうだった?」
「ああうん。どうにかやっていけそうだよ。話しかけてきたのもいいやつだったし」
「あーあの小林と大森だから俺たち似てるなって言ってた人?」
「そうそう。初対面だけどグイグイ来て、話してて面白かったよ」
成幸が苦笑しながら答える。成幸とは違うタイプの人だと思うけどそれが良かったのかもしれない。中1のときの成幸は夏頃まであまり明るい顔をしていなかったのを思い出して、高校ではこんなふうな表情でいられて良かったなと思う。きっと今みたいに積極的な友達ができたのがよかったんだろう。
「成幸、高校じゃ部活とかはやるの?」
「いや、入らない。バイトもできる高校だし、特別VIP推薦も目指さなきゃだしさ」
「特別VIP推薦?」
聞き慣れない言葉に思わず聞き返す。フツーの推薦と違うのだろうか。
「そう。歴代の生徒の中でも優秀って認められないと選ばれないんだけど、選ばれれば大学の学費が免除されるんだよ。それ狙いで一ノ瀬選んだんだ」
「へー、一ノ瀬って公立なのにそんなのあるんだ」
「ああ。なんであるのかは知らないけど。あんまり家族に負担かけたくないからそういうのがあって助かるよ」
「そっか。あたし全然知らなかった」
目指す気もなかったので、そんなものがあることは知らなかった。あたしじゃ今の学年の中でユウシュウと認められるのだって想像もつかないのに、歴代でなんて雲の上のような話だ。成幸はそんなものを目指している。
自分が選んだ高校のことも成幸のことも、ちゃんと知らずにいたんだなと少し自己嫌悪。
「そっか。じゃあ3年間ずっと忙しいね」
「そうだな。まあ成績の上がり方にもよるんだろうけどさ」
真っ直ぐな目で成幸が答える。成幸は決して天才じゃなく努力して成績を上げていった人だから、きっととんでもなく苦労をする覚悟を決めているのだろう。誰かを好きになるとか、恋愛を意識するとか。そんな余裕はないんじゃないかとなんとなく思った。
「でも武元だって水泳で忙しいんじゃないか。大学も水泳の推薦とか狙ってるんだろ?」
「まあなんとなくそう考えてるし部活も頑張るつもりだけど、水泳は好きでやってるからね」
「好きでもあれだけ努力して練習できるのは凄いよ」
成幸があたしも大変なんじゃないかと言ってくれた。好きなことを頑張るのとやりたくないことを頑張るのとじゃ全然違うと思うけど、成幸が凄いと言ってくれたことは嬉しくて思わず口元が緩んでしまう。我ながらタンジュンだ。
「そういえばなんで武元は一ノ瀬に来たんだ? 公立じゃなくて私立行けばもっと良い設備とかあったんじゃないか?」
「うぇっ!?」
いつか聞かれると思ってたけどついに聞かれた。成幸を追って来たなんて本当のことを言うわけにもいかないから一応言い訳は考えていたけど、まさかこのタイミングで聞かれるとは。おかげで変な声が出てしまった。成幸が不審そうな顔であたしを見てるから早く返事しないと!
「い、一ノ瀬も室内プールがあるからケッコー設備いいの!」
「そうなのか。公立にしては珍しいな。でも私立ならトレーニングの器具があるとかもっと設備いいところもあったんじゃないか。推薦の話もあったんだろ?」
少し声が上ずらせながらもなんとか言えたが、成幸は少し首を傾げて不思議そうに返事をした。水泳の強豪校から推薦の話があったのも一ノ瀬より設備が良かったのも事実で、聞かれるかもしれないと色々考えたけどしっかりとした言い訳はついに思い浮かばなかった。
「ほ、ほら。公立から下剋上ってカッコいいじゃん」
「ああ、スポーツやってないけどなんとなくわかる。でも野球漫画とか団体スポーツの台詞っぽくないかそれ」
「す、水泳もメドレーがあるから! それに家から近いところのほうが友達もいるしパパとママも安心するし!」
「そういえばメドレーがあったか。それに自分の娘が遠くに行くのも心配だよな」
言い訳を続けていると、ようやく成幸が納得したような顔で頷いた。まあこれもまるっきり嘘というわけじゃない。遠くの高校から推薦の話があったとき、ママは行きたいなら行きなさいと言っていたけど、パパはこの世の終わりのような顔をしていた。成幸と離れてしまうのでどちらにせよ断る気だったけれど。
「でもあたしは下剋上カッコいいなとかそんなことくらいしか考えてないで高校選んだからさ。成幸みたいにちゃんと将来のこと考えてるの偉いと思う」
ともあれせっかく納得してくれたので話題を変えることにした。
あたしは自分のことしか考えていないけど、成幸は家族のことまで考えている。妹思いな人だということは知っていたけれど、それ以上に優しい人なんだと感じた。
「俺なんて別に……。それに武元だってちゃんとしてるよ。推薦目指してやることも決まってて」
「そうかなあ。たまたま水泳が得意で好きだからやってるってだけだから、あんましちゃんとしてるなんて思えないんだけど」
「好きなことと向いてることが一致してるんだからいいことじゃないか」
「そりゃそうだけどさー。ちゃんとしてるっていうのはもっと水泳に打ち込んでないとっていうか」
「いや、あれだけ練習してるんだから十分打ち込んでるって」
成幸が苦笑して答える。あたしの中では水泳が最優先という感じではないのでちゃんとしている感じはしないのだけど、成幸から見るとそうでもないのだろうか。気にはなるけどこれ以上続けると、じゃあ何が最優先なのかとか余計な方向に話が進んでしまいそう。
「武元、俺こっちだから」
そんなことを考えていると、成幸から声をかけられた。いつの間にこんなに時間が経っていたのだろう。成幸と話しているのが楽しくて、時間が経つのも忘れていた。慌てて「また明日」と返事をすると、成幸も同じように「また明日」と返してくれた。また明日からも同じクラスで会えるのだと思うとどうにも顔がにやけてしまう。早く慣れないと。
◆◆◆◆◆◆
一人になった帰り道を歩きながら、ホームルームのあとに海っち川っちと話したことと、成幸と2人で帰りながら話したことを思い返す。成幸には特別VIP推薦という目標があるようだ。だからきっと自分から恋人を作ることはないと思う。
でもそれは誰かを好きにならないというわけじゃない。好きになっても告白しないことがあるなんて自分でもよくわかってる。付き合っても付き合わなくても、あたし以外の誰かを好きになったら同じことだ。好きになるきっかけなんてわからないから、2人の言っていたことは正しいのだ。
「だからケッキョクのところ、あたしが変わらないといけないんだよね」
誰にいうともなく宣言する。新しい環境で、今度こそ成幸に好きになって貰うため。中学までより少しだけ勇気を出してみようと決意した。