少しずつ春の足音を感じ始める3月。学年末のテストも終えて、どこか緩んだ雰囲気がクラスには漂っている。
俺とうるかの2人も目標以上の点数を取ることが出来たので、追試の心配をすることもなく残りの高校1年の学生生活を満喫していた。
「ごちそうさま。いつもありがとな」
「ううん、ベンキョー教えてもらってるお礼だってば。それに……今は彼女だし」
「彼女でも普通作らないと思うぞ」
少し照れながら言ううるかに苦笑いをしながらツッコむ。付き合い始めてから何度も同じようなことを言っていて、最初の頃はもっと顔を真っ赤にして恥ずかしがっていた。
今は顔を赤くしながらも幸せそうにはにかんでくれる。それを見てこちらの顔まで綻んでしまうことまで含めて日常だった。
勉強を教える日にうるかがお弁当を作ってくれることはすでに恒例になっていて、周りのクラスメイトも全く気にしていない。
だからというわけではないけれど、放課後になる前に先に渡しておこうと思い、カバンからラッピングされた箱を取り出してうるかに差し出した。
「うるか、これお返し」
「ん? なにこれ?」
「……その、今日ホワイトデーだろ」
「あ、そっか!? ありがと成幸!」
ホワイトデーと言われてハッとして喜ぶうるか。喜んでくれたのは嬉しいけど、お返しを想像もしていなかったような反応をされたのは少し複雑だった。
考えてみればうるかは3年間お返しも受け取らずにチョコを渡し続けていたわけだから、お返しがあるという発想すらなくなっていたのかもしれないけれど。
「うるかみたいに手作りはできないから、買ったやつで悪いんだけどさ」
「ううん。成幸が選んでくれたんでしょ? それでジューブン嬉しいし」
うるかはそう言って鼻歌交じりに包装紙を剥がしていく。出てきたのはこの辺りではそれなりに有名な洋菓子店のマカロン。
自分なりに頑張って用意したとはいえ、うるかの手作りチョコと比べてしまうと釣り合うとは思えない。
それが少し心苦しかったけど、ずっとニコニコとしているうるかの表情を見れば喜んでくれているのは確かなようで、ホッと安堵のため息を付いた。
「おいしー! 成幸も食べる?」
「いや、うるかにあげたやつだしいいよ」
「えー? ……で、でもほら、あ、あたしは成幸にあたしのチョコもちょっと、あ、味あわせて貰ったし?」
「なっ!? お、お前あれは違うだろ!?」
バレンタインにうるかのチョコを食べた直後にキスをして、チョコの味がするとうるかが言ったことを思い出した。うるかもそれが頭にあって言ったのだろう。
だけど顔を真っ赤にしてどもるくらいなら言わないで欲しい。せめて目を泳がせて黙り込むのはやめて欲しい。こっちまで余計に恥ずかしくなって、緊張したようなもどかしい空気が辺りに漂う。
こんなことなら黙って貰っていればよかった。そんなことを思いながらも、先月のことが頭に浮かんで視線が唇に吸い寄せられる。するタイミングがなくて、あれ以来キスをしてなかったから余計に意識が向いてしまう。
気づけばうるかも俺のことをじっと見ている。もしかしてうるかもしたいと思っているのだろうか。思わずそう言ってしまいそうになったところで。
「おうおう、イチャイチャしやがってよ!」
「「うひゃあ!?」」
大森が大声を上げて割り込んできた。2人で大声を上げて驚いて、妙な空気はどこかへ吹き飛んでいった。
心臓はバクバクと悲鳴のような鼓動を鳴らしているけれど、今回ばかりは助かったという思いのほうが強かった。
「大森何やってんのさ」
「いやもうこんなん見てられっかよ!」
「いいじゃん見守ってれば」
「やってられっか! てわけで武元、これ俺からもお返し」
「え? あー、ありがと」
「え?」
小林に注意されていた大森を感謝の気持ちで見ていると、突然お返しと言ってお菓子の箱を取り出してうるかに渡した。うるかも変に驚くことはなく、当然のように受け取っている。
「ああもう、邪魔して……まあ成ちゃんいないとこで後から渡すよりいいか。じゃあ俺からもお返し」
「あ、こばやんも? あんがとね」
小林もお返しといいながら、大森に続いてうるかにお菓子の箱を手渡した。うるかはこれも当然のように受け取っている。
一体なんのお返しなのか。今日はホワイトデーで俺もお返しを渡したのだから、考えるまでもなく思い当たった。バレンタインデーのお返しに決まってる。
ということはつまり。
「……俺以外にもあげてたのか?」
「え? …………あっ、や、友チョコだかんね!? 義理でもないから!!」
「武元言い方」
普通に聞いたつもりだったのに、うるかはわたわたと焦った様子で返事をして、小林は俺の方を見て苦笑いをしている。
……そんなに不満そうに見えていたのだろうか。自分では普通に聞いたつもりだったのだけど。
「もうほら、唯我くんヤキモチ焼いてんじゃん」
「安心しろって。あたしらでチョコ交換してたの大森が物欲しそうに見てたから、しょうがなく余ってたやつあげただけだから」
川瀬と海原もやってきて、俺がヤキモチを焼いてるとか言ってくる。ヤキモチと言われるとまあきっとそうなのだろうけど、離れたところから見ていてもわかるくらい、自覚している以上に態度に出ていたのかと思うと顔から火が出そうなくらい恥ずかしかった。
「あ、2人もありがとね。これよかったら貰って」
「おう、サンキュ」
「小林くん、ありがとね」
「そーそー唯我は気にすんなって。武元に貰ったのちっちゃいの一つだけだったから。あ、お前らにもお返し」
俺が恥ずかしさに悶えているのをよそに、小林と大森がホワイトデーのお返しを渡し始めている。俺から関心がなくなったのはいいけど、こんなすぐに放置するくらいなら最初から放っておいてほしかった。
「え、何この豪華なラッピング」
「スイーツ系インスタグラマー大森のおすすめだ! ちょっと高いけど味は保証するぜ!」
「いやお前のインスタとか知らんけど……」
やたらと高級感のあるプレゼントを前に、川瀬と海原は見つめ合ってしばらく無言。アイコンタクトで通じ合ったのか、二人同時に頷いてから大森を向いて口を開いた。
「……ごめん、ありがとうだけど余ったチョコ一袋あげただけでこれはちょっと重いわ。一個だけ貰って2人で分けるからこっち返す」
「なんでだよ!? 小林との扱いの差がひどくねえ!?」
「渡す物の差だっつの」
「まあまあ。俺たちで食べよう?」
嘆く大森を小林が宥める。何を貰ったのかはわからないけど、小林がお返しにあげたものとの差を考えると謙遜ではなく余ったやつだったんだろう。
苦笑しながら小林が手に取ったプレゼントを改めて見て、ふと気になったので大森に尋ねた。
「あれ、大森が今渡したやつうるかにあげたのとは別なのか?」
「別だぞ? 友達の彼女にあんま豪華なやつ渡すのはなんか微妙じゃね?」
「あ、そこは気を使うんだ……」
大森の意外な気遣いに俺と小林が関心していると、教室の前方のドアが開いて担任の先生が声を張り上げた。
「あ、いたいた! 唯我、放課後学園長室に行ってくれるか。特別VIP推薦の件だそうだ」
「え!? あ、はい!」
とりあえず返事はしたけれど、呼び出されるようなことをした覚えはなかった。まだ推薦が決まるわけもないし、あまりいいことではなさそうだ。
どちらにせよ断るつもりではあるけど、呼び出されて推薦は無理だとか言われるのかと思うと少し複雑だ。
「あれ、成幸やめたんじゃなかったっけ?」
「一回申し込んだけど、その後進路調査してないしまだちゃんと断ってないんだよ。……ていうか正式に決まったわけでもなんでもないのに断るってのもおかしいし」
首を傾げるうるかに現状を説明する。あえて話すまでもないと思って伝えていなかったが、俺の説明を聞いて納得したのか、うるかは何度か頷いていた。
「それもそっか。じゃあ今日は先に図書室で待ってんね」
「ああ」
まあ、どんな話をされたとしても断るだけだ。やることがわかっているからか、不思議と緊張はしなかった。
◆◆◆◆◆◆
「唯我くんは特別VIP推薦を目指しているんだったね。成績は悪くはないが、今のままだと……」
「あの、それなんですが」
学園長が話すのを遮る。失礼かもしれないが、ズルズルと話させた後で断るよりは早めに断ったほうがいいと思った。
学園長は話すのをやめて口を閉じると、先を促すように俺の目を見つめる。何も言われなかったことに安心して、ゆっくりと話し始める。
「その、特別VIP推薦を目指すのはやめました」
「ほう? 確か入学したときから希望していたと聞いていたが。まだ諦めるような成績ではないと思うがね」
「いえ、成績的に無理だと思ったとかではないんです。……その、実は教師になりたくて」
「教師に」
学園長は俺の言葉を繰り返すと目を丸くした。自分と同じ職業だから驚いているのだろうか。本気だということが伝わるように声を張って言葉を続ける。
「はい。本気で教師になろうと思うとやっぱり教育大学に進んだほうがいいと思うんですが、特別VIP推薦で行ける大学に教育大学はないので、将来のことを考えて特別VIP推薦を目指すのはやめようと思っています」
言い切って学園長の目を見返す。どこか遠くを見るような目でしばらく見つめられていたが、やがて納得したように頷いた。
「そうか……うん、一年生だが自分の将来のことをしっかり考えているんだね。それなら私達教師はそれを応援するよ」
「ありがとうございます」
雰囲気が柔らかくなったのを感じて頭を下げる。自分が将来目指す職業の相手に、本気だということが伝わったことが嬉しかった。感動で目が潤みそうになる。
「実は君にはある生徒たちに勉強を教えるのをお願いしていようと思っていたんだ」
「勉強を教えるって俺がですか?」
「ああ」
特別VIP推薦を断って、これで話は終わりかと思ったのにまだ続くようだ。
俺に誰を教えろというのだろう。というより以前になぜ俺が指名されたのか分からなくて首をひねった。
「君は武元うるか君に勉強を教えているだろう? 彼女の成績はこの1年間で急上昇したらしいじゃないか」
「いや、あれはうるか……武元が頑張ったからであって、俺の力ではないです」
「そうかもしれないね。だが成績が上がったのは事実だろう? 中学校の先生にも聞いたが、英語が赤点回避どころか平均点まで上がったと聞いて驚いていたよ」
「上がったのは確かに上がりましたけど……」
一体何の話なのかわからないけど、おかしな流れになっている気がする。中学校の先生にまで聞いたとか相当じゃないか。
「それで話は変わるんだが、確かに教育大学となると特別VIP推薦はない。が、普通の推薦枠ならいくつかある」
「え?」
「もちろん普通の推薦で行くにしても内申点は考慮される。で、どうだね?」
「……どうとは?」
「さっき言った、ある生徒に勉強を教えることについてだよ。受けてくれるか、断るのか」
「……ちなみに断ったら」
「断ったということで内申では考慮されるだろうね」
完全に脅しだった。これが教師の言葉だろうか。さっきの感動を返してほしい。
理不尽に思えて腹も立つけれど、怒りを抑えて先程の言葉を反芻する。
推薦枠。魅力的な言葉ではあるけれど、普通の推薦なら何が何でも欲しいというわけじゃない。受験で受かればいいだけのことだし、高望みしなければそれくらいの実力はこれからつけられると思っている。
勉強を教えるならその分自分の勉強時間も減ってしまうから、成績だって下がってしまう可能性もある。だから断るのも選択肢の一つだ。
「……わかりました。引き受けます」
だけど家計のことを考えれば万が一のリスクだって犯したくはない。大学に合格するという目的だけを考えれば、推薦を目指す方が確実だ。
それに家計の他にもう一つ、普通の受験ではどうしても解決できない問題もあったから、推薦があるというなら断る選択肢は俺にはなかった。
「そうか。ありがとう。では今日からよろしく頼むよ」
「はい。……えっ、今日から!?」
「ああ、早ければ早いほど良いだろう。入りたまえ」
学園長がそう言って指を鳴らすと、学園長室のドアが開いて2人の女生徒が入ってきた。
「君も知っていると思うが」
学園長が続けて2人のことを話しているが、言われずともよく知っている。
腰ほどまである長いストレートの黒髪が特徴的な、文系の天才古橋文乃。
小柄な体躯から受ける可愛らしい印象とは対照的な鋭いツリ目をしている、理系の天才緒方理珠。
2人ともうるかと並んで一ノ瀬学園が誇る天才と呼ばれている人物だ。この学園で知らない生徒はいないだろう。
「君には古橋文乃君に理系の勉強を、緒方理珠君に文系の勉強を教えることをお願いしたい」
「え? 逆じゃなくてですか?」
「逆だったら教える必要がないし、そもそも教えられないだろう?」
それはそうだ。2人とも得意分野では超のつく天才。むしろ俺が教えてもらいたいくらいだった。
学園長の言葉を聞いた2人もコクリと頷いていた。本当に得意ではない分野の勉強をしたいらしい。どんな事情があるのかはわからないが、2人の目は本気だった。
「……えっと、はじめまして。よろしくね」
「はじめまして。よろしくお願いします」
「あ、ああ。よろしく……」
古橋は緊張したように、緒方は落ち着き払った挨拶をしてきた。……同じ授業を取っているから、はじめましてではないのだが。
けれどまあそれはいい。そんな些細な問題よりこれから待ち受ける問題のほうがずっと大きい。
2人の女子にこれから付きっきりで勉強を教えるなんて、うるかが喜ぶとは思えない。まして色々な意味で目立つ2人だ。余計な誤解まで生みかねない。
うるかにどうやって説明しよう。教師役を嫌がっていると誤解されないように、心の中だけでため息を付いた。
◆◆◆◆◆◆
緒方と古橋の2人を連れて図書室につくと、うるかが輝くような笑顔で振り返った。
「もー成幸おそ……い……」
どんどんとうるかの笑みが消えていく。2人で勉強会のはずだったのに、急に2人も女子を連れてきたら当然だろう。
先に連絡できればどれほど良かっただろうかとは思うが、それができれば夏休みの連絡に家の電話を使うようなことはなかった。出来ないのだから仕方ない。
道すがら、緒方と古橋には俺とうるかが普段から図書室で勉強をしていることを、付き合っていることも含めて伝えていた。
だからこういう状況になりそうなことも話していたけど、それでも気まずそうな、そしてなんとかしろと言いたげな目でこちらを見ている。
女生徒2人から受け取る視線の痛さを感じながら、覚悟を決めて深呼吸をした。
「この2人は緒方と古橋。うるかも知ってるよな」
「え、いや、そりゃユーメイジンだし知ってるけど……な、なんで成幸と一緒に来たん?」
「……実は学園長にこの2人に勉強を教えるように頼まれたんだ」
「ええええええええええええ!?」
うるかは口をパクパクと開け閉めしながら俺と2人を交互に見やる。ショックを受けているのがありありと伝わってしまい、なんだか悪いことをしているような気分になってくる。いや、実際にしているのかもしれないけれど。
とりあえずうるかと2人で話すべきだろう。学園長から受け取ったこの間の小テストを緒方と古橋に渡して、席につくよう促した。
「じゃあ緒方と古橋はとりあえずこの小テストやっててくれ。俺はうるかと話してくるから」
「うん……頑張ってね」
「なるべく早く戻ってきてください」
新しい生徒2人から同情交じりの声援を受け取って、放心しているうるかの手を引いて図書室から出る。
あまり人の通らない屋上への階段の踊り場についたところで、呆然としていたうるかが我に返ったように大声をあげた。
「勉強教えるって何!?」
「いや俺もまだ事情はよく知らないけど、緒方に文系の勉強を、古橋に理系の勉強を教えてほしいって学園長に頼まれたんだよ」
「それで引き受けたん!? あたしがいるのに!」
「いやそれがな……」
学園長からされた説明をうるかに伝える。説明を聞くにつれてうるかは徐々に怒りを抑えていき、納得と諦めと不満を混ぜたような複雑な表情に変わっていった。
「それにウチの家計的に受験して万一のことがあると困るから、推薦で受かったほうが安心だからさ」
「……それ言われちゃうとなあ」
締めくくりにそう伝えると、うるかはため息とともに諦めの言葉を口にした。
放課後の二人の勉強会。俺にとってうるかと何の気兼ねもなく二人でいられる時間でかけがえのない大切な時間だったけれど、うるかも同じように大切に思ってくれていたのだと今さら気付かされた。
二人きりでなくなってしまったことでこれだけ落ち込んでいるのがその何よりの証拠だろう。
だから、恥ずかしいからあまり言いたくはなかったけれど、これからしばらく続くだろう四人の勉強会を、不満を抱えたまま受けてほしくはないから。
学園長の依頼を受けようと思ったもう一つの理由を、うるかに伝えることにした。
「……その、受験は俺の努力次第でどうにかなるから今言ったのは半分言い訳みたいな感じで、それよりこっちのが俺の中では大きいんだけど……うるかは多分推薦で大学に行くよな?」
「うん、今のとこそのつもりだけど」
「推薦だと俺が受験するより早く決まるだろ?」
「そうなんね」
「……だから俺も推薦で大学決められたら、その後受験勉強しなくていいからうるかと一緒にいられる時間が増えるかと思ったんだよ」
「…………成幸ずるい。そんなこと言われたら怒れないじゃん」
うるかは口を尖らせて、けれど満更でもないような表情をしていた。
高校を卒業した後の進路は分かれてしまうだろうから、せめて高校生の間はできるだけ一緒にいたい。その気持ちは同じだったんだろう。
「勝手に決めてゴメンな」
「ううん。まあああ言ったけど、そうやって人のこと助ける優しい成幸のことが、あたしは好きだから」
うるかはそう言って誇らしげな顔をした。そんなに人助けなんてしているつもりはなかったから、なんでそんなふうに言ってくれるのかと首を傾げていると、うるかは照れくさそうに頬をかきながら話を続けた。
「特にあたしに教えてくれるときとかさ。自分のことじゃないのに、すっごく真剣な目してんの。優しくて真剣なその顔が好きなんだ」
「そ、そうなのか」
「それをあたし以外にも見せちゃうってのはちょっち妬けるけど。……あ、でもだからってちゃんとやんなかったらそっちのが怒るかんね」
そう言ってうるかは笑った。そんなふうに見られていたというのは嬉しいけれど恥ずかしい。
ただ、自分の顔なんて見れないから、どんな顔をしているかなんてわからないけど、それでもうるかの言うことは少し違うんじゃないかと思う。
自分のことじゃないなんてうるかは言うけど、俺は自分のことだと思っている。勉強で困っているからって誰でも助けようだなんて思ったことはない。中学のときは俺と水希を救ってくれて、水泳に全力で打ち込んでいるうるかだから助けようと思った。今回だって結局のところ自分のためだ。
あの2人がどういう事情で得意分野じゃない大学に進もうとしているのかなんてまだ知らない。ちゃんと話せば助けになりたいと思うのかもしれない。
でも少なくとも今はただ、うるかと一緒にいる時間を増やしたいという一心でやったことでしかなかった。
だからあんなふうに思われるのは気恥ずかしいし、正直うるかと同じくらい真剣にできるかわからないから怒られたとしても困ってしまうのだけど。それでもうるかが俺にそう期待しているのなら、それに見合う自分ではいようと思う。
さしあたってはテストを終えているだろう2人のところへ戻って、それから勉強会を始めよう。微笑むうるかと手を繋いで、図書室の方へと足を向けた。
◆◆◆
うるかと話を終えて戻ると2人は顔を両手で覆うようにして隠していた。
何事かと思って解答用紙を見る。解答と照らし合わせるまでもなく、ほとんど間違っているのがひと目で分かった。なにせ半分以上空欄なのだ。
うるかと顔を見合わせて、どちらともなく吹き出した。それを見た緒方は怒りをあらわにし、古橋は肩も頭もガックリと下げて落ち込んだ。
「全力でやっているのに笑うなんて失礼じゃないですか!? そもそも「登場人物の心情を答えろ」だなんて、問題が間違ってますっ!!」
「ミジンコでごめんね……! どうぞ私のことなんて好きなように笑ってやって!!」
「あ、いやすまん! 成績で笑ったんじゃなくって、うるかみたいなのが他にもいたんだなって思ってつい笑っちゃって」
緒方も古橋も、得意な分野では本物の天才なのに、苦手な分野はとことんダメなようだ。そんなところが高校に入ったばかりのうるかと似ていたから、思わずあの頃のことを思い出して吹き出してしまった。
「ちょっと成幸、あたしみたいなのって言い方ヒドクない?」
「いや実際最初は同じような点数だったろ?」
「そりゃそーだけど言い方がさー」
同じように吹き出していたのに、俺の言葉が引っかかったらしいうるかにジト目で睨まれた。納得のいかない部分はあるけど、言い方が悪いと言われれば反論はできない。
俺が誤魔化すように愛想笑いするのを見たうるかは、緒方と古橋2人の方へ振り向いて満面の笑みを浮かべた。
「2人とも、成績のことならダイジョーブ! あたしも似たようなもんだったから! 今は点数取れなくっても、ゼッタイできるようになるよ」
「……絶対なんて言われても信用できません」
「……私達次第なのはわかってるけど、前に教えてくれてた先生にも諦めて自分の得意な方に進めってすぐ匙を投げられちゃったんだ。だから……」
「それは大丈夫。おんなじくらいベンキョー出来なかったあたしのことも成幸は見捨てなかったし。成幸のいうこと聞いてればゼッタイに成績上がるから! 水泳しか出来ないあたしだって実際に上がったんだから、あたしよりアタマいい2人なら絶対大丈夫!」
うるかは力強く断言した。さすがにそこまでの自信はないし、いくらなんでも持ち上げ過ぎだ。
言いすぎだからと否定しようとしたが、うるかの言葉を聞いた2人が、期待半分、不安半分のすがるような眼差しで俺のことを見ているのに気づいてしまい、何も言えなくなってしまった。
これはもううるかの期待に応えるしかない。2人のテスト結果を見るに前途は多難だが、それでもやるしかないだろう。
「リズりん、文乃っち、これからよろしくね!」
「えっ? あ、うん、よろしくね?」
「きゅ、急に抱きつかないでください!」
「いやーだってほら、これからおんなじ先生に教わる仲間になるわけだし、仲良くなるにはまずスキンシップかなって!」
戸惑う古橋と嫌がる緒方に笑いかけながら、うるかは2人の肩を抱いている。今はまだ少しぎこちないけど、本気で嫌がっている様子でもないから、きっとすぐ仲良くなれるだろう。誰とでもすぐ仲良くなれるのがうるかの良さだ。
「じゃあさっそく今日のテストの復習から始めるぞ」
俺も教育係として蚊帳の外にいるわけにはいかない。3人が落ち着いたタイミングで声をかけて、間違えたところの解説を始めた。
間違えたところとはまあ要するにほぼ全てなわけで、説明をするたびにわかったような、わからないような顔をして、結局復習の後に再テストをしても点数が全く変わらないことに頭を抱えた。
「まあ最初はこんなもんだって。ゼンゼン気にしなくって大丈夫! 次がんばろ!」
「いや確かにうるかも最初はこんなもんだったけど、気にはしないとダメだからな!?」
うるかは落ち込む2人を励ましているが、気にしてもらわないとこっちは困る。またうるかと同じ苦労をしたいわけじゃない。
焦る俺とお気楽なうるかのギャップが面白いのか、緒方と古橋はクスリと笑った。落ち込んでいた2人が明るくなったから、案外このくらいがちょうどいいのかもしれない。
――これからこの4人と、それから1人の先輩と1人の先生を交えて。卒業まで悪戦苦闘の毎日を送ることになるのだが。
それはまた別の話だ。