勇気を出した人魚姫   作:フユキ 

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[x]の日々が始まる前に

「あー疲れた……」

「成幸お疲れ様」

「あの感じ味わったの久々だったよ」

「いちおー言っとくけど、やってるほうはマジメにやってんだかんね?」

「わかってるよ。俺も昔は勉強できなかったし」

 

 初めての4人での勉強会を終えて、うるかと2人の帰り道。約1年前うるかに教えていた頃と同じような疲れを感じていた。緒方と古橋が悪いわけではないから恨むような気持ちはないが、それはそれとして精神的な疲労感は否めない。うるかと2人きりになって安心して思わず口をついてしまった。

 

「まあでもちょっとくらい忙しくっても成幸的には役得でしょ?」

「まあ内申点上がるから引き受けたからそうだけどさ」

「そーじゃなくって……文乃っちもリズりんも美人で可愛いしさ」

 

 ちょっとすねたようにうるかが呟く。怒っていなくとも女子2人に教えるということ自体はまだ気にしていたらしい。

 自分としては役得だなんて言われるまで考えもしなかったので、少し考えてようやく何のことを言っているのか理解した。こんなふうに嫉妬してくれるなんて、きっとこれも甘えのひとつなんだろうなと笑みが溢れる。もちろん、今日の自分のもそうだったのだろうけど。

 ともあれ誤解されたままではたまらない。恥ずかしさをこらえて口を開いた。

 

「あのな……役得っていうなら勉強会でうるかと一年間一緒にいられたほうがよっぽど得してたよ」

「うぇ!?」

「それに2人とも確かに可愛いけど、俺はお前のほうが可愛いと思うからな」

「あう……ま、まああたしがカノジョだしね! そう思ってくんなきゃヤだし!」

 

 俺が真っ赤になるのと同じくらい、うるかも顔を真っ赤にして叫んだ。彼女だからとかそういう贔屓目じゃなく本気で可愛いと思っているけど、これ以上繰り返すのは恥ずかし過ぎるし、本気にしてもらえなさそうだからやめにしておこう。これから付き合っていればそのうち伝える機会もあるはずだ。

 

「と、とりあえず急に生徒が2人も増えて大変だと思うし、しばらくはあたしが癒やしてあげんね!」

 

 照れ隠しなのかそう言いながらうるかが肩を揉んできた。勢いでやったことだろうけど気遣ってくれているのも本当なのだろう。肩を揉む力が程よく気持ちよかった。

 

「ありがとな。十分癒やされたよ」

「も、もういいん? どういたしまして!」

「ああ、ありがとな。お礼ってわけじゃないけど、渡したいものがあるんだけど」

 

 落ちついた雰囲気になったタイミングで声をかけた。本当は気持ちよくてずっとやってもらいたいくらいだったが、渡すタイミングを失いそうだったので切り上げてカバンからプレゼントを取り出す。

 これは何なのかと首を傾げるうるかに開けるように促した。

 

「これストラップ?」

「ああ。……実は俺、スマホ手に入れたんだ」

「え、成幸が!? ついにスマホ買ったん!?」

 

 カバンからスマホを取り出してうるかに見せつけると大きな声で驚いた。こういう楽しいリアクションをしてくれるならここまで隠した甲斐があった。

 

「いや、買ったんじゃなくて商店街のくじ引きで当たったんだけどさ」

「すごっ!? あーいうの当たることあるんだ!? ていうかなんでガッコウで出さなかったん?」

「……最初に連絡先交換するのはうるかが良かったからっていうのと」

 

 自分のスマホのストラップを見て、それからうるかに渡したストラップに視線を移して続ける。

 

「付き合って一ヶ月だから、プレゼントにと思ってそれ買ったんだよ。どうせなら2人きりのときに渡したかったから」

「あっ、これもしかして成幸のスマホについてるのとペアのやつ?」

「そうだよ。気に入ってくれるかわからないけど……」

 

 言うが早いか、うるかはストラップを取り出してスマホにつけて、俺のスマホを持つ手の隣に、ストラップを並べるようにスマホを差し出した。

 

「えへへ。お揃いだね」

 

 はにかむように微笑むうるかに、喜んでくれてよかったと笑い返す。愛おしげにストラップをつまむだけの仕草から目が離せなかった。

 

「そんじゃ連絡先交換しよっか」

「そうだな。……あれ、これどうやるんだ?」

「ちょい貸して。えっとね、ここをこうして……はい」

「おお、さすがだな」

「いやこんなんで言われても」

 

 うるかはすいすいとスマホを操作して友だち登録の画面を出した。自分のスマホでもないのに凄いと素直に驚いたのだけど、うるかは呆れ半分に笑っていた。

 

「リズりんと文乃っちとも交換するんでしょ? こんなんでもたついてたらイゲンがなくなっちゃうんじゃない?」

「威厳って別にそんなの元からないって」

「いやいや、これからの2人の先生になるんだから大事だってば。おんなじ生徒のあたしにスマホ教えられてるとか、おじいちゃんみたいで頼りないって思われちゃうかんね!」

「お前な……」

 

 クスクスと笑ううるかを見ればからかわれているということは一目瞭然だった。まあ今どきスマホが使えないなんて笑われてもしょうがないのだろうけど。

 

「……そうだな。実はうるかに教えるの減らしてもいいかなって思ってたんだよ。正直教えることも少なくなってきてたから、逆に教えられるくらいなら減らしてもいいかもな」

「え」

「成績もだいぶ上がったし、2年生になれば水泳も忙しくなるだろうしさ」

「で、でもほら、また赤点になっちったら部活にも出れなくなるし!」

「普通に授業受けてればもう落ちないって」

「ま、まだ不安だし……」

 

 からかい返してみると、うるかはどんどんと肩を落として落ち込んでいった。冗談とはいえ言い過ぎたなと思って否定しようとした直前に。

 

「……な、成幸と一緒にいたいから、勉強会減っちゃうのは……」

 

 目を伏せたうるかが甘えるような声色で、絞り出すように呟いた。うるかにも臆病な一面があることは知っているけれど、それでもこんなに弱気でいたいけなうるかを見るのは初めてだった。だからだろうか、自覚は全然していなかったけれど、口角でも上がっていたらしい。

 

「……あっ!? もしかしてからかってたん!?」

 

 ゆっくりと顔を上げたうるかは俺の顔を見ると同時にそう叫んだ。恥ずかしさのせいか涙さえ滲ませながら慌てるうるかを見ていると、もう一押ししたいという誘惑に襲われて、そっと顔を寄せて囁いた。

 

「勉強会、どうしたい?」

「……いじわる」

 

 上目遣いの潤んだ目。震えた唇から恥じらった声が漏れる。熟した林檎のように赤くなった頬は、可憐ながら誘っているように感じられて、うるかの空いた手に手を絡ませると優しく握り返してきた。

 可愛くて、愛おしくて、たまらない衝動にかられてキスをした。触れているだけなのに僅かな振動で快感が滲む。この感触の虜になってしまわないように、ゆっくりと唇を離した。

 

「悪い、冗談でもよくなかった。俺もうるかと一緒にいたいから、減らしたくない」

「……ずるい。キスした後にそれ言う? 別にいーけどさ」

 

 唇を尖らせて、けれど嬉しそうなうるかが体重を預けるように体を寄せる。それから「イゲンがなくなんないように教えてあげんね」と笑って、スマホの使い方をゆっくりと教えてくれた。

 うるかはきっとずっと俺の憧れだから、これからも追いつけるように努力しようと思っている。

 だけどうるかは単なる憧れじゃなくて恋人だ。

 俺もうるかも一人で何でもできるわけじゃない。俺のできないことはうるかに教わって、うるかにできないことは俺が教えて。そして2人ともできないことは2人で悩んで。

 太陽みたいな笑顔で俺の隣を幸せそうに歩くうるかのことを見つめながら、そういう恋人になれればいいかなと、2人のこれからのことに思いを馳せた。

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