前回までのあらすじ。
『海の悪魔』の結晶を持つ悪魔の討伐に向かったハチマンたちは、ホテルの8階に閉じ込められてしまった。果たして、無事に脱出することができるか――。
「これも悪魔の力っすかね?」
ホテルの一室に入り状況を整理する。
「階段からも窓からも出られないとは」
「8階に閉じ込められちゃったみたいだね……」
エレベーターも使えない。天井を突き破ったが、そこもまた8階だった。
どこまでいっても8階。どうなってんだこりゃ。あれ、俺ループしてね? 夏休みの宿題はすぐに終わらせてたタイプだけどな。まあ予定がなくて暇だっただけなんだが。
「比企谷くん。早くワタシを開放しなさい。あなたの仕業だということはわかっているわ」
「いやなんでだよ」
「簡単な推理よ。あなたの名前は八幡。わざわざ8階に閉じ込めるなんて、自己顕示欲の塊であるあなたらしい作戦ね」
「こじつけの天才か……」
「まったく。名字の次は名前で呼んでくれとでも言うつもりかしら」
「うるせ」
本当に俺が犯人だったら、とっくに脱出してるわ。食料もないテレビもない車もいっさい走ってない。俺らこんなホテル嫌だ。
「ワタシは疲れたからちょっと横になるわ。その間に解決しといてちょうだい」
なんという身勝手さ。ユキノは部屋を出て行ってしまった。
部屋にはユイ先輩と俺の二人が残された。
「……すんません、ああいうやつで」
「いいよいいよ。ユキノン意外と体力ないもんね」
それから会話が途切れ、気まずい沈黙が漂う。
あれ、俺ってこんなにコミュ力なかったけか。
最近ユキノとしか話していないせいだ。暴言や虚言へのつっこみばかりで普通の会話の仕方を忘れてしまった。
「……どうにか脱出の方法を探しましょう」
俺はユキノに続き部屋を出ようとする。
「あ、待って待って」
その背を呼び止められる。
「焦ってもいい考え浮かばないからさ……あたしたちもちょっと休憩しようよ」
ユイ先輩はベッドに腰かけ隣をぽんぽんと叩く。
どうしてホテルと休憩を掛け合わせるとピンクな響きになるのか。とんだ風評被害だよなしかし。電動マッサージ器とかな。
「……わかりました」
俺は素直に従うことにする。ただし座るのは備え付けの椅子にだ。
「ヒッキーくんはなんでデビルハンターになったの?」
「俺っすか……」
なんでと言われても困るな。
「はじめは成り行きっすね。いまはちょっと必要があって……海の悪魔を探してます」
「そっか。公安だけが海の悪魔の結晶を持てるもんね」
「ユイ先輩は……なんでなんすか」
「あたし? あはは、なんだろね。いっぱいいろいろあったはずだけど……ぜんぶ忘れちゃった」
「そすか……」
会話失敗! 雰囲気に10のダメージ。雰囲気は悪化した。
「あ、そうだ! クッキーいる? お腹空いたもんね」
「あ、じゃあいただきます」
しまった。つい受け取っちまった。てか、クッキーは活躍したご褒美だと言ってなかったっけか。さてはその場のノリで生きてんなこの人。
クッキーは手作りっぽく透明な袋にラッピングされていた。しかし意外と言うべきかクッキー自体は売り物かと見紛うくらいの出来栄えだった。いつか雪ノ下が作ったやつみたいだ。
袋を開けひとつ摘まんでみる。よし、ええいままよ。
覚悟を決めて口に入れ咀嚼する。もぐもぐもぐ。
「……うめえ」
めちゃくちゃ美味かった。なんだこれ。うまさ怪物級。クッキーモンスターの称号をあげてもいいくらい。
「やったー! レシピ通りにつくってちょっとアレンジするのがコツなんだ」
「いやマジでうまいっす」
思ってたより腹が減っていたこともあってか残りもバクバクと平らげる。
「ごちそうさまでした」
「よかったー。安心したらお腹すいちゃった……。あたしも食べちゃおっ」
お腹が満たされたからかなんとなく緊張も解けてきた。
俺たちはいろいろな話をした。
「ヒッキーくんは家族はいるの?」
「います……けど、いまは遠くにいて会えないっす」
「そっかー。友達は?」
「ぼちぼちっすかね」
「ふうん。……恋人はいる?」
「いらないっすね今は」
「存在するかどうかを聞いたんだけどな……」
「ユイ……先輩はいるんすか? その……友達とか」
「友達ねえ……いたんだけど死んじゃった」
あっさりとした口調で言う。
「さっきのクッキーの作り方も友達に教えてもらったんだ」
きっとこの人にはたくさん大切な人がいたのだろう。
「デビルハンターを続けてるのも、死んじゃった友達に言われただけなんだよね。だめだねみんなみたいに目標がなくて」
あははと力なく笑う。
デビルハンターとしての生活を続ける中で、どれだけの別れを経験してきたのだろうか。なんとなく彼女の優しさとか明るさの裏にある影を垣間見た気がする。
「……俺みたいに自分のための目的を追うのは簡単っすよ。他人の夢を背負う方が難しいと思います」
「ヒッキーくん……」
「だからユイ先輩は偉いっすよ。立派、だと思います」
「えへへ。後輩になぐさめられちゃった」
ユイ先輩はぐっと伸びをして立ちあがった。
「そろそろ休憩終わり! 行こっか」
「うす」
「……あのね先生が言ってたんだ。いいデビルハンターは強い奴でも勇敢な奴でもない。人の心がわかるやつだって」
「へえ。戦いには関係ない気がしますけど」
「だって悪魔は人の心が生みだすものだから」
ユイ先輩は言った。
「だからヒッキーくんはきっと、いいデビルハンターだね」
「……そうっすかね」
「うん。ヒッキーくんは優しくて真面目で……」
何か言いかけたところで、ドアがバンと勢いよく開いた。
「比企谷君!」
入ってきたのはユキノだった。
「どうした」
「あの悪魔が、どんどん大きくなってるわ……」
悪魔の死体がある廊下にもどると、そこには何倍にも膨らんだ悪魔の姿があった。増殖したというべきだろうか。もともとは頭と足だけだった体が何人もの人間を無理やりくっつけたような集合体に変わっている。
「あなたがちゃんと掃除しないから」
「いやこれは予想できんだろ」
きちんと死体を処理するべきだったか。
「人間。愚かな人間達よ。私は契約を求める」
突然、集合体の一部である顔が喋りだす。
「そこの氷の悪魔を私に食わせろ。そうしたら他のデビルハンターは全員無事に外へ帰す」
契約だって? それにユキノが狙いだと?
「ふう。モテる女は罪ね」
「そういう問題じゃねえだろ」
「あたしのゴーストでやってみる」
ユイ先輩が手をかざし、ゴーストを操る。
見えない手が悪魔の体をえぐる。
「いた、いた、いたい」
血が噴き出す。しかし、その一瞬後さらに大きくなって再生する。
「無駄……だ。これは私の本体ではない。ここに私の心臓はない。ここは胃の中……私と契約する以外生きては帰れない」
「生きて返す気なんてないだろどうせ……」
「ううんヒッキーくん。契約ってあの悪魔は言ったでしょ? 悪魔が使う契約って言葉には強い力があるんだって。契約を守れず破った方は死んじゃうんだ。だからユキノンを殺せば外に出られるのは本当だよ。もちろんユキノンを犠牲にするなんてありえないけど」
「そうっすね」
契約が本当だとしても悪魔と取引するなんて論外だ。
「ならば永遠にここにいろ。私は無限の悪魔。恐怖で膨らみ恐怖に捕らえる者」
悪魔の体がさらに増殖拡大しホテルを侵食し始める。
「無限か。中二病でいい感じだな。さてはお前なかなか強いだろ。……俺の刀の錆にしてやるぜ」
俺は刀を構える。
「どうするつもり?」
「さっきあいつここは胃の中っていただろ? だったら一寸法師作戦だ」
「なるほどね」
「え、ユキノンはわかったの? いっすんぼうしって、なんだっけそれ。頭にかぶるやつ?」
「いや、ちっちゃい帽子のことじゃないっすよ」
ユイ先輩。パイセンだけど残念な子。
「腹の中にいれられたら出る方法なんてひとつだろ。いくぜ、マッカン」
俺はダイアルをコーヒーの悪魔に合わせる。
「出力マックスだ」
刀を抜くと鞘から液体が溢れる。
「うわ、なんか出たっ」
「ユイ先輩、ゴーストの力で俺たちを浮かせてください」
「え、うん! わかった」
ユイ先輩、俺、ユキノの体が浮かんでいく。すげえ! 浮いてるぜ。ほんとに便利だな幽霊の悪魔。
さあここからは我慢勝負だ。俺はコーヒーを放ち続ける。
やがてどんどんと水位があがってくる。階段の上からも溢れて帰ってくる。
そろそろかな。
天井すれすれに張り付いている俺たちに、もう少しで水面が届く。
「よう悪魔知ってるか。液体よりも個体の方が体積がでかいんだぜ」
胃の中に溢れたコーヒー。それを急速に凍らせたらどうなるか。
「ユキノ頼む」
「仕方ないわね」
ユキノが水面に手をつける。
瞬間、溢れるコーヒーの全てが氷の槍と化した。
数秒後、俺たちは流れるコーヒーとともにビルの外に押し出された。
「あぶね」
ユイ先輩を抱えてなんとか着地する。ユキノは華麗に着地に成功していた。
ぼたぼたとコーヒーが滴る。
どうやら作戦は成功したみたいだ。
「ほんとのコーヒーの飲み過ぎでも胃に穴が空くらしいぞ。カフェイン中毒には気をつけろってことだ」
戻れと命じるとコーヒーが鞘に吸い込まれていく。やがて、バラバラになった悪魔の体が流れてきた。∞型の部位を見つける。これが本体か。
俺は空のダイヤルに合わせ刀を刺す。
「よし。げっと」
刀が悪魔の体を吸収する。
後には、結晶だけが残った。
「任務完了だな」
それから、公安に戻り簡単な報告をしてようやく完全に任務完了だった。
あー今回は疲れたな。早く帰って風呂入って寝たい。
「じゃ今日はこれで……。あざした」
エントランスにてユイ先輩に別れを告げる。ユキノは俺の後ろをついてくる。まあ、帰り道同じだしな。
まあなんだかんだユイ先輩がいてよかったわ。いろいろと話しも聞けたしな。クッキーもうまかったし。
「ちょ、ちょっと待って!」
背後から制止を受ける。
「なんでしょか」
「せっかく三人での初任務が成功したんだからさ、打ち上げしようよ!」
「え~~」
すっげえめんどくさい。
「行かないわ。ところで打ち上げってなにかしら」
「知らないで断ったの!? ねえユキノンいこーよー。任務中ぜんぜん話せなかったじゃん」
ユイ先輩は甘えるようにユキノの体を揺する。ユキノは本気で嫌そうな顔をしてる。
「ね。ヒッキーくんも行こ! ……そうだっ。ハルノさんも呼ぶからさ」
いやあ、むしろあの人いるとより疲れそうだがな。
「なんでも好きなもの奢るからお願ーい!」
奢りという言葉にユキノが反応する。こいつ食欲旺盛だからな。
「打ち上げは素晴らしいわね。ちなみにワタシの発案よ」
「そこまでいうなら、じゃあ」
「やったー! もう来てくれるならなんでもいいや」
ということで、三人で居酒屋に移動した。ハルノさんは遅れてくるらしい。
「どんどん飲んでね」
「いや、未成年なんで」
「あそっか~。じゃあお酒はまただね」
ユイ先輩はどんどん飲んでいた。20歳越えてたのか……。まったく見えねえ。
酒のせいかユイ先輩は一層ハイテンションだった。
「ほんとはさ。あたし民間に行こうかと悩んでたんだ! でも二人となら楽しそう……。ね、今後はトリオで行動しよう! いいよね?」
「俺が決めれることじゃないんで」
そんな話をしていたところ、ちょうどハルノさんが到着した。
「あ、ハルノさんやっはろー!」
「うん。ひゃっはろー由比ヶ浜ちゃん」
「どもっす」
「ワタシの唐揚げよ」
ハルノさんは席に着くなり、私はジュースでいいやと注文を済ます。
「ハルノさーん。最近悪魔が活発化してますよねー。何か知ってるんですか?」
「さあ」
「唐揚げと言えば……比企谷くんはIQが低そうね」
「何か連想する要素ありましたかね……」
「あなたくらいになるとIQの低さを自慢に思ってそうね」
「そもそも俺のIQが低い前提で話を進めるな」
「あらごめんなさい今なんといったかしら。IQが20違うと会話が成立しないものね」
「もういいわ」
そんな風にIQの低そうな会話をして過ごした。こんなに緊張感のない時間を過ごしたのは久しぶりだ。……ちょっとだけ楽しかったかもしれない。ほんの少しだけな。
「じゃ、ユキノちゃんは送ってくから。由比ヶ浜ちゃんのことよろしくね」
「あ、ちょっと」
しまった。酔っ払いを押し付けられた。
「ユイ……先輩、歩けます?」
すっかりできあがっていた。あきらかにオーバーペースだったもんな。飲んで食べてしゃべって、張り切り過ぎだ。
「ううんヒッキー……くうん」
起きてるのか、寝ているのか。酔っ払いの介抱の仕方なんて知らないぞ。
こんな女子が大学の新歓でお持ち帰りされるんだろうな。潜在的ビッチめ。
しかたなく背負って歩き出す。
それから、なんとか住んでる場所を聞きだして運んだ。普通のアパートの一室だ。店から近くてよかったわ。
「よいっしょっと」
適当に布団に寝かす。これはスーツのままでいいのか? 化粧したまま寝るとお肌が死ぬとか聞くけど。ユイ先輩が化粧してるのかはわからんが。
ユイ先輩はすぐに寝付いたようだ。……さて、帰るか。寝顔を見てるわけにもいかんしな。
「うぅうっ」
玄関に向かおうとしたところで、うめき声が聞こえる。おいおい布団で戻すなよ……。
様子を見に戻ると、ユイ先輩は……泣いていた。
「あれ……ヒッキーくん……?」
「大丈夫すか」
泣き上戸という奴だろうか。
「ねえ、今日は久々に楽しかったね。……みんな死んじゃったけど。みんなそろって昔みたいに……」
支離滅裂で何を言ってるかわからん。
「あー水飲みます? それか、なんかしてほしいこととか」
背中さすったりした方がいいのだろうか。いや、それは気持ち悪い時だけか。酔いには何がきくんだ? ネギでも首に巻くか。
「ねえ抱き締めて」
「……いやそれはちょっと」
「じゃあ頭なでて」
「それくらいなら……」
仕方なく従う。……だって目が据わってるんですもんこの人。逆らったら何されるかわからん。
ユイ先輩の髪はさらさらで撫でてるこっちが気持ちいくらいだった。
「ねえヒッキーくん」
「今度はなんすか……」
「キスしよ」
……比企谷八幡、貞操の危機。
お読みいただきありがとうございます。お気に入りも大変励みになります。
次回、ハチマンは大人の階段を上るのか。
結衣パイのターンはもう少し続きます。