不慮の事故で行方不明になったPが記憶喪失になってまったくの別人としてアイドルの前に現れる話 作:草葉 ヤス
「おはようございます」
とある日、重要な話があるとはづきさんから連絡があり、事務所にやってくると私以外にも283プロのアイドル達が勢揃いしていた。うちの事務所は大手とは言えず、事務所も余り大きくないため少し窮屈に感じる。事務所に入って挨拶をするとすぐ近くにいた数人のアイドル達がこちらに挨拶を返してくれた。目が合った人に軽く会釈をしながらリビングのソファに座っている真乃とめぐるの場所まで移動する。
「ほわっ、灯織ちゃん、おはよう」
「あー!灯織おはよー!」
「うん、おはよう」
ソファで何か話をしていた二人は私に気が付くと話を打ち切って挨拶をしてくれた。
「何の話をしてたの?」
「えっとね!重要な話ってなんだろうね~って真乃と話してたんだー!」
私の質問にめぐるが答えながら、腰を少し浮かせて横へ移動する。ソファには丁度一人分のスペースができたので、小さくありがとう、と伝えてからめぐるの隣に座る。
「プロデューサーさん、出張に行ってるらしいからその話かな?」
「もしかしたらおっきなライブをやるのかも!」
そう言って真乃とめぐるは再び会話に花を咲かせ始めた。
「待たせたな、お前たち」
イルミネの二人と、時々近くにやってきた他ユニットの皆と話していると、社長室の扉が開いて社長と事務員のはづきさんが部屋から出てきた。社長の表情は普段とあまり変わらないように見えて少し強張っていて、はづきさんの表情も明るいとは言えず、少し目線を落としている。
「・・・今日はお前たちに、いい話と悪い話がある」
普段から表情が動く方ではない社長が、いつになく真剣な表情で話し始める。雰囲気が伝わったのか、他のみんなも真剣な目つきで前を見ている。ソファで座っていた私たちも立ち上がり、社長の方を向く。
「・・・まず、良い話の方だが、283プロ全体での全国ツアーが決定した」
「全国っすか!?」
冬優子さんに寄りかかり、退屈そうにしていたあさひが目をパッと開かせて声を上げた。それを皮切りに他のアイドル達もザワザワと話し始める。
「す、すごいよ真乃、灯織!」
「う、うん!やったね、灯織ちゃん、めぐるちゃん!」
すぐ隣に立っていた真乃とめぐるも全国ツアーの話を聞き、飛び上がるほど喜んでいる。というかめぐるは文字通り飛び上がって真乃に抱き着いている。全国ツアーの話は私たちにとってはこの上ない吉報のはず、それだけに社長とはづきさんの表情が気になってしまう。さっきは悪い話もあるって言っていたけど、その全国ツアーに関連する話だろうか
「あぁ、前々から計画自体は出ていたんだが、なかなか話がまとまらなくてな。プロデューサーに全国の会場やスポンサー企業に交渉の末、何とか話がまとまった」
どうやらプロデューサーの出張はこの全国ツアーの為に物だったらしい。2週間ほど前から各地を飛び回っていると聞いていたが、そうとう大変な仕事だったのだろう。帰ってきたらお礼を言わなくてはいけない。
「・・・・・それと、悪い話の方だが、プロデューサーが乗っていた飛行機が、墜落したそうだ」
「・・・えっ?」
社長の口から出た予想外の言葉につい固まって聞き返してしまった。それは真乃やめぐるも同じようで私と同じようで、さっきまでのはしゃぎっぷりが嘘のように固まっている。他のアイドル達も同じで、全員がその場で固まっていた。
「・・・・・昨日の深夜、北海道からこちらに帰る飛行機が太平洋沖に墜落したそうだ。現在も生存者の捜索と原因の究明が進められているが、生存は絶望的、とのことだ」
その言葉を聞いて凛世がふらりと倒れかけ、樹里と夏葉さんが慌てて体を支えている。他のみんなも
「う、嘘だよねっ!?ド、ドッキリとか、そういうのじゃ・・・!」
めぐるが社長の前に飛び出し、腕を掴む。
「・・・私が、こんな悪趣味な仕事をすると思うか?」
「じゃ、じゃあ本当に、プロデューサーは・・・」
そう言うとめぐるはその場にへたり込んでしまった。真乃が慌てて駆け寄り、私も駆け寄ろうとしたところで、足が動かないことに気づいた。
「えっ、あっ・・・」
体は言うことをきかない癖に、みんなの表情や声がハッキリと伝わってくる。
めぐるや凛世、甘奈、にちかちゃんがへたり込むのが見える。
樹里や夏葉さん、真乃や千雪さんがへたり込んだ人の肩を揺すったり、抱きしめているのが見える。
目を伏せて、小さく何かを呟き続けている摩美々さんや咲耶さん、市川さんが見える。
人目も気にせず、その場で泣きじゃくっている果穂や小糸が見える。
泣いている二人を心配し、必死に声をかけている智代子さんや樋口さんが見える。
現実を受け入れられないのか、その場で固まって動かない甜花さんや冬優子さん、浅倉さん、緋田さんが見える。
「あっ、ああっ・・・」
足元がぐらつき、まともに立っていられなくなる。まっすぐ前を見ていられず、視界が不気味に揺れる。頭の中は異常に熱いのに、体は感覚がなくなるほど冷たくなっていく。
「っ!灯織ちゃん!?」
真乃の叫び声が遠くに聞こえて、まるで後ろに引っ張られるように視界が遠くなっていく。
「プロ、デュ・・・サー・・・・・」
そう呟いたところで、目の前が真っ暗になった。
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「あ、れ・・・ここは・・・?」
気が付くと私はベッドで寝かされていた。見慣れた天井と部屋の風景からここが事務所に併設されている仮眠室だと気が付いた。窓の外から見える景色から恐らくもう夜になっているのだろう。体を起こそうとして、右手に重みを感じた。
「あ、真乃・・・」
私の右手を力強くギュッと握り、ベッドに頭を乗せたまま眠る真乃がいた。可愛らしい、安らかな寝顔をしているが、目は軽く腫れており、涙を流した後がある。その様子が、さっきまでの出来事が夢では無いと証明している様な気がして、目を逸らしてしまう。
「そっか、私、倒れちゃったんだ」
プロデューサーが行方不明。その上生存は絶望的。その事を考えて胸が苦しくなり、瞳が潤んでくる。
「他のみんな、めぐるは・・・?」
仮眠室を見渡しても部屋の中には私の真乃しかおらず、他の人は誰もいない。倒れる直前にへたり込んでいためぐるが気になり、私の右手を握りしめている真乃の右手を丁寧に外し、肩にタオルケットをかけて仮眠室の扉を開く。暗闇に目が慣れていたからか、蛍光灯の光に一瞬目が眩んでしまう。
「!灯織さん、目が覚めたんですね」
事務所にはデスクに座り、事務作業をしていたはづきさんが私に気づいて近づいて来る。はづきさんは軽く微笑んで話しかけてくれたが、真乃と同じく目が腫れており少し涙の跡がある。少し前まで泣いていたのかもしれない。
「あの・・・」
「真乃さんも仮眠室にいませんでしたか?」
「は、はい。今は眠ってます」
「そうですか・・・。灯織さんは、大丈夫ですか?」
「大丈夫、かはわかりません・・・。でも、ひとまず、大丈夫、です」
私がそう言うと、はづきさんは少し複雑そうな顔をして「そうですか」と呟いた。
「あの、めぐるや他のみんなは・・・?」
「・・・ひとまず、自宅に帰って貰っています。皆さん、レッスンが出来る状態には見えなかったので・・・。真乃さんは灯織さんが心配だと残りました。めぐるさんも残りたがっていましたが、社長に説得されて帰宅しました」
私がはづきさんと会話していると、仮眠室の扉が勢いよく開けられた。
「ひ、灯織ちゃんッ!」
焦った様子の真乃が仮眠室から飛び出してきた。右手には肩に掛けたタオルケットを持っている。
真乃にしては珍しく動転しており、周りをキョロキョロとせわしなく見渡し、私と目があるとこちらに駆け寄ってきた。
「真乃・・・」
「っ!灯織ちゃん、大丈夫なの!?」
「うん・・・。ひとまず大丈夫、だと思う。真乃、心配かけてごめん。ありがとう」
私がそう言うと真乃が目を少し開いた後に、大きく息を漏らして勢いよく抱き着いてきた。いきなりの事に驚いて口を開こうとしたが、真乃の肩が小さく震えているのがわか。私とめぐるが倒れたことで、心配をかけてしまったのかも知れない。
私は震える真乃を力強く抱きしめ返すと、真乃はハッと少し息をのんだ後に私の肩に顔をうずめた。
「よ、よかった・・・!灯織ちゃんもめぐるちゃんも、よかった・・・・・!」
顔が見えない為表情はわからないが、声が震えていることと肩が濡れた感覚があることから恐らく泣いているとだろうか。床に落ちてしまったタオルケットを拾ったはづきさんが真乃に聞こえないように耳元で「ちょっとだけ、こうしてあげてください。真乃さん、少し気を張っていたみたいなので」と言い残してデスクに戻っていった。
それから少しすると、真乃も落ち着いたようでゆっくりと背中に回した腕の力を抜いて肩から顔を放した。
「ごめんね、灯織ちゃん。ありがとう」
「ううん、お礼を言わなきゃいけないのは私だし・・・」
「そ、そんなことないよっ!・・・・・それでね、明日のお昼にめぐるちゃんと3人で少し話そうってなってるんだけど、大丈夫・・・?」
「うん、大丈夫」
「ほわっ、じゃあ明日の・・・」
「目が覚めたのか、風野」
私と真乃の喋り声が聞こえたのか、社長室の扉が開き中から社長が出てきた。右手には車のキーのような物を握っている。真乃も何かを言いかけていたのが、社長にぺこりと頭を下げたことで会話が打ち切られてしまった。
「はい、ご迷惑おかけしました・・・」
「気にするな。それと今日はもう帰るように。時間が時間だから私が車を出そう」
社長からそう言われて時計を見ると、20時を少し過ぎていた。
「あっ、お母さんに連絡しないと・・・」
「それなら私が済ませてある。が、今から帰宅することは伝えておいた方がいいだろう」
「そ、そうですね。あれ、私の携帯・・・」
「ほわっ、灯織ちゃんのカバンなら仮眠室にあるよ!今取ってくるね!」
そう言って仮眠室へかけていく真乃。流石に自分の私物を真乃に持ってこさせるのも悪い気がして、私も真乃の後を追って仮眠室へ向かう。
「えっと、はいっ、灯織ちゃん」
「ありがとう、真乃」
真乃からカバンを受け取り、仮眠室の外に出ると、社長はすでに外出用のコートを羽織り、入り口の扉付近で私たちを待ってくれていた。
「風野、櫻木。帰り支度をして外にある駐車場に来るように。はづき、二人を送ってくる。何か必要なものはあるか?」
「大丈夫ですよ~。お二人の事、よろしくお願いします~」
そう言い残して社長は事務所を出ていく。社長を長く待たせるわけにはいかないため、出来るだけ急いで帰り支度を済ませ、出入口に向かう。
「はづきさん、お先に失礼します。お疲れ様でした」
「お、お疲れ様でしたっ」
二人で笑顔で見送ってくれているはづきさんに頭を下げ、階段を下りて社長が待つ駐車場へ急ぐ。
「灯織ちゃん、さっき言ってた明日3人で話す事なんだけどね、お昼ごろ、13時に事務所でいいかな?」
「うん、大丈夫。めぐるも知ってるの?」
「うんっ。灯織ちゃんが最後だったからっ」
真乃と喋りながら道を歩いていると、遠くの駐車場の入り口でスマホを弄っていた社長がこちらに気づき、手を振っているのが見えた。車に乗り込むと真乃からも私からも声を出すことは無くなった。社長も何かを言ってくることは無かったが、時々バックミラー越しに目が合う。気を使ってくれているのかもしれない
10分ほど車に揺られていると、右隣に座っている真乃が私の手を握ってきた。驚いて顔を右に向けると、真乃は目を閉じてスゥスゥと小さく寝息を立てていた。
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自宅の前につき、真乃に別れを告げて社長に頭を下げる。車が見えなくなるまで見送った後、自宅の扉を開けた。心配そうな顔をした母親に大丈夫だと告げて部屋に戻り、カバンを放り投げてベッドに倒れこむ。
「あ、目覚ましセットしないと・・・」
ベッドから上半身を起こし、枕元にあるデジタル式の目覚まし時計に手を伸ばす。
「ッ!」
目覚まし時計のすぐ横に置いてあった写真立てが目に入ってしまった。そこにはイルミネーションスターズで初めてライブを行った時の写真が入っており、真乃に抱き着くめぐると横で微笑む私、そして太陽のような笑顔で笑うプロデューサーの姿が写っていた。
「・・・プロデューサー・・・・・」
目覚まし時計へと伸ばした手を横に逸らして写真立てを取ってベッドに仰向けになり、頭上に掲げた写真立てを眺める。
「・・・この時、私たちよりも喜んでいたっけ・・・」
緊張していた私の背中を押して、にっこりと笑ってくれた人。舞台袖に帰ってみると、私たちよりも大泣きしていた人。ライブが終わって事務所で打ち上げをしたときに、私たちよりも大喜びしていた人。自分の何よりも私たちを大切にしてくれた人。
「・・・もう、会えないのかな」
考えないつもりだったのに、つい口に出してしまって目じりが熱くなる。左手で目元をいくら擦っても視界は涙でぼやけていく。
「ぷ、ロデュー・・・サー」
掲げていた写真立てを胸に抱いてベッドの上で丸くなる。溢れてくる涙で目を開けていられず、目を閉じるとまぶたの裏にあの人の笑顔が浮かんでくる。涙を抑えきれず、下にいる母親に心配をかけないためにお腹に掛けてあるタオルケットを噛んで声を殺す。
「プロデューサー・・・・・、帰って来てください・・・、私を、置いていかないで・・・・・」
その後のことはあまり覚えていない。いつの間にか、目覚まし時計の電子音が鳴り、窓からは白い光が差し込んでいた。