ガリア侵攻と後に呼ばれる帝国の皇太子マクシミリアンによる侵略は電撃的であった。
三将軍(ドライ・シュテルン)に率いられた帝国軍は軽戦車による機動力で勝るガリアの防衛戦を電撃的に打ち破り、後に続く歩兵部隊の波がガリアの穴だらけになった戦線を押し流した。
ガリア首都手前に迫る川に布陣するまでにかかった日数は三週間。徒歩で真っ直ぐ進むのと変わらぬ行軍は正に無人の野を行くが如く、帝国の強大さを近隣諸国に知らしめた。
それから二週間。帝国軍は一発の銃声も放つ事なく、不気味な沈黙を保っている。
「アルバート将軍はまだ出ないか?」
天幕を張っただけの簡易な陣営の中で蒼い髪をなびかせ、紅い目を吊り上げた美女がイライラと組んだ腕を指で叩いていた。
「はい、大佐。前線(ここ)から予備師団との距離が無線でもギリギリの位置であります。……ガリアの妨害も日増しに激しくなっております」
「分かっている」
分かってはいてもイラつきは収まらず、幕僚達は居心地の悪いなかで作戦図案を突っつき回している。
『…ガッ…こち、ら予備師団…ガッ…』
「つながりました!」
「私に貸せ!」
無線手より無線を引ったくるセルベリア。
「こちらガリア方面軍、セルベリア…」
『はいはいはーい、前置きはいいよ。こちらアルバートさんでございます』
気の抜けた声が無線から流れだし陣営の中の空気が一気に引き締まる。
「アルバート!貴様、何をのんびりとしているっ!」
『のんびりってのは酷いなぁ、セルベリア将軍。俺はいつでもオーバーワーク、馬車馬だって裸足で逃げ出す頑張り屋さんだよ』
「二週間だぞ、二週間!こちらが何もしない間にガリア軍は態勢を立て直し、こちらの後背を脅かし始めている。なのに弾も火薬も無いとはどういう事だ!首都を落とせば終わるのに、その首都が落とせないのでは殿下に申し訳が立たないではないかっ!」
ビリビリと鼓膜を震わせるセルベリアの怒声に幕僚達が耳に手を当てる。
『…うーん、後背が襲われてるの?本当に?』
しかし、無線越しには相変わらずのんびりした声が返ってくる。
ミシミシと無線を持つ手が軋み、セルベリアの怒りがオーラとなって見えるような迫力に幕僚達は戦々恐々としていた。
ガサガサと雑音が無線の向こうから響き
『こっちに来てる情報だとガリア軍の上層部は首都にこもって無駄に会議だけしてるみたいだけど?』
「上層部はそうかも知れんが、小隊規模の動きは活発に…待て、『予想』ではないのか?最前線の情報が何故貴様の手元にあるのだ?」
『え~、そこから?…まあ、いいか。ちょっと長くなるけどいいかな?』
セルベリアの疑問にアルバートが説明を始める。
『一つずつ順を追って行こうか。まず、セルベリア将軍を含めて三将軍(ドライ・シュテルン)の電撃作戦はお見事だったと誉めておくよ』
「貴様に誉めて貰いたくてやった訳ではないがな」
『はいはい、殿下に誉めて貰ってね。まあ、三人ともに凄い戦果だったさ。普通なら最高位の勲章ものさ、ただ、お見事過ぎてね。占領政策が全く進んでいない』
「貴様の無能を語る場か、ここは」
噛み付く様に歯を剥き出すセルベリアに無線越しにも分かるほどにアルバートが苦笑する。
『まあ、三方面同時侵攻かつ三週間の電撃作戦で抜いた要衝と都市の数は考慮に入れなくても見事過ぎたね。捕虜が多すぎるのさ』
「それ、は……」
セルベリアが怒気を控えて言い淀む。
電撃的な侵攻と引き換えに殲滅ではなく、降伏した者を捕虜として武装を剥ぎ、無効化するだけで置き捨てたのは三将軍(ドライ・シュテルン)同士の共通事項だった。各々の思惑が絡み合い、戦功争いが激化し、結果として三者が揃って制圧を後方の予備師団へ丸投げして戦果を求め先へ先へと進み続ける。
『捕虜も飯は食う。何より補給線が伸びきったのはまずかった。まあ、弾薬より食料と医薬品を優先したのは確かに俺の不手際だわな』
ハッハッハ、と乾いた笑いを上げるアルバートにセルベリア以下の幕僚達は苦虫を噛み潰した様な顔をする。
補給は万全だった。
通常なら一ヶ月をかけて消費する弾薬を二週間で消費し、更に競い合う三将軍(ドライ・シュテルン)は激化する戦線を首都まで走り抜いた。圧倒的な火力による侵攻は最終的に一週間で一ヶ月分の弾薬を使ってガリア軍を敗走せしめて首都へと押し込んだ。
その上で帝国より超長距離に陣を敷くガリア方面軍は一度も飢えていない。
『帝国からの補給は厳しい。今はガリア軍の捕虜名簿を作ってるんでな、まだ時間がかかる』
「…何故、名簿を作っているんだ」
『占領統治は後方部隊の華だから企業秘密、って言うほどのもんじゃないな。ガリアは正規軍が多いんで、ちょいと小細工してるのさ』
華々しい戦果に酔っていた三将軍(ドライ・シュテルン)のそれぞれにある幕僚達は薄々気づいている。机上ですら有り得ないこの戦果が誰の手によって成されたかを。だが、それを声高に言う訳にもいかない。一等の戦功はマクシミリアン殿下、二等以下を三将軍(ドライ・シュテルン)が争う。それが理想的な展開であるべきだ。決して第一等の戦功を後方部隊のアルバート(ダルクス人)ごときに盗られる訳にはいかない。だからこその首都陥落、これさえ為されれば第一等の戦功は為し得た者にこそ与えられる。
だが、首都を落とす為の弾薬が足りない。
「セルベリア将軍、場合によっては現地徴収も視野に…」
ガリア方面軍は略奪を禁じて行軍してきた。作戦の肝は速さにあり、略奪などをして時間を掛けたり、荷物を増やして足を遅くするなど言語道断、三将軍はそういった輩を厳罰に処して軍規を引き締めて整然と迅雷の行軍速度を可能としてきた。
「いや、徴収は認めない。以後も徹底しろ」
「はっ…全軍に通達致します」
現在、三将軍に戦功の大差はない。そんな中であえて評価を下げる行動は何としても避けたい。
『ま、そんな訳でね。情報源になる捕虜には事欠かないのさ。仕官クラスがあっちこっちで網にかかっててね。あぁ、また名簿が厚くなる…』
ブツブツと不気味に呟きだしたアルバートの無線を叩きつける様に切るセルベリアは美しい顔を凛々しく引き締める。整った美貌だけにそこに伴う迫力は凄惨ですらあった。
「何時でも動けるように準備は怠るな、一朝(いっちょう)事(こと)ある時は…」
セルベリアから蒼いオーラが揺らぎ立つ。
「私が先頭に立つ。後ろは頼むぞ」
「はっ!セルベリア将軍に勝利をっ!マクシミリアン殿下に栄光をっ!」
神話に語られるヴァルキリア、セルベリアと共に戦場を駆ける部下に恐れはない。彼等は自分達が神話の中の登場人物であるかの様な舞台(いま)に酔っていた。