「それじゃあ、首都攻めはまだまだ先かい」
『すまんね、後一週間は欲しいのさ』
三将軍(ドライ・シュテルン)の一人、イェーガーの陣営にアルバートからの連絡があったのは、セルベリアとの一悶着があった直後である。
ガリア軍の妨害など無いかの様なクリアな回線、無線ではなく電話による伝達が前線(イェーガー)と後方(アルバート)を繋ぐ。
「わざわざそちらさんから連絡をくれるとはねぇ…『我慢』出来なくなった奴でもいたかね」
前線にありながらのんびりと柔らかささえ感じさせる物腰。それでありながら、誤魔化しを許さない有無を言わさぬ重味がイェーガーの言葉にはあった。
『…そろそろ目算を建てて貰いたかっただけさ。戦後処理も含めて大まかな日取り位は知っておきたいだろう?』
「日取りだなんて結婚式でもするみたいな言い方をするねぇ。おじさんは仲人なんかやった事はないよぅ」
チッチッチ、とアルバートは電話機に音が入らない様に舌打ちをする。何処か見透かした様な話し方、こちらの反応を電話越しに一つたりとも逃さんとする迫力。セルベリアの苛烈な舌鋒(ぜっぽう)とはまた違う圧力がアルバートに冷や汗を流させる。
そもそもアルバートは戦場に立つタイプの指揮官ではない、後ろで密やかに準備を整えるのを主戦場とする陰険モブキャラなのだ。
「ガリア軍の捕虜を移動させているみたいだしねぇ。何をのんびりやっているのか、おじさんは知りたいんだけどね」
(後ろに目でもついてんのかこの野郎!?)
首都までの電撃侵攻と連絡手段と移動手段の工作、セルベリアの後ろが無人の野をであるならイェーガーの後ろは整えられた道路があるかの様だった。
戦線が硬直し、三将軍が互いに牽制し合う今は情報の取り合いと互いにどうやって他の二人を出し抜くかの騙し合いの時間でもある。イェーガーは三人の中で情報の確度と速さが一歩頭抜けていた。
『…ガリア軍に仕官が多いから名簿を作って各地に派遣している』
これは本来、前線の者に渡す事は無かった情報である。
「ふーむ、ガリアはラグナイトのお陰で豊かだからねぇ。常備軍も仕官も小国にしては破格の数がいたねぇ」
『まあ、そのせいか兵士は弱かったみたいだが』
「いやいや、ガリア軍は精強だったよ。三将軍は皆、苦労したもんだよ」
弱兵を倒すより強い兵を倒した事にした方が聞こえがいい。
実際、仕官が多いガリア軍は兵士ばかりの軍より『強いはず』である。
(ハングリー精神がない軍隊がどんだけ強いかって話だがね)
アルバートの持論としては貧乏人が多い軍隊は兵士が強く、仕官になれる者が多い貧乏人の少ない軍隊は兵士が弱いと思っている(勿論、兵士に十分な教育と訓練を施せる軍隊の方が兵士の質も良いし仕官が多い方が緻密な戦術と戦略が実行出来るのだが)。
『そこは本国の判断次第だな。俺がやりたいのは食糧をガリアから買いたいってだけさ。そうすれば弾薬を速やかに前線へ送ろう』
「…そんな事出来るのかい?戦争相手から食糧を買うなんて」
『だからわざわざガリア軍の仕官の名簿を作ってるんじゃないか』
「…戦後処理の為に?」
『人道的支援と判断さ』
戦争中は略奪や焼き払いは当たり前に行われる。
ただ、今回は三将軍が先を争い最低限の被害でガリア首都を囲った為にガリア公国各地の被害は少ない。
混乱はあるものの物流はストップしてないし、帝国軍のクリーンな制圧作戦はある程度知れ渡っていた。もし、ある程度の知識と教養がある信頼の出来る者が各地の混乱を抑え、自分達が食べる分意外の食糧や日用品を売れる余裕があったならば?
戦争中と言う事もあり、危険を省みずに遠くに行く事は出来ない。物価は上昇し、即金が欲しいガリア国民の側には生産が出来ず消費しか出来ない客(帝国軍)が居て、それと交渉出来る者(ガリア軍人)が居たとしたら。彼等はどんな行動に移るだろうか。
『およそ一週間で最低限の供給がガリア公国全土で行えるはずだ』
言葉にすれば一言でしかないが、そこ至るまでにかかる膨大な労力を想像して今度はイェーガーが冷や汗を流した。
(戦術じゃあ負ける気はしないが、こいつと戦争はしたくないねぇ)
一体、何人の捕虜を説得して各地に必要なだけ派遣すればいいのか。実際にどれだけの食糧や日用品が買えるのか、帝国からの補給をどのタイミングで食糧から弾薬に切り替えるのか、そこに必要な人員は?資金は?時間はどれだけ掛かるのか。
イェーガーにはどれ一つとっても満足にこなせる気はしなかった。
『まあ、そんな訳でね。後、一週間待ってくれたまえよ』
それを断言出来る怪物が電話越しには居る。
「ああ、任せるよ。アルバート将軍」
軽い口調で交わす言葉もお互いに薄氷の上を歩く気分だ。
どちらかがその気になれば、直接的に弾丸を放つかまたは間接的に敵対国で飢えさせて殺す事が出来る。イェーガーは帝国人ではないだけにそれを強く感じる事が出来る。一切の油断は許されない。だが、
「アルバート将軍」
『何だい?』
イェーガーは電話機から少し顔を放し、やや間を開けてからその言葉を絞り出した。
「あんたが居てくれて助かった。正直、俺は自分の事で手一杯だが…」
圧政に苦しむ祖国を思い、最優先すべきは祖国の復興だと頭では判っていても言わなければならない言葉を口にする。
「俺は出来得る限り、あんたの味方になりたいと思う」
約束ではなく、怪物的才能を敵に回したく無いと言う打算もあり、どう考えても好意的な言葉では無かった。
『……』
少し離れた電話口からは直ぐに反応は無い。ややあって
『それは……ちょっと嬉しいね』
帝国では激しい差別を受けるダルクス人であり、最前線に立てずに戦功を逃し続けた怪物の漏らした感情の吐露にイェーガーは寂しさと哀しさを感じるのだった。