【完結】ハンターハンター世界で転生者が探偵()をする話   作:虫野律

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9話~13話まで連続投稿です。


いかあおいあお! いかあおいあお! [弐]

 妙な噂のある“Fの会”への潜入調査に当たっていた後輩ハンター──サンビカ・ノートンとの連絡が途絶えてから3日が経過してしまった。

 

 ハンター協会にある自身専用の一室で思考を深める。

 

 サンがそうそう仕事(ハント)に失敗するとは思えない。彼女は優秀な念能力者で、冷静な判断力も兼ね備えている。十二支んの候補に名前が上がるほどの手練れだ。能力、人格共に信頼でき、シングルハンターに相応しい実績もある。

 しかし現実は定期連絡どころかそもそも連絡自体が不可能。何が起こっているのか。

 

「Fの会……」

 

 表向きは世界平和を謳う新手の宗教団体だけれど、どうやら本当に裏がありそうね。

 

 どうしたものか、と悩んでいるとノックもなしに1人の男が入室してきた。

 

「よぅ、面白い情報を伝えに来たぜ」

 

「ノックくらいしなさいよ」

 

 しかし男に悪びれた様子はない。内心ため息をつき、スルーに甘んじる。この男は仕方ないのだ。

 

「例の噂、どうやら確か(・・)らしい。信頼できる情報屋がそう断言してたよ」

 

「!」

 

 例の噂とは「Fの会が危険なウィルスを保有している」というものだ。その真偽を(つまび)らかにするためにサンビカと共に調査をしていた。

 一流のプロハンターを退ける武力に危険なウィルス。これはマズイかもしれない。

 

「で、どうするんだ? なんなら手を貸してやってもいいぜ」

 

 おや、と瞬き。

 この男がこんなことを言うということは、何か関心を引くものがあったのだろう。興味があることにしかヤル気を出さない自分勝手男だ。そうに決まっている。

 

「……まずは私が単身で潜入するわ。サンの目的が知られているならば、かなり警戒してるはずよ。人数は少ない方がいい。それに巻き込んだ手前、私には責任があるわ」

 

「そうかい。お前がそう言うなら邪魔はしねぇよ」

 

「でも、もしも(・・・)のときはお願い」

 

 男が、ふっ、と笑う。

 

「いつになく弱気じゃねぇか」

 

「うるさい」

 

「へいへい。じゃあ俺は消えるわ」

 

 ドアを開け、部屋から出ようとした男が、しかし立ち止まる。そして背を向けたまま、それを口にした。

 

「今回の件、かなりヤバいと俺は見てる」

 

「……」

 

 それは同感だ。だからこその単独行動という選択。

 

「油断だけはするなよ。……言いたいことはそれだけだ。じゃあな」

 

 粗雑な開閉音がいやに耳に残る。

 

「……→ありがと」

 

 幸か不幸か、呟きを聞いた者はいないようだ。

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

 Fの会は10年ほど前に発足した宗教団体だ。なんでも“神の恩恵を賜り、真の平和──新しい世界に相応しい人間になること”を目的に掲げているらしい。

 別に新興宗教を差別する気持ちはないけど、この謳い文句は具体性がなさすぎて胡散臭くなっちゃってると思う。それとも宗教ってみんなこんな感じなんかな。

 

 白いビルを見上げる。

 ここがイザベラの生活圏から1番近いFの会の施設だ。このビルにいるかは不明だが、彼女が辿ったであろうルートをなぞることで何らかのヒントが得られるかもしれない。僅かな確率であっても、やるからには全力を尽くす。

 

 イザベラの学校を訪れた日から2日、下調べを巻き巻きでこなした俺は、信者を装い潜入することを決断した。

 

 イザベラの現在地はかなり限定されたものの、未だ特定には至っていない。現状ではリスクを受け入れた積極的な捜査が必要だとは思う。ルビーのカードにも“急げ”と書かれてたしね。

 とは言っても抑えられるリスクはやはり抑えたい。

 住所は登記表題部に記載されてるため(登記に瑕疵(かし)がなければ)所有地の場所は把握できる。だから忍者よろしく無断で侵入調査をすることもできなくはないが、未だFの会に関する情報が不十分であるため、情報収集が完了するまでは粗い手段は保留にしておきたい。致命的な勘違いをしたまま無断で潜入して大きなミスをしたら残念極まりない。ここは面倒でも急がば回れ(スパイムーヴ)で行く。

 

 そしてFの会を設立した教祖──クリストファー・オータムは念能力者だ。彼を警戒して慎重になっているという事情もある。

 

 というわけで! 髪は黒に染めたし、軽くメイクもした(変装)! オーラ垂れ流しも完璧(偽装)! 俺はエヴァレット・ベイリー(偽名)! ……圧倒的偽者である。

 

 

 

 

 

 

 

 ビルの中はモダンな感じだった。とってもオシャレっす。

 

 今日、このビルでクリストファー──信者は彼をクリストファー先生と呼ぶ──が講演を行うらしいので、それに参加し、「(いた)く感銘を受けました! 入会させてください!」って流れにしようと思ってる。

 

 でも広くて会場がどこか分からん。受付の人に尋ねよう。いつも迷子になってる気がするが、きっと気のせいだろう。

 

「失礼、14時の講演会『テロの人間的意義とその本質的解決法』の会場はどちらでしょうか?」

 

「こんにちは。それでしたら5階の第4ホールです。あちらのエレベーターからどうぞ」

 

 超絶美人な受付の人が愛想良く教えてくれた。

 

「ありがとうございます。それでは」礼を言ってエレベーターに向かおうとしたら、受付の人に追加で話し掛けられた。「ご入会を検討されているのでしょうか?」

 

「ええ。電脳ページで教義を拝見しました。真の平和に相応しい人間になる、……大変素晴らしい思想です。『この世界は命が軽すぎる。あまりにも平穏平和からかけ離れている』。私は常々そう思っておりました故、非常に共感いたしました」

 

 微妙に本音を交ぜた嘘である。真実と嘘を交ぜるのは、人を騙す際のテンプレだ。

 

「まぁ! そうでしたか! あなたのような方はいつでも歓迎です! すぐに入会いたしますか?」

 

 おおう。ソッコーで入会とな。やっぱり新興宗教だからかね。

 

「入会するつもりで参りましたが、まずはクリストファー先生のお話を聴いてからにしようかと考えております」

 

「承知いたしました。手続きのご用意をしてお待ちしていますね」

 

 美人の純粋な(?)笑顔が炸裂する。流石、凄まじい破壊力だ。

 つーか、嘘発見器(笑)が反応しないところを見るに、この人は俺を騙そうとかそういう意図や認識はないんだろうね。つまりガチ信者さんってことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 第4ホールとやらの感想は「広!」の一言に尽きる。日本だと大学の大規模講義室が近いかな。

 

 ざっと全体を見る。ふむ。

 

 開演まで残り10分の時点で空席は1割程度。これは繁盛してる部類に含まれるんじゃなかろうか。

 そしてクリストファーらしき人物もいる。

 ステージ横の主催者側スタッフが集まるスペース、そこで椅子に座っている中年男性がクリストファーだろう。公開されている写真の通りだ。

 

「……」

 

 悲しいな。 

 

 クリストファーへの警戒はそのままに、机と机の隙間を進み、空いてる席へ向かう。

 スタッフからは見えにくい、中心部やや後方の席に到着した。隣に女性が座っているから一言断っておく。

 

「すみません、隣いいでしょうか?」

 

「ええ、構いま……」

 

 こちらを振り向いた女性が固まる。

 なんだってんだよ。……ん? この人の無駄に潔白そうで融通の利かなそうなオーラ(垂れ流しだ)、どっかで見たことがあるような……。

 

 女性が視線を椅子に向ける。まずは座れ、ということかね。元々そのつもりだし、大人しく従う。

 次いで女性は一瞬だけクリストファーの方に視線を送る。女性に倣い、俺もそちらを確認。

 クリストファーやスタッフたちは、特にこちらを気にしていないようだ。

 

 女性が指でとんとん、と机を叩く。一見、何の変哲もない普通の机にしか見えないが、そうではないんだろうな。

 

「……」

 

──凝featuring(フィーチャリング)隠。

 

 この技術は、目に集めたオーラに隠を掛け観察していることを周囲に(さと)らせないようにするためのものだ。念能力者が隠を掛けたオーラ文字を使い、密談をする際に用いられることもある。今回のように。

 

“なんであなたがいるのよ!? 神様とか平和ってタマじゃないでしょ? →ミステリーバカ”

 

 机にオーラでこんなことが書かれてた。

 ……うん、チードルだね、この人。犬っぽい顔してないから分からなかったけど、そういえばこんなオーラだったわ。

 

“依頼だよ。Fの会について探ってる。それが素顔なのか?”

 

 今のチードルは真面目な30代って感じ。お役人とかやってそう。

 

“そうよ。ビスケみたいなものね→秘密よ?”

 

 ほー、そうだったんか。

 

“分かった分かった。で、そっちはなぜここに?”

 

 ハンター協会幹部の一流ハンターが正体を隠し(むしろさらけ出してる? これがパラドックスか)、動く理由。厄介かつ高難易度の仕事(ハント)がそれでも不思議はない。

 この依頼、思った以上にハードかもしれないな。

 

“おそらく私たちの目的は相反しない。共同戦線を張りましょう。これに同意してくれたら教えてあげるわ→ミステリーハンターさん”

 

“ハンターじゃねぇが、協力には同意する”

 

 チードルが生温かい目で見てきやがった。ワタクシナットクイキマセン!

 

“Fの会には危険なウィルスを保有している疑いがあるの。それを調べてたサンビカと連絡が取れなくなったから、今度は私が潜入しようとしてたとこよ”

 

 うっは。こいつぁガチじゃねぇか。

 新興宗教、念能力者の教祖、行方不明の少女、危険なウィルス、連絡の取れないプロハンター。

 そうそうたる顔ぶれである。

 

“理解した。まずは情報を共有しよう”

 

“そうね──”

 

「皆様、こんにちは! 本日はお忙しい中、当講演会にお越しいただき深謝いたします。司会は私、Fの会のジョン・リーが務めさせていただきます──」

 

 おっと、講演会が始まったようだ。

 チードルと頷き合う。今は講演会に集中しよう。

 教祖クリストファーの話術はいかほどのものかな。お手並み拝見だ。

 

 

 

 

 

 

 

 司会者の定型的なセリフが順調に消化され、いよいよその時が訪れた。

 

「──それでは皆様、拍手でお迎えいたしましょう。クリストファー・オータム先生のご登壇です!」

 

 パチパチパチ、と会場で肉を打つ音が木霊(こだま)する。勿論、勤勉な信者になる予定の俺、エヴァレット・ベイリーも全力でパチる。ぺちぺち。

 チラっと横を見るとチードルがお行儀の良い、綺麗な拍手(?)をしていた。すげー、そんな拍手、初めて見た。

 

 ゆっくりと講壇へ向かうクリストファーには、青年特有の色合い──青臭い気質、あるいは幼さ──が僅かに残っているように見える。気のせいかね。

 

 クリストファーは、一般人視点で言えば「どこにでもいそうな」と形容される人物だろう。が、念能力者視点では、容姿以外に平凡さは見受けられない。

 まず挙動。しっかりと彼の眼球を視ると分かる。クリストファーはそうと気づかれぬように自然体を装いつつ、壇上から聴衆を観察している。凝状態であることが十分すぎる証左だろう。

 

 しかし目的は何だ? 何かを探してる? 危険人物とかを? それとも違う目的? この男の見たいものは何だ?

 

 外形に変化はないが、チードルも(いぶか)しんでるはずだ。クリストファーは何を視ている?

 

「あ」

 

 目が合っちゃったよ。

 ……暗い。そして重い。その(くらがり)の奥に何を飼っているのか。

 視線がほどける。長いようで短い、そんな感じだった。

 

 ここで、堪えきれなくなったのかチードルのオーラに不協和音。気持ちは分かるが、今は辛抱してくれ。

 チードルをしてそうせしめたのは、クリストファーの凄まじいオーラだろう。これも非凡ポイントだ。

 

 トップクラスの念使いはそれなりに見てきたが、彼のオーラは間違いなくその領域にある。だけでなく、人の心を酷く揺さぶる──不安、恐怖、気鬱(きうつ)、悲嘆、そういった負の感情を想起させるのだ。

 10年かそこらで一定の規模まで成長できていることから、このオーラ性質はコントロール可能なはず。

 人の最奥にある沈殿物(やみ)を掻き回し、そこへ都合のいい(チープな)清水(ひかり)を与える。そんな割とよくあるマッチポンプを効果的に実行するにはオンオフの切り替えが必須だからだ。

 ま、これはFの会が悪者っていう結論ありきの考察だから、まるで見当違いかもしれないけど。

 

 大人数に注目される中、クリストファーが優しげな声で話し始めた。

 

「こんにちは。クリストファー・オータムです──」

 

 

 

 

 

 

 

 クリストファーの話を要約すると「テロにも人間的意義はあるよ。でもやっぱり平和がいいよね。そのためには頑張ってFの因子を目覚めさせよう。そうすると神様が恩恵をくれるよ」って感じ。

 話し方が非常に巧く、また、オーラによる擬似的なカリスマ性もあり、何も知らない一般人ならば内容がよく分からなくても激しく胸を打たれるだろう。すげぇわ。

 

 隣のチードルが感動に打ち震えている。

 

「素晴らしいです……!」

 

 チードルさん? ガチじゃないよね? ただの演技だよね? 

 念のため嘘発見器(笑)をオフにしてる──偽装の瑕疵になりかねない──から確証が持てない。不安である。

 

「──そろそろ時間も迫ってきました。本日はここまでにしましょう。皆様、ご清聴ありがとうございました」

 

 割れんばかりの拍手ってやつが起こる。おおう、話の内容を理解してる人はどの程度いるんかねぇ。

 ややあって司会のジョンがマイクの前に移動し、テンション高く終わりの挨拶を開始した。

 

「大変深いお話をありがとうございました! 皆様、今一度大きな拍手をお送りください!」

 

 ステージ横の椅子に移動し座っていたクリストファーが、立ち上がり軽く右手を挙げ、おそらくは感謝の意を伝える。

 

「それでは、以上で本日の講演『テロの人間的意義とその本質的解決法』は終了とさせていただきます。お忘れ物のないようにお願いいたします。本日は誠にありがとうございました!」

 

 終わったか。よっしゃ、じゃあチードルと作戦会議&入会手続きだ。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、先程の」

 

「はい。入会手続きをお願いしに来ました。今は大丈夫でしょうか?」

 

 講演会の会場──第4ホールを後にした俺とチードルは、一旦ビルを離れ、情報共有と今後の方針について話し合った。

 結果、それぞれ信者として潜入しつつ時折接触し情報交換をする形を基本に、場合によっては積極的な協力もしていくことに決まった。まぁ、無難なところだろう。

 それとチードルに一つ借りが出来てしまった。チードルが対価を要求することはなかったが、おかげで安心して動ける。いずれ返さなければいけない。

 

 作戦会議後、早速、ビルに戻った俺は美人受付嬢に突撃したわけだ。

 

「勿論です! 準備はできておりますのでお時間は取らせませんよ」

 

「ありがとうございます」

 

 彼女の案内に従い、別室に移動。

 数枚の用紙や冊子がテーブルに広げられ、説明が始まった。

 

「こちらがFの会の理念や戒律をまとめたもので、こちらがこれから記入していただく入会申込書です」

 

 理念と戒律をまとめたものって要するに教典とか聖典って呼ばれるやつだよな。その割りには薄い気がする。こんなもんなのか?

 

「もしかして戒律についてご心配なさっています?」

 

 そういうわけじゃないが、話を聞きたいから頷いとく。

 

「ええ、やはり厳しいのでしょうか?」

 

「いえいえ、そんなことはありませんよ。私たちは平和を目指し、自身を高めるだけでいいのです」

 

「具体的にはどういったことでしょう?」

 

「こちらをご覧ください」美人さんが教典(仮)を開く。「私たちが何より重視しているのは瞑想です」

 

「瞑想……ですか」

 

 今でも毎日してるが? 赤ちゃんの頃からの日課だ。この美人さんより熟練してる自信があるぞ。

 微妙な気持ちになっていると、美人さんはまたしても勘違いしてしまったようだ。

 

「大丈夫です。難しく考える必要はありませんよ。詳しくは後でクリストファー先生が教えてくださいますが、簡単にご説明しますと、自分の中を流れるFの因子を感じる精神修行ですね。特にノルマのようなものはないですが、皆さん毎日励んでいますよ」

 

「……」

 

「? どうなさいました?」

 

「いえ、すみません。少し考え込んでしまいました」

 

 美人さんがしたり顔で何度も頷く。

 

「真面目な方ほど瞑想で悩みがちなんです。きっと難しく考えすぎてるんでしょうね。あなたもそうなのでしょう?」美人さんは確信してるようだ。「ふふ、何だかあなたのことが分かってきました」

 

 俺も貴女のことが分かってきたよ。思い込みの激しい、勘違いしがちな残念美人さんですね。いろいろカモられないか心配である。

 だって俺もこの人から情報を引き出そうとしてるんだもん。へへ。

 

「なんだか恥ずかしいですね。それより瞑想には、その……ゴールと言いますか、合格ラインのようなものはあるのですか?」

 

 例えば、身体の周りのモヤモヤ(・・・・)が見えるようになるとか。

 

 美人さん改め残念美人さんが、ニヤリと本人は悪い笑みとでも思ってそうな笑顔を見せる。客観的に見ればただ可愛いだけである。

 

「鋭いです! 私はまだですが、正しく覚醒させることができれば身体の周りにあるFの因子が見えるようになるみたいなんです」

 

 確定っすね。“Fの因子”=オーラで間違いない。

 

「Fの因子」「F■■」「彼女は熱心かつ優秀な信者である。もし彼女と再会を果たしたいならば急ぐことを推奨する」「神様の恩恵」「危険なウィルス」

 

 情報の断片が群れを成し、やがて一頭の真実(かいぶつ)へと変貌していく。

 しかし──しかし未だ成体には至らない脆弱な真実(かいぶつ)

 だがそれでも分かることはある。今度はそこをまさぐる。

 この部屋には俺たち2人しかいない。もう嘘発見器(笑)を使っても大丈夫だろう。この人が嘘をつくとは思えないが、一応発動しておく。

 

「なるほど。そういった目標があると分かりやすくていいですね。ところで少し思ったのですが、正しく覚醒した方はどこか神聖な場所に移住したりしてます?」

 

「まぁ! やっぱり鋭いです! 本当は入会した方にしか教えちゃいけないんですけど、あなたなら大丈夫そうですね」

 

 残念美人さんが「どうせすぐに手続きは終わりますし、あなたいい人そうですし」などと付け加えた。

 マジでこの人、大丈夫か? あ、大丈夫じゃないからここにいるのか。怪しい新興宗教にハマる(残念)美人の過去……。地雷が埋まってそうでワタシキニナリマス!

 

 残念美人さんは、室内に俺以外は誰もいないというのに、手を口元に添えこそこそ話の構え。合わせないと可哀想なので少しだけ顔を寄せる。どうぞ。

 

「先生に覚醒を認めてもらえると“Fの里”に住むことができるんです。そこでは“平和に相応しい人間”になるための最終試練が行われています」

 

 “Fの里”! 伏せ字とも矛盾しない! やはり俺が見た真実(かいぶつ)は幻ではなかった……!

 

 ルビーのカードにあった“優秀”の文言とそれ故に時間がないと解釈できる文章。当初、宗教で“優秀”の単語が出ることに若干の違和感を覚えていたが、なんてことはない、気づいてしまえばすんなり納得できる。

 

「その試験に合格すると……」

 

 俺の言葉を聞き、残念美人さんの瞳に妄執(もうしゅう)の光が宿る。なまじ整ってるから余計に怖い。

 

「新しい世界──誰も傷つかない世界の一員になることができるのです!!」

 

「!?」感じ入ったように目を見張り、手に力を入れる。「Fantastic! (あ、やべ、間違えた)……素晴らしい!」

 

 残念美人さんが、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で俺を見つめる。

 怪しまれたか……? まさかのケアレスミスで依頼失敗? それこそ残念すぎる……。

 

 しかし俺の心配は杞憂だった。

 

「Are you from English-speaking countries? So am I! (英語圏のご出身なんですか? 私もなんですよ!)」

 

 流暢な英語が綺麗なお口から奏でられた。 

 こんなん笑うわ。

 

 

 

 

 

 

 

 入会手続きを終え、残念美人さん──ソフィアに別れを告げた俺は、人工的な自然(?)の溢れる公園に来ていた。ここでチードルと落ち合う手筈になっている。

 そろそろだと思うけど……あ、来た。

 

「ごめん、待った? →謝罪」

 

「ううん、今来たとこ♡」

 

「……で、どうだったの? →キモい」

 

 ひでー。お茶目なネタじゃないか。これだから堅物は。

 まぁでも、ふざけてばかりもいられないんで真面目モードに切り替える。

 

「そっちも気づいたと思うが、Fの会は念能力を何らかの目的で利用しようとしている」

 

「そうみたいね」同意したチードルが素朴な疑問を口にする。「ねぇ、エヴァン。Fが何を意味してるか分かる?」

 

 それは俺も気になっていた。しかし……。

 

「すまん。流石に情報が少なすぎて推理できない」

 

「いくらあなたでもこれだけじゃ厳しいか」

 

 うーん、暗号なり、隠語なりにしてもFの1文字だけだとな。

 こういうのは文字数が少なければ少ないほど難易度が上がる。ヒントがないからだ。

 

「まぁ、これは追々考えるとして」

 

「ええ、最優先すべきは“Fの里”」

 

 どうやらチードルも俺と同程度の情報を得られたようだ。話が早くて助かる。

 

 サンビカが生きているならば、そこにいる可能性が高い。どこかの山間部にあるらしいし、人目を避けて監禁なりをするにはうってつけだろう。ウィルスの非合法な研究にしたってそこなら都合がいいはずだ。

 

「なるべく早くFの里に招かれたい。だから1週間で念に目覚めた演技をしようと思ってる」

 

 念が覚醒しても天才で済まされるギリギリのペース。

 怪しまれるかもしれないが、このくらいなら大きな問題はないと俺は考えてる。

 クリストファーからすると“サンビカの同類”と“単なる念の天才”のいずれであろうと、結局は速やかにFの里に連れていき適切な(・・・)対応をしたいはず。つまり念能力者を必要としていることから怪しくても「即殺害!」とはならずに、警戒しつつも表面上は単なる念の天才として扱われると予想できるということだ。

 ただし念能力者を欲する理由によっては速攻でバッドエンドだが。

 

「分かったわ。じゃあこうしましょう。エヴァンが里へ行き情報を集める。その間、私と定期的に連絡を取るようにしてほしい」

 

 チードルがバックアップ要員になる形ね。了解っす。

 

「並行して教祖クリストファー・オータムの尾行調査もしていきたい。尾行から里の場所が分かるかもしれないからな」

 

「当然と言えば当然なんでしょうけど、登記が当てにならないのが痛いわね」

 

「まぁ、仕方ない。よくあることだよ」

 

 先ほど電脳ページから登記簿を調べたが、山間部の所有地等の記載はなかった。つまり里に関しては登記義務を無視し、未登記。よっぽど秘匿したいんだろうなぁ。

 

「サンが生きてればいいのだけど……」

 

 急ぎたいのは俺も一緒だが、焦りすぎると人間ろくなことにならない。ここは割り切るしかない。

 

「……」

 

 間に合ってくれよ……。

 

 

 

 

 

 

 

「お見事。完全に覚醒してます」

 

 クリストファーがにこやかに断言した。

 

「おぉ……」「すごい」「天才だ!」

 

 ビル内にある修行部屋でクリストファーの理念説明と瞑想指導を一緒に受けていた信者たちが(はや)し立てる。

 

 入会から1週間、チードルと共にクリストファーや信者を調べたが、里の場所に関する情報は得られなかった。

 ただ、クリストファーについていくつかの興味深い事実が判明した。

 まず一つ。クリストファー・オータムの名は本名ではない。本名はクリストファー・デイビスだ。

 始めから芸名のようなものなのかな、とは思っていた。だってオータムって女性の名前なんだもん。少なくとも俺はオータムって苗字の人に会ったことがない。日本人の名前で例えると花子(苗字)太郎(名)って感じ。

 で、もう1つは、クリストファーの前職がサヘルタ合衆国保健福祉省──日本の厚生労働省に相当する組織だ──勤務の国家公務員だったということ。ついでにクリストファーは医大卒で医師免許も所持している。これはウィルスうんぬんの情況証拠……には単体だと少し弱いが、他の証拠が見つかれば補強する能力はある。

 

 可能ならばクリストファーの情報を出してもらおうとルビーに訊いてみたんだが、制約上ルビーの本名と顔をクリストファーに認識させないといけないみたいで、リスクを考慮して見送ることにした。いくらなんでも無関係の子どもに要らぬ危険を負わせるのは躊躇われるし。

 

 まぁ、そんなわけで有益な情報をゲットできなかったから、こうして天才くん(笑)を演じてるわけだ。

 クリストファーが穏やかな調子で言う。

 

「おめでとうございます。エヴァレットさんは次のステージに上がる資格を得ました」

 

 来た! 

 しかしこの男、疑っているのかいないのか。外面を取り繕うのが巧すぎて読みきれない。嘘発見器(笑)を使えればいいんだけど、オーラの動きから怪しまれるかもしれない。やはり気軽には発動できない。

 

「本当ですか! ありがとうございます!」

 

 自分でも違和感があるけど、これは俺の発言である。

 

「ええ、勿論です。最近の若い方は優秀ですね」

 

 お?

 

「このくらいのペースの方も少なくないのですか?」

 

「いやいやいや、滅多にいませんよ。ただ、運命の悪戯により出会(でくわ)すこともたまにはあります」

 

 イザベラのことを話さないかな、と思って話を振ってみたけど、具体的なことを言うつもりはなさそうだ。しつこくするのも不自然だし、これ以上はやめておこう。

 

「エヴァレットさんにはFの里にて最終試験を受けてほしいのですが、どうでしょうか?」

 

 あくまで強制はしないスタンスなのね。少なくとも現時点では。

 

「是非お願いします! 早く無益な争いのない世界の一員になりたいのです!」

 

 クリストファーがうんうん、と頷く。

 

「エヴァレットさんならばすぐですよ。それでは明日、里にお連れしますね」

 

「ありがとうございます!」

 

 さーて、どんなヤベー里なのかなぁ? タノシミダナー。

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

 チードルの携帯画面にはエヴァンの現在地が表示されている。GPSというやつだ。これはV5が共同管理する衛星による。その誤差は驚異の3メートル以内。今回のようなケースでは非常に有用だ。

 エヴァンは今のところ、Fの会所有の白いビル内にいる。

 

 移動手段はなんだろう? 車? 飛行船? それともやっぱり……。

 

 ここである意味本命であり、しかしあまり当たってほしくなかった予想を裏付ける現象が起きてしまう。

 

「エヴァンの気配が消えた……?」

 

 携帯画面ではerror(エラー)の文字が不気味な光を放っている。

 チードルがいるのは、エヴァンがいるはずの部屋からやや離れた位置にあるトイレの個室だ。円を使うわけにはいかないので、エヴァンのいたであろう方向に純粋な五感による探知を行う。

 

 やっぱりいないわ。

 

 エヴァンだけじゃなく、さっきまで一緒にいたはずのクリストファーの気配も綺麗さっぱりなくなっている。

 

 あなたの言う通りだったようね。

 

 転移能力。

 

 昨日、エヴァンが言っていた。「クリストファー自身が転移能力者か、又はその仲間に転移能力者がいる可能性がある」と。1週間観察しても里やウィルスの研究施設に向かう様子が一切ないことから、もしかしたら自宅等から転移しているのではないか、と疑っていたようだ。

 しかし単に転移しただけならばエラーにはならない。つまりこれはGPSの信号を妨害する手段を有しているということに他ならない。それが念によるものなのか電子機器によるものなのか、あるいは偶然の産物かを特定はできないが、ありがたくないことだけは確かだ。

 

 不自然にならない程度に急いでエヴァンのいた部屋へ向かう。

 距離はさほど離れてはいない。運良く誰にも会わずに到着することができた。

 

 部屋のドアは閉められている。中に人の気配はない。ドアノブを捻ると呆気なく開いてしまった。

 

 カメラは……。

 

 チラリと室内を覗く。カメラらしきものは見受けられない。

 

──円。

 

 ほんの一瞬、十二支んの肩書きに恥じない刹那の展開。

 やはりカメラはない。しかし別の見過ごせないものを感知した。よく磨かれた窓ガラスにオーラで何事かが記されていたのだ。

 

 神字、ね。転移能力で確定かしら。

 

 転移能力はその多くが何らかの“マーキング”を必要とする。そこに神字が使用されることは珍しくない。

 しっかりと確認したいところだが、近づいただけで術者に認識されるケースもあるため部屋に入るのは控えておく。

 

 座標固定と対象者の限定が主な効果かな。

 

 転移能力用の神字の効果としてはこの2つが最も一般的だ。しかし曖昧な推測でしかない。

  

 いつまでもこの部屋の前に滞在するのもまずい。とりあえずは離れようと何食わぬ顔で歩き出す。

 エレベーターへ向かいながら思考する。

 

 エヴァンと通信が継続していればいいのだけど……。

 

 期待はできない。サンビカの例もある。それにGPSを潰すような連中が携帯への対策をしないとは思えない。

 

 しかしどうアプローチすればいい? 

 

 移動先が不明で手段も極めて限定的。となるとエヴァンのやったように念の覚醒を偽装するか、より詳細な調査をし情報を集めるか、強引な手段に出るか。

 強引な手段……操作系能力者の助力を仰ぐ? 

 これも有効な確率は低いだろう。クリストファーには念能力者の仲間が複数人いると考えられる。であれば操作系対策はしているはずだ。

 操作系は決まってしまえば強力だが、致命的な弱点がある。所謂“早い者勝ちの原則”。つまり仲間に操作系対策用操作系能力を持つ者を1人用意すればそれで済む話なのだ。例えば、対象の髪の毛1本を抜けないように操作する能力を掛けてもらうことで他から操作されなくなる。

 仮に操作を仕掛けて失敗した場合は敵対が明確化してしまう。それはまだ避けたい。

 

 それにチードルには気掛かりなことがある。

 

 クリストファーの中に誰かがいる気がするのだ。なんとなく、本当になんとなくだが、彼の中、その奥深くに女の歪んだ情念のようなものを感じる。

 それは自分勝手で幼稚な、しかし、くだらないと一笑に付すにはあまりに……。

 

 首を振る。要らぬことに思考が逸れてしまった。

 

 要するに、仮に操作系対策用の能力が掛けられていなくとも、彼はすでに操作されている可能性があるのだ。この点も操作系能力による強硬手段を取りづらくさせている。

 かといって考えなしにエヴァンと同じ行動をしてもせっかくの数の利を投げ捨てるだけだ。

 

 だが、このままクリストファーの調査を継続しても得られるものがあるだろうか。

 

 知らず眉間に深いシワが刻まれていた。ため息が出そうになるが堪える。嘆くにはまだ早い。

 

 長く待たされたが、漸くエレベーターが到着した。誰も乗っていない点は快適そうだが、エレベーター内の大きな鏡に映るチードルは不安げな顔をしている。

 

「……」

 

 自身から目を逸らし乗り込む。

 

 仕方ないわね。気は進まないけれどあの男に知恵を借りましょう。

 

 携帯を取り出す。

 

 とりあえずメールを送っておこう。それでこのビルから離れたら改めて電話を掛けよう。チードルがそう決めた次の瞬間──。

 

「何をしようとしているのですかな?」

 

「!?」

 

 首筋に冷たく鋭い痛み。ナイフか。

 唐突に、突然にクリストファーが出現した。間違いない。転移能力だ。

 

 しかし神字はここにはな……! まさか!

 

「神字はミスリードですかっ……!」

 

 チードルの監視は察知されていた。さらにはエヴァンのGPSが遮断された後の行動も予想していたのだろう。

 つまり、実際には神字が必須でないにもかかわらずそれらしいオーラ文字を残し、「神字がないと転移できない」と刷り込むことで油断を誘ったということだ。完全に嵌められた。

 

 ギリリ、と歯軋りするも、思考は続ける。

 

 ……ここで私を止めたということは、これ以上ネズミ(・・・)が増えるのは許容できないのか。

 

「……泳がせるのはやめたのですか」

 

「一度に大量に来られると手間ですから」

 

 クリストファーのオーラには一欠片の瑕疵もない。

 

「貴女にも新たな世界の一員になってほしいのです。来ていただけますね?」

 

 ナイフよりもずっと鋭いオーラだ。全身が切り刻まれているような、ありもしない痛みを感じてしまう。

 

 駄目だ。私ではここから逆転することはできない。

  

 沈黙することしかできずにいると、クリストファーはその意味を正しく理解したのだろう、「賢明なご判断です」と。 

 

「……」

 

 ……っ。

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