【完結】ハンターハンター世界で転生者が探偵()をする話   作:虫野律

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9話~13話まで連続投稿です。


いかあおいあお! いかあおいあお! [参]

「じゃあ、行ってくるね」

 

 そう言って玄関のドアを閉めた最愛の人の残り香が、クリストファーの鼻を(くすぐ)る。

 ふと、嫌な予感がした。

 いつからかクリストファーは虫の知らせが聞こえるようになった。

 聞こえるといっても実際に何らかの音がするわけでも、絶対的に的中するわけでもない。つまり言い換えると、悪いこと限定で勘が矢鱈(やたら)と鋭い、となる。

 

「……」

 

 仮に嫌な予感がしたからといって、彼女を止める上手い言い訳は思いつかない。それにそもそも考えすぎかもしれない。

 クリストファーはそんなふうに自分に言い聞かせた。

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

 Fの里ナウ(死語)。

 

 移動手段が念能力だった時点で、もはや後戻りはできないと察していたけど、着いた瞬間ドン引きした。洗脳操作しようとする思念のこもったオーラが里内に充満していたんだ。ガチすぎですってば。

 まぁ、チードルから持続支援型の強化・操作系複合能力を掛けてもらってたから事なきを得たけどさ。

 

 クリストファーは所用があると言い残し、転移でどこかに行ってしまった。なので案内は住民のジャクソンがしてくれることになった。

 

 里の周囲には山があり、住宅が……50棟以上は見える。多分、総数はもっとだと思う。建築様式は違うが、どちらかというとアメリカンな田舎じゃなくて日本の集落といった風情(ふぜい)だ。

 

「かなり広いですね」

 

「元々は農村だったのですよ」

 

「なるほど。限界集落になり存続できなくなったということでしょうか?」

 

「ええ。10年ほど前に住民がいなくなり放置されていたこの土地を、クリストファー先生が買い取ったのです」

 

 ほー、お金あるのね。

 

 背の高いジャクソンに連れられ、里内を歩く。()いてる平屋建ての住宅を提供してもらえるらしい。

 広場、住宅、畑、川、教会……教会?

 里の中心部には教会らしき三角屋根の建物がある。十字架こそ備え付けられていないが、その空気感は完全に教会のそれだ。

 ジャクソンが説明してくれた。

 

「ここは最終試験が行われる“神殿”です。試験に堪え得るレベルになったと判断されると、クリストファー先生による最終試験が実施されます」

 

 教会ではなく神殿ね。神殿とは神様が来たり、神像が置かれたりする場所とされる。怪しいなぁ。

 

「ところでこの里には何人くらいの方が暮らしているんですか?」

 

 少し違和感がある。住民の数が少ないんだ。

 勿論、見えない場所にいるのかもしれないが、10年前から活動している小規模以上中規模未満の宗教団体の本拠地にしては少なすぎる。

 ジャクソンの纏うオーラに雑音(ノイズ)が混じる。不自然な流れのそれは操作系能力による歪みだろうか。

 

「現在は100人くらいですね」

 

 少な!

 

「つかぬことをお訊きしますが、イザベラ・ミルズという少女を知っていますか?」

 

 さぁ、どう出る?

 

「ええ、知っていますよ」

 

「! 今はどこに……?」

 

「神殿に」ジャクソンが空虚な、あるいは無機質な幸福をその顔に張り付け指差した。「彼女は“いかあおいあお”様に認められたのです」

 

「……そうなんですか。私も早く認めていただけるように頑張らないといけませんね」

 

 ここで新ワード登場か。“いかあおいあお”様ね。ふーん。そうかそうか。へー……!?

 

「あ」 

 

 うわぁ。当たってたらヤバ。

 

「F」「いかあおいあお」

 

 この2つが持つ意味を理解してしまった。勿論、間違っている可能性もあるが……。

 

 ふと気がつくと、以前より巨大に成長した真実(かいぶつ)が、その威容でもって俺を見下ろしていた。

 

──真実(オレ)が喰らうか、(おまえ)が喰らうか、2つに1つ。そうだろう?

 

 真実(かいぶつ)(わら)う。そんなくだらない妄想。

 

──喰らうのは、味わうのは俺だ。

 

 そんな偽らない欲望。

 

 

 

 

 

 

 

 意外と普通な夕食を済まし、田舎特有の暗さの中を徘徊する。

 

「やっぱり出られない」

 

 里の敷地の境界に“見えない壁”、所謂結界のようなものがあるのだ。物理的に硬いというより空間的に硬い感じ。

 加えて、携帯もずっと圏外だ。里に軟禁されちゃったわけね。こっわ。

 

「……」

 

 今、俺にある選択肢は、①チードルの助けを待ちつつ情報を集めるか、②リスクを承知で神殿に侵入するか、③クリストファーの拘束を目指し攻めるか、の3つかな。

 

 手首には、チードルの発──『常在健常(ノンストップドクター)』の証である十字架が刻まれている。これはチードルが生きている証拠でもある。

  

 しかしクリストファーがいつ強硬手段に出てもおかしくはない以上、あまり時間を掛けるのもな。

 チードルの戦闘力を詳しくは知らないが、クリストファーが本気になった場合に対応するのは難しいのではないだろうか。

 そして何よりイザベラの状態だ。ルビーのカードを信用するならタイムリミットがあるようだし、やはり取るべき選択肢は……。

 

 

 

 

 

 

 

 絶状態で里を駆ける。人目を盗む身としては月明かりすら厭わしい。雲が掛かっていてよかった。

 俺が選んだのは②リスクを承知で神殿に侵入する、だ。

 時間もないし、いつまでチードルの念が持続するかも分からないしね。操作系対策だけなら俺もできるが、問題はそれだけじゃないからな。

 

 神殿に着いた。一応、誰にも見つかってはいないと思う。ただし監視系の発を考慮しなければ、だ。ぶっちゃけそこまで対応するのは現時点では非現実的だから妥協するしかない。

 

 出入口は正面のみ。鍵は……掛かっていない。中に人の気配もない。

 

 両開きの扉の片方を少しだけ開け、様子を見る。

 

「……」

 

 特に何もないし、起きない。行くか。

 神殿に入る。中は伽藍(がらん)としている。高い天井の丸っこいホールといった感じだ。床も天井も基本的には白で統一されている。

 その中で一際存在感を示しているもの──例外的な黒が1つ。中心部に鎮座する大きな黒い像──おそらくは神像──だ。

 雲が流されたのか、幾何(いくばく)かの月光が訪れた。ステンドグラスにより歪められ、ある種の地獄を想起させる禍々しさを醸し出す。

 

 黒い像に近づく。まるで像の闇が浸食したかのように周囲のタイルも黒。

 

「“いかあおいあお”、か」

 

 像は人間を模しているようだ。批判を恐れずに言えば、“黒いキリスト”だろうか(別に(はりつけ)ではないが)。そして台座には“いかあおいあお”様とある。

 

 今一度、神殿内を見回す。特に気になるところはないな、像以外は。

 しゃがんで床を調べる。コンコンと軽く叩くと黒いタイルと白いタイルでは音が違う。円を床下方向に展開するとはっきりと分かる。隠し通路だ。地下へと続く階段が像の下にあるようだ。

 

「へっ、子ども騙しだな」

 

 もっと巧い嘘をつけよな。

 

 内部に何もない時点で隠し扉や通路の存在は疑っていた。こんなあからさまに怪しい建物が本当に何もないなんて思えなかったからな。

 で、どこに隠し要素があるかを考えた時、目についたのが床の黒いタイルだ。なぜなら黒のタイルを開閉部分にすれば、可動する構造上多少は発生してしまう境目の不自然さを誤魔化せるからだ。別の言い方をすると、開閉部の境目を黒タイルと白タイルのそれと重なるようにしてカモフラージュしている、となる。

 

 黒いタイルを隈無く観察すると、やや不自然な穴を見つけた。指が1本入る程度だ。

 念のためオーラを指に集める。そして、その指を穴に入れ、タイルを持ち上げようとすると……。

 

──ギィィ……。

 

 耳障りな音と共にタイルが開く。地下へと続く階段が顔をのぞかせた。

 手首の十字架模様をなぞる。頼むぜ。

 

 階段へと足を踏み出した。

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

 サンビカ・ノートンにとって最大にして唯一の幸運は、チードルから発を掛けてもらっていたことだ。

 おかげで洗脳系能力をはね除けられた。

 また、Fの会が所有するウィルスに対してチードルの発が有効だったことも大きい。これにより自らの発に頼らずともそれに感染する悲劇を(まぬが)れることができた。

 一応、自らの能力である『感染する愛玩(エゴ インフェクション)』による感染回避もできそうではあったが、こちらは失敗のリスクがあるうえに、失敗した場合ただ感染する以上のデメリットを負うことになる。物が物だけに危ない橋を渡らずに済んだのはやはり幸運と考えるべきだろう。

 しかし他に幸運は皆無だった。教祖クリストファーが見かけ以上に強かったことや、彼がサンビカの持つ情報及びサンビカ自身に利用価値を見い出したことが特にツイてなかったと言える。

 

 武器や念の補助用アイテムの存在を警戒され、衣服は全て剥ぎ取られた。加えて身体も隅々まで調べられた。

 

 そして拷問が始まった。その手法は、操作系念能力によらない以上、極めて伝統的なものだ。それは当然のように多大な苦痛を伴う。

 そうして徹底的に心身を疲弊させられ、正常な思考能力が奪われていく。

 

「はぁはぁ……」

 

 神字が刻まれた拘束具が怨めしい。ただの拘束具ならば力任せに引きちぎることも可能だが、尋常でないオーラが込められた神字がそれを許してはくれない。異常な頑強さに加えオーラを吸収する機能があり、事実上、弱々しい纏以外のオーラ操作を制限されるのだ。膂力自慢の怪人でも破壊は難しいだろう。

 

 このままでは長くは持たな(い)……。

 

 どうやらクリストファーはサンビカをハンター協会への取引材料並びにいざという時(・・・・・・)の保険にしたいらしい。そのため完治不可能なタイプの傷はつけられていないが、だからといって楽なわけがない。というか医学に精通したクリストファーであるから効率的に苦痛を与えてくる。そして医者であるサンビカにもそれがよく分かってしまう。

 

 でもどうすることもできな(い)。

 

 現状できることは、心配しているであろうチードルが上手く助け出してくれることを期待して、歯をくいしばって堪え続けることだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 何日経っただろうか。

 サンビカの時間感覚は曖昧になりつつある。

 

 カツカツカツと硬質な音が通路に反響している。クリストファーが来たのだ。

 サンビカの身体が強張る。これからまた堪えねばならない。辛い時間が始まる。

 

 しかしサンビカの予想に反する、そして予想以上に最悪な事態を目の当たりにしてしまう。

 

「チードルさ(ん)……っ!」

 

 チードルは猿轡(さるぐつわ)、目隠し及び手首の拘束具のみを着用した出で立ちでクリストファーの前を歩かされていた。

 サンビカの声にチードルが反応する。だが、くぐもった呻き声を上げただけで意味のある言葉を発することは能わなかった。

 

 ここまでな(の)……。

 

 チードルの下準備(・・・)によっては、まだ逆転の目があるはずだ。そんなことはサンビカにも分かっている。

 けれど、医者としてもハンターとしても尊敬する先輩の無惨な姿は、サンビカの心に看過できない痛みを与えた。

 

 辛い拷問に堪えていた精神が、パラパラと崩れていく音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 おそらくは隣の牢にチードルが繋がれた日の晩、絶望にほとんどの自我が呑まれ、希死念慮(きしねんりょ)すら抱き「もう目覚めなければいいのに」と思いながらサンビカは眠りについた。

 

 そして数時間が過ぎたころ、カチャカチャと妙な音に目が覚めた。

 

 疲労と栄養不良により意識がなかなか(まと)まらない。

 

 また拷問(ん)……。

 

 しかし体液と排泄物に(まみ)れた専用の椅子に座らされる兆しはない。いつもならばすぐに引き上げられ、椅子に叩きつけられるというのに。

 

「うわぁ、……ぐ……なぁ」

 

 ? 誰?

 

 初めて聞く声だ。

 

「外傷……動……ほどで……ようだけれど……。ごめんね」

 

「!」

 

 今度はチードルの声。

 ここでようやく視界がクリアになってきた。

 

「チード……ル、さ(ん)」

 

 チードルの顔を認識し、涙が滲んでしまう。

 

「ほら、とりあえずこれを羽織(はお)りな」

 

 もう1人の方、細身の男性がジャケットを差し出してきた。そういえば裸だった。それどころではないから忘れていた。

 ジャケットを受け取り、はたと気づく。拘束具が外されている。手首を見ると抉れた皮膚とチードルの十字架が確認できた。

 2人に視線を移す。男性が鍵の束をクルクルと回していた。彼が鍵を入手したみたいだ。

 

「ありが、とうござ、いま(す)」

 

 渇いた口では喋りにくい。

 サンビカが男性を見ているのを察したチードルが口を開く。

 

「サンはエヴァンとは初対面だったわね。でも、あなたも聞いたことがあるはずよ」

 

「?」そう言われても分からない。

 

 誰だろ(う)?

 

「この男があのミステリーハンター、エヴァン・ベーカーよ」

 

「!」

 

「その呼び方やめれ」

 

 そうか、そういうことだったの(ね)。

 

 どうやらまだ負けていないようだ。

 随分と久しぶりに笑みが浮かんだ気がした。

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

 まず「いかあおいあお」を五十音の順番に対応する数字に変換する。そうすると「2615215」になる。これをさらに「『26』『15』『2』『1』『5』」に細分化。最後にこれらの数字を英語のアルファベット順に応じ、入れ換える。

 

「『Z』『O』『B』『A』『E』」

 

 そう、「ゾバエ」だ。

 つまり、(素直に解釈するならば)Fの会が所有するというウィルスはゾバエ病のものだと考えられるのだ。

「F」の文字に関しても「2615215」を同様の手法で変更すれば浮かび上がってくる。単純に数字を1つずつローマ字へ置き換えるだけだ。すると「BFAEBAE」になる。この中で重複しない文字は「F」のみ。

 これら2点を単なる偶然とみなすのは些か楽観にすぎる。

 クリストファーが何を考えているか正確には分からないが、ゾバエ病に固執していることは確かだろう。

 

 さらに、ジャクソンの「“いかあおいあお”様に認められた」との発言と、理念にある「平和な世界に相応しい人間」の概念から、その人間とはゾバエ病に罹患した人間のことだと推理できる。

 ここからもう1つの無視できない可能性が顕在化してしまう。

 

 則ち、教祖クリストファーがゾバエ病ウィルスの感染をコントロールできる可能性だ。おそらく感染だけでなく病状や患者の行動も操作できるのではないだろうか。

 如何にして五大厄災を制御するほどの力を得たのかは……。

 

 

 

 

 

 

 

「な!? ゾバエ病ですって!?」

 

 ある程度は真実を掴んでいたサンビカの申告に、チードルが声を(あら)らげる。

 

「チードル、声抑えて」

 

「あ、ごめん」ばつが悪そうに言ったチードルは、しかし納得はできないらしく「でも」と続ける。「五大厄災よ? そんなことってあるの?」

 

 信じられない気持ちは分かる。つーか信じたくない。

 とはいえ現実から逃げ続けていたら大体詰む。悪いが悠長に話してもいられない。かいつまんで俺の推理を説明する。

 聞き終わったチードルが深刻な面持ちで呟く。

 

「どうすればいいのよ……」

 

 通信が遮断された軟禁状態だ。チードルの反応も当然だろう。

 ……一応考えはある。ただしギャンブル性を除去しきれていない。

 

「実はここに来る途中で二股の分かれ道があった」

 

 “ここ”とはチードルたちが囚われていた牢屋が並ぶ通路のことだ。

 ちなみに分かれ道は原作ファンとしてあえての左を選択した。2人を助けられたので結果オーライである。

 

「思うに、もう1つの通路はウィルス関係の部屋に通じてるんじゃないか?」

 

 これにサンビカが肯首する。

 

「そうで(す)。私はその先でゾバエ病患者らしき人たちを見まし(た)」

 

「やはりか。それなら話は早い。そこに行き、この里を覆う結界の術者を叩くぞ」

 

 脱出経路も隠れられる場所も助けを呼ぶ方法もない以上、攻めるしかない。

 

「? どうして術者がそこにいると思うのよ?」

 

 チードルが疑問を口にする。

 一方、この里に一番長くいるサンビカには思い当たる部分があったのか、顎に指を当て険しい表情をしている。

 

「里にいる信者は発の完成後すぐにこの神殿で最終試験を受け、それに合格すると“いかあおいあお”様から恩恵を貰い、新たな世界に相応しい人間になるらしい。さっき言った通り“新たな世界に相応しい人間”とは“ゾバエ病に罹患した人間”だと考えられる」

 

 確かにゾバエ病患者だけなら争いのない世界になるかもとは思うけどさ。認めたくはない。

 だって絶対に探偵の需要ないでしょ? つまりミステリーもないってことじゃん。許せないっすね。

 

 探偵として推理を続ける。

 

「裏を返せば、里側の念能力者のうち、完全な発の行使が可能な人間は、クリストファーを除けばゾバエ病患者しかいないということになる。そしてクリストファーの能力はまず間違いなくウィルスの操作をメインに据えた構成になっているはずだ。つまり転移能力と結界能力はゾバエ病患者のものである可能性が高いと言える。で、そのゾバエ病患者がいるのは──」

 

 俺の発言をチードルが引き継ぐ。

 

「もう1つの通路の先……。でも待って。ゾバエ病患者に協力なんて……あ!」

 

「気づいたようだな。クリストファーはおそらくゾバエ病患者の操作も発に組み込んでいる」

 

 ここでサンビカが情報を追加。

 

「私が戦ったのは鏡を具現化する能力者──ゾバエ病患者らしき黒い男性でし(た)……」サンビカが俯く。「私のV's(ブイズ)では、もう1人の患者さんとクリストファーさんまで手が回りませんでし(た)」

 

 なるほど。やはりクリストファーは感染と患者を操作できるようだ。

 今度はチードルが尤もな疑問を述べる。

 

「罹患した信者以外にクリストファーの部下はいないの?」

 

 それについては断定するだけの情報がないんだよなぁ。

 

「いないと断言はできないが、少なくとも俺はそれらしき人物を見ていない」

 

 俺を追うようにサンビカが「私も同じくで(す)」と頷く。

 

「これだけじゃ根拠として弱いのは俺も分かっている。もしかしたら裏方に徹しているだけかもしれないしな」

 

「だったら」

 

「なぁ、チードル」意図的に被せる。「チードルはクリストファーの中にいるアレ(・・)をどう思う?」

 

「……恐いわ。アレはおそらく──」

 

「ああ、俺もそう思う。アレからは世界への、全ての人間への憎悪や怨嗟、猜疑の()を感じさせられる」

 

 あるいは痛哭(つうこく)の旋律。

 

「そしてその思いが、人間らしさを奪うゾバエ病の感染拡大計画へと繋がっているように見える」

 

「……」

 

 まぁ、真意は正確には分からないが、いずれにせよ。「そんなもん抱えた奴が、発という凶器を持った人間を人形化しないまま使うと思うか? 俺はあんまり思わない」

 

「……そうね」

 

 世の中には、自分の大切なもの(テリトリー)を脅かしうる存在に対して、完全支配か完全排除(100か0)のいずれかしか選べない人間がいるんだ。クリストファーも、いや彼の中にいる彼女(アレ)もそういう人種──精神状態なのだろう。

 ただ、現実的な問題として念の限界から来る完全性の綻びはあるはず。俺が今もこうして軟禁状態で済んでいることがその証拠だ。その隙を上手く突ければいいが……。

 

 難しい顔をしていたチードルの纏うオーラが変わる。迷いが消えたようだ。

 

「分かったわ。行きましょう。正面から戦えば強化系が最強ってとこを見せてあげるわ→特質系さん、具現化系さん」

 

 あ゛? 特質系ディスってんのか? コート貸すのやめて素っ裸でステゴロやらすぞ?

 

 


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