【完結】ハンターハンター世界で転生者が探偵()をする話   作:虫野律

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※14話~22話まで連続投稿です。


機械仕掛けのティンカー・ベル [弐]

“モンティ・ホール問題”

 

 これは確率論の問題……ではあるのだが、人の感覚と論理的な解答の間に隔たりが存在する、所謂パラドックス的な要素も含んでいる。

 問題の前提(景品ゲットのゲーム)を実際の流れに沿って簡単にまとめる。登場人物は問題提供者1人と解答者1人だ。

 ①3つのドアの裏にはそれぞれ「景品(当たり)」「ヤギ(ハズレ)」「ヤギ(ハズレ)」がランダムに置かれる(当たりのドアを開けるのは最後)。

 ②解答者は3つのドアから、当たりのドアを予想して1つを選ぶ。

 ③問題提供者が、解答者の選ばなかったドア2つから1つを除外する。この際、除外されるドアは必ずハズレでなければならない(=ハズレのドアを開ける)。

 ④解答者は、①で選択したドアから③で除外されなかったドアへ当たりの予想を変更することができる(変更しなくてもよい)。これは問題提供者が必ず伝えなければならない。

 

 さて、解答者がドアを変更した場合とドアを変更しなかった場合のどちらが景品をゲットできる確率が高いだろうか? 

 この問いがモンティ・ホール問題の核であり、数学者の論争を招いてしまった発端だ(厳密にはゲームルールに関する誤解、説明不足が論争の主な原因)。

 

 結論から述べる。答えは「変更した方が確率が高い」だ。 

 一見すると変更してもしなくても景品ゲットの確率は変わらないように思える。しかし冷静に考えると間違いだと分かるはずだ。

 具体的には「変更しない場合の当たる確率は3分の1」で「変更した場合の当たる確率は3分の2」だ。

 なぜそうなるのか。

 それを理解するには③が重要になってくる。

 解答者が1回目の選択で当たりのドアを選べる確率は3分の1である(=1パターン)。対して、1回目でハズレを選べる確率(・・・・・)は3分の2だ(=2パターン)。仮に解答者がドアを変更しなかった場合は、この1回目の当たる確率がそのまま最終的な景品ゲットの確率になる。

 一方、変更した場合は、1回目でハズレを選べる確率が最終的な景品ゲットの確率になる。なぜならルール③で問題提供者が必ずハズレを除外する(=当たりが残される)、つまり1回目の選択でハズレを引くことができれば変更後は必ず当たりを引けるからだ。

 言い換えると「ドアを変更するならば、1回目で当たりを選んだ場合(1パターン。3分の1)は景品をゲットできず、1回目でハズレを選んだ場合(2パターン。3分の2)は景品をゲットできるから」となる。

 

 以上から変更した方がお得なんだ。……そのはずなんだけど、昨夜、サトツがした説明は違った。

 

 則ち、ドアを変更しても第四層クリアにはならない。

 

 サトツは「数学的には正しいはずですが、悪魔の求めるものではなかったようです」と言っていた。これが問題点の1つ目、数学的な正解が正解たり得ないということ。

 

「慧眼」の遺跡第四層は、前世でのモンティ・ホール問題と同じ構造の質問(クイズ)が悪魔からなされるものだった。大きな違いと言えば、景品のあるドアを選ぶのではなく「景品(遺跡では次の階層への階段)がある確率の高いドアを選べ」と言われる点くらいだ。

 1回目の挑戦者はドアを変更した。結果、失敗し大脳が機能しなくなり、つまりは植物状態になった。

 2回目の挑戦者は、あろうことか悪魔に直接攻撃を仕掛けた。そして悪魔に触れることすらできずに敗北。全ての五感を奪われ完全な闇に落とされることとなる。

「念能力が存在しなければこの2人から情報を引き出すことはできなかったでしょう」とはサトツの言だ。

 ちなみに、これは「慧眼」の試練に共通するらしいんだけど、試練の部屋には砂時計があり解答まで3分しか時間が与えられないそうだ。

 3分以内に答えなかったらどうなるか? 

 そのときは沈黙そのものが解答扱いになる。つまり大抵は不正解になり、何らかのペナルティが科される。……そう、失敗した人間の話からも分かるとおり3回目に失敗したとき以外にもそれなりにエグいペナルティがあるのだ。

 こういう説明不足がモンティ・ホール問題を論争の火種たらしめたというのに、まったくいけませんなぁ……、と初めは思ったけど、よく考えたら、どうせ3回目なんだからそれ以前にペナルティがあったかどうかは重要じゃない。そういう無駄な説明をしないところはとてもいいと思いました(手のひらクルクルーマウンテン)。

 

 現在の「慧眼」の試練においては嘘を見破ることが肝。それは以前の挑戦者も分かっていた。第一層から第三層をクリアする過程でその情報が明るみに出ていたからだ。

 しかし制限時間内に確信できる解答に至ることができず、苦し紛れに数学や暴力に頼ってしまった。その結果が身体機能の剥奪。怖い怖い。

 

 だが勝算はある。昨日に引き続き今日もサトツに協力してもらい、嘘発見器(笑)の発動を確認した。「嘘つき! 嘘つき!」と、いつもの電子音がしっかりと聞こえたよ。

 なお、お願いした発言内容は「私はロリコンです」である。その時のサトツの顔に吹き出しそうになったのはここだけの秘密だ。

 

 

 

 

 

 

 

 挑戦回数が制限されていること及び失敗時のデメリットが甚大なことを受け、オチマ連邦はハンター協会と請負契約を締結(ていけつ)し、遺跡への立ち入り及び挑戦を制限している。

 というわけで顔全体に刺青(いれずみ)を入れた女──協専ハンターが遺跡の入口で見張っている。お疲れ様です。

 林から俺たちが現れると、まずサトツへ視線を送り「うむ」と頷く。次に俺を見る。で、固まる。なんでやねん。

 

「な! エヴァン・ベーカーだと!?」

 

 えぇ、なにその反応。

 

 刺青女が再度サトツへ顔を向ける。「どういうことだ?」

 

「私が個人的にお手伝いをお願いしただけですよ。頂いた『悪魔の塒』挑戦許可証の備考にも『挑戦者は、その裁量により、プロハンターその他の念能力者を試練に同行させることができる。ただし、同行者が遺跡内で行ったことに起因する全ての事象について、挑戦者は同行者と連帯して責任を負う』とあり、何等(なんら)問題はないはずです」

 

 初耳である。全てに連帯責任とかいうパワーワードよ。損害賠償のときは頼みますぜェ、旦那ァ。ヘヘ。

 

 サトツの言葉を聞き、納得したのかしていないのか、刺青女は曖昧に眉をひそめる。

 

「……話は分かった。だが同行者を選任するつもりがあるならば許可申請の段階で報告すべきじゃないか?」

 

 手続きは知らんが、刺青女がプンプンしているのは明白である。

 やめて! 俺のことで争わないで! ……みたいな気持ちだ。だって気まずいんだもん。

 

「許可が下りてからエヴァン君を知ったのですよ」

 

──嘘つき! 嘘つき!

 

 この人、しれっと嘘ついたよ。なかなかやりおる。

 

「どうだか」しかし刺青女は疑っているようだ。「まぁいい。今ここで言い合っても水掛け論にしかならんからな」

 

 なんか見た目のインパクトに反して、常識的っつーか理性的っつーか、そんな感じの女だな。なお、高圧的ではある。

 その常識的刺青女の纏う雰囲気が変わる。澄んだ真剣味に少量の泥が混ざったような、良くも悪くも人間らしいものへと。

 

「死ぬなよ」

 

 刺青女が少しだけ小さな声で言った。サトツに、あるいは俺に。

 さらに続ける。

 

「エヴァン・ベーカー」

 

「?」

 

 目を見る。

 

「『慧眼』は貴様向きだ──」女が何かを続けようとして。「──っ」しかし言葉にすることはなかった。

 

 複雑な事情でもあるのだろうか。

 詳しくは分からないが、なんとなく自分自身を抑圧しているように見える。幾つかの感情がない交ぜになっている感じかな。

 その中で目立っているのは不安と期待?

 断定はできない。流石に思考そのものを読み切ることはできないから。

 でも、ま! ここは余裕をかましてやるか。

 

「サクッとクリアしてきますよ。楽しみにしててください」

 

「……ふん」

 

 デレのないツンデレかな? 顔面刺青で何やら抱えてそうなツンデレ(?)……。やっぱインパクト強いわ。

 つーか「『慧眼』は貴様向きだ」って高確率で嘘発見器(笑)がバレてるやん。特質系にとって能力バレは致命的なんだよなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 第四層は地下4階と考えられている。

 断言できないのは、この遺跡なら「異空間です」と言われても違和感がないからだ。遺跡内と外の通信が完全に遮断されていることも、この場所の異質さを強めている。

 一応、下方向への階段を下りているから地下だとは思うけどさ。

 

 階段が終了し、1つの扉に突き当たった。

 サトツが変わらず落ち着いた趣で言う。

 

「着きました。この扉の向こうに悪魔がいます」

 

「ええ。感じますよ。ヤバいオーラの塊が佇んでますね」

 

 ビデオゲームで言うとボス部屋の前って感じ。しかしこの試練(ゲーム)にセーブポイントは存在しない。そして一度部屋に入ると試練が終わるまでは外に出られなくなる。

 

 (おもむろ)にサトツ。

 

「覚悟はいいですかな?」

 

「勿論。いつでも大丈夫です」

 

 サトツが頷く。「開けます」

 

 外開きの扉が開かれた。

 

 何もいない……?

 

 石造(せきぞう)の壁に囲まれた部屋には何もないし、誰もいない。さっき感じたオーラも扉を開けた瞬間に消滅した。

 

「サトツさん」

 

「……おそらく部屋に入らないと姿を現してくれないのでしょう」サトツの現実的な推測。「入りましょう」

 

 俺が肯首したのを認め、サトツが部屋へ足を踏み入れる。すぐに俺も続く。

 

 バン、と音。サトツとほぼ同時に後ろを振り返る。扉が閉まってい──突然、強烈な気配が部屋の奥に出現。

 

「皆様! 新たな挑戦者のご登場です。盛大な拍手でお迎えしましょう!」

 

──パチパチパチパチ……!!

 

「!?」

 

 場所が変わっている!? しかもなぜか観客がいるし、なんだこりゃ。

 俺たちがいるのはテレビ番組で見るようなステージの上。観客席には数えきれないほどの……え?

 

「マネキン……?」

 

 のっぺりとした顔の、大量のマネキンのようなものが俺たちを観ていた。彼ら彼女らに眼球はない。しかし観られていると明確に理解できる。不思議な感覚だ。

 

「今夜のクイズショーは3回目。もう挑戦者チームには後がありません! どうか皆様、応援の意味を込めて成功に賭けてくださいませ! そうすればワタクシの1人勝ちです!」

 

──HAHAHA!

 

「はは……」

 

 思わず乾いた笑いが出る。

 

「エヴァン君。大丈夫ですか」

 

 サトツに心配されてしまった。すまん。

 

「……少し驚いてしまいましたが大丈夫です」

 

「それは失礼しました」

 

「いえ、ありがとうございます」

 

 気を取り直して先程から司会者のようなことをしている悪魔を視る。

 凄いオーラだ。とにかく濃い。ひたすらに濃密なんだ。そうとしか言えない。

 見た目的には……眼球部分に宝石(ガラス玉?)を入れたマネキンだ。それがスーツを着こなしていて、パッと見、人間に近いように思えなくもない。しかし肌の質感はチープそのもので、彼(彼女?)が人形に近い存在であると主張している。

 そんな悪魔が奥行(おくゆき)のあるステージの後方でフワフワと浮きながら、ステージ前方にいる俺たちと観客を見下ろす。

 

「さぁ! ショータイムと行きましょう!」

 

 悪魔(?)が完璧な指パッチン(フィンガースナップ)

 すると空間に気持ち悪いくらい真っ直ぐな亀裂が入り、悪魔と俺たちの間に砂時計と3つのドアが産み落とされた。ドアは普通にステージに置かれているが、砂時計は当たり前のように空中を漂っている。

 

「『慧眼』を自称する挑戦者よ。ワタクシを認めさせてみせよ! さぁ、準備はよろしいか? ワタクシは準備万端なのでクイズスタート!」

 

 こ、こいつ。「なぜ訊いた!」とツッコミを入れる隙すら与えず自分の都合で始めやがった。

 悪魔か! ……悪魔だったわ。

 

 その悪魔が滑らかに舌を踊らす。

 

「ここにある3つのドアのうち、1つだけが次の階層(ステージ)へ続く階段に繋がっている。残り2つはなーんにもない深淵だぁ。さぁ、自身の直感を信じ、ドアを1つ選ばれよ!」

 

 悪魔が言い終わるや否や砂時計がクルリと反転した。残り時間が減り始めたのだろう。

 

 サトツに「何か分かりましたか?」と問われる。が、ここまで気になる点はない。嘘発見器(笑)も反応していない。

 この選択はクイズの本質的要素(ターニングポイント)ではないのだろう。前挑戦者の情報によるとモンティ・ホール問題類似のクイズが出されるはず、というのもあるが、何よりの根拠はここが「慧眼」の試練──嘘つき悪魔の──であることだ。「慧眼」であればターニングポイントには「嘘」が絡む。だから「嘘がない=本質的要素ではない」と判断できる。

 

 つまり時間を掛けて考える必要はない。単なる同確率の3択であり、ターニングポイントへの前座。テキトーでいい。

 

「ここは本当に直感で問題ありません」サトツに言う。「私が選んでもいいですか?」

 

「……」サトツが数秒ほど顎に手を当て沈黙。しかし最終的には首を縦に振る。「お願いします」

 

 じゃあ俺たちから見て左端のやつにしよう。

 

「決まった!」悪魔に向かってはっきり言う。「一番左のドアだ!」言った瞬間、砂時計が固まる。

 

 悪魔が大仰な身振りで騒ぎ出す。

 

「皆様! お聴きになりましたか? 選択は左! なんと愚かなことでしょう! この人間どもは左がお好き! なんと蒙昧(もうまい)なことでしょう! その目玉はお飾りに違いありません!」

 

 ここで悪魔はわざとらしく「はっ」とした顔をする。

 

「ワタクシとしたことが!」悪魔が自身の眼窩(がんか)へ指を入れ、眼球──青い宝石を抉り出す。「お飾りなのはワタクシのお目々(めめ)でした!」青い宝石が握り潰される。

 

──heHeHahAHEHa!

 

 不協和音じみた笑い声。観客が沸いている。

 笑いのツボが分からん。

 

「ん?」

 

 砕けた宝石の欠片が集まり出した。そして鳥──(ふくろう)を形作り、俺たちから見て一番右の──悪魔から見て一番左のドアへと飛んでいく。……おいおい。

 

 これって梟の止まった、俺たちから見て右端のドアを選択したことになってるんだよな、多分。

 俺の言い方が悪かったのもあるが……。

 しかし故意である証拠はない。

 

「すみません。次はもっと限定的な表現にします」

 

 どれを選んでもよかったから実質的なダメージは0だが、ミスであることに違いはない。サトツに謝っておく。

 

「いえ、お気になさらず」サトツに俺を(なじ)るつもりはないようだ。「それよりも」

 

 促され、悪魔へ意識を向ける。

 そして悪魔が次の質問を始めた。

 

「盲人たる挑戦者よ! 覚悟は良いか? いよいよ運命の分かれ道だぁ!」悪魔がまたしても綺麗に指を鳴らす。

 

 パチンという音と同時に、梟が止まっていないドアの1つが、先程と同じ亀裂に吸い込まれる。

 

「今、ワタクシはハズレのドアを1つ除外しました」

 

 悪魔が見ているのは俺たちではなく観客。が、不意にこちらへ眼窩を向ける。

 

「さて、愚鈍なる挑戦者よ! 慈悲深きワタクシがチャンスを与えよう。則ち! 選択したドアの変更を認める! 『慧眼』を自称するならば、残り2つのドアから見事次の階層(ステージ)へと続く確率の高い方を選ばれよ! そうすれば第四層(ゲーム)突破(クリア)だぁ!」

 

──嘘つき! 嘘つき!

 

「っ!」

 

 来た! 見つけたぞ、真っ赤な嘘を!

 

 最近、嘘発見器(笑)の性能が上がっている。今のこいつなら発言中のどこに嘘があるかを正確に見抜くことができる。

 悪魔の嘘、それは「残り2つのドアから見事次の階層(ステージ)へと続く確率の高い方を選ばれよ! そうすれば第四層(ゲーム)突破(クリア)だぁ!」の部分だ。

 

「サトツさん。嘘がありました。『残り──突破(クリア)だぁ!』だけが嘘です」

 

 サトツにも情報を伝える。

 

 砂時計の砂がサラサラと流れていく。残り2分ちょっとくらいか。

 焦るな。嘘は分かっている。あとはジグゾーパズルを組み立てるように真実を探すだけだ。

 

 嘘の裏に潜む真実の主なパターンとしては次の4つが考えられる。

「①2つのドアのどちらかに階段はあるが『Aどちらを選択してもクリアにはならない』()しくは『B確率の高い方を選択してもクリアにはならない』」又は「②確率の高い方がそもそも存在しない(=Cどちらにも階段がある()しくはDどちらにも階段がない)」の4つだ。

 

 考察していく。

 最初の挑戦者が確率に頼り失敗した以上、①Bは正しいはずだ。

 では確率の低い方を選べばいい? いや、待て。①前半の「2つのドアのどちらかに階段はある」が正しい根拠は……あるな。

 嘘発見器(笑)が反応したのは先程の発言のみ。つまり、悪魔の「今、ワタクシは『ハズレ』のドアを1つ除外しました」との発言を始め、嘘発見器(笑)が反応したポイント以外の箇所では嘘がなかったことになる。であれば3つのドアのうちの1つが階段に続き、そこからハズレを1つ除外したのだから残された2つのうちの1つが階段に繋がるはず。

 やはり①Bは正しいように思える。じゃあ確率の低い方が正解? 一旦保留して他を検証する。

 

 ①Aはどうだろうか。どちらも駄目ならどうすれば正解になる? このゲームの真のテーマはドアの選択ではないとか? んー。分からん。なら次。時間がない。

 

 ②はC、Dいずれも嘘発見器(笑)を信じるならばあり得ない。

 

「……」

 

 ここまでの情報から結論を出すと「確率の低い方=ドアを変更しない」が一番信頼できる選択になる。

 

 だがこんなに単純だろうか? 

 

「残り1分ほどですが」サトツだ。「私にはお手上げです。エヴァン君は……」

 

 砂時計は残り3分の1。悪魔の表情は読めない。

 

「すみません。ギリギリまで考えさせてください」

 

 視点を変えよう。

 悪魔の人物像から有益な情報を探してみる。

 第1に自己中心的でマイペース。自分のペースで試練(クイズ)を始めるわ、俺が左と言ったときには迷わず自分から見た左と解釈するわ、と簡単に察せられる。

 第2に人間を見下している。事あるごとに蒙昧とか愚かとか言ってくるから可能性はあると思う。物理的に上にいるのも人間と同列だと思いたくないからなのかもしれない。

 性格としてはこんなもんか。

 

 他の情報は……何やらゲーム失敗に賭けている? まぁ、これは冗談かもしれないが。ただ、嘘発見器(笑)はそこを嘘と判断しなかった。なら、やっぱり実際に賭けている? それなら割と本気で負けさせ……た、い……。

 

「……っ!」

 

 ある可能性に気づいてしまった。心臓が跳ねる。落ち着け。裏を、矛盾の有無を検証しろ! 悪魔の発言を思い出せ!

 脳内を情報が駆け巡る。全てを漏らさず、逃がさず──!

 

「……ない」

 

 矛盾はない! 俺の推理を否定する要素も──ない! 行けるか!?

 

 時間は……!?

 

 砂時計を見る。10分の1も残っていない! あと10秒ちょいくらいか!

 

「エヴァン君!」サトツが鋭く。「答えが出ないならば私が──」

 

「サトツさん!」語気強く、遮る。「頼む! 俺に賭けてくれ!」

 

「っ!」俺の鬼気迫る様子に何かを感じたのかサトツが息を呑み──。「いいでしょう! 全てを賭けます!」

 

 ありがとう。

 そして俺は、砂が落ちきる直前、悪魔に向かって宣言した。

 

「階段はお前が除外したドアにある!」

 

 砂が止まる。ギリギリだ。本当にあと10粒も残っていない。

 悪魔が笑う。その顔に口などないが、それでも笑みを張り付けている。

 

「……」

 

 沈黙。悪魔はただ微笑みを携えるのみ。何かを言うつもりはないようだ。

 こちらも笑う。笑ってしまう。

 なぜなら悪魔のこの行動は俺の推理が当たっている可能性が高いことを示しているからだ。

 唇を舐める。

 

「解答を続ける(・・・)!」

 

 そう。まだ解答としては未完成。悪魔の求めるものは他にもある。

 

「……」悪魔は黙したまま。

 

 しかし今はその沈黙が好ましい。

 

「お前には俺の推理を聞いてもらう。構わないな?」

 

「……」

 

 沈黙は肯定とみなすってな。

 

「まず除外したドアが階段に繋がるとした根拠だ。それはお前の自己中心的な言動及び価値観、『今、ワタクシは“ハズレ”のドアを1つ除外しました』の言葉が真実であること、そして『残り2つのドアから見事次の階層(ステージ)へと続く確率の高い方を選ばれよ! そうすれば第四層(ゲーム)突破(クリア)だぁ!』の発言が嘘であることの3つだ!」

 

「……」

 

「ここで注意すべきはお前の発言はお前の価値観により解釈すべきという点。普通はこのゲームで『ハズレ』と聞けば『階段のないドア』だと解釈する。しかし、お前の価値観というフィルターを通せば『ハズレ』とは『悪魔であるお前にとってのハズレ』則ち『俺たちにとっての当たり──階段へと繋がるドア』になる」

 

 悪魔が笑みを深め、暗い眼窩が歪む。

 

「残されたドアに正解なんて初めからなかった。だから『残り2つ』から始まるお前の発言はまるっきりの嘘。どちらを選ぼうと不正解の意地の悪い罠だ。いい性格してるぜ」

 

 まさに「俺でなきゃ見逃しちゃうね」ってやつだ。

 

「さらに!」まだ終わらない。悪魔が求めるものはまだある。「お前の『“慧眼”を自称する挑戦者よ! ワタクシを認めさせてみせよ(・・・・・・・・・・・・・)! さぁ、準備はよろしいか? ワタクシは準備万端なのでクイズスタート!』の言葉! クイズを始める前の『認めさせろ』との発言は、このクイズの本来の目的、つまりはクリアの方法を示唆していたんだ」

 

 俺は「認めさせてみせよ」をやや広めに解釈した。階段のあるドアを当てるクイズであることから、最初は「認めさせてみせよ」=「階段のあるドアを当てろ」であると理解した。

 しかし、だ。

 このゲームのドアは3つしかないのだから、(除外されているとはいえ)偶然でも当たってしまうかもしれない。

 そんなラッキーパンチを許容するだろうか? この意地の悪い悪魔が? ない。そういった寛容さをゲームに織り込むはずがない。

 

 そこで俺は、この遺跡が「慧眼」と呼ばれ、また、悪魔の口から出た「慧眼を自称する挑戦者」の言葉から「慧眼」に相応しい解答でなければならないのではないか、と考えた。

「慧眼」とは「本質や真意を見抜く優れた観察眼や洞察力」のことだ。

 そこからこのクイズゲームの本当のクリア条件を①悪魔の嘘を見破ること、②階段へと繋がるドアを当てること、③ドアを当てた根拠を正確な推理と共に悪魔に説明すること、④推理の説明がクリア条件であること及びその根拠を説明すること、の4つであると推測した。

 先程、悪魔が沈黙しているのを見て笑ったのは、その行動が「ドアが正解であること」及び「その根拠の説明を待っていること」を意味していると(かい)されたからだ。

 

 だから、だから今、言うべきは──!

 

「ゲームクリアの最後のピース──クリア条件は、お前に俺の()推理を披露することだ!!」

 

「……」

 

 1秒、2秒と静寂。

 

 ……あ、あれ? スベった? いやいやいやそんなはずは、と思った次の瞬間。

 

「!?」「!?」

 

 やにわに、ステージから元の石造の部屋に切り替わった。 

 部屋の中心には悪魔が1人にドアが1つ。

 

「正解だ。『慧眼』なる挑戦者よ」悪魔が、さっきまでとは打って変わって静かに言葉を紡ぐ。「このドアの先には、最終層、この『慧眼』最後の試練が待ち構えている。ワタクシが貴様らに肩入れすることは禁じられている故、大したこと言えないが、1つだけ忠告しておく」

 

 禁じられている、ね。

 

「ガエルはワタクシのように優しくはないぞ。心し──」突然、悪魔がバラバラに崩壊。

 

 は?

 

「酷いなぁ。吾輩はこんなに優しいのにぃ」

 

 いつ現れたかも、どこから現れたかも、どうやって現れたかも何故か分からない。そんなフランス人形──人間の子どもと同じ大きさ──が悪魔の部品を踏みつける。ぐりぐりぐり、と。

 

 彼女がガエルか?

 

 悪魔だったものを床に擦りつけるのをやめ、こちらに顔を向ける。

 

「はじめましてぇ。吾輩は『慧眼』を司る悪魔ぁ、ガエルでごさいますぅ」

 

 その瞳は美しき琥珀(こはく)──されど内部で蟲が(うごめ)いている様は生理的嫌悪感を掻き立てる。

 サトツが応じる。

 

「これはご丁寧に。私は遺跡ハンターのサトツと申します。こちらはミステ……私立探偵のエヴァン・ベーカーです」

 

「エヴァンです。……お手柔らかに」

 

「よろしくぅ」ガエルが気の抜けた声音で言うが──。「はいぃ。これは君たちの心臓でございますぅ」上品に、卑しく笑う──嗤う。

 

「っ!?」「──!」

 

 ガエルの小さな手には円柱形の肉塊──側面は赤く滴っている。

 自身の胸を触る──ポッカリと丸い穴。

 いつの間に抜いた? 発動条件は何だ? 何故俺たちは生きていられる? 

 ……駄目だ。分からない。

 何なんだこいつ。見た目はただのフランス人形なのに凶悪すぎんだろ──とでも俺が思ってるように見えてんだろうな、ガエルの顔から推察するに。ふふ。

 

「それではごきげんようぅ」ガエルが次の階層に続くドアを開ける。

 

「は? おいっ。待て!」

 

 制止しようと接近するが、俺もサトツも間に合わない──なんてな。

 閉められたドアを開ける。しかしそこにガエルはいない。ただ仄暗(ほのぐら)い階段があるだけだ。

 

「……まずいですね」

 

 と言いつつサトツの声は冷静だ。

 

 いえ、そうでもないですよ、と声に出して言いたいが、確率の悪魔が絶妙なタイミングで破壊されたことから遺跡内の会話はガエルに筒抜けになっている恐れがある。だからさっきから下手くそな演技をしているんだ。

 

「こうなってしまっては進むしかないかと」

 

 言うと同時に右手の人差し指を上げる。これは密談の合図だ。指の先には隠を施したオーラ文字で“心臓は幻。監視を警戒し演技中”と記している。

 

「それしかありませんね……」

 

 サトツも言葉とは別にオーラ文字にて“承知しました。私も合わせます”と。

 

 先程ガエルが「はいぃ。これは君たちの心臓でございますぅ」と発言した時に嘘発見器(笑)が反応していた。さらに彼女の持つ肉塊とバラバラになった確率の悪魔を指す矢印──俺にしか見えない──も出現して対象物が嘘、つまりこのケースだと幻であることを教えてくれた。

 加えて俺とサトツの胸部を指す矢印が今もしっかりと見えている。丸い穴も幻ってことだ。

 

 へっ。確かにガエルの能力は発動条件やその内容が全く分からないし(念でない可能性すらある)、地力はガエルの方が上かもしれないが、嘘に関しては俺が絶対に格上なんだよ!

 

 階段の奥から嫌なオーラが流れてきている。

 偽装用の会話の裏でオーラ文字でのやり取りを続ける。

 

「──?」

 

“サトツさんからのご依頼は「慧眼」の遺跡の攻略。私はこのまま進んでも構いませんよ”

 

「──。──?」

 

“私もすぐにガエルを追いかけるべきかと思います。仮に引き返したらエヴァン君の能力を推測されるかもしれません”

 

 心臓が奪われたのに帰ってしまったら、俺たちが幻を見破っているとバレてしまうだろう。その場合、試練の内容を変更される可能性も否定できない。

 ガエルの口振りから判断するに、現時点ではまだ俺が嘘を見破る能力を持つとは思われていないはずだ。このアドバンテージがあるうちに勝ち(クリア)まで持っていきたい。

 

「──」

 

“決まりですね”

 

「それでは行きましょう」

 

 サトツと頷き合い、足を踏み出した。

 


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