【完結】ハンターハンター世界で転生者が探偵()をする話   作:虫野律

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※14話~22話まで連続投稿です。


機械仕掛けのティンカー・ベル [参]

 螺旋階段を下る。壁に備え付けられた灯り──蝋燭(ろうそく)が揺れている。

 

「……」

 

 互いに無言のまま進む。ガエルへの警戒もあるが、それよりもこの独特の空気がそうさせているのだろう。

 くるくるくるくる、くるくるくるくる堕ちていく。

 

 そして螺旋が終わりを迎えた。

 

 目の前には木製の、何てことはない普通のドア。ネームプレートがあり「ガエルのお部屋」と書かれている。

 サトツを見ると目が合った。

 

 覚悟はできている。「いつでもいいですよ」

 

「では、私が」サトツがドアノブを握り、しかし捻らずに手を離す。

 

 どうしたんだ? と思ったら──コンコンコンコン──ノックか。

 すると先程聞いたアニメ声で返事。「はーいぃ」ドアが開けられ、ガエルが、人形故の完璧な眉目(びもく)で以て出迎える。「いらっしゃいぃ」

 

「……心臓を返してもらいに来た」

 

 俺が言うとガエルが妖艶に微笑む。

 

「焦らないでぇ」見た目は8歳程度なのに成熟した色香。「まずはお話ししましょうぅ。さぁ、入ってぇ」

 

 従うほかない。サトツと共に入室する。

 

「これは……」

 

 300平方(スクエア)フィート(約20畳)ほどの室内には、心臓、肺、胃、脳、眼球といった人間のものらしきパーツが大量に存在していた。

 

「いいでしょぉー」ガエルが綺麗なピンク色の舌で唇を舐める。唾液で濡れたそれが、朱唇(しゅしん)のように妖しく耀く。「美味しいんだよぉ」

 

「食べるのか……」

 

「そうだよぉ」テーブルを示す。「ほらぁ」

 

 テーブルには皿が2つ。心臓が、数多の白い欠片──おそらくは人骨──と共に盛り付けられていた。

 

「座りましょうぅ」

 

「……」「……」

 

 俺たちが無言で着席するとガエルが頷く。そして。

 

「これより『慧眼』最後の試練を始めますぅ」

 

 来たか。

 緊張が走る……といったガワを作る──『信じる者は救われない(ラッフィング ライアー)』も使用中だ。

 つい笑ってしまいそうになる。だってさ、ここには嘘つきしかいないんだぜ。最高じゃないか。最低に愉快なディナーだよ。

 

 俺たちが幻覚(うそ)に気づいているとは知らずに、ガエルは自身の優位性を信じているようだ。

 

「分かっているとは思うけどぉ、これは君たちの心臓ですぅ」

 

「……」

 

 ガエルが騙り出す。「君たちはぁ『慧眼』たり得るには何が必要だと思いますかぁ?」

 

 突然何を言い出すんだ? 

 サトツもやや困惑気味に見える。

 しかし訊いておきながら返答を求めてはいなかったようだ。俺たちが何も答えずともガエルは気分を害した様子なく続ける。

 

「吾輩はぁ『慧眼』とは『先見の明』のことだと思うのですぅ」

 

「言いたいことは分かるが、それと試練はどう関係している?」

 

 小さく笑うガエル。「せっかちさんなんだからぁ」

 

 いちいちねっとり(・・・・)しないと気が済まないのか、このフランス人形は。

 俺に人形遊び(・・・・)の趣味はない。だから鬱陶しいだけだ。

 

 不意に、あまりにも場違いな音が、俺の鼓膜を震わす。

 

──ぐぅ。

 

 人形のくせに、悪魔のくせにガエルが頬を赤らめる。

 音の主はガエルの腹にいる虫だったらしい。人形も腹減るんだな。

 

「関係はしていますよぉ。なぜなら吾輩の出す『慧眼』の試練はぁ」ガエルが皿の横に置かれたナイフとフォークへ視線を送る。「吾輩がこれから何をするか当てることだからですぅ」

 

「!」

 

 これはまさか……。

 

「上手く正解できたらこの心臓は食べません~。けれど不正解ならばこの心臓は食べてしまいますぅ」

 

 やはりか!

 

 と、ここで砂時計が料理の横に出現。ガエルが楽しげな顔を砂の流れるへ向ける。

 

「砂が落ちきるまでに答えなかったときはぁ、吾輩は何もしませんがぁ、試練は失敗になりますぅ。大変なことになるのでおすすめはできません~」

 

 なるほどな。たしかにこれは優しくない。大多数にとっては伏線(ヒント)ゼロのアンフェアミステリーとさえ言える。

 だが俺には通用しない。(ヒント)がまる見えだぜ。

 

 ガエルがやっているのは「人喰いワニのジレンマ」と呼ばれる自己言及パラドックスの一種……に見せかけた猿芝居だ。

 このパラドックスは、本来「ガエルはこれから心臓を食べる」と答えるのが正解だ。この解答ならば、心臓を食べるつもりだった場合は当然正解になり、心臓を食べるつもりがなかった場合も不正解の結果心臓を食べることになるので、結局行動を当てたことになり正解となる。

 

 しかし今回はそれではいけない。

 そもそもの前提として心臓は幻なのだ。「この心臓を食べてしまいます」との発言は「この心臓」を「幻の心臓」と(かい)する必要がある。従って「心臓を食べる」と答えた場合は「本物の心臓を食べる」とガエルは意図的に解釈して不正解──試練失敗とするだろう。

 

 ではどう答えればいいか。

 

 そんなの簡単だ。

 たしかに俺──嘘や幻を見破る能力者でなければ、あるいは重いペナルティと短いタイムリミット、さらには異常な光景により思考能力が低下していたならば、正解に辿り着くのは難しいのかもしれない。

 しかし俺は違う。

嘘つきは探偵の始まり(ライアー ハンター)』は、皿の上の御馳走が、部屋に溢れる悪趣味なインテリアが中身のないハリボテだと教えてくれる。イザベラの事件を反省して精神を鍛え直した今の俺には覚悟の甘さもない。

 

 サトツへ視線を送る。

 気づいたサトツが「ふ」と笑みを漏らし、頷く。

 

 なんか悪いな。他人(おれ)に命を預けさせてばかりでさ。

 まぁでも結果は出すから許してくれ。

 

 ガエルの碧眼(へきがん)を見据え、俺は言った。

 

「お前はこれから『幻の心臓を食べる演技をする』。これが答えだ」

 

 砂が静止。そして──。

 

「……いつからお気づきでしたのぉ?」

 

 実質的な正解告知。

 皿の上の幻が煙になり、霧散する。胸からは確かな鼓動を感じる。もう幻術はやめたんだな。

 

「最初からだ」少しだけネタバラシ(サービス)してやる。「俺の目は嘘を見抜くんだよ。たとえお前の念が人間のレベルを凌駕するものであったとしてもな」

 

 傷のない琥珀の瞳が大きく開かれる。

 

「まぁ! そうでしたかぁ! それは良い目をお持ちですねぇ」ガエルが付け加える。「それに吾輩の発言をよく理解していますぅ」

 

「職業柄、人の話はしっかり聞かないといけないんでね」

 

 ガエルが「この(・・)心臓(=幻の心臓)を食べる」と言った以上、それは演技をすると宣言したにすぎない。つまり、この試練の主なクリア条件は「心臓が幻だとノーヒントで気づくこと」「自己言及のパラドックスを理解していること(又はこの場で理解すること)」「ガエルの発言を正確に読み取ること」の3つ。

 いろいろと酷い試練だが、まぁ相性の勝利だ。数の限られている同行者に俺を選んだサトツのファインプレイと言える。やはり情報こそが勝利の鍵。

 

 余談だが、自己言及のパラドックスの1つに「嘘つきのパラドックス」というものがある。言い換えると、今回の試練はこれの親戚に当たる、となる。何が言いたいかというと、正解できなかったら嘘つきの名折れってことだ。負けられない戦いだったぜ……。

 

「……ちなみにそのご職業とはぁ?」

 

 ここぞとばかりにドヤ顔してやる。

 

「探偵だよ」

 

 

 

 

 

 

 ガエルの部屋に出現した階段を下る。サトツはいない。ガエルもいない。

 

 この先に「人型の真実」という、この世界のあらゆる情報にアクセスできるアイテムがある。「慧眼」の遺跡の報酬は「どんな情報でも1つ(1つの纏まりのある情報なら厳密に1つでなくてもよい)だけ知ることができる権利」だったんだ。

 

 そもそもこの遺跡群「悪魔の塒」は、オチマ連邦が成立するよりずっと以前に隆盛(りゅうせい)を極めていたソムナ帝国という国が、暗黒大陸に渡る6人の戦士を選抜するために造ったらしいのだ。

 で、長い時が経過する中で遺跡を形成する念が変質し今の形に落ち着いたそうだ。

 

 そして「人型の真実」なる謎のアイテムだが、これは回数制限ができる前を含めた幾人もの挑戦者たちの願望が、遺跡のオーラと混じり合いできたのではないか、とガエルは推測していた。「慧眼」の遺跡で実質的なトップを務める彼女でも全てを知っているわけではないようだ。皮肉が利いてるぜ。

 利用条件は「『慧眼』の最終層突破者」が「1人」で「第六層」に行くこと。サトツはこれをガエルから聞いた時「エヴァン君が得るべき権利でしょう」とすぐに辞退した。

「ありがたいが本当にいいのか」と訊ねたら「元々この遺跡の報酬をエヴァン君への依頼料に充てようと考えていました。そもそも私は何もしていませんし、それにガエル嬢のお話を聞けただけでも十分な収穫です」と言われた。サトツとしては遺跡の真実を知ることこそが最も大切なことだったのだろう。遺跡ハンターになるくらいだからな。

 

 と、そんなわけで第六層に到着した。

 扉は存在せず、アーチ状の入り口があるだけだ。躊躇(ためら)わず潜る。

 

 まるでおとぎ話に出てくる玉座の間のようだ。足音が広い空間に反響するも、気にせずに進む。

 

 荘厳(そうごん)な玉座。そこに座っているのは13、14歳くらいに見える、美貌の少年だ。

 

「はじめまして。慧眼の戦士さん」少年の声が耳に心地良い。「僕はアレクサンド。『人型の真実』と悪魔たちが呼ぶ人造人間(ホムンクルス)さ」

 

 人型念獣の一種といったところだろう。一見、戦闘力などなさそうだが、内包するオーラ量は人間のそれとは比較にならないほど莫大なものだ。

  

「エヴァン・ベーカーだ」早速本題に入る。「欲しい情報がある。教えてもらえるか?」

 

「勿論。それが僕の存在理由だからね。なんでも訊いてよ」

 

 自信満々な即答。

 では遠慮なく。

 

「先日──1月27日に俺の探偵事務所に掛かってきた電話の相手の情報を知りたい」

 

「お安い御用さ。見てみるから少し待ってて」

 

 アレクサンドが目を瞑り、オーラを練り上げる。

 

 当初はジンの居場所にしようかと思っていたが、それよりもむしろ依頼人の情報を得たほうが早いと──半ば勘だが──判断した。

 最悪、ジンに関しては他のルートからでも調べられる。しかしあの依頼人は別だ。いくらなんでも手掛かりが少なすぎる。かといって悪戯と断じ無視をするには、あの声が引っ掛かる。

 そこでこの不思議アイテムに願ってみたのだが……。

 

「──え? あれ?」困惑するアレクサンド。「これは……」目を開く。

 

 どういうことだ? 何を見た? 

 

「ごめん。見えないんだ」

 

「……理由は分かるか?」 

 

「経験のないことだから推測でしかないけど……」眉間に(しわ)を寄せる。「もしかしたら、その依頼人はこの世界に存在しないのかもしれない」

 

「!?」

 

 なんだと? ではあの電話は一体……?

 

「分からないよ。人間が僕の能力を誤魔化せるとは思えないけど、絶対ではない。もしくは数奇な現象が重なった結果かもしれない」アレクサンドが溜め息一つ。「これじゃあ『人型の真実』の名が泣いてしまうね」

 

 一拍の後、アレクサンドが問う。

 

「他に必要な情報はないかい?」

 

 こうなってしまっては仕方ない。当初の予定どおりにジンについて訊ねよう。

 

「では、ジン・フリークスという人物の現在地を頼む」

 

「やってみるよ」

 

 先程とは違い自信なさげに言って、瞳を閉じる。しかし今度は本領を発揮できたようだ。すぐに安心混じりの笑みで告げた。

 

「遺跡ハンターのジン・フリークスは、今、ベゲロセ連合国の遺跡『狂王(きょうおう)(くら)』にいるみたい」

 

「……」

 

 遠すぎぃぃ! またかよ! なんなの? メビウス湖を渡るのが流行ってんのか? 勘弁してくれよ……。

 

「? どうしたの? 今度は間違いないから大丈夫だよ?」

 

 黙り込んでしまった俺を訝しみ、あるいは心配するアレクサンド。

 

「……なんでもない。それだけ分かれば十分だ。ありがとう」

 

「? 変なの」やや得心がいかない顔だが追及するつもりはないようだ。「それからもう一つ。ジン・フリークスは、仮に僕が君に何も教えていなかったならば、あと9日は『狂王の蔵』付近にいることになる。これは一番欲しい情報をあげられなかったお詫びの追加情報だよ」

 

「助かる。悪いな。変に気を遣わせてしまって」

 

「うん。こっちこそごめんね。でも少しは力になれたのならよかったよ」

 

 美少年の柔らかな笑みは実に絵になる。この場の雰囲気も相俟(あいま)ってルネサンス絵画に見られるような普遍的な美を感じさせるものだ。マジで俺の場違い感よ。

 

「……俺はそろそろ行くよ。9日も遺跡にいるとは限らないみたいだしな」

 

 アレクサンドの笑みがその質を変える。悪戯っ子を思わせるそれを浮かべ、しかし俺の言葉を肯定も否定もしないようだ。

 

「また来てよ。誰も来ないから暇で仕方ないんだ」

 

「ああ、分かった」ちょっと思いついたことがある。「もう1人連れてきてもいいか?」

 

「? 本当はダメだけど大体500年ぶりの『慧眼』の戦士の頼みだからね。特別だよ」

 

「でも」と挟み、アレクサンド。「その人自身が試練を突破しない限り、僕の能力による情報は与えられないよ」

 

「当然それは理解しているから安心してくれ。そいつの話し相手になってくれるだけでいい」

 

「それなら問題ないね。その人はどんな人なんだい?」

 

「アレクサンドには劣るが、なかなか面白い情報系の能力者だよ」

 

「へぇ。ちょっと興味湧いてきたよ。名前は?」

 

「ルビー・ホーキンス。一応俺の弟子だ」

 

 自分と同系統で遥か高みにいる能力者──正確には念獣だが──とのコミュニケーションは、ルビーにとっていい刺激になるだろう。

 

「『慧眼』の弟子か。なるほどね。それは楽しみだよ」

 

 なんかハードル上がってる気がするが、まぁ大丈夫っしょ。なんだかんだルビーって天才だしな。……大丈夫だよな?

 

 

 

 

 

 

 慧眼の遺跡を出ると空は茜色をしていた。時刻は17時過ぎか。

 

「!」

 

 刺青の女が俺たちに気づく。彼我の距離は100メートル以上はありそうなのに中々の察知能力だ。

 片手を上げて応えてや──。

 

「うおっ」

 

 一瞬で目の前まで移動してきた。凄い身体能力だ。見切ることはできるが、反応するには少し苦労しそうな速さ。

 

「突破できたのだな!?」肩を掴まれる。「こうしてアホ面しているということはそういうことであろう!?」

 

 こいつナチュラルにディスりやがった。

 

「クリアしたさ」肩の手をやんわりと下ろしてやる。「言っただろ。サクッとクリアするって」

 

「っ……!」驚き、そして初めて見せた笑みは存外に穏やかなものだった。「そうだな。そうであったな」

 

 俺と刺青女のやり取りを静かに見ていたサトツが徐に口を開く。

 

「詳しくは話せませんが、これから100年間『慧眼』の遺跡は挑戦者を拒絶するそうです」

 

 ガエルが語った真実のうちの幾つかについては他言無用と言われている。遺跡成立の背景もそこに含まれる。曰く「未知であり、危険もある。そんな中でも挑戦する精神性が暗黒大陸で生き残るには必要だから」とのことだ。

 そういうもんかね、と思ったが、俺がとやかく言うことでもない。素直に従うことに抵抗はないさ。

 

「……そうか」と刺青女。「何にせよ偉業ではある」

 

 プロハンターの気持ちは知らんが、嬉しそうで何より。

 

「私は付いていっただけですよ。エヴァン君一人でも問題はなかったでしょう」サトツが言う。

 

「ほぅ」刺青女が意地の悪いことを考えていそうな顔をする。

 

「なんだよ」

 

「なに、パリストンがなんと言うかな、と思ってな」

 

 あー、そういえば協専ハンターだったっけ、この人。

 

「……忖度していただくことは?」

 

 俺の参加を知る人物はここにいる3人だけだ。サトツと刺青女が黙っていればいいのだ。

 しかしそうは問屋(パリストンの犬)が卸さない。

 

「勿論するぞ。パリストンの気持ちをな」

 

「……」

 

 渡る世間は悪魔(おに)ばかりとはこのことか。 

 

 

 


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