【完結】ハンターハンター世界で転生者が探偵()をする話   作:虫野律

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※14話~22話まで連続投稿です。


機械仕掛けのティンカー・ベル [肆]

 遺跡から無事(?)生還した俺は、逃げるように飛行船に乗り込み、ベゲロセ連合国へと旅立った。

 

 で、たった今、到着したところだ。

 事前に調べたところによると(検索しただけだが)「狂王の蔵」の近くを通るバスがあるらしいのでそれを利用しようと思う。

 移動にどれくらい時間が掛かるか分からないが、ジンに会えたらいいな。そしてあの依頼の意味も解明したい。

 

 空港のバスターミナルへ移動しながら、そんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 それを感知したのは「狂王の蔵」には未だ数キロは離れている地点を歩いていた時だった。

 

「なんつーオーラだよ」

 

 この距離でもはっきりと理解させられる圧倒的な実力。間違いない。この先にいるのは真の強者だ。そしてそれはジン・フリークスである可能性が高い。会ったことはないが噂は聞いているし、原作でも知っている。単なる希望的観測ではないはずだ。

 

 しかし気になるのは、オーラの主体が2つ存在していることだ。違った質のオーラが1つずつならば2人いると考えればいいのだが、様々なオーラが入り混じっているんだ。

 これはどういうことだろうか? クロロのような能力者と戦っている? しかしその割には、なんというか楽しそうな気配。なんだこれ。……今、考えても答えは出ないな。

 

 一抹の不安を抱えつつ遺跡へと直進する。

 

 

 

 

 

 

「うわぁ」

 

 遺跡の近くまで来た俺が目撃したのは、高速で動き回る人間──おそらくはジン──と同じく機敏な動きを見せる……ゴーレム(?)だ。ジンは愉快そうに戦っている。

 

「これどうすればいいんだろ」

 

 はっきり言って通常状態の俺が付いていくにはキツすぎる。スポーツ観戦よろしく見守ればいいのだろうか。というかそれしかないか、もしかして。

 変にしゃしゃり出てジンに迷惑を掛けたらまずいしな、うん。そうすっか。

 

 時間が掛かったときのためにサンドイッチとお茶は用意してある。テキトーな石──多分石垣のなれの果て──に腰を下ろしてお茶を飲む。

 

「はー」

 

 疲れた。依頼主は怪しいし悪魔は出てくるし移動時間は長いし、今回の依頼もハードだぜ。

 1人と1体(?)の戦闘をぼうっと眺める。跳んだりぶつかったり回転したり様々な発を使ったり。これだけ激しく動いているのに遺跡に傷を与えていないのは驚嘆に尽きる。

 

「……」

 

 それにしてもこの戦い、いつになったら決着がつくんだ? 

 というのも、ジンからはすぐに戦いを終わらせようという意思を感じない。戦闘能力以前の問題だ。この調子だと長丁場になるかもしれない。

 サンドイッチに噛り付く。

 

「よう」いつの間にかジンが隣に来ていた。

 

 ゴーレムを見ると停止している。

 もしかして、というか、やはり、というか行動範囲に制限があるのだろう。この短時間で観察した限りでは、一定範囲からは絶対に出ていなかったからある程度の推測は持っていた。目の前の光景を見るに当たりかね。

 ジンが練を解く。

 

「お前あの『慧眼』を攻略したエヴァンだろ?」

 

「耳が早いね」

 

「まぁな」

 

 なんだろう、口調は軽いのだが、しかし軽薄なわけではない。芯や重みも伝わってくる。不思議な男だ。

 

「ジン・フリークスで間違いないか?」

 

「俺のことだな」ジンも石に座る。「こんなところまで来て一体何の用だ?」

 

「ああ。実は依頼人があんたの名前を言いかけていたんだ。それで会いに来た」

 

 ジンが固まる。そして──。

 

「ぷっ」吹き出し、(すなわ)ち爆笑。

 

 一頻(ひとしき)り笑った後、ジンが言う。「たったそれだけでハイリスクな『慧眼』に挑んで、ここまで来たのか? バカだろ。俺も色んなバカを見てきたがお前ほどのバカは滅多にいなかったぜ? 大した奴だわ」

 

 う、うぜぇ。どんだけバカにすれば気が済むんだ。

 

「探偵の仕事はこういうもんなんだよ」

 

 根性のひん曲がった姑のように細かいことをほじくりまわすのが名探偵というもの。奇人変人(プロハンター)にはそれが分からんのですよ。

 

「そう拗ねんなって」

 

「拗ねてない」

 

「勘違いしてるみてぇだが、俺は褒めてるんだぜ? 常識だとかリスクだとかぶち抜くイカれた信念を持ってる奴ってのは、ちょくちょくデカイことをやるからな」ジンがボソッと付け足す。「まぁ、大体早死にするけどよ」

 

「遠回しに自画自賛してないか?」

 

「遠回しに俺を認めてんのか?」

 

「……」「……」

 

 奇妙な沈黙の後、鼻で笑うも──ジンと被ってしまった。なんかやだなぁ。 

 

「で、実際に会ってみてなんか分かったのか?」

 

「あんたがいけ好かない奴だってことが判明したよ」

 

「それが理解できたなら充分じゃねぇか」

 

「そうなんだがな」俺も個人的には同感だが、依頼の“真実を見つけろ”を達成するには不十分。「悪いが少し話を聞きたい」

 

 しかしこのおっさんは一筋縄ではいかないようだ。

 

「断る」ニヤけてやがる。

 

「なんでだよ」

 

「んー? 特に理由はねぇな」

 

「はぁ? ならいいじゃん。ケチケチすんなよ」

 

「じゃあそうだな。アマチュアつってもお前もハンターなんだろ?」とんでもない誤解である。「ハンターなら口を開けて餌を待ってるようじゃダメだと思わねぇか?」ジンがゴーレムを見る。「つーわけで俺に餌を差し出させてみせろ」

 

 め、めんどくせぇ。なんだこのおっさん。もうやだ。

 

「はぁ」オーラが乗った重い溜め息だ。意識したわけではない。「どうすればいいんだよ?」

 

「大人なら自分で考えろ」

 

 くっそ。まじくっそ。いるよなこういう奴。というか、息子を放って好き勝手してる(やから)に大人がどうとか言われたくねぇ。だが依頼のためだ。仕方がない。

 

「……あのゴーレムの無力化(・・・)を手伝うよ」

 

「ほう」愉しそうなジン。「破壊ではなく無力化、な」

 

「そうだよ。ジンはあれを壊したくないんだろ?」

 

「そうだ。あれは考古学上、大きな価値のあるものだ。できれば完全な状態を保ちたい」

 

 しかしあのゴーレムもかなりの戦闘能力。それを傷をつけないように制圧するのは相当な実力がないと無理だろう。普通はな。

 

「確認だが、あのゴーレムはコピーした能力とオーラを複数保持していて、ほぼ無制限に使用できるって認識でいいか?」

 

 俺が見たところ、そんな感じだと思う。ゴーレムからはジンのものらしきオーラも感知できるし、複製されたんだろう。しかもジンもゴーレムも明らかに複数の発を駆使して戦っていた。もはや常識的な念能力者の枠をガン無視してるね。怖い怖い。

 

「正解。かなり厄介だよ。負けないことは難しくない。だが」ジンが肩を(すく)める。「あいつを保護しようとすると一気に難易度が上がる」

 

 可動範囲──大体遺跡から50メートル以内──以外の制約は「発のコピーには対象の発動を見なければならないこと」「発動を見たら自動でコピーされること」といったところか。コピーに関しては「ジンが能力行使→ゴーレムも以後使用」ということが何回もあったからそれなりの確率で当たってるはず。

 

 ジンが試すような、あるいは幼子を見るような、そんな目を俺に向けて問う。「聞かせろよ。探偵様の推理ってやつをよ」

 

 いちいち(しゃく)に障る言い方しやがって。

 

「いいだろう。()探偵様の()推理を聞かせてやる」

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

 ジン・フリークスから見ても、エヴァン・ベーカーなる探偵を自称する青年のオーラは理解しがたい何かを孕んでいるように思われた。もしかしたら気のせいかもしれない。しかし面白そうではある。

 

 話してみた感想は「悪くない」というものだった。人格が、というよりも迷いのない精神性が気に入った。きっとこいつはどこまでも真っ直ぐに自分の道を行くのだろう。それはジンも同じ。だから「悪くない」のだ。

 

 遺跡を守る土人形の無力化。そのための策があるらしい。

 気負いを感じさせない趣でエヴァンが口を開く。

 

「まず最初に、ジンが適当な発を作成して『この発を持つ者は、発を占有してから1分後に身体が動かなくなり、さらに纏以外のオーラ操作が不可能になる。ただしジン本人によるジン本来の発の使用は妨げない』という制約と誓約を設定する。そして、この枷が掛けられた発をゴーレムに占有(コピー)させるんだ」エヴァンが何でもないことのように言う。「停止までの時間差はあるが、そこは俺が対応する。これでジンの要望はすべて叶えられるんじゃないか?」

 

 このガキ……! 

 

 ジンの心裏に戦慄が走る。それもそのはず。どこで知ったのか、エヴァンはジンの発を仔細に把握しているのだ。この提案はそうでなければできないもの。

 たしかにジンの能力を理解している者やある程度の推測を持っている者もゼロではない。しかし決して多くはない。というか極めて少数だ。エヴァンがそこに含まれるとは流石のジンも予想していなかった故の衝撃であり──えも言われぬ高揚。

 つい口角が上がってしまう。

 ジンは面白いものが好きだ。ここでいう「面白い」とは「未知」であり「理解不能」なものを指す。それを求めてやまないのがジンという人間。

 

 面白い。

 

 心底そう思う。ハンター専用サイトで見たコメント──このために5億ジェニーだ──が思い出される。

 

“エヴァン・ベーカー。世界で5本の指に入る念能力者であり、現在確認されている情報系能力者の最高峰(関係者の証言による。要検証事項)”

 

 初めてこの備考を見た時は疑いを持ったものだが、なるほど(あなが)ちデマカセではないようだ。

 

「どこで俺の発を知った?」

 

 訊いてはみたが期待はしていない。

 

「あーまぁそれは、秘密だな、うん」

 

 なんだ? 言わないだろうな、とは思っていたが何故そこまで歯切れが悪い?

 

「ヤバい伝手でもあるのか?」ジンの予想は至極真っ当なものだろう。「安心しろ。その程度を気にする奴はハンターにはいねぇよ」

 

 ジンの脳内にとある堅物女が過るが、あんなのは例外だ。それこそ気にするほどのことではない。

 

 ここでエヴァンが疑わしそうに目を細めるも「まぁいいけどよ」と流す。ジンの僅かな逡巡を見抜かれた、あるいは噂の(慧眼)だろうか。

 

「それで、俺の名推理を聞いた感想は?」

 

 そんなの答えは決まっている。ジンがはっきりと告げる。

 

「最高だ」(オーラ)(おど)る。「それで行くぞ」

 

──練。

 

 ジンが土人形へと疾駆する。

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

 原作HUNTER×HUNTERを読んで俺が予想したジンの能力、それはメモリ内を消去(リセット)するというものだ。

 根拠はいくつかある。まずジンの卓越したオーラ操作技術。イボクリ自慢の描写は明らかに常軌を逸したそれを伝えている。そして「打撃系の能力は1回くらうと大体マネできる」「ただの才能」といった趣旨の発言。

 これらからレオリオの能力をコピー(真似)したのは発ではなく純粋な才能や技術によるものと思われる。

 ただ、マネをして発を作成するにしても普通はメモリやオーラ、技術という観点から限界がある。しかし原作を見るに少なくとも打撃系の能力は何度もマネしてきたことが(うかが)える。

 じゃあ、この事実が矛盾なく繋がるのはどういうときか、と考えるとメモリ消去(リセット)能力に行き着いた。

 例えばこの能力でメモリの50%を圧迫しているとしても、それ以外を必要に応じて消去(リセット)すれば残りの50%は自由に何度も使うことができる。レオリオの発をインストールすることも、それを消して新たな発を突っ込むことも。これはゴーレムとの戦闘において様々な発を使用していたこととも相反しない。

 たしかに系統ごとの得手不得手がある以上、そう簡単にはいかないかもしれない。

 だが、だ。

 メモリ消去(リセット)能力ならば確実に特質系になるところ、この特質系というのは例外の寄せ集めなのだ。六系図では操作と具現化の隣に位置しているものの、それはあくまでその2つが他に比べれば後天的に特質系に目覚めやすいから便宜的にそうなっているにすぎない。

 つまり、他系統のように100%、80%、60%と習得効率が下がるとは限らないんだ。場合によっては全て80%、又は90%と70%のみ、そして普通の才能では不可能だが全て100%に近いこともあり得る、と俺は思う。

 ジンの、世界で5本の指に入ると言われるほどの才と実力──それでも全系統100%は無理かもしれないが──ならば、俺の予想した能力を実用化していても不思議ではない。

 

 そして、ある意味最も大きな判断理由はジンの人間性。

 原作及び俺がこの世界に転生してから聞いた噂から推測するに、ジンは世界を楽しみ尽くしたいと渇望している。そんな人間がたった1つ2つの発──自身の系統に合った発だけで満足するとは、とてもじゃないが思えない。

 念というその人間の本質が如実に現れる事象ならば、ジンのこの性質が反映されて然るべき。

 

 以上が俺がジンの能力を予想──推理した背景だ。

 

 

 

 

 

 

 ジンがゴーレムへと迫る。そのスピードは先ほど観戦していた時以上。まだまだ余力がありそうに見えるのが恐ろしい。たしかに俺でも見切ることはできなくはない。しかしそれ以上は無理。『嘘は真実(リバース)・身体能力』を使わなければ……いや、使ってもギリギリ届かないかもしれない。

 あれで素なのだから不公平である。

 

 ジンが右手に片手剣を具現化する。俺の言った(せいやく)を付与したものだろう。今から1分でジンは纏かつ静止状態になる。

 すぐにゴーレムの右手にも同じ剣が現れる。よし、上手く嵌まってくれた。

 

 さて、俺も準備しよう。

 

──練。

 

 いつでも飛び出せるように構える。腕時計を確認し、ジンが静止するタイミングを見極める。10、9、8……2、1──今!

 

 全力で跳び、ジンとゴーレムの間に割り込む。ゴーレムが振り下ろした剣を例の短剣──クロロには感謝だ──で受け止め……ようとしたら切り飛ばしてしまった。相変わらずこの短剣、チートしてるわ。

 ここでゴーレムも停止する。ジンの具現化とゴーレムのコピーの間に僅かなタイムラグがある以上、俺が出ないとジンが死にかねないからな。

 まぁでも──。

 

「その短剣(ナイフ)すげぇな」発ごと制約と誓約を消去したであろうジンが普通に口を動かす。「ちょっと見せてくれねぇか?」

 

 多少の危険はあれどもジンならば自力での対処も可能。さっきはゴーレムとの戦闘で遊んでいたという側面もあったのだろう。やっぱりいけ好かねーわ。

 

 短剣を渡す。「マジで危ないから気をつけろよ」

 

「ああ、それは分かってる」

 

 とりあえずはジンの言う「餌を差し出させるための条件」はクリアしたかね。

 そう思って気を緩めた次の瞬間──。

 

 遺跡を囲むように──半径300メートルほど──高い壁が出現する。高さはおよそ500メートル。そして何よりヤバそうなのは……。

 

「なぁ、ジン」

 

「なんだ?」ジンが短剣を返す。

 

「あの壁の上にいるのって」壁の上から俺たちを見下ろす奴ら、その中で一際存在感を示す、粋なTシャツを着た老人を指差す。「もしかしてネテロ会長?」

 

 気のせいじゃなければ今より少し若いように見えなくもない。

 

「ああ。しかもちょっと前のネテロだ」ジンが獰猛に笑う。「ありゃあ、かなりつえーぜ?」

 

 なんで愉しそうなんですかねぇ。

 

 壁の上に忽然と姿を現した人間たち。嘘発見器(笑)の矢印が彼らの頭上に見えることから偽者であることは確定している。ただし存在感が強すぎること及び状況から推測するに、少なくとも実体はあると思われる。

 ざっと見た感じ100人くらいか。ネテロ会長をはじめ、ミザイ、チードルといった十二支んのメンバーや、メンチ、リッポー、サトツ、クロロ、ヒソカ、ついでにイザベラ(あの時の魔獣モード)など明らかに優れた戦闘能力を持つ奴ら、加えてハンナやルビー、俺の両親のような非力な者もいる。共通するのは無表情であること──そして俺たちへの明確な敵意。

 

 どう考えても遺跡のトラップです。本当にありがたくないです。

 

「戦う流れだよな、これ」

 

「だろうな」

 

「仮にあいつらが見掛けどおりの強さだったとしてジンは勝てるか?」

 

「無理」ジンが軽く言う。「大したことない奴なら瞬殺だが一級の連中はそうはいかねぇ。それがあの数だ。あっちが一人ずつ来てくれたとしてもスタミナが持たねぇよ」

 

「……」

 

 え? 死? ……なんつって。

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

 ジンが彼らを見上げていると壁から1人の人間が、ふわり、と浮かび、ゆっくりと下降してくる。どうやら最初はあの人が相手になってくれるようだ。オーラの質から本物ではないことは理解できるが、その強さは本物以上と仮定しておいたほうがいいだろう。

 ここでジンは、自身の中にある推測、それを確認するためにエヴァンに問うた。

    

「お前はなぜあいつらだと思う?」

 

 エヴァンが即答する。「俺たちの記憶から親密度や強さを基準に抽出したんだろ」

 

 その解答はジンを満足させるものだった。つまりは同じ意見ということだ。

 

「また()推理を聞かせてくれよ」

 

「……逃走用の発を作る気は?」

 

「あると思うか?」

 

 早く狂王の蔵を調査したい、というのもあるが、それよりもこのワクワクする状況を堪能しないのはあり得ない。

 しかし残念ながらエヴァンには共感してもらえなかったようだ。溜め息をついたエヴァンが渋々といった趣で言った。

 

「……俺の仕事にも協力しろよ」

 

 それは全く問題ない。もう十分にいいものを見せてもらった。そしておそらくは今からまた。

 

「分かってるって」

 

 降りてきている敵──ネテロは壁と地面の中間まで来ている。そう時間は残されていないだろう。しかし、そう問題もないだろう。

 

 エヴァンが口を開く。「ジンはまだ発を作成できるんだよな?」

 笑みが零れる。

 

「なめんな。余裕だよ」

 

「察してるんだろ?」エヴァンがジンの目を覗き込む。「記憶捏造用の暗示系能力を頼む」

 

 本当にこいつは愉快な奴だ。あわよくば……。

 

エヴァンをとある計画に組み込む算段を立てようとして、しかし今は目の前の脅威に集中すべきだと踏みとどまる。

 

「操作系はそこまで得意じゃない。少し時間を稼いでくれ」ジンには確信があった。「無理とは言わないよな?」

 

 エヴァンの表情が凍る。そしてぎこちなく言う。「嘘……じゃないんだな」

 

「ああ、俺はクジラ島(じもと)では誠実な男として有名なんだ。嘘はつかねぇよ」

 

「はい、嘘。絶対的嘘」

 

 やはり嘘を見破れるようだな。いい能力だ。

 

「そろそろお客さんのご到着だぜ?」ジンも発の作成に取り掛からないといけない──操作系は設定が面倒なのだ。「1分以内になんとかする。行けるだろ?」

 

「はいはい」エヴァンの気のない返事。「やりますよ。天下の二つ星(ダブル)ハンター様のお願いとあっては断れませんからね」

 

 皮肉には相応の返しが必要だろう。

 

「今度口利きしてやるよ」厭みったらしく言ってやる。「お前ならライセンスと星の同時取得も夢じゃないぜ」

 

 エヴァンはプロハンターになりたくない、という話は業界では有名だ。

 

「やめろ! 絶対だぞ。フリじゃないからな!」

 

 そう言って飛び出すエヴァン。ネテロが地面に降り立ったのだ。

 

 強者(つわもの)たちのオーラが爆炎のごとく──。

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

 紙一重だな。

 

嘘は真実(リバース)・身体能力』を発動し、目に硬をする。そうして見えた光景(みらい)から回避ルートを探し出した感想だ。

 ネテロの百式観音の、舞を思わせる必殺の撃が視界を埋め尽くす様は、控えめに言ってこの世の終わりだろう。ほんの1、2秒後の現実である。つまりは今!

 

「──っ!」

 

 駆け、身を捻り、また走り、跳び、そして(かわ)す。

 

 ……し、死ぬ。かすった。今、観音様の手刀がかすったから。お気に入りのインバネスコートが裂けたよ! ちくせう!

 横目にジンを見る。目を瞑って集中してらっしゃる。くっそ。ホントあの人嫌い。

 

 また視る。そして回避。息つく暇もなく視て、避け、視、避、視避視避視避視避視避視避──!

 

 そんな地獄のような刹那を重ねていき、そろそろ泣きそうになった時、漸くそれが観音様を抉る様を目撃することができた。

 

「……って、五大厄災(ブリオン)かよ!?」

 

 目の前に現れたのは筋肉質な裸体に球体の頭部。原作で見た球体兵器ブリオンそのままであった。

 

 俺の、というか俺たちの作戦は簡単だ。暗示系の発で「俺たちに敵意を持った場合、逆に俺たちを守ろうとする最強の存在」の記憶を捏造。そしてそれを遺跡の(システム)──記憶にある戦闘能力の高い者を優先する──により具現化させるというものだ。言ってしまえば遺跡との相互協力型(ジョイントタイプ)の発。このやり方ならば強力な戦士を生み出すことも比較的容易い──仮にジンの発1つだけで全員を倒すとなると、かなりの負担のはずだ。 

 

信じる者は救われない(ラッフィング ライアー)』でも自己暗示は不可能ではないが、強力なものではない。遺跡に真実の記憶だと誤認させるのは難しいだろう。だからジンに用意してもらうしかなかったんだ。特に俺自身やジンに掛けるには条件が悪すぎるからな。

 遺跡が反応せず具現化が実行されなかったら、まぁ俺の策は失敗になるが、ジンならなんとかできたっしょ。

 

 ブリオン(偽)が腕をネテロと百式観音へと向ける。すると一瞬で野球ボールほどの球体が2つ出来上がる──ネテロと百式観音が圧縮されたものだ。

 次いでブリオン(偽)が飛ぶ。跳ぶではなく「飛ぶ」だ。次のターゲットは壁の上にいる奴らということだろう。積極的に狩る設定にしたらしい。まぁそうだよな。長くなるとその分オーラを消費するし。

 

 上のほうで行われている一方的な虐殺を眺めているとジンがのんびりと近づいてきた。

 

「あれを知ってるみてぇだな」

 

 今さら否定しても無駄だろう。「知ってるっちゃ知ってる。知らないっちゃ知らない」

 

「禅問答かよ」

  

 そう言われても原作知識だし。

 

「おっと」ここで制約と誓約により絶状態になる。

 

 いろいろと察したであろうジンが言う。「それはいつまで続くんだ?」

 

「正確には俺も分からない。ただ、かなり無理をしたから24時間は最低でも」

 

「なるほど。ま、安心しろ。それくらいは俺が守ってやる」

 

「そりゃあどうも」

 

 こんな感じで取り留めのない会話をしていると壁が消えはじめた。どうやら終わったようだ。

 いやー割とマジで死ぬかと思ったわ。生きてるって素晴らしいな、うん。

 

 

 

 

 

 

 ジンが遺跡探索を完了するのを待って、いよいよ事情聴取となった、のだが……。

 

「身に覚えがない?」

 

「全く」

 

 ジンには俺の依頼人への心当たりがないようなのだ。

 

「ふぅむ」腕を組む。

 

 とするとあの依頼人が伝えたかったことはなんだ? ジンが真実への手掛かりを握っているのではないのか? そもそもジン・フリークスではなかった、とか? いやしかし……。

 

「あ」そういえば。

 

 俺の発した母音にジンが反応する。「どうした。何か気づいたのか?」

 

「気づいたというか、少し気になることがあってな」

 

「?」

 

「壁の上には家族やそれに準ずる者もいたよな?」

 

「いたな」

 

 うん。それだとおかしいんだ。だっていなかったのだから。

 繋がり掛けた推理に嫌な汗が滲む。しかし確かめないわけにはいかない。

 覚悟を決めて言葉にする。

 

「──なぜ息子のゴンがいなかったんだ?」

 

 何かの間違いであってくれ。つい、そう願ってしまうも、しかし、しかし。

 

「息子? ゴン? 何を言ってんだ? 俺にガキはいねぇぞ?」

 

 ああ、やっぱりそうなのか。

 ストン、と何かがあるべき場所に収まる。そんな感覚。そして全てが繋がっていく。

 

 ああ。ああ。分かってしまった。そうだ。思い出した。そうだ。そうだった。俺は……。

 

──俺を喰らうのだろう? そんな(つら)でできるのか?

 

 見上げれば、いつぞやの真実(かいぶつ)が俺を嗤っていた。

 

──うるさい。やるんだよ!

 

 希望はある。依頼が来て、俺が気づく。この制約と誓約を突破できたのなら……。

 

「おい!」ジンの声。「大丈夫か。凄い汗だぞ」

 

「問題ない。問題ないはずだ……」

 

 真実(かいぶつ)はすでにいない。

 

 冷静になれ。大丈夫。計画は順調だ。とすると俺が次にやるべきは──。

 

 天を見据える。

 

 俺は俺のすべきをする。だから頼むぞ。もう1人の俺──!

 

 

 

    

 


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