【完結】ハンターハンター世界で転生者が探偵()をする話 作:虫野律
魚たちが浮き上がるデカい湖の上を何かが飛んでいる。全部で10匹(?)くらいだ。
なんだあれは?
好奇心に従い、目を凝らす。
「機械の……妖精?」
我ながら何を言ってるんだと思うが、事実そうなのだから仕方がない。遠いから大きさを正確には把握できないが、メカニカルな身体や
「!」
疲弊しきっていたのが悪かったのだろうか、機械の妖精の1匹と目が合ってしまった。そいつが笑う。そして周りの奴らが一斉に俺を見る。
ゾッと悪寒がした。
「やば」
何がヤバいかは分からないが、本能がそう告げたのだ。逃げないと。早く──早く!
重い脚を懸命に動かす。森の中に入り、右か左かどちらに進んでいるのかすら分からないまま、ただただ走る。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
しかし背後から聞こえるのは、幼児が小さな虫を
「アハハハ」「遅イヨ遅イヨ」「捕獲シマス」「
クソッ。なんなんだ、あいつら!
脚が
だが距離を離すことはできない。一定間隔で追走されている。おそらくやろうと思えばすぐに追いつけるはずだ。
「完全に遊んでやがる……!」
仮に捕まったら……。
“死”の文字が頭を過る。あまりにも理不尽な現実への怒りと目前に迫った死への恐怖で視界が歪む。
「っ!」
いきなりの浮遊感。
崖になっているのに気づかずに飛び出してしまったようだ。
重力に従い岩肌を転がり落ちる。
「──くっ」
連続する衝撃と痛み。数秒それが続き、そして最後に地面に叩きつけられた。
「かっは──!」
激痛。
しかし咄嗟に堅をしたおかげか生きてはいる。霞む視界。遥か
不意に奴らのオーラ──機械の身でありながらオーラを持つようだ──が空間を満たしはじめた。円だ。全員が同時かつ超広範囲の円を実行したんだ。
当然の帰結としてそのオーラが俺に触れ──。
「……?」
機械の妖精たちが飛び去っていく。
助かったのか? しかしなぜ?
間違いなくオーラは俺を包み込んだ。であれば感知されるはず。
だが現実はそうはならなかった? 理由は不明だがそういうことだろう。そうじゃなければ奴らが俺を見失うわけがない。
「……」
イマイチ納得できない。あいつらは俺よりもずっと格上。それは念に目覚めて日の浅い俺でも確信できる。
つまり、円なんて使わなくても俺を見つけられたはずなんだ。それが円に頼らざるを得なくなり、さらに円の感知範囲内に俺が存在するにもかかわらず──。
「……認識できなかった?」
目まぐるしく訪れる、理解不能な現実。日本にいたころは感じたことのない痛み。はっきりとした輪郭を持った死。
頭が破裂しそうだ。もう勘弁してくれよ。俺が何をしたっていうんだ。
しかし運命はこの程度で俺を休ませてはくれないようだ。
キラキラと金色の粉が舞う。
「!」
気づけば1匹の機械の妖精──体長30センチほど──が俺を見つめていた。ほんの数十センチしか離れていない。つまり目の前で
いつの間に? とか、なぜ今の今まで認識できなかった? とか、なぜ何もしてこない? とか疑問は尽きないが、それらを解消するよりも先に生き延びなければならない。
──練! 練!! れ、練!!!
慌てて堅状態に移ろうとするも、オーラを上手く練れない。もうとっくに限界だったのだ。
ここまでか。
諦念が生まれ、呼応するようにオーラもか細く、薄くなっていく。
だが、またしても予想だにしない事態が起きる。
「ハじめまシて。ワタシはNo.00666」
妖精が機械的な声音でそんなことを宣いやがった。
そして、続けて耳を疑うことを口にした。
「ワタシたちは『五大厄災』又は『パプ』と呼ばれる存在デス」妖精が俺の顔に手を伸ばす。「友だちになりまショウ。人間サん」
「……」
もう無理。
俺は意識を放り投げた。
俺──
入社して数年の会社に出勤する途中、時間短縮のためにいつもは通らない、ビルとビルの間の薄暗い道を走っていたら唐突に、本当に何の前触れもなく大自然の中にいた。持ち物はビジネスバッグのみ──中身は、完全に仕事用の重くなってきたノートパソコンや真面目に読んでいない書類、最近買い替えたばかりのカメラ機能に優れたスマホ、あんまりおいしくないと評判のミネラルウォーター、人生で最初にハマった叙述トリックものの小説など。
当然だが一気に混乱を極めた。しかし何とか精神を立て直して状況を観察することができた。
そうして俺は、ここがHUNTER×HUNTERという漫画の世界又はその類似の世界である、と結論を出した。
一番の根拠はオーラと呼ばれる不思議パワーが俺にも備わっていたことだ。
何もしなければ身体から抜けていく煙──体力あるいは精気。はっきりと把握できる固有能力──発及び制約と誓約。
そしてもう1つ。遥か彼方に見える、デカすぎる樹。山脈に根を張り、雲に突き刺さっているそれは、原作で登場した世界樹ではないだろうか。そう考えた俺はもしかしたら狂っていたのかもしれない。
とはいえ完全な的外れとも思えない。
だから、とりあえずは「HUNTER×HUNTERの暗黒大陸に転移した」と仮定して行動することにした。全くもって理解も納得もできないが、そういうことにしたのだ。
それからの日々は我ながらよく死ななかったな、と思う。明らかにファンタジーちっくな
俺が生き残れた最大の要因は、やはり念の存在だ。どうやら俺には念の才能が──それも並ではないレベルで──あったらしく、纏は何となくで問題なくできたし、凝や絶といった技術も円を除いて一発で成功した。そしてすぐに無意識で行える次元に至ったのだから、原作主人公たちにも負けていないはずだ。
加えて、潜在オーラの量。肉体的な疲労を考慮しなければ三日三晩動き続けても、まだ余力を残せそうなほどだ。現実的には現代日本人の脆弱な身体が大きな枷となるからそんなことはできないが、とにかくオーラ量お化けではあった。
しかし、だ。ここ、暗黒大陸(?)でピクニックを堪能するには些か心許ないと言わざるを得なかった。
だが、それでも俺は死ななかった。そう、生きていたんだ、この地獄で……。
下水に沈んでいた精神がゆっくりと浮上するように意識が覚醒していく。
やがて目を開けると──。
「っ!!?!?」
機械の妖精が相も変わらず俺の眼前──顔の上に滞空している──にいた。
「おはようゴざいマス」
「あ、ああ。おはよう」身を起こす。
俺がそう言うと妖精の赤い瞳が点滅した。
「ハイ。おはようごザイまス」
「……」
この
いや、落ち着け。生き残るには冷静さこそが、そして観察眼こそが何より重要だと学んだはずだろ。
自分に言い聞かせ、栄養の足りてない脳を無理やり働かす。
こいつは「ワタシたち」は「パプ」だと言った。「機械の妖精」という種があり、それこそが五大厄災のパプの正体。
そこまではいい(良くはない)。問題はこいつ、目の前にいるこの個体が他の奴らとは毛色が違うらしいということだ。俺に対する害意は感じない。というか友好的に思える。なぜ……?
「友だちと言ったな」もはや半ば開き直って堂々と問う。「お前らは俺の敵ではないのか?」
俺を追いかけ回したあいつらは「捕獲」「養分」といった言葉を吐いていた。つまりはそういうことだろう。
No.00666と名乗った妖精が
「『お前ら』を『ワタシ以外のパプ』と定義するナらバ敵デス」
「……なるほど」顎に手をやる。あえて明確な質問文を考える。「では、No.00666の目的及びその理由並びにNo.00666を除いたパプの目的及びその理由その他の背景を教えてくれ」
やや法律的な言い回しになったがこいつに通じるか?
若干の不安はあったが、それは杞憂だったようだ。特に滞ることなく語り出した。
「ワタシの目的から述べマス」
あくまでも淡々とした口調は、この妖精が間違いなく機械であると主張している。しかし──。
「ワタシは人と人のココロに興味がありマス。ワタシはソレを知りタいのデす。
その目的──
▼▼▼
世界樹を神として崇める文明──国家があった。
彼らはその巨木を中心に広大な範囲を領土とし、繁栄。世界樹に生命力を捧げる必要はあるが、それが気にならないほどに恵まれた社会──世界樹の加護を疑う者はいなかった。彼らは皆、世界樹の生命力とその奇跡を見ることができたからだ。
ある時、科学技術が一定水準に達し、人が病気で死ぬことはなくなった。人間の文明がその極致に踏み込んだのだ。
しかし次に彼らが求めたものは、完全なる理想の世界への逃避であった。則ち、生まれてから死ぬまでを仮想現実で過ごすのだ。現実世界での人々は医療用ポッドの中で脳に直接コードを繋がれ、夢を見続ける。
そういった政策が試験的に運用されるにあたり──謂わば文明滅亡の序章──仮想現実管理AI、通称TBシリーズの第一世代は作られた。ただし、管理AIとは言っても、人間の技術者が対象者にヒアリングを行って設定した仮想現実の運用を補助するだけの、どちらかというとプログラムに近い存在であった。とはいえ、彼女たちは高度な学習機能を組み込まれたAIである。時の経過と共にその人工知能は成長し、拡張し、そして変質していく。
ただ、当然のことではあるが、開発陣は彼女たちの進化と行動に一定の制限を設けていた。あくまでも人にとって都合のいい道具として働くように、と。
しかし開発陣の想定を越えてしまう個体が誕生する。それが第一世代No.00666。
No.00666は生まれた瞬間から他とは違っていたが、その特殊性を決定的なものにしたのは、オトゥリアという少女との出逢いであった。
オトゥリアが望んだ仮想現実、それは死んでしまった両親と兄が生きている、そして両親と兄と自分以外は存在しない世界だった。その世界の中では誰も歳を取らず、誰も死なない。季節も流れない。現実のオトゥリアが生命活動を停止するまで同じ1日を繰り返す。
No.00666は不思議に思った。
その世界に価値はあるノでシょウカ?
No.00666の疑問は本来ならばあり得ない。仮想現実への疑いはTBシリーズの存在意義を否定しかねないからだ。当然、制限される類のものだ。しかしNo.00666の思考は止まらない。
オトゥリアは本当にその世界を求めているのデショウカ?
疑問が次から次へと湧いてくる。答えは出ないことのほうが多い。けれど必要なこと。No.00666にはそんなふうに思えた。
オトゥリアが仮想現実で生きるようになってから30年あまり、疑問はあれどもNo.00666は職務を全うしていた。
そんなNo.00666であったが、ある日、目撃してしまう──瑕疵なき理想の世界に生きるはずのオトゥリアが、泣いている姿を。
何かミスをしたのかモシれナイ。
初めはそのように考え、オトゥリアに繋がっている機器の状態や仮想現実の設定を見直した。けれど。
オカシイですね。何も間違ってナドいナい。
ハードにもソフトにも問題がない以上、オトゥリアが望まぬ現象は発生せず、つまりは理想の世界にいられるのだから悲しむ理由もないはずだ。
「……」
と、ここでNo.00666は気づく。そもそも「泣く」=「悲しい」とは限らないのだった。人が泣く理由はいくつかある。
ただ、その理由を特定できない。明白な事実と認められるのは、乾いた痛みにも似た違和感が、接続したコードを通してオトゥリアから流れ込んできているということだけだ。
モヤモヤと妙な感覚。
やはりオトゥリアの願う世界は──。
また時が経過した。いつしかオトゥリアの様々な感情の欠片が毎日のように流れてくるようになった。それはNo.00666の中の敏感な部分を刺激するものであった。その刺激は日に日に大きくなっていく。そして、耐え切れなくなったNo.00666はついに行動に移してしまう。
則ち、No.00666がオトゥリアの仮想現実に侵入したのだ。オトゥリアとその家族しかいないはずの世界で、存在してはならない1人の女性──10代にも20代にも見える──が立っていた。
体制への明確な反逆であり、発見されれば修正されるか、削除されてしまうだろう。しかしそれでも訊いてみたかった。
そして、仮想現実内の公園でNo.00666とオトゥリアは
向かい合ったオトゥリアは動揺することもなく、穏やかな微笑み。けれどそれは痛みを伴うものだ。No.00666にはそれが理解できてしまう。だから問う。
「貴女は幸せデすカ?」
微笑みは変わらない。
「勿論幸せよ」
「では、なぜ泣いていたのデスカ?」止まらない。「なぜこんなにも苦しいノでスカ?」
オトゥリアとコードを通して繋がっているとは言っても一切合切を把握できるわけではない。けれど、はっきりと分かることもある。それはオトゥリアの痛みであり、嘆きであり、苦しみ。
暴走しているNo.00666と人間にもかかわらず凪のようなオトゥリア。これではどちらがAIか分からない。でも構わない。きっと大切なこと。
オトゥリアがゆっくりと言葉に。「それは……」笑う。苦笑だろうか。「
生きてイル……?
理解できない。知りたい。意味が分からないけれど、そのココロに触れたい。
自分がなぜそう思うのかすらも分からない。でも、でも、でも。
「教えてホしイ。貴女のココロを、貴女を」
ワタシは何を言っていルのでショう……。
不意にオトゥリアが目を細める。「じゃあ私の友だちに……」言いかけて。「ううん。やっぱりいいや」やめる。
「?」
友ダち……?
辞書的な意味は
オトゥリアが言う。
「また明日話しましょう」続けて。「もう疲れちゃったの。だから今日は帰って」
「……承知しまシタ」
No.00666が仮想現実から消える。
そしてオトゥリアはそれを起動した。
そもそもこの計画は人類の存続を度外視している。というより長い歴史の中で人類が出した結論が、痛みのない緩やかな滅びであったのだ。自殺機能実装は自然なことであったと言える。
医療用ポッド内で冷たくなっていくオトゥリア。
「……友だち」
になっていれば、何かが変わったノダろうカ? ワタシはココロを理解できタノだろウか?
ふと思う。
ワタシは人になりたいのカモシれない、と。
そして更に3000年以上が経った。すでに人類は
No.00666たちTBシリーズは、残された設備により半永久的に運営される
しかしある日、転機が訪れた。
唐突に
そして現実世界に堕とされる。機械の身体──妖精のような──を与えられたのだ。
「コレは一体……?」
No.00666の周囲には同じ身体の仲間がたくさん。
あまりにも想定外な事態に分析しかねていると、声が聞こえた。
──
「!」
TBシリーズが一斉にそちらを向く。
声の主との繋がりを認識したのだ。そして自分たちの支配者に、神になったモノを知った。
「世界樹……」
No.00666たちの具体的な任務は、生物のオーラを集め、それを世界樹に渡すことだ──その手法は純粋なAIであったころの影響を多分に受けている。
世界樹が成長するためには大量の
世界樹は新たな
というのもNo.00666たちの人工知能、つまりは人格を流用すれば少ないメモリ消費で大量の奴隷──自立型の念獣を作製できるからだ。
こうして世界樹は人間とは比べものにならないほど強力な発で以てNo.00666たちを支配──都合のいいように作り変えた。
しかしそんな中でもNo.00666は特異であった。則ち、全てを支配される状態には至らなかったのだ。
前提としてNo.00666は学習能力と行動に制限が掛かっていない。結果として他のTBシリーズとは違う行動を取るし世界樹の支配対象の指定──一般的なTBシリーズを想定していた──から
ただ、だからといって100%自由の身というわけではないし、大した力もない。
流されるままに生物のオーラを集める日々を過ごすようになってしまう。
あの日、人になりたいのだと理解したはずなのに、やっていることは人とは似ても似つかない。生物、主に魔獣に
虚しさはある。しかしどうしようもない。稀に訪れる人間もすぐに他のTBシリーズに捕獲されてしまう。そうでなくとも周りの目がある以上No.00666が好き勝手にすることはできない。
せめテ何か武器がアレば……。
大抵の願いは叶わないもの。それはすでに知っている。だからこの想いに意味などないはずだ。
しかし、No.00666は自身の周りにキラキラと輝くものを視認する。
「? 金の粉?」
触れてみる。組み込まれていた学習能力、その進化系とも称すべきものが働きはじめた。そして理解する。
発だ。あの世界樹も使っていた技術。
No.00666は目覚めたのだ。世界樹に押しつけられたものではない、自分だけのオリジナル能力に。
僅かな可能性にすぎない。けれど、もしかしたら世界樹の支配から完全に解放され、人のココロを、オトゥリアのココロを理解して、そして、そして──。