【完結】ハンターハンター世界で転生者が探偵()をする話   作:虫野律

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※14話~22話まで連続投稿です。


機械仕掛けのティンカー・ベル [陸]

 開いた口が塞がらない。

 (いささ)情報過多(オーバードーズ)気味ではなかろうか。衝撃的な情報は用法容量を守って提供してほしいものだ。

 

 No.00666の話が真実ならば、パプたちが生まれたのは古代文明の滅亡期ということになる。

 そして無視できないのは世界樹。

 植物にもオーラとメモリがあってもおかしくはないが──遠く屹立(きつりつ)する大樹に目を向ける──あのスケールが敵として立ちはだかるなんて……。

 

 悪夢がすぎる。

 

 暗黒大陸とはよく言ったもんだ。もう目の前真っ暗だよ。

 

「はぁ──」

 

「人間サン」No.00666の声が俺の溜め息に重なった。「貴方はオトゥリアのココロが分かりマスカ」

 

 ……こいつはこいつで大変そうだな。

 

「正確には分からない」

 

「そうでスカ」悲しげに見える。

 

「だから単なる推測だ。それでもいいか?」

 

 また瞳がカチカチと点滅した。……犬のしっぽかな?

 

「構いませン。教えてクださイ」

 

「分かったよ」当たっていると確信まではできないし理解してもらえるかも不明だが努力はしてみよう。

 

 ゆっくりと言葉にしていく。

 

「人間はな、どうしようもなく嘘を必要とする時があるんだ。それは優しい嘘と言われたりする」

 

 No.00666は静かに聞いている。

 

「オトゥリアは家族の死を受け入れられなかったんだろう。そして都合のいい嘘──仮想現実に(すが)りついた」孤独だったであろう少女の心を想う。「その嘘は彼女の心を殺していく。そのようにオトゥリアは理解していた。また、それは彼女が望んだことでもあった、のだと思う」

 

 オトゥリアは初めから死だけを見ようとしていた。そう思えてならない。

 

「けど──」言っていいのか少し迷う。だがNo.00666は真実を求めている。きっと強いのだ。……言おう。

 

「君が現れたことで、オトゥリアはまだ自分の心が生きていると、生きたいと願っていると気づいてしまった」

 

 黙って耳を傾けていたNo.00666が初めて口を挟む。「デハなぜ──」

 

 が、敢えて被せる。「生きることは苦しいんだよ」強い口調になってしまった。今度は優しくなるように。「少なくともオトゥリアにとってはな」

 

「……」

 

「彼女は心を殺すことでどうにか存在していられた。現実と痛みから目を逸らすことができた。でもそれは叶うことのない夢だと、一度でもそんなふうに認識してしまうと、もう駄目だったのだろう。仮想現実という最後の頼みの綱でも激痛を和らげるには不充分。選択肢は完全な死(ひとつ)しか残されていなかった」

 

 静寂。

 樹木の青い薫りが風に乗ってどこかへ流れていく。

 長く短い()の後にNo.00666が口にしたのは。

 

「……ワタシは間違ってイたノですネ」

 

 後悔──しているのかもしれない。

 ただ、これでNo.00666を責めるのは酷だろう。だってこいつはまともな情操教育を受けずに育ったようなものだ。他者の感情の機微を察して最適な言動をすることは相当な難易度のはず。特にオトゥリアの場合は難しい。

 だから、慰める、でもないが、まぁなんだ、そんな感じに。

 

「否定はしない。けど、君は悪くないさ」

 

 No.00666が僅かに首を傾げる。「どうイう意味デスか」

 

 思わず苦笑してしまう。

 

「なぜ笑ウのデすカ」余計に混乱しているみたいだ。

 

「いや、すまん。別に変な意味はないんだ」ただ、面白いな、と。「随分と人間くさいから、つい」

 

 不規則な赤い光。

 

「No.00……」いちいち面倒だな。「番号以外に名前はないのか?」

 

「ありまセン」

 

「じゃあ俺が(テキトーに)名付けていいか?」

 

 駄目と言われると困る。滑舌を鍛えたいわけではないのだ。

 

「構いまセンが、理由が分かリマせん」

 

「俺の都合だ。深く考える必要はないよ」

 

 さて、そうだな。どうしようか。

 No.00666を見る。翼の付いた、30センチくらいの人型のロボット。

 

「うーん……」

 

「どうしタのでスカ」

 

「……」

 

 こいつ結構楽しみにしてないか? そんなに期待されてもネーミングセンスなんてないぞ。

 

 待たせるほどでもないからサクッと第一印象に従う。  

 

「メリッサ」なんとなく蜜蜂──ギリシャ語の“melissa”より──っぽい気がしたから。「嫌か?」

  

「嫌では──嫌ではありマセん」

 

 喜んでもらえた、のかね。正確には分からん。だって表情が固定なんだもん。

 でも、多分大丈夫っしょ。目が明滅してるし。

 

「それはよかった」最初のお返しだ。今度は俺から、手……というか指を差し出す。「これからよろしく。メリッサ」

 

 友だちになって、とか言ってたし。……これで拒否されたらダサすぎるけど。

 

「……ハイ」メリッサが俺の指に触れる。「よろしくお願いシまス」

 

 ひんやりとはしていない。

 

 

 

 

 

 

 メリッサと行動を共にするようになって数日、俺たちは森にある川のほとりにいた。

 俺は元々メビウス湖、つまりは人間のいる場所を目指したいと考えていた。実際は生きるだけで精一杯で自分の現在地すら分からない状態だったが。

 

 川の水を飲む。

 

「はー」

 

 美味い。

 

 普通は原水をそのまま飲むのはアウトだ。必ず浄化処理をすべきというのは常識ではあるのだが、少なくとも今まで何かが起きたことはない。多分オーラ量の暴力で強引に健康を保っているんだと思う。俺も異常暴力世界(ジャンプ)の住人になってしまったのかもしれない。

 

 閑話休題。

 

 メリッサが持つ記憶(データ)には地図情報も含まれていた。つまりメビウス湖らしきものの位置も分かるということだ。

 

「やはりワタシは迂回してでも森を進むベキだと再度提案しまス」

 

 メリッサは、パプに見つからないように可能な限り森に隠れつつ移動した方がいいと考えているらしいのだ。一理どころか十理くらいはありそうな意見だ。しかし。

 

「脅威はパプだけではないだろ? 真っ直ぐ最短コースで向かいたい」

 

 俺が暗黒大陸でイカれたサバイバルをして学んだのは、安心できる時間も場所も状況もないということだ(TPOver.暗黒大陸)。つまり森だろうが荒野だろうが全部地獄。

 それならできるだけ短い距離で済ませた方がマシだろう。

 

「……」

 

 メリッサに表情的な意味での変化はない。が、不満ですと主張している気がする。

 

……この子本当にロボットなんですかねぇ。

 

「ところで」妙な空気になってきたので話題を変える。「その魔獣族は本当に対話可能なのか?」

 

「可能デス」即答するメリッサ。

 

 俺たちがメビウス湖を渡るためには「門番」と呼ばれる「魔獣族」の許可が要る。だからまずは彼らに接触して「案内人」を付けてもらわなければならない。

 これはメリッサが教えてくれた情報だ。原作とも矛盾していなかったので信頼度は高い。

 

 つまり、今、話しているのは魔獣族が暮らす土地への行き方だ。

 ちなみに魔獣族は人間の古代文明が栄えていたころから暗黒大陸で暮らしていたそうだ。人間とは色々あったようだが、人類仮想現実移住(ネバーランド)計画に反発した人々の子孫──メビウス湖の中の人々には割と友好的らしい。

 メリッサ曰く、俺ならメビウス湖内出身とみなされるんだってさ。

 人類仮想現実移住(ネバーランド)計画に賛同した人間は、暗黒大陸に、というより世界のどこにも存在しないから、そりゃそうかって感じだ。

 つっても魔獣と聞くと不安が湧いてくる。さんっざん襲われたからな! 魔獣=捕食者という図式は、俺の中ではほとんど疑いようのない真理になりつつあるのだ。

 

「……しんど」

 

 川面(かわも)を見る。

 美しいせせらぎは、ともすれば日本の清流を思わせる。しかしここは地獄。あーあ。

 

 さて、そろそろ行くか、そう思った時。

 

「ん、影?」水面に小さな影が3つ。「──!」

 

──凝。

 

 慌てて上へ顔を向ける。

 

「っ!」

 

 ()状態のTBシリーズ──3匹のパプが空にいた。どうりで気配がしなかったわけだ!

 

「……」「先ヲ越サレタ?」「マダ捕マエテナイヨ」

 

──練。

 

 地獄は終わらない。

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

 メリッサ。

 

 まるで人のようだ。自分がこんなふうに呼ばれる日が来るとは予測していなかった。

 けれど蓄積された情報と思考パターンは、それを肯定的に捉えた。嫌ではない。

 

 (しん)との会話は新鮮でメリッサの思考を大いにかき乱した。人とは違い、表情を変化させることはできないが、けれど、73%の確率で伝わっていると、そう思う。これも嫌ではない。

 

 だから、だからメリッサは言った。

 

「真は逃げテくださイ」オーラを練り上げる。「ワタシが単独で処理シマす」

 

「……」

 

 空中からメリッサたちを見下ろす同族(パプ)の数は3。機体(ハードウェア)の基本スペックはほとんど同じだ。数の利があちらにある以上、勝率は決して高くないだろう。

 また、パプと人では性能に大きな差があるため、疲労の溜まっている真では足手まといになる。

 したがって真が直ちに行動を起こさないのは時間の無駄でしかない。

 

 メリッサの発言を聞いたパプの目が点滅する。

 

「様子ガオカシイヨ」「バグカモシレナイ」「廃棄?」「廃棄」「廃棄」

 

 3匹の隠状態が解除され、メリッサと同じ黒いオーラが(あら)わになる。

 まだ真はいる。

 理解できない。真がこの場に残っても勝率に大きな変化はないだろう。それどころか真が死亡するリスクが高まるだけ。非合理的だ。

 

「早く」電子回路がざわつく。「早く逃げてクださイ」

 

 最後に絞り出した「お願いだカら」は風にかき消されて。

 しかし「すまん」と真が森の奥へ駆け出してくれた。

 

 パプが真の逃げた方向へ(・・・)と視線をやる。

 

 やはりワタシの能力は破られてイル。

 

 メリッサの発──『魔法の粉は蜜の味(グッド トリップ)』は具現化した金色の粉を使い、幻を見せる能力だ。さらに、粉を対象の周囲に漂わせることで認識されにくくするといった使い方もできる。

 この能力によりパプに追われていた真を助けたのだ。

 また、移動している時も休憩している時も認識阻害は掛けていた。にもかかわらず見つかってしまったことから、何らかの手段で『魔法の粉は蜜の味(グッド トリップ)』を無効化した個体がいると推測できる。

 真が実際とは逆の方向へ逃げる幻を見せたはずなのに、そちらには見向きもしなかったことも根拠たり得るだろう。

 つまり、その個体は、今、メリッサを見ているパプの中にいる可能性が極めて高い。

 

 目を凝らす。

 

 そしてメリッサはそれを視認する。パプの周りに銀色に輝く粉が浮いているのだ。逆光になっており、かつ隠が掛けられているため気づくのが遅れた。

 

 もしかしたらアレはワタシと同じオリジナル能力かモしれなイ。

 

 そう考えると『魔法の粉は蜜の味(グッド トリップ)』の認識阻害が()かれた説明がつく。

 先ほど算出した勝率を修正する。そして出した数字は──。

 

「……選択肢はナイです」

 

 メリッサが飛翔する。

 翼のジェットエンジンが生み出す爆発的な推進力により一息掛からずにパプに肉薄し、勢いそのままにオーラを込めた手刀を振るう。しかし敵も同じことが可能な身体。パプは瞬時に散開し確実に回避する。

 

 やはり同速デすネ。

 

 森の上空でエメラルドグリーンの機体が踊る。

 遮るもののない広大なフィールド。その挙動はより速く、より大胆になっていく。近づき、離れ、また近づき、また離れる。幾度も繰り返されるその軌道はある種の芸術のように美しい。けれどそれは殺意に彩られたものだ。

 

 しかし、そんな中でメリッサは未だ無傷。すべての攻撃を避け続けている。

 

 なかなかダメージを与えられないことに業を煮やしたのか、2匹のパプが時間差で蹴撃(しゅうげき)を仕掛ける。だがメリッサは巧みに噴流(ふんりゅう)を操り、回転──紙一重で(かわ)す。

 

 時間差攻撃に失敗したパプが言う。

 

「ヤッパリ特異個体ダネ」「ウン。強イ」

 

 3対1でメリッサが戦えているのには訳がある。

 それは、メリッサに設定された、全てのTBシリーズ中、最も自由な学習能力。

 則ち、反逆を決意したその瞬間から、電脳世界に散らばる戦闘に役立つ情報(データ)──技術を収集し習得(インストール)していたのだ。

 本来のTBシリーズ──パプならば反逆を目的とする自己進化(アップデート)は不可能。そういうふうに制限が掛けられている。しかしメリッサは違う。実体を持たない単なる電子的な存在だったころから、その学習能力は誰よりも自由であった。

 この学習能力と孤独な努力がメリッサの戦闘力をカタログスペック以上に押し上げ、数的不利を克服せしめている。

 誰にも理解されず、味方はどこにもいない。それでも「人になりたい」という想いを失わずに牙を研いできたことが、今この時ようやく実を結んだのだ。

 

 しかし──。

 

「!」

 

 突然、メリッサの視界がしろがね色に染まる。銀色の粉が空を満たしたのだ。おそらくは隠──先ほど看破した隠よりも高度な──を掛けていたのだろう、今の今まで認識できなかった。

 次いで、メリッサのオーラが消滅。

 

 やらレタ。これはマズいですネ。

 

 内部にあるオーラは無事だが、それ以外は完全に消えている。オーラを練って堅を維持しようとしても精孔から出た瞬間には消滅してしまうのだ。言い換えると、敵のオリジナル能力は、幻を見破るだけでなくオーラを消すこともできるということだ。

 

 敵のパプの1匹が言う。「コレデ貴様の勝ツ確率ハゼロダ」

 

 無視して、銀色の粉がある範囲内から逃れようと飛行するが、オーラなしでは同速にすらならない。すぐに追いつかれ、そして殴打を受け、地面に叩き落される。

 

 あまりの衝撃に翼が折れてしまう。こうなってしまってはもう飛べない。もう戦えない。

 

「真……」

 

 眼前に迫るパプの拳を見たのを最後にメリッサの演算(意識)停止した(途絶えた)

 

 

 

▼▼▼ 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

    

 くそっ! なんでこうなるんだよ!

 

 森を駆ける。

 まだメリッサの強烈なオーラを感じることはできる。戦っているのだろう。独りで。

 

 息が苦しいのは疲労困憊で無理やり走っているからだ。そんなに俺は弱くない。だからオーラを乱すな。無駄な消費は抑えなければいけない。でなければメリッサの行動は意味がなくなってしまう。

 

 懸命に足を動かしていると、不意にメリッサのオーラが消えた。つまりはメリッサの敗北。最悪、すでに破壊されているかもしれない。

 

 一縷(いちる)の望みをかけて念じる。強く、深く。

 

──『嘘つきは探偵の始まり(ライアーハンター)』!!

 

 しかし意図した現象は起こらない。

 

「……ちっ」

 

 やはり発動しない。

 自分の無力さに嫌気が差す。せっかく暗黒大陸(じごく)で出会うことができた味方──友だったのに……。

 

 俺は、おそらくは生粋の特質系だ。そして固有の発は完全な(・・・)天然型。精孔が開くのを自覚した瞬間には、この発は一切の瑕疵なく完成していた。当然、手を加えることもできなかった。

 

嘘つきは探偵の始まり(ライアーハンター)』は、俺が考えた(フィクション)を現実に反映させる、つまりは世界を改変する能力だ。ここだけ聞くとヤバすぎるチートに思えるかもしれない。しかしそんなに甘くはない。

 当然、厳しい制約と誓約がある。

 まず1つ。この能力は生涯において1回しか使えない。まさに切り札。原作キャラ相手にポンポン使ってドヤ顔することはできないというね。はぁ。

 そしてもう1つ。こちらは明確に定義された、謂わば明文上の規定ではないが、潜在的には確かに存在する。則ち、オーラ量、メモリ及び念習熟度により改変に限界があるのだ。ニュアンスとして近いのは憲法改正に関する学説──通説的見解である自然法論的限界説だろうか。

 念という概念の本質的傾向や要素を前提に全ての念能力者に課せられる黙示の上位規範であり限界。俺の発はこれが顕著なのだ。一般の念能力者に会ったことがないから断言はできないが、原作を見る限りこの推測はあながち的外れではないと思う。

 念は万能じゃないのだから当たり前だろ、と言われればそれまでだ。それは分かるのだが、実際この改変限界が大きな障害となっており「発動できる」と感じたことが一度もないのだから、やはり通常以上だろう。やる前から「これは絶対に無理」と分かってしまうということは、相当に身の丈に合わない発なんだと思う。今だって……。

 

 メリッサの気配を見失ってから2分は経っただろうか。

 心を律し、休むことなく走り続けた。かなりの速さであったはずだ。距離も順調に稼げている。つまり尋常な相手ならば逃げ切れて然るべき。

 だが──。

 

 風を切り裂く強烈な、あるいは純粋な悪意の塊。

 

「!」即座に振り向くがそれはすでに目の前に──。

 

「……っ!」

 

 (かろ)うじて攻防力移動──流が間に合った。ほとんど硬と表すべき一点集中、綱渡りの防御。

 しかしそれでも五大厄災(パプ)相手にはあまりにも脆弱(ぜいじゃく)

 

「ィってぇな」

 

 左腕が弾けた。肘から先には「さよなら」すら言わせてもらえなかった。

 熱を帯びた痛み。止めどなく零れ落ちる血液。

 だが、まだだ。まだ俺は俺のままだ。勝てなくても苦しくても最後までかっこ悪く足掻いてやる。

 

──凝、やがて硬。

 

 冷静に。(つぶさ)に見る。視る。

 

 なぜハイリスクな硬を目などという部位に施したのか。俺自身、具体性のある説明はできない。強いて言えば本能だろうか。

 しかし、そんな本来土壇場でするべきではない行動が、俺の命を繋ぐ。

 

 パプがブレる。

 

「くっ」

 

 今度は右腕がぐちゃぐちゃになってしまった。だが予兆は察せられた。パプのオーラがごく僅かにだが、挙動の直前に一定の指向性を持って収束していた。簡単に言うとコンマ数秒先の行動(・・・・・・・・・)がオーラによって示されるということだ。

 

 ここで初めてパプが話しかけてきた。

 

「普通ノ人間ジャナイノ?」

 

「知らねぇよ」

 

「フーン」またパプから予兆──右から接近し頭部へ蹴り、と見せかけて、そのまま旋回。膝へ回し蹴り──!

 

 パプが動き出すより前に回避行動──流もだ──を始める。そうでなければ紙一重すら不可能。そうしなければ──時間を稼げない!

 果たして、からくも躱すことができた。よし。

 

 俺はまだ諦めていない。

 意味も分からないまま暗黒大陸(地獄)に堕とされ、何も成さず、何も得られず……、そんなの受け入れられるかよ!

 

 パプの苛烈な攻めをギリギリで避けながら、俺は『嘘つきは探偵の始まり(ライアーハンター)』の限界──実現可能範囲を探っていた。任意の(フィクション)を設定し、発動をシミュレーション。ダメなら別の(フィクション)を試す。

 今まで、それこそメリッサに出会う前から幾度となく試してきた、もはやルーチン、あるいは思考遊戯。

 

 そうして、視、避、考を繰り返す。

 しかし糸口が見つからないまま体力を消費していくばかり。一方、パプに消耗は見られない。それどころか次第に洗練されている気さえする。いや、間違いなく洗練──学習している。

 呼吸が乱れ、肺が悲鳴を上げる。

 

「は、ぁ、はぁ、は、はぁ」

 

 何回、躱しただろうか。何回、嘘をついた(シミュレーションした)だろうか。

 未だ効果的かつ実現可能な嘘は発見できず──。 

 

 やっぱり無理なのか。この能力はお飾りにすぎないのか。

 

 本音を言うと初めからできるとは思っていなかった。それでも自分に嘘をつき、鼓舞し、生にしがみ付くべく抗ってきた。

 

「──ッ」

 

 だが、それもここまでのようだ。

 

 両腕と右足はすでにない。腸は引きずり出され、千切られた。眼球は潰され、もはや俺の世界は闇そのもの。何か所骨折しているかも分からない。多分何本かは皮膚を突き破って露出している。俺がキチガイじみたオーラ量を保有していなければ、もしくは妄執にも似た意地がなければ、とっくに意識を失っていただろう。

 

「は、はは」

 

 我ながら頭のおかしいことやってんなぁって思う。

  

「ホントー二頑張ルネ」メリッサと同じ電子音。「変ナコトサレルト手間ダカラ先二夢ヲ見セルヨ」

 

「……rぅs、ぃ」 

 

 舌が上手く動かない。

 

「……!」

 

 頭部に(くすぐ)ったいような痛み。

 メリッサが言っていたやつか。これから俺は望む夢を見せられながらそうと認識することなく死んでいく……。

 

 ……ん? 望む夢?

 

 待てよ。もしかすると……。

 

 それこそ夢物語(・・・)みたいに都合が良すぎるとは思う。しかし、もうできることはそれくらいしかない。

 最後の悪足掻きだ。これくらい神様も……世界樹(かみ)は敵だったな。じゃあ魔王様も許してくれるだろう。

 

 (フィクション)を創造する。シミュレーションはいらない。時間がないから意味もない。

 

 来い。俺の望む世界よ。さぁ、来るんだ! 来いぃぃぃぃ!!

 

──『嘘つきは探偵の始まり(ライアーハンター)』!!!

 

 そして世界は──嘘に犯される。

 

 

 

 


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