【完結】ハンターハンター世界で転生者が探偵()をする話 作:虫野律
ガヤガヤと中途半端に混雑しているカフェのテラス席で、アイスティを口に運ぶ。
冷たくて美味いが、週末には来たくないな。平日でここまで混んでるとなるとな。
しかし、俺の向かいに座る男──ミザイストムにそれを気にした様子はない。
「いい加減ハンターライセンスを取ったらどうだ? 便利だぞ?」
ミザイがコーヒー(?)片手に言う。ブラックコーヒーを頼んでミルクをたっぷり入れるスタイルは理解に苦しむ。
「うーん、俺って身体能力は低いぜ? ハンター試験はちょいキツいんだよ」
特質系だしな。ハンターハンター世界で探偵をやるための最低限の
ミザイが疑わしそうに俺を見る。なんだよ。男に見つめられても嬉しくないぞ。
「お前がそう言うなら俺は無理強いできないが……」
尻すぼみになる。
「お前を派閥に引き込みたい人間が──」
「ちょちょちょーっと待て。マジなの? だって俺、アマチュアハンターですらないただの探偵だぜ?」
おい「何言ってんだ、こいつ」って顔やめろ。
「その言い訳は無理があるぞ」
「……」
現実逃避は許さない系プロハンターの牛である。
「一部の幹部がお前の能力に利用価値を見出だしている」
当然のように能力バレ笑。泣きてぇ。
「どうせ目をつけられているなら、自分から歩み寄って、なるべく有利な立ち位置を勝ち取った方がいいのではないか」
「それはそうだが……」
実に弁護士らしい思考だ。
ただ、なんとなくハンターという地位に収まりたくないんだよなぁ。せめて肩書きだけは純粋な探偵でありたい。やってることが本格ミステリーの要素皆無な分、形式くらいはって感じ。
くだらない拘りだけど、人生にはそういうのも必要だと思う。合理的なだけなんてつまらない。
「で、その引き込みたいとかいう変わり者は誰なんだ?」
「一番厄介なのはパリストン・ヒルだろう」
「うわぁ」
ドン引きである。
というか……。
「ミザイは親会長派だろ。俺が敵になってもいいのか?」
「良くはないが、俺の都合とお前の利益を切り離して考えた結果だ」
「……そりゃあどうも」
人間できてんなぁ。俺とは違うわ。だが。
「すまん。それでもハンターはちょっとな」
「そうか」
微妙にしょんぼりして追加でミルク入れやがった。もはやコーヒーではない。
事務所に戻り、お気に入りのミステリーを読んでいるとドアベルが鳴らされた。来客のようだ。
依頼かな。でも電話連絡もなしにいきなり来るのは少し珍しい。全く無いわけじゃないけどな。
ドアを開ける。
「こんにちは。ご依頼の方でしょうか」
ん……? なんか見たことあるような……。
「ああ。少しばかり変わった依頼だが、話を聞いてもらえるか?」
来客は男女2人組。そのうち、好青年然としたヘアバンドの男が言った。
「……入ってください。お話を伺いましょう」
2人に狭い事務所のくたびれたソファを勧める。
「今、お飲み物を用意しますのでお待ちください」
「いらないわ。それよりも」
今度は鷲鼻の女性が、トゲはないが、はっきりとした口調で言った。
……。
「分かりました」
そう言って、俺もソファに座る。
それにしても、長身の鷲鼻女に、ヘアバンドの好青年か……。幻影旅団、だろうか。実際に見たことはないから確信は持てないな。ただ、オーラの質が色んな意味でヤバい。こんなオーラの奴がそこらにいて堪るか。
仮に幻影旅団だとして何が狙いだ? リリーの件で目をつけられた? しかし敵対的な雰囲気ではない。分からないな。
「それで、変わったご依頼というのは?」
とりあえずは依頼とやらを確認だ。
鷲鼻の女性がビジネスバッグから一冊の本を取り出す。オーラが込められている。
おいおい。いきなりそんなもん出して危ない奴らだな。初対面の念能力者同士の場で、オーラが込められたアイテムを断りもなく出すのは普通にマナー違反だ。人によっては即攻撃もあり得る。まぁこいつらなら余裕で対応できそうだが。
念のため凝で見てみるが、不審な点はない。
本のタイトルは『チャーリー時々大海賊』。作者はジェームス・ジャクソンとある。
ヘアバンドの男……クロロ(仮)が説明を始める。
「この本はパドキア共和国にある国立博物館に展示されていた物だ」
おい。盗んだことを隠す気がないのか? いや待て決めつけるな。幻影旅団じゃないかもしれないし、適法な手段で占有に至ったのかもしれないじゃないか。……なんてな。
「……」
クロロ(仮)が無言で見つめてくる。深海のような目だ。
「どうしました?」
「……いや、何でもない」
観察されてるんだろうな。お互い様だから別にいいけどね。
「クロロだ。こっちはパクノダ」
ん。ほぼ確定か。というか名前を偽らないってことは……。まぁいいや。
「これは失礼。私はエヴァン・ベーカー。しがない私立探偵です。それで、こちらの本はどういったものなんです? 芳ばしいオーラが付加されてるように見えますが……」
「詳しいことは俺たちにも分からない。ただ、このオーラだ。何かあると思って手に
パクノダが本を開き、俺に差し出す。
これがヤバい能力の発動条件だったら詰むね。一応、能力無しの印象では、ここまで積極的な嘘はないように見えるけど、相手が相手だからな。普通に恐い。ま、見るけどね。リスクに飛び込まないと愉快なリターンは手に入りにくいし。
パクノダから受け取る。指、細いなぁ。
前書き部分には一文のみ。
“この本には一つだけ嘘がある”
「嘘、ね。込められたオーラの重さを考慮するならば、その嘘を見破ると何かが起きそうですね」
「ああ。俺もそこが気になっている。そこで嘘を探したんだが……」
「発見、あるいは確信には至らなかった、と」
クロロが頷く。
「最初は叙述トリックの類いかと考えたが違った。この小説は構成、伏線がしっかりとしたストレートな冒険小説だった。叙述トリックが入り込む余地は無い。作品として厳格にまとまっているから、どこかに何らかの嘘があるとすると作品として破綻してしまう」
ほー。それはそれは。
「だったらこの前書き自体が嘘なのかと思ったが、それを確かめる方法が無くてな。それにそう
「……」
まさかとは思うけど、俺の能力がバレてるってことはないよね? 流石にないよね? この依頼、単なる偶然だよね?
……果てしなく不安である。
クロロが俺を真っ直ぐに見る。視る。
「俺たちの依頼はこの謎の解明だ。受けてくれるか?」
「……勿論。お任せください」
面白そうだし。リスクより好奇心。目の前のミステリーには食いつかないといけない! っつー使命感(笑)。
それに「依頼」により制約クリアだ。これで探偵業の依頼達成に必要な範囲で、全ての発が使用可能になる。
早速、嘘発見器(笑)を発動する。
──嘘つき! 嘘つき!
ニヤッと笑ってしまう。あのクロロが分からなかったナゾナゾでも瞬殺だぜ? 結構凄いと思う。……能力の相性が良かっただけだけど。
俺の目には、前書きにも本文にも一切の嘘が無いように見えている。
そう、一切の嘘がない物語なんだ。つまりこれは単なる娯楽小説ではない。フィクション(嘘)ではなく実話。日記や手記が近いだろうか。
さて、日記(手記)で作者名と主人公名が一致していないなら、そういうことだ。つまり本文に嘘がない以上、作者名が嘘ということになる。一応、日記でも作者名=主人公名でないパターンも想定できなくはないが、今回はストレートな形式が本来の形だったようだ。
「分かりましたよ」
クロロの眉が僅かにぴくりと動く。パクノダも似たような反応だ。2人ともポーカーフェイスがお上手なことで。
「……答えは?」
クロロが愉快そうに問うてきた。
どや顔してやろう。
「作者名が嘘です。作者の本当の名前は、おそらくはチャーリー・テイラーでしょう。この本は小説ではなく、日記や手記の類いの実話かと思います」
「……根拠は?」
もう能力によるものってほとんど確信してるくせにー。
「クロロさんの能力を詳しく教えていただけたら、私もお教えしますよ?」
「……」
「……ふふ」
パクノダが上品に小さく笑う。
でもなんかどことなく魔女っぽい。実は毒リンゴとか具現化できるんじゃ……。食べるとランダムで記憶が無くなるみたいなやつ。こっわ。
そんなくだらないことを考えていると、突然、本からオーラが噴き出した。
──練。堅。凝。
全員が瞬時に警戒態勢に入る。しかし──。
木、木、木。
転移したのか……?
俺たちの警戒なんて無意味だと嘲笑うかのように、一瞬で森? に全員仲良く移動させられたみたいだ。ヤッバ。
「……クロロさんは何か知ってますか?」
辺りを油断なく、しかしどこか愉快そうに見ていたクロロに訊く。
「悪いが何も知らない」
「私もよ」
嘘は無いか。
「……困りましたね」
空高く、魔獣らしき鳥形のシルエットが金属音的鳴き声(?)を上げている。確かあの魔獣、長寿種の希少なやつだ。ほわぁ、実物は初めて見た。
ボヤッと救助を待ってても助けは来な……あ、クロロの愉快な仲間たちならワンチャンあるかな。
だが……。
「せっかくだ。少し調べる」
何が、せっかくなのだろうか? クロロは移動をご所望のようだ。スタスタと歩き出した。
何とはなしにパクノダへ顔を向けると目が合った。互いに、クスリ、と笑い、クロロを追いかける。