【完結】ハンターハンター世界で転生者が探偵()をする話   作:虫野律

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※14話~22話まで連続投稿です。


機械仕掛けのティンカー・ベル [漆]

 電脳世界の奥の奥。雑多な情報の海、その底で古びた宝箱が独りでに(ひら)く──。

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

 はっ、と目を覚ます。

 急速に記憶が蘇る。そうだ。パプに敗北したんだった。

 

 倒れていた身体(・・)を起こす。どうやらビルらしき建築物の一室にいるようだ。しかし人の気配はしない。窓まで行き、外を見る。

 

「……ビルしかねぇ」

 

 眼前に広がっていたのは、砂漠に並び立つ高層ビル──中心にある一際高いビルから3方向に列が延びており、それぞれのビルの上で巨大な数字がクルクルと浮遊している。

 で、その列を形成するビルの1つに俺がいるわけだ。いろいろと意味不明だが、特に数字がよく分からん。

 

「932……」

 

 隣のビルの数字だ。なんの意味があるんだろう。

 首を捻って少しの間考え込むが、解は見つからず。

 

 それにしてもこれが俺の精神世界なのか? 結構ショックなんだけど。なんだよこの病んでそうな光景。

 

 俺が『嘘つきは探偵の始まり(ライアーハンター)』で改変した、つまり創造した内容はこうだ。

 最初に俺は、俺自身のもう1つの人格を作り出した。謂わば副人格といったところか。そしてその副人格──今の俺だ──を俺自身の精神世界の片隅に隠したんだ。これはパプによる精神支配を逃れるためだ。主人格はパプにやられ、おそらく現在は夢の世界で楽しくやっていることだろう。

 そして、ここからが肝なんだが、一定条件をクリアしたとき、夢の世界──俺自身が望んだ世界内の俺の念能力が現実世界に影響を与えられるように設定したんだ。これはどういうことかというと、俺が望んでパプにより提供された世界では、俺自身が望んだメチャクチャ都合のいい超強力な念能力が与えられるはずであるから、その能力を利用し起死回生の一手にしてしまおうってことだ。そう、俺はパプと繋がったあの瞬間、現実世界での利用を前提とした能力──夢をパプに求めていた。この際、パプにはこの思考を隠すための嘘、則ち発による認識の改ざんを実行している。

 

 勿論、薄氷の上でタップダンスを踊りきるかのごとき難易度の制約と誓約がある。

 まず大前提として、主人格の発を現実世界で使用するには主人格と副人格の意思の合致が要る。

 ただし、主人格は暗黒大陸でのあれこれや俺の現実世界での能力に関する記憶のない状態からスタートしている。さらに、副人格である俺が主人格の俺に対して「直接的に真実(答え)を教えることはできない」。

 一方で、主人格が真実に至る始まりは「副人格による依頼でなければならず」また「依頼がなければ真実を認識することができない」。

 これらは俺のメモリサイズに適合させるためにやむを得ず課した制約だ。要するに、なんとかして何らかの回りくどいヒントを主人格に提示し、主人格自身の推理で真実(答え)に辿り着いてもらう必要がある。そうすれば記憶の制限が解除されるように組み上げた。

 そしてもう1つ無視できないリスクがある。それはここが俺自身の精神世界であることから導かれる。つまりパプの監視の可能性だ。そもそも、だ。主人格の認識がパプに制御されているということは、俺がいるこの砂漠とビルの世界──2つの人格共通の精神世界もパプによる監視や干渉に晒されている可能性が極めて高いと考えられる。

 ここで問題になってくるのは、パプが主人格の思考を把握しているであろうということだ。もし何の対策も練らずにヒントを伝え、それにより主人格の記憶が復活した場合、つまり副人格の俺を思い出すことになるわけだから、パプに計画の全容がバレてしまうだろう。そうなればそれこそ対抗策を講じられかねない。イコール完全なる詰みだ。それだけは絶対に避けたい。

 

 まとめると、俺はパプの目を掻い潜りつつ主人格の状況を探って、上手い具合にコンタクトを取り、さらに主人格が真実に思い至るタイミングでパプの監視が外れるようにし、又は対策が実行される前に主人格の俺の能力を発動しなければならない。

 ……きっついな。でもここまでしなければ『嘘つきは探偵の始まり(ライアーハンター)』は発動しなかったのだから仕方ない。はぁ。

 

 とはいえ、一応そのための布石はすでに打ってある。

 俺がパプに願った夢の内容は「『主人公であるゴン・フリークスのいない原作HUNTER×HUNTER世界』に念の天才として転生して楽しく探偵をやる」というものだ。本来絶対にいなければならない原作主人公の不在。それこそがその世界が偽りであることの最大の証左(ヒント)になると考えた結果だ。

さらにダメ押しに「暗黒大陸での出来事(記憶)をランダムで1つだけ夢で見る」ように『嘘つきは探偵の始まり(ライアーハンター)』により設定した。

 制約と誓約とのバランスを取ろうとするとこういった焦れったいやり方になってしまった。これらと依頼時の会話からなんとか「主人格の生きる世界がパプにより創られた夢である」と気づいてくれればいいのだが……。

 

 はっきり言って上手くいく自信はない。

 

「はぁ」

 

 最近溜め息ついてばかりな気がする。

 とりあえずは絶状態でこの世界を調べるか。

 そう思いコソコソとビル内の探索を開始。まず俺がいた部屋──デスクのない広いオフィスのよう──を出て階段を探す。すぐに見つかった。ビルの構造的には日本のものと同じと見てよさそうだ。まぁ当たり前か。俺の精神世界だもんな。

 さて、上に行くか下に行くか。

 

「……上だな」

 

 猶予がどのくらい残されているか分からない以上できるだけ急ぐべきだが、おざなりにして取り返しのつかない見落としをしたら笑えない。だから、ここは上。

 

 

 

 

 

 

 ビルの屋上への扉は普通に開いていた。施錠されていなくてよかった。

 

「929か」

 

 このビルの番号だ。番号はオーラで形成されている。ものすごく大きい。

 ここから視認可能な範囲で他のビルの番号を確認する。まずはこのビルを含む列から。

 真ん中のどデカいビルへ向かって929、932、935……と3ずつ増えている。逆に中心部から離れるに従って929、926、923……と3ずつ減っている。

 そして残り2つの列は930、927、924……のパターンと931、928、925……のパターン。

 

「……」

 

 んー。なにこれ。

 規則性はシンプル極まりないが、数字そのものの意味が理解不能だ。

 巨大な数字に近づく。ちょっと数字のオーラを観察してみたい……と思ったんだけど、数字の下に不可解なものを発見した。

 

「『不思議の国の密室遊戯』……」

 

 俺の好きなミステリー小説が落ちてた。うん。落ちてた。……なんでやねん。いや、俺の精神世界なら納得できなくはないんだが、具体的な理由は不明だ。

 凝で確認しても不審な点はない……つーかここにぽつんと置かれていること自体が不審だったわ。危ない危ない(?)。

 とはいえ放置するのも気持ち悪い。妙なオーラは仕込まれていないように見えるし、拾ってしまおう。

 気休めにしかならないが、手にオーラを集める。で、触れる。シン、と何も起きない。

 少なくとも即発動タイプの罠じゃなかったみたいだ。

 

「ビビらせやがって」

 

 パラパラと流し見。内容的には日本で読んでいたものと変わらない。

 ただの本なのか? いやしかしな。そんなことあるか? こんな意味深な状況で?

 

「……」

 

 保留だな。何かに必要な又は特殊な使い方のアイテムであったとしても、今すぐに適切な使用法は分からない。さしあたってはスーツのポケットに入れておくことにする。

 

 当初の目的どおり数字も調べる。といっても凝で視るだけだが。

 結果はただの文字。素人だから間違っているかもしれないけど、俺の目にはそう見える。

 

「これも保留」

 

 分からないことに拘って時間を無駄にはできない。ここはもう切り上げることにする。入試とかでも分からないなら飛ばして他に手をつけろって言うし、そもそも情報が決定的に不足している現状では如何ともし難い。

 

 次はあからさまに怪しい中心の超高層ビルを目指しつつ途中のビルに寄り道しつつ、てな感じにしよう。

 階段へむか……やっぱりエレベーターを探そう。10階以上も下りたくない。

 

 

 

 

 

 

 砂を踏みしめて歩く。

 途中、ビルを確認して分かったことがある。まだ推測の域を出ないが、可能性はあると思う。

 ビルの屋上には例外なくお気に入りのミステリー小説が存在していた。一応、今現在は4冊ほど占有している。そろそろポッケの空きスペースがなくなってきた。

 で、推測の内容だが、数字の意味だ。おそらくあの数字は「26年の人生で俺がそのビルにある小説を初めて読んだ順番」だ。正直に言って「不思議の国の密室遊戯」を929番目に読んだかどうかを正確に記憶しているわけではない。けど932と935で発見したミステリーは比較的最近読んだやつだったことは間違いない──トータルで約1000冊のミステリー小説を読了している。

 まぁ、だからなんだって話なんだけどさ。

 

 今のところ普通の小説のままだ。つまり読書以外の使い道はほとんどない。そして優雅に読書している暇もない。

 絶対何かあると思うんだけど、結局そこは分からず終いだ。何か条件があるんかなぁ。

 

 トボトボと乾いた大地を進んでいると、目的のビルまでおよそ300メートルの所でそれを視界に捉えた。

 

「っ!」

 

 絶状態は維持しているから気づかれてはいないと思うが、心臓に悪いぜ。

 俺が見たのは1匹のパプ。そいつが中心のビルに向かっていったんだ。

 

 やはりいたか。

 

 ベリーハード確定だ。

 ただ、これは手掛かりでもある。というか、ほとんど回答そのものと言ってもいい次元だろう。則ち、あのデカいビルの中に主人格への(パス)がある期待。

 俄かに鼓動が大きくなる。

 落ち着け。間違ってもオーラを漏らしてはいけない。自分を律しろ。大丈夫、俺は念の天才だ。絶くらい寝ていてもできる。

 イメージする、精孔1つひとつを、その感覚を。

 

──絶。

 

「──」

 

 よし。無欠の静に入った。

 

 さて、こっからどうするかだが、必竟(ひっきょう)行くしかないのだろう。俺の第一の目的は主人格の状態を把握すること及びヒントを与えること。そのためには虎穴に入らざるを得ない。

 幸いビルが並んでいるから死角伝い──目算で100メートルおきではあるが──に移動することができる。とりあえずは近くのビル上層階からパプの入ったビルの入口を見張ろう。そして行動パターンを観察し、隙を見て侵入だ。

 

 速やかに行動開始。

 

 

 

 

 

 

 夜。

 中心部にある超高層ビル、その隣のビル──数字は1010──の9階にてそれを自覚した。

 

 潜在オーラの減少。

 

 俺の中にある潜在オーラの枠が縮小しているんだ。これはつまり、時間経過で俺が消滅することに他ならない。

 ベリーハードではなくヘルモードだったらしい。あーあ。

 

 全く嬉しくないが、これは必然の現象。

 副人格である俺は主人格ともパプとも繋がっていない。そしてこの精神世界の副人格とは「仮に」「副次的に」「部分的に」主人格のオーラを譲渡された存在にすぎない以上、念獣同様オーラの供給なしでは顕在し続けることができないと見るべきなのだ。

 急がないといけない。

 分離前の潜在オーラ量が暗黒大陸上位クラス(魔獣基準)だったため、まだ多少の余裕はあるが、だからと言って呑気に構えるのは無理だ。流石にそこまで鋼のメンタルではない。

 

 しかしパプは未だビル内。

 どうしたものか……。

 

 

 

 

 

 

 刑事ドラマよろしく張り込みを続けること3日。

 少しずつ、けれど確実に終わりの時は近づいている。

 だが、パプには俺の都合に合わせる理由があろうはずもない。そのほとんどをビル内で過ごしている。外に出てもすぐに戻ってきてしまうのだ。精々が10分かそこらの外出では突撃は躊躇われる。

 

 これはまずいかもしれない。つーか、まずい。 

 潜在オーラの量から残り時間を推し量るに、あと3日、持って4日くらいか。やばいね。

 仮になんとかヒントを伝えることができたとしても、主人格が真相に辿り着くまでどのくらい掛かる? 4日以内で可能なのか? 

 そうしてもらわないと困るわけだが、果たして俺にやれるのだろうか。この精神世界と主人格が見る夢の世界では、時間の流れるスピードが違う可能性もあるにはあるが、それにしたって楽観視できるほどの猶予はないと考えておいた方が無難だろう。長めに想定していて、実際には短期間しかなかった場合は目も当てられない。

 そして、もう1つ。俺は、俺たちは、主人格の記憶が復活してからパプによる妨害がなされるまでの(かん)に勝負を決めることができるのか……。

 

 じっとり、汗。

 

 どうする。絶を信じて突っ込むか? 

 しかし相手は五大厄災。相対したから分かる。あれに常識だとか道理だとかは通用しない。俺が原作ゴンやキルア若しくはツェリード二ヒ級の、又はそれ以上の才を有していたとしても、たったそれだけのちっぽけな(つるぎ)でどうにかなる相手ではない。あらゆる手を尽くし類稀な幸運をいくつも引き寄せて、それで漸く同じ土俵に立てる。そんな相手だ。

   

 だが、だが……。

 

「……はぁ」

 

 また溜め息だ。溜め息が出るから幸せが逃げるのか、幸せに逃げられたから溜め息が出るのか、それとも負のスパイラルなのだろうか。

 戯言。しかし気は紛れない。仕方なく現実を見る。やるしかない現実を。

 

 やればできる、なんて陳腐で蒙昧(もうまい)な言葉は好きではないが、今はそれが真理だと思っておこう。そうでもしないと折れてしまいそうだ。ホントになんでこんなことになってんだか。

 

 次にパプがビルを離れたら行こう。

 

 そう決意した丁度その時、パプがビルの正面玄関から飛び出してきた。

 

 なんだ……?

 

 いつもと様子が違う。少なくとも俺が観察した限りでは、こんなに急いで出てきたことはなかった。

 パプが夕空──天に向かって飛翔。遥か上空に発生した黒い円に飛び込む。すると円は急速に小さくなり、そして消える。パプもいない。

 

「……まさか」

 

 主人格がヒントなしで真実に気づいた? いやしかし『嘘つきは探偵の始まり(ライアーハンター)』による設定上(制約上)それはあり得ない。 

 ならば何らかのイレギュラーが発生した? 

 人間的な価値観で判断すればそうなるけど、パプだしな……。

 しっくりなど来るはずがない。

 

 しかしこれは好機、もっと言えば最初で最後の隙かもしれない。

 

「……」  

 

 静かに動き始める。けれど迅速に。 

 

 

 

 

 

 

 ビルの正面玄関を潜る。1階で目立つのは、日本でも毎日見ていた来客用カウンター、要するに受付嬢がいる所だ。ただしここは(もぬけ)の殻。

 そこの横にある、フロアの案内が掲示されたパネルを確認する。  

 

 まるでありふれた会社のようなそれはしかし、内容の異質さで以てここが異世界であると伝えていた。

 

 1階──空白。2階──空白。1階から25階は全て空白。だが──。

 

「26階──仮想現実管制室!」

 

 エレベーターはどこだ、と視線を走らせる。すぐに見つけ、駆け出す。

 

 

 

 

 

 

 エレベーターを降りると巨大な画面が目に飛び込んできた。大きな部屋だ。真っ暗なままの大画面の前には何やら電子機器──コンピュータ等が並んでいる。それらはパプに合わせて小さくなってはいない。キーボードから電話に至るまで俺がよく知る大きさだ。

 

 なぜ人間サイズ? ここが俺の精神世界だから? つまりパプもこの精神世界の法則(ルール)に縛られるということか?

 

 考えてみれば、先ほどのパプが、急用らしいにもかかわらずお行儀良く玄関から外に出ていたのは、そういった事情があったのかもしれない。だって本当に急いでいるのならビルの天井なり窓なりをぶち抜いて空に行けばいい。それをしないのは、できなかったから……なのか。

 確信はできないが、仮に的中していたらつけ入る隙にならないだろうか。とはいえ現時点ではその行動制限をどう利用するかの具体策はないのだが……。

 

 部屋の核であろう大画面、素直に受け取ればこれに主人格の様子が映し出されると考えられる。

 

 スイッチのようなものは……。

 

 しかしそんな分かりやすいものはない。それなら、と大画面の正面にあるパソコン……ってよく見ればこれ、俺がいつも仕事用に持ち歩いてるやつじゃん! つーか、それもそうか。ここは俺の精神世界だったわ。

 1人得心し、慣れ親しんだ電源ボタンを押す。独特の起動音もそのままで、まるでこれから仕事をしなければいけないような気にさせてくる。それで済めばどんなにいいか。

 

 デスクトップが表示された。いくつかのアイコンがある。

「現在の様子(FPS視点)」「現在の様子(TPS視点Ⅰ)」「現在の様子(TPS視点Ⅱ)」「基本情報管理」「念能力管理」「時間操作」「通話(電話)」

 

 思わず息を呑む。

 

 当たりも当たり、大当たりじゃねぇか。

 マウスポインタを動かし「現在の様子(TPS視点Ⅰ)」をクリック。

 

 そして、とうとう大画面に映像が流れ始めた。

 

「……女子高生くらいの子となんかしてんだけど」

 

 俺が精神世界(地獄その2)で苦労しているというのに、もう1人の俺は何をしてるんだよ。

 自分のこととはいえ、すこーし怒りが湧くが、心を落ち着けて映像を観察する。何かの事務所(?)らしき場所で念の指導をしているようだ。赤髪の女の子は弟子だろうか。

 画面左側には主人格の思考らしきものが短文形式でチャットのように流れている。これではパプに脳内が筒抜けだ。過去の記憶までは把握できない仕様ならばまだマシだが、あまり期待は持てないか。

 

「……」

 

 パプの気配はない。

 円は半径30メートルちょいしか展開できないし、仮に隠と併用したとしても感知される危険がある以上、そもそも使えない。つまり純粋な五感による索敵だ。ちょっと前まで普通の日本人だったというのに、げに恐ろしきはバトル漫画ワールドよ。

 

 素早く「通話(電話)」アイコンを選択──このパソコンにはマイク機能が搭載されている。すると。

 

──prrrrrrrrrprrrrrrrrr……。

 

 画面内で電話が鳴り出した。

 緊張感が高まるも、すぐに主人格の俺が電話を取る。

 さぁ正念場だぞ。気合を入れて口を動かす。

 

「お前は騙されている。真実を見つけろ。これは依頼(・・)だ。ジン・フリーク──っ!」クソっ! パプが戻ってきやがった。かなりの速さでここに近づいている! 「ちぃっ!」意図せず舌打ち。すぐに通話停止アイコンをクリックし、逃走に入る。

 

 見つかってしまっては終わりだ。主人格には悪いがこれだけで頑張ってもらうしかない。俺の知能では不安が残りまくるが、どうしようもない。自分を信じるとかいう熱血キャラみたいな真似をするしかないようだ。柄じゃねぇぜ、まったくよぅ。

 

 

 

 

 

 

 何とか見つからずにビルから出ることができた。

 風が強いおかげで足跡はそう掛からずに消えてくれる。しかも日も沈んでいる。だから完璧に安心だ、というわけではないが、心配が1つ減るだけでも充分ありがたい。

  

 全力で疾駆し、手近なビル──廃墟のような──に転がり込む。

 

「はぁー、つれぇ」

 

 絶対的な死とのニアミス。乱れた息を整えながらも、頭の中では嫌な想像が取り散らかって片付かない。

 

「……」

 

 人のいない荒廃したビルに独りでいると、不安に押しつぶされそうになってしまう。特段寂しがり屋というわけではないが、この状況は少し応える。

 

「っ!」

 

 でも、でもまだ生きている。たしかにこの世界は現実ではない。けれど、まだ存在していられる。

 

「……負けたくねぇ」

 

 意味も分からず暗黒大陸(地獄)に拉致されたあげく、くそったれな世界樹()の養分になる? ふざけんなよ。絶対に認められない。

 

 だから──練!!!

 

 突如現れた1匹のパプ──おそらくは絶又は隠状態だったのだろう──を睨みつける。

 いいぜ。遊び相手になってやるよ。

 努めて不敵に笑い、言う。

 

「Let's dance,my honey(さぁ、殺し合おうか)」

 

  

 


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