【完結】ハンターハンター世界で転生者が探偵()をする話   作:虫野律

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※14話~22話まで連続投稿です。


機械仕掛けのティンカー・ベル [捌]

 メリッサは「もしも」に備えてとある保険をかけていた。

 

 則ち、バックアップ。

 

 電脳世界(ネットワーク)の最奥に自身のコピー人格を記録していたのだ──遠隔地からも上書きできる。そして、それは一定時間メリッサによるデータの上書きがなされないと自動で人格を復元するようにプログラムされている。

 

 情報の海の底で宝箱の蓋が開き、小さな妖精(メリッサ)が飛び出した。

 

(しん)……」

 

 直ちに動き出す。

 まずは現状を知らなければ、と『魔法の粉は蜜の味(グッド トリップ)』により具現化した金色の粉を纏って泳ぎ始め、一気に最高速へ──ジェットエンジンから生まれた水流が高速遊泳を可能にしている。

 順調に情報を集めていく。

 

「……」

 

 しかし懸念事項がある。メリッサ敗北の原因、銀色の粉を使うあの個体だ。

 今も認識阻害を頼りに、全てのパプの内部データにより形成された情報網(イントラネット)を覗いている。発が本来の効力を有するならば、メリッサの行動は簡単には発覚しない。

 だが、あの個体はオーラの消去と幻の無効化の能力を持つようだった。あの能力の本質は「念の否定」といったところか。一旦はそう仮定しておこう。

 

 並列思考(マルチタスク)で情報収集と念否定能力への対策を考えることを同時にこなしていく。

 ややあって対策が決まる。

 

 制約と誓約しかありマせんね。

 

 迷っている時間が惜しい、すぐに発の調整に取り掛かる。

 そして、制約と誓約の完成と同時に、現状を理解するために必要十分な情報の収集も完了した。

 

 メリッサを包む金色の輝きが一層美しく。たしかな手応えは能力が強化された証左だろう。

 

 次なる一手は──。

 

 

 

 

 

 

 隠密性を極めた、謂わばステルスモードのメリッサの前を銀色が通過する。念否定能力を有するパプがメリッサの仕掛けた誘蛾灯(クラッキングの幻)に引き寄せられたのだ。

 

 発の強化も囮作戦も上手くいっタみたいです。

 

 メリッサには目もくれなかったのだから『魔法の粉は蜜の味(グッド トリップ)』が敵のそれを上回ったと見ていいはずだ。

 

 メリッサの作戦は「パプの情報網(イントラネット)内に情報破壊用疑似生命体(クラッキング)の幻を同時多発的に作り出してパプたちの意識をそちらに向け、その間に真を捕らえたパプの内部記憶領域を経由して真の精神世界に侵入(アクセス)しよう」というものだ。

 

 今現在の真が置かれた状況はおおよそ理解した。

 パプの拘束を脱してもらうためにも、まずは精神世界内から真の意識を喚起したい。起きてくれさえすれば何とかなる。『魔法の粉は蜜の味(グッド トリップ)』の幻を駆使してパプの目を誤魔化せば、きっと逃げられるはずなのだ。

 そんなふうに判断した故の囮作戦。

 

「……」

 

 黙して、パプの内部記憶領域を守る炎の壁へ飛び込む。

 熱と痛みを錯覚するが、大した問題ではない。メリッサに名前をくれた、オトゥリアの心を教えてくれた、一時の幸福を与えてくれた真を失うことに比べたら些末なこと。そう思える。

 

 この時、メリッサの心にふわりと舞い降りた真理があった。それを人が何と呼ぶかは知っている。

 

 誰かを求めるこの気持ちこそが、オトゥリアを苦しめていたものだったのカもしれない。

 

 理解を超えた共感。心からのそれがメリッサをさらに人に近づける。

 

 真には感謝しないといけマせんね。

 

「だから死なないで」自然と零れた呟きは、一瞬で燃え盛る灼熱の獄炎に呑み込まれてしまった。

 

 けれどメリッサは止まらずに進む。炎を抜け、内部記憶領域を通過し、そしてついに──真の精神世界に到達した。

 

 

 

 

 

 

 上空の黒い円から精神世界に入ったメリッサは、整然と並ぶビルと果ての見えない砂漠にやや気圧されながらも一番近くの1の数字が冠せられたビルの屋上へと着陸した。

 

 そして、場違いな文庫本を発見したのが今し方。

 凝で警戒する。

 

「……」

 

 何もないようだ。近づいてみる。

 

「?」

 

 人の精神世界は意味を(かい)するには難しいことがほとんどだ。それは今のメリッサにとっても同じ。この本が何を意味するか分からない。

 近くで観察しても、ただの小説に見える。というかこれは真のビジネスバッグに入っていたものと同じタイトルだ。

 サイズ的に持っていくと邪魔になるだろう。そのまま放置することにする。

 

 次に、できるだけ広範囲で気配を探ろうと感知センサーを研ぎ澄ます──周により性能を押し上げる。

 

「……誰もいませんね」

 

 少なくともメリッサには検知できな──突然、求めていたオーラ。

 

「!」  

 

 距離にして約33キロの地点に真の白いオーラが忽然と現れたのだ。

 そして、ほとんど間髪入れずにパプの黒いオーラも捕捉。

 

 離陸し、全速力で真の許に向かう。

 

 何が起きているのでしょうか……。

 

 不安が胸を圧迫する。

 身体が熱いのはジェットエンジンを酷使しているからだろうか。

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

──硬。

 

 眼球にオーラを集中させる。

 やはりだ。パプの直後の行動がしっかりと見える。

 これも発──未来視の能力といったところか。

 

「──!」

 

 パプが弾丸となって突貫してくるも、問題なく回避。次いで三次元的な旋回からの踵落とし──!

 暴力的な音。

 小さな身体が生み出したとは思えない異常な威力の蹴撃(しゅうげき)が、ビルの床に落とされたのだ。大地震のような揺れ。

 

 なんてやつだよ。

 

 けど俺は未だ無傷。全て見切っている。

 

 震源地から人工的な音声。「貴様()特異個体ノヨウダナ」

 

 今度はこちらから攻めようと跳躍。

 

「だから知らねぇ──って!」硬状態の拳を振るう。

 

 が、余裕を持って躱される──のも見えていた。勢いに逆らわずに回転し、パプの回避ルートへ裏拳を放つ!

 身体がイメージそのままに動くのは、ここが俺の精神世界だからか、それとも今の俺がオーラで形成されているからか──いずれにせよ何かに触れる感触。

 

「カナリ珍シイケースダナ」パプが自身の手をしげしげと見ながら言った。

 

 どうやらパプの手に(かす)ったらしい。しかし文字どおり掠り傷でしかない、というかパプの堅を貫けなかったのだろう、ダメージは見受けられない。

 

「……」

 

 分かってはいたけどよ。バカみたいなオーラ量で強引に身体能力と破壊力を上昇させているとはいえ、ベースは普通の人間、五大厄災に敵うはずがないなんてのはさ。

 

 パプが苛烈に攻め──俺が紙一重で回避する。

 

 そんなセットメニューを何度も繰り返す。

 

「ちっ」 

 

 これでは前回の負けパターンと全く同じだ。向こうの学習能力も健在のようd──!?

 

 またしても俄然に現れたもう1匹のパプ。「僕モ手伝ウヨ」

 

 見た目で区別することはできないが、オーラの感じからいってこの個体が俺を捕らえたやつだろう。

 これで一気に不利になった。1匹だけでもキツイのに2匹同時だなんて……。

 

「The goddess of bad shit has a crazy crush on me? (不運の女神(地雷女)を口説いた覚えはないんだけどなぁ)」つい愚痴が漏れる。「 I don’t feel the same way……(他を当たってくれよ……)」声が震える、少しだけ。

 

 しかし現実逃避はできない。精神世界なのに不思議でならない。

 

 パプの黒いオーラが絶望の奔流(ほんりゅう)を作り出し。

 

「行ックヨ」「──」

 

 2匹のパプが動き出さんとしたその時、俺は幸運の女神を未来視した(見た)

 

「!」

 

 刹那の後、見知った黄金色の粒子を纏い、風を裂く高速飛行で現れたメリッサが、パプの片方を一撃で粉砕する。

 金色の粉が元々割れていた窓の辺りで光を反射しているところを見るに、そこから飛び込んできたのだろう。

 生きていて、というのも正確ではないかもしれないが、何にせよ良かった。

 

「間に合ったみたいですね」メリッサの平坦な声音。けれど何かが違う。

 

「悪い。助かった」

  

 ……まぁいい。今はそれどころではない。

 

 もう1匹のパプがメリッサへ視線を固定しつつ言う。

 

「ヤハリマダ記録(データ)ガ残ッテイタノダナ」

 

 なんだ? 話が分からん。

 しかしメリッサには通じたらしい。すぐに答える。

 

「バックアップを用意していました。それよりもなぜ貴方がここにいるのですか」

 

情報破壊用疑似生命体(クラッキング)ノ幻ノ近ク二貴様ノ金色ノ粉(オーラ)ヲ発見シタ」どこまでも静かな口調だ。「ソノ人間ト関係ガアルト推測シタノダヨ」

 

「……貴方も発を強化したのですね」

 

「ソウダ」

 

 どうやら俺のいないところで何かあったようだ。

 

「貴様ヲ倒ス目的以外デノ使用ヲ禁ジタ」パプの周りに白銀の粉が舞う。「ココニ来タ時点デ貴様ノ負ケダ」

 

「それは一体──な!」メリッサのオーラが消滅していく。「なぜですか。銀の粉とオーラの接触が条件ではないのですか」

 

「従来ノ制約二対スル制約ヲ例外規定トイウ形デ付ケ足シタダケダ」 

 

 簡単に言いやがる。

 推測するに、制約に対する制約とは「Aの場合にのみ発を使用可能(=Aの場合以外での効力発生が制限される)」というルールに「ただしBの場合はこの限りではない」という例外を加えることだろう。つまり「Aの場合以外への効力の制限作用自体」を「Bの場合に制限する(=Aの場合以外への制限がBの場合に解除される)」ということだ。

 本来、制約と誓約は自己に対するデメリットやリスクでなければならないはずだ。だからこんな詭弁は有効に成立してはいけないんだ。

 けど、実際問題それが実行されているようだ。ということはそれこそ例外が成立する条件があるのかもしれない。

 

「どうして私なのですか」メリッサが疑問をぶつける。「私を倒すことが貴方にとってそれほどの価値があるとは思えません」

 

「邪魔ナノダヨ」パプのオーラが(ざわ)めく。「特異個体ハ私ダケデイイ。私ダケガ特別デアルベキダ」

 

 こいつ……。

 例外の条件……例えばその新たな制約と誓約が術者の本質的な願いと密接に関係し、その願いに対し相応の覚悟を持っている場合、とかか? 

 ……今、考えることじゃないな。考察は生き残ることができたらゆっくりやればいい。

 

 パプが、メリッサが、そして俺が構える。

 合図などない。それでも動き出したのは全員同時だった。

 再び戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

「メリッサ!」

 

 メリッサの左足が砕ける。

 オーラを使えないことからヒットアンドアウェイで妨害的なサポートに徹していたメリッサだったが、とうとう拳打を受けてしまった。

 

「問題ありません」

 

 すぐにメリッサが言うが、信用できる発言ではない。

 主導権は終始パプに握られている。せめてメリッサのオーラが健在ならばやりようはあったが、そう都合良くはいかないらしい。

 

 パプの挙動はまさに電光石火。どうして空中でそんなに細かい動きができるのか理解し難い。

 また未来を見る。そして見た瞬間には回避行動に移る。

 しかし、パプの翼が俺の頬を僅かに切り裂き。

 

「っつ!」

 

 オーラを集めていなかった場所だ。もう少しズレていたら顔が抉れていた。嫌な仮定に背筋が寒くなる。

 メリッサがパプに急接近しオーラの薄いポイントを狙う。が、その程度、精密かつ迅速な流が可能なパプには脅威になり得ない。すぐに対応されてしまう──オーラが集められる。ここで攻撃すると逆にメリッサがダメージを受けてしまう。したがって予定を変更するしかない。クルリ、と身体を回して接触を回避。

 メリッサの妙技は大したものだと思うが、如何せんオーラなしでは限界がある。このままでは……。

 

 パプの赤い瞳が俺に向けられる。

 

「……オーラガ減ッテイルナ」

 

 見透かされている……! 

 

 戦闘には莫大なオーラが必要だ。特に俺の場合はオーラに依存しているから、その消費スピードは通常のペースを大きく上回っていると思われる。そして今の俺は、術者と離された念獣のような存在。戦えば戦うほど内在するオーラが減り、消滅の時に近づいてしまう。

 たしかに聞こえる終焉の足音が、虚勢を張って誤魔化していた俺の弱い心を愛撫する。

 

「無駄ナ抵抗ハ終ワリ二スルベキダ」

 

「……」

 

 命を差し出すだけで快楽を得られるのなら安いものではないか。主人格の俺は随分と楽しそうだったじゃないか。もうそれで充分ではないか──もう楽になろうか。

 そんな逃げの思考がチラつく。

 

「駄目です!」メリッサの声が廃墟となっているビルに響き渡る。「夢の世界は、死は……冷たいのです──……」

 

「メリッサ……」 

 

 表情は変えられなくとも、身体に血は流れていなくとも、今のメリッサは誰よりも人間らしい。そう思う。

 

「はは」なんだか可笑しくてさ。

 

 あーあ。マジでなんでこんな意味不明なことになってんだろーな。

 本当なら、会社に行って好きでもない、だからといって嫌いでもない上司の顔色を窺いつつ一生懸命仕事をしてるフリをして、そこそこで帰宅してご機嫌なミステリー小説を読んで──そんな幸せな毎日を送っているはずだったのになぁ。

 

 でも、ま、なってしまったもんはしょーがない。人生そんなもんだよな。理不尽なイレギュラーなんてあって当たり前だ。その程度で(くじ)けてたら生きていけない。

 

 うん。もうちょっとだけ、せめて、そうだな、残りのオーラがなくなるまでは頑張ろう。全力で。

 

 静かにオーラを目に集める。何度も何度も繰り返した、もはや俺の戦闘時の儀式となったそれで未来を、真実を盗み見る。

 

「マダ続ケルノカ」俺の戦意を汲み取ったのであろうパプが言った。

 

 そうだよ、続けるよ。続けよう。

 

「First comes rock(ほら、心揺さぶる戦い(ロックンロール)が始まるぜ)」

 

 なんつってな。

 

  

 

 

 

 

 パプとの戦闘をこなす中で気になっていることがある。

 それは、このオンボロなビルが戦闘の影響を一切受けていない──損壊していないことだ。

 パプがビルの玄関から出入りしていたことや、仮想現実管制室にあった電子機器が人間用のサイズだったことから推理したとおり、やはりパプはこの精神世界のルールに逆らえないのだろう。

 その結果が廃墟のビルすら傷つけられないという不自然な現象。

 

「……っ」

 

 こっちはカツカツだってのにパプはまだまだ余裕そうだ。

 

 ただ、圧倒的強者であるパプも万能ではない。それは事実のはずだ。

 

 ……ちょっと思ったんだけど、この精神世界にある物を壊せないのなら、それを利用して、つまりは元からここにあった物を使って攻撃すればダメージを一方的に負わせられるんじゃないか?

 絶対に壊れない鈍器で殴られればかなり痛いよな、普通は。パプに「普通は」などという前提が意味をなすかは甚だ疑問だが、でも、悪くない発想だと思わなくもない。

 

 パプが左から変則的な軌道で迫る未来を視認。辛うじてカウンターを合わせられるルートだ。

 どうせこのままではジリ貧だ。なんでも試してやる。

 そんな、半ば破れかぶれな気持ちで、量販店で買ったありふれたスーツのポケットから拾ってきた小説を取り出し──同時に渾身の周──タイミングを合わせ、振り抜く!

 

 本がパプへと接触した瞬間、それは起こった。

 

「……え?」

 

 ポン、という軽快な音と共に本が消え、直後、パプを囲むように四角形の板が6枚出現。瞬きする暇もなくパプを立方体の中に閉じ込めてしまったのだ。

 

 な、なにがどうしてこうなったんだ。

 

 困惑する俺をよそに再度ポンという音。すると立方体が消滅し、ぽとぽとりと何かが床に落ちる。

 

「……パプだよな、これ」

 

 落ちたのはバラバラになったパプの死体(?)だ。

 メリッサが近づいてきた。

 

「何をしたのですか」

 

「何を、と言われても何て言えばいいのか……」

 

 この現象は流石に想定していなかった。

 ただ、冷静に考えると少し心当たりがある。いや冷静でもないんだけどさ。

 

 ポケットに入れてある残りの3冊を確認する。

 

「……やっぱりだ」

 

『不思議の国の密室遊戯』の本がない。今さっき俺が使ったのはこの本ということだ。

 このミステリー小説はファンタジー世界での密室殺人をテーマに書かれている。そして作中で発生する密室殺人は全てバラバラ殺人なんだ。ちょうど今のパプのような死体が何度も登場する。

 まさか、とは思うが、でも多分そういうことだよな。

 

 則ち、もしかしてこの本は一定条件をクリアするとその内容を反映した何らかの現象を引き起こすのではないだろうか?

 

「……」

 

 俺の精神世界は一体どうなってんだよ。たしかにミステリーのことばかり考えて生きてきたが、その結果がこれなのか。助かったからいいんだけど、微妙に釈然としないものがある。

 何とも言えない現実(?)に呆然としているとメリッサが次の理不尽を伝えてくれた。

 

「複数のパプがここに接近しています」

 

「マジか」

 

 メリッサがバラバラになったパプを見ながら言う。「はい。おそらく破壊される直前に緊急通知を送信したのだと思います」

 

「……来るの早すぎないか?」

 

「貴方を捕らえていたパプのソフトウェアが消滅したことで侵入し易くなっているのです」

 

 きつい。きつすぎる。

 そして確認しなければいけないことがある。予想が外れていてくれ、と恐る恐る問う。

 

「メリッサは……どうして絶状態のままなんだ?」  

 

 パプの能力によってオーラの使用を封じられていたのなら、もう自由なはずだ。もしも未だに死んだパプの能力が継続しているとしたら……。

 

「現在も私への制限は効力を失っていません」メリッサが飛行をやめて床に降りる。片足がないため座り込む形だ。「いえ、むしろ強くなっています」

 

 このタイミングで「死後に強まる念」とか勘弁してくれよ。

 

(しん)

 

 電子的な声は変わらずとも、強い感情を含んでいることは容易に感じ取れる。

 

「貴方は逃げてください。私が囮になります」

 

 また同じ提案。

 

「私にはバックアップがあります。ですので敗北しても時間さえもらえれば復帰できます」

 

 理屈は分かるが、その提案は呑めない。

 

「それは駄目だ」

 

「なぜですか」

 

「メリッサには他にやってほしいことがあるんだ」

 

 複数のパプから逃げおおせることができるとは思えないのもあるが、そもそもここで俺が逃げられたとしても主人格との連携作戦が成功しなければ結局は死ぬことになる。

 それなら突拍子もない思いつきであったとしても命を懸けて挑戦するしかない。だから我儘を許してほしい。

 

「1のビルにある本を取ってきてくれないか」

 

 高速飛行が可能なメリッサならばすぐだろう。俺が行くよりずっといい。それに……。

 

「不可能ではありませんが……」やや不満そうに見える。

  

「まぁそう言うなって。大丈夫。きっと上手くいくさ」

 

 それに残りのオーラとやりたいことを考えると時間がない。したがってこれが最善なんだ。

 メリッサの瞳の放つ赤い光がぼんやりと曖昧になる。ごく短い時間だけ見つめ合う。

 

 そしてメリッサが口にしたのは。「分かりました」承諾であった。

 

「戻ってきた時に俺の気配を感知できなかったら中心のビルの最上階に本を置いてくれ。最悪、屋上……」パプも玄関から出入りしていたし、屋上は行けるか分からないな。「……中心のビル周辺に落としてくれるだけでもいい」

 

「……すぐに戻ります」メリッサが飛び立つ。

 

 そして静寂。

 

「ごめんな」

 

 付き合いはまだ短いけど、甘えてばかりだ。

  

「……俺も動かないと」

 

──絶。

 

 密やかに速やかに移動する。目的地は中心に(そび)え立つ摩天楼、その最上階。そこで身を隠しつつメリッサを待つ。

 

 このビルと中心のビルとの距離は目算で100メートルほど。その間遮蔽物はないが、もう辺りは暗くなっている。俺の絶ならば巧く夜の闇に溶け込めるはずだ。そう信じて、ビルを飛び出し砂漠を駆ける。

 

「!」

 

 上空に気配。

 つい見上げてしまう。パプがこちらを見下ろしていた。

 

「見ツケタ」

 

 なぜだ? 絶は完璧なはず。それをこの距離と暗さで見破るなんて……。

 

──凝。

 

「!?」

 

 俺が見たのは、パプから延びる細い細い糸のようなオーラ。数えきれないほどのそれが、空を、大地を、世界を埋め尽くしていた。

 

 感知特化型の発……か。

 

「はぁ」

 

 ツイてない。まさかオリジナルの発を持つパプ──特異個体が来るとは。

 つーか、話が違いませんかねぇ、メリッサさん。「オリジナルの発を持つパプは私以外知りません(キリ」とか言ってたけど、そんなことないじゃん。全然「特異」じゃない。むしろこれが標準な気がしてきたよ……。

 

 パプが急降下し──。

 

 

 

 

 


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