【完結】ハンターハンター世界で転生者が探偵()をする話   作:虫野律

7 / 22
クオリティは許してほしいです……。


ラブこめ! [前編]

 大規模パーティーの料理を、超人的な技術、速さ、そして情熱を以て作っていく。

 艶やかなエメラルドグリーンのミディアムヘアはしっかりと結われている。髪の毛が作品に落ちては堪らない。

 

 広い厨房には、弱冠21歳にしてシングルハンターの称号を得た気鋭の美食ハンター、メンチただ一人。

 

 時間は……。

 

 忙しく動きながら、ちらり、と時計を視界の端に収め、残り時間を確認する。猶予はそれほどない。が、順調に進められている。問題もない。

 

 なぜ、たった一人で大人数の料理を作っているのか?

 

 それは、言ってしまえば単なる“こだわり”だ。メンチは調理に際し、幾つかのこだわりを持つ。そのうちの一つに“自分が調理するなら全て一人でやりきる”というものがある。

 それが今現在の状況の原因。だが、このやり方で今までやってきたし、こなせなかったことは少ない。此度の依頼は達成できそうだ。

 

 そして、とうとう盛り付けが完了する。

 

「よし、完成!」

 

 数々の料理が宝石のように輝いていた……。

 

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

 

「立食パーティーねぇ……」

 

 ベーカー探偵事務所に俺の呟きが零れ落ちる。つい独り言を言ってしまった。

 

 先日、ハンナから貰ったパーティーの招待状が、存在を主張している。

 ハンナの実家が開催するパーティーになぜか俺も呼ばれたんだ。なんとなく警察関係者にカテゴライズされている気がする。

 

 まぁ、それはいいんだけど、問題は俺にマナーなどというスキルがないことだ。

 参加して大丈夫なのか? でもハンナには世話になってるしなぁ。それに招待状に気になる一文もある。

 

“料理担当・メンチ(シングル美食ハンター)”

 

 これは無視できない。原作を知る人間からすればメンチの料理は是非とも食べてみたい。

 

「……」

 

 パソコンを立ち上げ、「立食パーティー」「マナー」で検索。応急処置である。

 

 

 

 

 

 

 

 サヘルタ合衆国北西部に位置する海岸の町──ルトアシまで遠路遥々(はるばる)やって来た。ここにパーティー会場がある。

 ちなみに、パーティーの開催理由は新規事業立ち上げとレイエス家当主グレイソン・レイエスの誕生日を祝って、とかいうものだった。そんな理由でいちいち大規模なパーティーを開くのか? コネ作りとか広報宣伝の一貫? 住む世界が違いすぎてよく分からない。

 

 ホテルに到着するとよく見知った顔を見つけた。

 

「よ! 長旅お疲れ!」

 

 パーティードレスに身を包んだハンナが、元気に声を掛けてきた。中身はいつも通りだね。

 

「お疲れ。料理に釣られて来ちゃったよ」

 

「メンチちゃんのご飯はすごいよー」

 

「食べたことあるんだ」

 

 よく考えたらお金持ちの娘だもんな。さもありなん。

 

「それより何か言うことあるよね?」

 

 意味深に目を覗き込まれる。

 

「あー、はいはい」

 

「うんうん」

 

「ご招待いただき、ありがとうございます」

 

 ハンナがずっこけた。実に漫画っぽい。……漫画の世界だったわ。

 

「嘘嘘。ドレス、似合ってるよ」

 

「……まぁ、いいでしょう。今回はそれで許してしんぜよう」

 

 次第にハードルが上がっていくのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 ハンナと伴にパーティー会場に入ると、またしても顔見知りに遭遇した。

 顔見知りの名はエイデン・レイエス。ハンナの親父さんで警察庁のお偉いさんだ。何度か話したことがある程度だが、向こうも普通に覚えていたみたいだ。

 

「やぁやぁ、エヴァン君。よく来てくれたね。活躍は聞いているよ」

 

「ご無沙汰しております。エイデンさんもお元気そうでなによりです」

 

「もっと砕けてくれてもいいんだよ? 私は君の上司でもあるまい」

 

「いえ、流石にそういうわけには……」

 

 め、めんどくさい。たしかに上司部下じゃないけど、社会的立場による上下関係は無視できないんだよ!

 

「お父さん」

 

 ハンナのテコ入れだ。ナイスフォローである。

 

「ははは、困らせてしまったようだね。ハンナが恐いから私は行くよ。今日は楽しんでいってくれ」

 

 そう言ってエイデンは去っていった。

 ハンナが「お父さん、探偵大好きだから……」と呟いていた。

 ふむ。もしやミステリージャンキーか? 仲間の可能性があるようだ。親交を深めるべきか……。

 

 ふと、広い会場の前方にあるステージが目につく。ピアノとマイクがセッティングされている。歌手でも呼んだのだろうか。

 

「ハンナ。あのステージは?」

 

「ああ、アダム・プースが来るみたいよ」

 

「アダム・プース……?」

 

「歌手だよ! 今年ブレイクして、どこ行っても流れてたでしょ?」

 

「……あー、そう言えばいたなぁ」

 

「もう! 興味ないとこれだよ!」

 

「いやいや興味ないわけじゃないよ」

 

 しかし俺の主張は信じられていないようだ。疑わしげなジト目である。が、ホントに少しは興味がある。

 だってアダム・プースって多分天然の念能力者だし。

 以前、街で見掛けた時、声にオーラが乗っていた。ただし纏はしていない。つまりはそういうことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 パーティーはつつがなく進行し、いよいよ乾杯からのお食事タイムだ。テーブルには見たこともない料理がところ狭しと並んでいる。めっちゃ旨そうだ。

 

 レイエス家の知らない爺さん──多分この人が当主のグレイソン──がステージでグラスを掲げる。

 

「──レイエス家の繁栄を祈念しまして、乾杯!」

 

「「「乾杯!」」」

 

 そこかしこからグラスを接触させる音が聞こえてくる。

 さぁ、食べますか!

 

 

 

 

 

 

 

 うっま。うっま。うっま。

 

 乾杯の後、特にやらなきゃいけないこともない俺は、ちょっとシャレにならないくらい旨い料理をひたすらに食べていた。が、なんとなく手を止め、会場を見回す。

 

「お」

 

 ステージ横にラフな格好の女性を発見した。

 特徴的な髪型(?)と綺麗な纏。多分、あの人がメンチだろう。

 あ、目が合った……と思ったらすぐに視線が外された。メンチに女性が話し掛けたんだ。その女性も念能力者だ。メンチには劣るがなかなか安定感のある纏だ。

 

 この会場、念能力者多くない? 普通はこんなに集まらないんだけど。

 

 とは言ってもそういうこともある。まぁいいか、と食事を再開しようとした時、司会をしている姉ちゃんの明るい声が響き渡る。

 

「それでは、皆様お待ちかね、特別ゲスト、アダム・プースさんの登場です!」

 

 歓声と拍手が会場を包む。どちらかというと黄色寄りの歓声だ。

「メンチもはしゃいでるんかね?」と思って見てみるとあきれ顔だった。原因はもう一人の念能力者の女性だな。遠目でもはっきり分かるくらいテンション上がってる。若干、練になってるし、相当だ。

 

 ん? メンチがそそくさと会場を後にした。なんかあんのかな。なんかあっても、まず俺には関係ないだろうからいいんだけどね。

 

 今度こそ食事を再開。うっま。アカン、これは知能指数が10くらいまで下がってしまう旨さだ。

 

──you're~♪♪

 

 お、歌が始まったみたいだ。

 ウィスパー寄りの裏声ミックス、要するに柔らかい高音で、バラードによく合っている。そして、やっぱりオーラが声に乗って皆に届いてるね。

 これが天才か。たしかに流行るのも頷けるクオリティだ。そして女性受けが良さそうな曲調である。おそらくそこがメインターゲットなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 アダムが1曲歌い終わるごとに会場から盛大な拍手が起こる。

 と、3曲目が終わったこのタイミングで、司会の姉ちゃんのターンになるようだ。

 

「はーい、素晴らしい歌声でした! しかーし、次の曲に入る前に少しお時間をいただきまーす!」

 

 ここでブーイングなどという品のないことをする輩はいないようだ。流石の上流階級である。やっぱり俺、場違いじゃなかろうか。

 

「レイエス家一同からグレイソン氏へサプライズプレゼントがあります! メンチさん、お願いします」

 

 ほー、そういうアレか。

 

 メンチが銀の蓋──クローシュ──がされた皿を持って現れた。グレイソンのいるテーブルにスムーズな所作で運ばれる。

 このパーティーは半立食と呼ばれる形式なので、座って食べられるスペースも用意されている。年配の方とかに配慮したんだろうね。

 

 皆の注目を集める中、メンチがクローシュを掴み、そして取り払う。

 

「!?」

 

 おー、グレイソンがめっちゃ驚いてる。周囲の人間もどよめいてるし(これは困惑か?)、よっぽど凄い料理なんだろう。

 すかさず司会の姉ちゃんの解説が入る。

 

「こちらの料理は、数年に一匹捕れれば幸運と言われる幻の食材、獅子マグロのステーキでございます! メンチさんの特製ソース付きです。羨ましい! しかし時価がお幾らになるのか恐ろしくて訊けません!」

 

 まさかのマグロである。すごく食べたい。見た目はアメリカンになっちゃったけど、中身は普通に日本人。マグロには多大なる魅力を感じる。

 

 グレイソンがキラキラと輝くソースにマグロを付け、口に運ぶ。ゆっくりと咀嚼。そして、飲み込んだ次の瞬間──。

 

「っ……!」

 

 目を剥き、苦悶の色に染まり──絶命。あまりに場の雰囲気にそぐわない光景に、皆、静まり返っていたが、それはすぐに終わりを迎えた。

 

「きゃあああ」

 

「……脈も呼吸もない。これでは……」

 

「お、親父!!」

 

「きゅ、救急車」

 

「皆さん、落ち着いてください!」

 

 悲鳴を上げる者を始め、其々がバラバラに行動しているせいで混沌としている。その中で、ある意味一番目立っているのはメンチだ。呆然自失のままオーラを不安定に波打たせ、不穏な空気を撒き散らしている。

 

 ふぅむ。パッと見、毒殺っぽいがどうだろうか。この世界、不可思議かつ未解明な現象が蔓延(はびこ)ってるからなぁ。

 

 そんなことを考えてると、ハンナがやって来た。

 

「いたいた。殺人事件だよ。早く行こう!」

 

「りょーかいっす。ところでエイデンさんは?」

 

 こういう事態ならプロの警察官は多いほうがいい。権威ある立場の人のほうが混乱には効く(・・)。ただしハンナだと見た目的に少し弱い。

 人は見た目により大きな影響を受けるからね。仕方ないね。

 

「お父さんは先にあっちに行ったよ」

 

 ハンナがグレイソンのいる混沌空間を指差す。視線を送るとエイデンが何やら指示を出しているのが確認できた。仕事が早いとこは親子だなぁって思う。

 

「私たちも!」

 

「ほいほい」

 

 ホイホイとハンナの誘いに乗って突撃である。

 勿論、ハンナがいなくても最終的な行動は変わらない。当たり前だろ?

 

 

 

 

 

 

 

 皆さんの垂れ流しオーラが嫌な匂いを放っている現場に入る。俺たちが到着した時には、場全体への指示を終えたエイデンがメンチに話し掛けていた。

 

「……こちらの料理はメンチさんが調理されたのですかな?」

 

 まぁ、情況的にメンチの存在は無視できないからこうなるよね。

 

「……まさかあたしを疑ってるの」

 

 ギロり、と物騒極まりない眼光。

 メンチのオーラが沸騰し始め、落ち着きを取り戻しつつあった参加者たちが訳も分からずに怯え出す。

 しかし周りが見えていないのか、メンチはお構い無しに感情(オーラ)を爆発させた。

 

「ナめんじゃないわよ! こちとら料理に命を掛けてんのよ! 料理を冒涜するわけないでしょ!!」

 

 熱風のようなオーラに至近距離から晒されたエイデンが鼻白むも、それでも反論する意志は折れていないようだ。つよい(小並感)。

 

「し、しかしだね。明らかな毒殺ならば料理人を疑わざるを得な──」

 

「うるさい! いい加減にしないと──」

 

「まぁまぁメンチさん、一旦落ち着きましょう。……ね?」

 

“ね?”の所でメンチさんに向かって全力の練をしといた。イメージとしてはタチの悪い酔っぱらいに水をぶっかける感じ。

 

「!」

 

 メンチがビクっとオーラに反応する。警戒されてるね。

 

「……誰よあんた? 邪魔しないでくれない?」

 

「私は、私立探偵のエヴァン・ベーカーと申します」

 

「エヴァン……、聞いたことがあるわ。そう、あなたがあの……」

 

 何それ、凄い不安になるんだけど。一体どんな風に言われてるんだか。

 

「メンチさんのご活躍は伺っています。貴女がこんなことをするわけがないことも理解しています。それならば(・・・・・)、警察に調べてもらい、さっさと身の潔白を証明させてはどうでしょうか」

 

「……」

 

 鋭い視線が俺に突き刺さる。見定められているのだろう。

 

「……ふんっ」

 

 メンチが鼻を鳴らし、近くにあった椅子にどかっと座る。「好きにしろ」ということだろうか。

「イエスアンド法」が一応は功を奏した……のかね。

「イエスアンド法」は相手に与える不快感を抑えつつ、反論などをする話法で、有名な「イエスバット法」の亜種みたいな立ち位置だ。やり方としては「相手の意見を肯定→肯定的接続詞→自分の意見」という流れで会話するだけ。

 

 メンチのオーラは先ほどより落ち着いているように見える。

 

 なんとかメンチを鎮めることができたと内心ホッとする。原作知識的に言っても無実だろうし、無駄に争うのもバカバカしいしね。

 

 

 

 

 

 

 

「なっ!? 嘘でしょ!?」

 

 メンチの悲鳴混じりの怒声。

 

 地元の警察による捜査で、ある物が見つかった。発見場所は厨房に置かれたメンチのリュック内。

 

「あたしはそんな毒は知らない! 何かの間違いよ!」

  

 メンチの剣幕に、ルトアシ西警察署に勤務する年若の警官がビビりながらも職務を遂行する。

 

「し、しかし事実です。つきましては重要参考人として詳しくお話を伺いたいので署までご同k」

 

「嫌よ! なんであたしがそんなことをしなきゃいけないの! 絶対行かないから!」

 

 まさに「取り付く島もない」といった感じだ。

 

「分かりました。そういうことでしたら段取り(・・・)を踏んでからまた来ます」

 

 青年警察官はそれだけ言って、去っていった。

 うーん、この修羅場。

 メンチが熱くなりやすく、視野狭窄に陥りがちな人間なのは原作通りのようだ。だが、このままでは逮捕令状が出るのも時間の問題なうえに心証も最悪。メンチにとってはなかなかに厄介な状況と言える。

 

 ここで、一人の女性がメンチを(たしな)めようと話し掛ける。先ほどアダムに大はしゃぎしていた念能力者の女性だ。メンチの姉弟子でエクレという名らしい

 

「そんな態度じゃ駄目だよ。立場悪くしちゃうよ」

 

「……料理をこんなくだらないことに使う人間と思われるのが我慢できないのよ!」

 

 お、エクレの言葉には少しは聞く耳を持つようだ。一応会話が成り立っている。

 

「メンチちゃんの気持ちは分かるけど、もうちょっとだけ優しくしてあげたほうがいいよ。分かるでしょ?」

 

「理屈じゃないの。これはあたしのプライドの問題。この屈辱は受け入れられないわ」

 

 うーん、会話は成立しているけど、あくまで平行線である。理屈VS感情じゃ決着つかんわな。

 

 さて、ちょっと提案してみるか。いい加減、御馳走(ミステリー)を前に待て(・・)が長すぎる。

 

「少しいいですか?」

 

「駄目よ。引っ込んでて」

 

 ちょ、それはないっすよ、メンチさん。

 

「またそうやって。ごめんなさいね。悪い子じゃないんだけど、今はちょっと冷静じゃなくて」

 

 エクレのフォロー力の高さよ。ブハラの代わりにこの人をハンター試験に連れていったら、原作みたいにこじれなくて済むんじゃなかろうか。

 

「分かっております。この状況は誰でも堪えますから」

 

 チラっとメンチを流し見る。オーラに大きな乱れはない。

 

「それにあれほど美味しい料理を作る人間が、努力の結晶である料理に毒を盛るなどあり得ません。それくらいは素人にも理解できます」

 

 前世含めて間違いなく一番旨かったしね。

 

 メンチに外形上の変化はないが、気持ち刺々しさが減ったような気がしないでもないようなそうでもないような。

 

「どうでしょう。私に“無実の証明”をご依頼いただけませんか?」

 

「……あんたにできるの」

 

「勿論……と言いたいところですが、依頼達成率は9割程度です」

 

 ここは誠実に行く。調べればバレる嘘をついて信用を失いたくはない。特に、今のメンチから信用されるのは大変そうだし。

 

「ですが、全力は尽くします。それは探偵の“プライド”に掛けて誓います」

 

「……分かったわ。噂通りか試してあげる」

 

 メンチに俺はどう見えているのだろうか。そして何を知っているのか。知りたいような知りたくないような……。

 若干の引っ掛かりを覚えつつ、お仕事開始である。

 

 

 

 

 

 

 

 ドレス姿のまま地元の警察に混じり、しれっと捜査に参加していたハンナと合流し、情報を共有する。

 

 ハンナ曰く、料理は全てメンチが1人で用意しており、特に獅子マグロに関しては捕獲段階からメンチ以外の関与はない、とのことだ。

 毒はメンチの特製ソースに混入していたようだ。種類も特定されており、極微量で人間を始めほぼ全ての哺乳類を殺害できる猛毒だったらしい。

 

 なぜこんな短時間でそこまで分かるのかというと、警察が抱える“毒見役”と呼ばれる存在のおかげだ。彼らはかのゾルディック同様、あらゆる毒に耐性を付ける訓練を積んでいる。しかも毒ごとの味や微細な身体の反応を見極める技術まで同時に身に付けて。これで念能力者じゃないのは理解に苦しむよ。

 毒見役は極端に数が少ない。理由は習熟難易度の高さと、習熟後には毒が効かなくなる、つまりは通常の用途での治療薬も無効化してしまうデメリットの存在だ。制約と誓約じみたデメリットまであってマジで念能力者と定義してもよさそう。

 

 ま、今回は運良く、この現場に来てくれたから助かったぜ。

 しかしメンチの無実を証明するにはマイナス要素が多い。ふぅむ。

 パーティー開始2時間前から捜査がなされるまでに厨房に入った人間はメンチしかいなかったらしいが、まずはここからつついてみる。

 

「厨房に誰も入っていないことの根拠は?」

 

「厨房へと繋がる通路は一つだけなんだけど、その通路は、ほら」

 

 そう言ってハンナが指差したのは、開けっ放しになっているパーティー会場の入り口。

 

「あー、なるほど」

 

 パーティー会場の入り口は一本の通路に面している。そして、パーティーが進行している時には受付担当数名と警備員一名が入り口にいたはずだ。つまりは複数人の証言があるってことだ。

 

「受付担当者や警備員はいつから入り口にいたんだ?」

 

「警備員はパーティー開始の3時間前にはいたらしいよ。準備段階からいたってことだね」

 

 準備中からか。人の出入りがそれなりにあるにもかかわらず、目撃証言がないとなるとなぁ。

 あ、このパターンはどうだろ?

 

「入り口にいた従業員全員が共犯の可能性……は流石に低いか」

 

「なくはないとは思うけど、本来の受付担当を予定してた人が熱で休んだみたいでさ、今日になっていきなり受付をやることになった人もいたんだよね」

 

「受付担当者からすれば、あらかじめ予想できなかった状況ということか」

 

 じゃあ、計画的に受付担当と警備に共犯者を揃えるのは難しいね。一応、後で嘘発見器(笑)に掛けるつもりだけど、望み薄かな。

 

 うーん、割りと不利な状況だ。諦める気は更々ないけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 ハンナと別れた後、関係者に聞き込みを行った。

 入り口の受付担当者と警備員にも当然、話を聞いたが、幾つかの質問に対して嘘はなく、共犯関係もないようだった。

 そして、ハンナの言う通り「パーティー開始2時間前から捜査時まで厨房に入った人間はメンチのみ」との証言が、受付担当者、警備員及び一部のパーティー出席者から得られた。勿論、嘘発見器(笑)は沈黙したまま。

 念能力か? しかしエクレやアダムに動機があるだろうか? うーん、現時点では事件を起こす理由がないように思える。加えて、エクレに関してはメンチの態度からもちょっとなぁ……。

 

「……」

 

 まさかメンチが黒……? いやいやいや原作を見る限りそんな雰囲気はないと思うんだけど……。原さk──。

 

 ここで「ハッ」とする。

 

「原作によると」だとか「このキャラはこういう人間だから」とかに拘泥(こうでい)するのは危険だ。これらはあくまで「こことは違う世界における創作の内容」にすぎない。そこから得られる情報、印象は参考程度に抑えるべきだ。そちらのほうが無難だろう。

 今までの俺は、謂わば「原作知識バイアス」に陥ってしまっていた。「あの(・・)メンチが真犯人のはずがない」ってね。

 

 一度、ゼロベースで考えてみよう。

 

 状況的にはメンチの犯行に見える。が、仮にメンチが真犯人だとして、あからさまに自分が疑われるような物的証拠を残すだろうか? まして情況証拠がある状態で、だ。

 

「……ないな」

 

 普通、素人でもこれくらいの予見はできる。メンチは優秀な人間が集まるプロハンター、その中でも希少な星持ち。精神面に大きな欠点があるとしても、素人以上の犯行が可能だろう。

 しかも被害者との関係から考えても動機があるようには思えない。

 ならば、やはりメンチは白……のはずだ。

 

 しかし証拠は黒だと主張している。

 

「うーむ」

 

 ……あんまりやりたくはないが、メンチに嘘発見器(笑)込みで詳しく話を聞くか。

 そしてエクレとアダムにも。念能力者ならば技量や発次第で色々できてしまうからね。ただなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 メンチはロビーにある椅子に座り、不貞腐れた顔で携帯を弄っていた。

 こうして見ると普通の若い子って感じだな。まだ21だったか? 若いなぁ。

 

 (おもむろ)に近づく。

 

「メンチさん、今、大丈夫でしょうか?」

 

「……なに」

 

 うっは、機嫌悪すぎぃ! 

 

「メンチさんからも事件についてお聞きしようと思いまして」

 

 メンチが目を細める。読心能力のない俺にはその心裏を把握しきることはできない。

 が、なんとなく何かありそうな気はする。まさか本当に黒なのか? いやしかしな……。

 

「メンチさんは被害者のグレイソン氏とは面識がありましたか?」

 

「何回か依頼を受けたことがあるわ」

 

 嘘はない、か。となると動機がある可能性が当初の予想よりは上がるな。次。

 

「では、調理は全てお一人で行ったようですが、その理由は?」

 

「あたしの理想を邪魔されたくないからよ。料理は自分の持つイメージの具現化。他人の介入は歪みを生むわ」

 

 なんとなく言いたいことは分かるけど、なんというか凄い職人気質だな。妥協するくらいなら料理はしない! とか言いそう。

 

「なるほど。それは今日に限らずいつも、という認識でよろしいですか?」

 

「当然でしょ?」

 

 ここまで嘘はない。

 

「失礼しました。それでは次の質問です」

 

 その勝ち気な瞳を真っ直ぐに見つめ。

 

「メンチさんは事件に関して何か隠していますか?」

 

 ストレートに「貴女が真犯人ですか」と訊きたいところだが、流石にぶち切れそうだからオブラートに包んだつもり。

 しかし、というか、やはりというか……。

 

「はぁ? そんなわけないでしょ? さっきからなんなの! あんたも私を疑ってるわけ!?」

 

「念のためです。皆さんから先入観なs──」

 

「ふっざけんな! そんなの建前でしょ! 耳触りのいいこと言って、結局あんたも私がやったと思ってるんじゃない!!」

 

「……」

 

 互いに沈黙。冷たく鋭いオーラが痛みを錯覚させる。

 

「もういい。依頼は破棄よ。さっさと私の視界から消えて頂戴」

 

 ピシャリと言い切られてしまった。食い下がろうと口を開きかけて……やめる。メンチを見るに無駄だろう。一旦退くしかない。

 

「……分かりました。失礼します」

 

 メンチに背を向け、ため息一つ。足は重い。

 

 やらかしてしまった。

 能力を使用し、尋問をすることに慣れすぎていたんだろう。そういった行為が感情的な部分に与える影響を知らず知らずのうちに軽視していたのかもしれない。俺にとっては何でもない質問でも、される方からすればそうではないこともある。違う価値観、感性を持つ人間なのだから当たり前だ。そこへの認識が甘くなっていた。結果、ちょっと言い方を工夫すれば大丈夫と思ってしまった。

 

 俺の依頼制約は、一度破棄されると他の人間から再度同じ事件について依頼を受けても制約クリアにはならない。俺の発はそんな抜け道じみた方法は認めないらしい。『嘘つきは探偵の始まり(ライアーハンター)』は半天然型の発だ。要するに全てを俺が設定したわけじゃないから、こういう融通が利かないとこがあるってことだ。

 結論、この事件については大半の発が永久に使用できなくなってしまった。

 

「これは反省しないとなぁ……」

 

 今回はミスが目立つ。

 

 しかし、だ。そんな中でも得られたものはある。嘘発見器(笑)が制約により使えなくなる直前、確かに聞こえたんだ。いつものチープな声が。

 

──嘘つき! 嘘t。

 

 メンチは事件について何かを隠している。これは間違いない。原作ファンの1人としてはあってほしくない事態も想定しておかなければいけないようだ。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。