ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員 remake 作:藤氏
連投です。どうぞ。
「い……痛たたた……もう、なんてことするのよ……あの女!」
落とされた先――校舎中庭に四つんばいに突っ伏しながらシスティーナがつぶやいた。
黒魔【ゲイル・ブロウ】の呪文で落下速度の減速を行ったため、感覚的には階段を五、六つほど飛び降りた程度ではあるが……
「これ何の仕打ち!?もし私の呪文詠唱が間に合わなかったらどうするつもりだったのよ!?もう!」
叫んではみたが、システィーナの心は急速に沈んでいった。
冷静に考えてみれば、女が自分を遠ざけたのもわかる。
大量のボーン・ゴーレムの多重起動に、召喚術の超高等技法である遠隔連続召喚、そして女の話を聞いた感じ、敵――恐らく、あのチンピラ男と一緒にいたダークコートの男は格上だ。それもチンピラ男とは比べ物にならないほど。あんな規格外の魔術師の戦いの場に残ったシスティーナが巻き込まれて死亡する確率と、校舎の外へ突き落されたシスティーナが落下死する確率。そんなもの比較するのも馬鹿馬鹿しい。
そんな状況だから、確認もせずにいきなり突き落としたということは、ここまでついてこれたシスティーナのことを少なからず信頼してのこと、とは理解できるのだが……
「結局、私は……足手まといなのね……」
システィーナでもわかる。あの連邦軍の二人は、自分なぞ足元にも及ばないぐらい格上だということを。そんな彼らからしてみれば、足手まといに見られてもおかしくない。
グレンも確かにボーン・ゴーレムに追われている時に、お前の魔術の援護が必要だ、と言ってくれた。
だが、それはシスティーナを庇いながらでは、という条件がつくのではないか?敵の攻撃をさばく、呪文を唱える、システィーナを庇う。その三つが二つだったら……グレンなら何の問題もなかったのではないか?ましてやあの二人がいるなら、さっきの追い詰められた状況もすぐに片が付いたのではないのか?
そもそも、自分達があれほど大量のボーン・ゴーレムに追われることになった原因は?
あのダークコートの男に捕捉されることになった切欠は?
それは、あの連邦軍の二人組がシスティーナを助けてしまったからではなかったか?
しかも恐らく、そのせいで二人組が負傷しているグレンに手を借りたいほどに追い詰められてしまっていたはずだ。そう、全て自分のせいで。
「――ッ!?」
頭上から、何かと何かが激突する音が響き渡った。戦いが始まったらしい。
こうなればもう、システィーナにできることは何もない。
「もう、彼女の言う通りにするしか……」
がくりと肩を落としてシスティーナはその場にうなだれた。自分の無力さに打ちひしがれ、目の前が真っ暗になっていく。
だが、その時だった。システィーナは、ふと気づく。
「……言う、通り?」
その言葉には何か違和感がある。
システィーナはその違和感の正体をぼんやりと考えた。
そこは、十本の剣が飛び交う激戦地区と化していた。
右から、左から、頭上から殺到してくる剣を体術でかわし、剣で迎撃するアリッサ。
その隙に二本の剣をダークコートの男――レイクの腹部を貫こうと飛翔させるが、手動剣の二本が縦となり、それを防ぐ。
その隙にレイクに背後から一本の剣が迫るが、それを察知したレイクは体術でかわす。
すると、レイクの三本の自動剣が今度はグレンに襲いかかる。
「はぁ――ッ!」
グレンはそれを左拳で受け流し、右拳で撃ち落とし、体さばきでかわす。
三方向からグレンに襲いかかる三本の剣は、達人の技量に匹敵する速さと鋭さでグレンを切り刻まんとする。
だが、その動きは単調で無機的。そのため、対処はグレンでも辛うじて可能なのだが――
不意に、グレンの頭上と背後から二本の剣がグレンの動作の終を狙った、実に有機的な剣撃で襲いかかる。
とっさに身をひねるグレンだが、最適の機会で襲いかかった二本の剣はグレンの背中を刻んだ。
「が――ッ!」
紅が散華する。対処が間に合ったため、傷は深くない。だが、決して浅くもない。
「ち、ぃ――」
グレンは跳び下がり、壁と背後に身構える。
「両方とか、厄介過ぎるだろ……ッ!?」
戦況はアリッサがいるせいか、ほぼ互角。だが、グレンはこの状況に呪文を詠唱する暇がまったくない。
レイクは三本の自動剣と二本の手動剣を操っている。これならば互いの短所を補い合うことができ隙が見当たらなくなる。アリッサの場合、全部を術者の自由意思で操る手動剣でレイクと互角に張り合っているが、レイクの方がアリッサよりも効率的だった。
「俺が言うのもなんだが……こいつら、魔術師らしくねーよな」
おまけにこの二人の手動剣の動きは素人の物ではない。超、とはいかないまでも一流の剣技だ。遠隔操作でこの動きができるのだから、この二人は相当の剣の使い手のはずだ。並みの剣士ならば、この二人を前に何もできずに瞬殺されることだろう。
「そこ――ッ!」
アリッサが三本の手動剣をレイクに肉薄する。技の鋭さそのものはレイクの自動剣にやや劣る。
「動きが単調だぞ?」
現にレイクが自動剣三本で迎撃する。無機的だが鋭い自動剣はアリッサの三本の手動剣を叩き落とす。
叩き落とし、二本の手動剣でアリッサを攻撃しようとしたレイクは、その時、アリッサの背後にあった二本の手動剣が消えていることに気づいた。
ここで二本の剣を消すなど、無防備をさらすことになり、自殺行為にも見えるのだが――
「ち――」
瞬時にアリッサの思惑を察知したレイクは左右に二本の剣を盾にした瞬間、突然、左右から二本の剣が出現しレイクの剣に受け止められた。
「ち……」
アリッサは舌打ちする。
先ほどの三本の攻撃はフェイク。レイクが三本の自動剣で迎撃させている隙に、残り二本の剣を時空間転移術を使ってレイクの左右に忍ばせていたのだが、それを瞬時に察知されたらしい。
すると、この攻撃の終を、グレンは数少ない好機と咄嗟に判断したらしい。
「≪紅蓮の獅子よ・憤怒のままに――――」
グレンが左手を掲げ、呪文を唱え始める。
選択した魔術は、黒魔【ブレイズ・バースト】。収束熱エネルギーの球体を放ち、着弾地点を爆炎と爆圧で薙ぎ払う強力な軍用の攻性呪文だ。
この【ブレイズ・バースト】の爆炎に巻き込まれれば、消し炭すら残らない。
この狭苦しい空間では爆炎を避けることもままならない。
「≪・吼え――」
だが、グレンの三節詠唱が完成するよりも早く――
「≪霧散せよ≫」
レイクの指先が動き、一説詠唱が完成していた。
その瞬間、グレンの左掌に生まれかけていた火球が、ぱぁんと音を立てて弾け、魔力の残滓となって空間に散華した。
黒魔【トライ・バニッシュ】。空間に内在する炎熱、冷気、電撃といった三属エネルギーをゼロ基底状態へ強制的に戻して打ち消す、対抗呪文だ。
「遅いぞ?魔術講師」
「く、そ――ッ!」
歯噛みしながら跳び下がるグレンに追いすがるように、頭上から飛来する五本の剣が次々と床に突き立っていく。
「噓でしょ!?こんな時に三節詠唱だなんて、一節で出来ないの!?一節で!?」
グレンの実力を垣間見たアリッサが、愕然としてグレンに振り返る。
「うっせえ!仕方ねえだろ!?俺は生まれつき魔力操作の感覚も、略式詠唱のセンスが壊滅的なんだよ!文句あっか!?こんちくしょう!」
「無駄話もそこまでだ。呪文の撃ち合いにおいて三節詠唱が一節詠唱に勝てるわけあるまい。【ブレイズ・バースト】とはこう唱えるのだ――」
冷酷な目で五本の剣から逃れ、アリッサと言い合うグレンの姿を捉え、レイクが呪文を唱える。
「≪炎獅子――」
一節詠唱による黒魔【ブレイズ・バースト】の超高速起動。これができれば、たった一人で一軍とも渡り合えるとされる高等技術である。
この魔術講師が三節でしか魔術を起動できないことを早々に看破したレイクは、この一手で一人を始末できると半ば確信していた――が。
「!」
なんと、グレンはレイクが一節詠唱を開始したのと同時に、懐から何かを取り出そうとするような仕草を見せながら、レイクに向かって突進し――
「≪猛き雷帝よ・極光の閃槍以て――」
絶対に間に合うはずの無い三節詠唱を開始したのだ。
「――ッ!?」
アリッサはそれこそ、仰天した。後手を取ったくせに、相手の詠唱節数以上の呪文行使、それはあまりにも魔術戦の定石を無視した暴挙だ。
だが――
「ち――」
レイクの掃除屋としての鋭敏な判断力は瞬時にグレンの狙いを看破した。
起動しかけていた【ブレイズ・バースト】の魔術を解除し、跳び下がる。
「・刺し穿て≫――ッ!」
その隙を狙い打つかのように、グレンの呪文が完成する。
黒魔【ライトニング・ピアス】。グレンの指先から一条の電光が迸り、レイクの身体の中心目掛けて真っ直ぐ突き進む。
が――レイクがとっさに操作した二本の手動剣が辛うじて間に合い、レイクの眼前で交差し、それを弾いた。
「ち――通らねえか」
舌打ちするグレン。
すかさず、レイクが指を打ち鳴らして自動剣を操作する。
地面に突き立っていたままの三本の剣が空中へと引き抜かれ、グレンに襲い掛かる。
それをアリッサの三本の剣が迎え撃ち、次々と叩き落す。
「その剣、【トライ・レジスト】まで符呪済みかよ。やーれやれ、周到なこった。最悪一本は取れると思ったんだがな」
「……貴様」
レイクは内心、今のグレンの立ち回りに舌を巻いていた。
それは、アリッサも同様であり、東館で狙撃銃を構えていたジョセフも同様であった。