ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員 remake   作:藤氏

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(マジかよ……)

 

 ジョセフはレイクと同様にグレンの立ち回りに、舌を巻いていた。

 

 マナ・バイオリズムという概念がある。人間の生体マナの状態を表す指標だ。制御されても乱れてもいない通常の状態はニュートラル状態、制御されている状態をロウ状態、そして、制御されていない乱れた状態をカオス状態という。

 

 魔術を行使するには精神集中や呼吸法によって、ニュートラル状態にあるマナ・バイオリズムは一気にニュートラル状態を通り越してカオス状態となる。行使する魔術の規模によってマナ・バイオリズムのカオス側への傾き方が異なるが、基本的にどの魔術も、行使すればカオス側に振れてしまうのは避けられない。

 

 そして、カオス状態の時は、いかなる卓越した魔術師でも魔術行使ができない。

 

 これが魔術の絶対法則だ。

 

 この状態でもある程度の戦闘能力を保持するため、連邦の魔術師は銃も扱えるように訓練されている。

 

 今のグレンの立ち回り――無謀な【ライトニング・ピアス】の詠唱は恐らく罠。それに先んじようとしたレイクが【ブレイズ・バースト】を完成させれば、恐らくグレンは例の謎の封印魔術(ジョセフは無線を通してアリッサの話から知ることができた)を躊躇なく行使し、その起動を防いだに違いない。

 

 そうすれば、呪文を起動することなく、ただマナ・バイオリズムをカオス状態にしてしまったレイクの剣の魔導器は一瞬、動きが止まる。その一瞬で、屈指の格闘戦能力を持つグレンの懐に入られてしまえば――

 

 かと言って、その封印魔術を警戒し、剣の魔導器でグレンを迎え撃とうとすれば、今度はグレンの【ライトニング・ピアス】にレイクが撃たれる。今思えば、最初にグレンが唱えた無様な三節【ブレイズ・バースト】も、恐らくこの『誘い』のための布石だろう。

 

 あの一瞬で咄嗟にレイクへ突きつけた死の二択。相手のマナ・バイオリズムの振れ幅まで見切ったその立ち回り。少しでもタイミングを過てば、絶体絶命の不利に追い込まれるというのに、それをやってのけてしまえる胆力と判断力――

 

「貴方は一体、何者なんだい?」

 

 これはもう、ただの魔術講師にできる立ち回りではない、歴戦の魔導士のそれだ。

 

 ジョセフは、最初にグレンを見た時に抱いた軍人特有の雰囲気を思い出し、それが間違いではなかったと確信した。魔術師として三流であることに間違いはないが――ただの三流ではない。下手したら逆に狩られかねない『三流魔術師』だ。

 

(それに、グレン=レーダス、か……)

 

 無線越しに聞こえた講師の名前に、ジョセフは聞き覚えがある。

 

 面識は全くないが、その名前と似たような名前が連邦軍内でもある程度噂になっていた。特にジョセフとアリッサが所属している特殊作戦軍内では。

 

(……まさか、ね)

 

 あのいかにも軍人らしい立ち回りを見て、ジョセフは狙撃銃を構える。

 

 あの化け物との戦いも、もうすぐで決まりそうだ。

 

 

 

 

「グレン、と言ったな?貴様、一体何者だ?」

 

「ただの魔術講師だよ、非常勤だけどな」

 

「どうだがな……まぁ、いい。なるほど、確かに呪文起動を封殺するタイミングを自分で選べる、とは少々厄介だ」

 

「どうだ?俺がいつ封殺するんだかわからないんだし、これからも思い切って適当に呪文を織り交ぜて使ってみたらどうだ?軍用の攻性呪文とかマジお勧め」

 

「ふざけたことを。貴様の実力は認めるが、二度目は通用せんぞ?」

 

「ちくしょう、やっぱバレバレかよ。俺、お前嫌いだ」

 

 ふて腐れたようにいうグレンに対し、レイクは氷のような笑みを口元に浮かべていた。

 

「逆に私はお前に敬意を表する。連邦軍がいるとはいえ、私を相手にここまで戦えたのは貴様が初めてだ」

 

 私も同じこと思った、とアリッサはこの時は思った。

 

 相手にグレンがいるからこそ、封印魔術を警戒したレイクは全力を出し切れない。相手にグレンがいなければ、早々にボーン・ゴーレムを召喚して、同時にこの五本の剣で攻め立て、さらに攻性呪文による波状攻撃が可能だ。そもそも、レイクがまだどんな切り札を隠し持ているかわかったものではないのだ。この男が好き勝手に魔術行使したなら一体誰が抗えるのか。アリッサも化け物じみた連中をそれなりに知っているが、その誰もがこの男に勝てるイメージがまったく思い浮かばない。

 

(単独で勝てるなら、『灰塵の魔女』しか……私達の場合、大佐がいないと厳しいかも)

 

 となると、連中はとんでもない化け物を送り込んできたものだ。

 

(ここまでの化け物を送り込んでくるなんて……確かこいつらって、ルミアって子をどこかに連れ去ったんだっけ?)

 

 今回の案件、かなり奥深いものなのではないだろうか?

 

 まぁ、それはそれとして、今はこの男に対してどう仕掛けるか?ということなのだが。

 

「これ、どうするのよ?」

 

「正直、わからん?【ライトニング・ピアス】が通らんかったのはマジで痛い」

 

「【ウェポン・エンチャント】はどれぐらい持ちそうなのよ?」

 

「そろそろ尽きてもおかしくないな。これ、切れたらマジで詰む。張り直すにしても三節もの呪文を唱える暇なんて与えそうにないもんな……ていうか、まだ【ウェポン・エンチャント】が残っている自体が驚異なんだけど……白猫のやつ、本当に優秀だったんだな。生意気だが」

 

「それ、貴方じゃなくてあの子が符呪したの?」

 

 どんだけなのよ、あの銀髪の子、とアリッサは若干引き気味になる。

 

「となると、いよいよ覚悟を決めるしかないってことか……」

 

「ええ、そうね」

 

 グレンは息を一つ深くつき、拳を構えた。いつも通りの拳闘の構えだ。

 

 アリッサも五本の剣の切っ先をレイクに向ける。その時、ちらっと東館の方を流し見て、ほくそ笑んだ。

 

「ふっ。何か仕掛けてくるつもりだな?」

 

 雰囲気が次の一合が最後になることを敏感に感じ取り、レイクも油断なく身構える。

 

 レイクが手を前掲げると、それに応じて五本の剣がグレンとアリッサに切っ先を向けた。

 

 きり、と。

 

 空間に緊張が走る。

 

 まるでその場の気温が一気に氷点下を振り切ったかのよう。

 

 そして。

 

「――死ね!」

 

 レイクが五本の剣を放つのと。

 

「やっちまいな!」

 

 アリッサが二本の剣を放つのと。

 

「≪~~・――――ッ!」

 

 グレンが片手で口元を隠し、なんらかの呪文詠唱を開始したのは同時だった。

 

「馬鹿め!たとえそれが一節詠唱だったとしても私の方が早いぞ!」

 

 レイクの宣言どおりだった。

 

 常に三節で括られるグレンの呪文詠唱はまるで間に合わない。

 

 アリッサの方は二本の剣で向かって来る二本の剣を迎え撃つが、何を思ったのか、一本を外に向かって放ち、残り二本をレイクに向けて放った。二本の、しかも単調な動きで迫る剣をレイクはかわす。そして、二本の剣でアリッサ自身に対する迎撃に成功したとしてもグレンの援護にはどうやっても間に合わない。

 

 閃光のように翔ける三本の剣。

 

 そして、鋭い物が肉を穿つ音が三回。

 

 グレンの胸を、腹を、肩を、剣が深々と刺し穿つ。剣が命中する瞬間、グレンは辛うじて身をさばき、急所を外していたが――勝負は決した。

 

 ――かのように思えた。

 

「――均衡保ちて・零に帰せ≫!」

 

 だが、剣を上半身に受け、血反吐を吐きながら、グレンは呪文を完成させていた。

 

 その術は――

 

「何!?【ディスペル・フォース】だと!?」

 

 対象物の魔力を消去し、無効化させる【ディスペル・フォース】の魔術をグレンは起動したのだ。

 

 グレンの身体を穿つ剣が【ディスペル・フォース】とぶつかり合って白熱する――

 

「確かにそれが通れば、私の剣は一時的にただの剣に成り下がるが――」

 

 だが、それは悪手だ【ディスペル・フォース】に必要な魔力量は打ち消す対象物の持つ魔力量に比例する。この術は本来、簡易符呪を解くための術であり、魔力増幅回路が組み込まれた魔導器に通う魔力をディスペルしようとすれば、それこそ自身が一瞬で枯渇してしまうほどの莫大な魔力が必要になる。魔術戦において相手の魔導器を【ディスペル・フォース】で対処するのは、やってはならない悪手であることは常識なのだ。

 

 案の定、グレンの【ディスペル・フォース】は剣の魔力を打ち消しきれていない。剣に込められた魔力を幾ばくか殺いだがそれだけだ。剣の遠隔操作にほぼ支障はない。

 

 しかも、三本の内、二本は手動剣だ。おまけに、アリッサが【ディスペル・フォース】をしようにも、マナ・バイオリズムの影響ですぐにはできない。二本の剣を抑えられているとはいえ、今なら手動剣をグレンの身体から引き抜き、返す刀でその首を刎ねる――それでグレンは終わりだ。

 

「悪あがきもここまでだ、死ね――」

 

 レイクが手を上げた――その瞬間だった。

 

「≪力よ無に帰せ≫――ッ!」

 

 あさっての方角から、全く予想もしていなかった一節詠唱が飛んだ。

 

「何――ッ!?」

 

 背後の廊下の先、遥か向こうに見覚えのある人影があった。

 

 システィーナだ。いつの間にかそこにいたシスティーナが、グレンのディスペルに合わせて、ありったけの魔力を乗せて【ディスペル・フォース】を飛ばしたのだ。

 

 レイクの誤算は二つあった。システィーナの臆病さを見知っていたがために、てっきりもう逃げたものだと判断し、戻って来る可能性を失念していたこと。そして、システィーナにこれほどの技量と魔力容量があったということだ。

 

 グレンとシスティーナの【ディスペル・フォース】、二つ合わせて今、特にグレンを苦しませていた三本の剣は、この瞬間、ただの剣に成り下がり、アリッサの剣が押さえていた二本の剣も完全に押さえられてしまった。

 

 そして、次の瞬間。東館から銃声が響き渡った。

 

「く――ッ!」

 

 レイクは咄嗟に跳び下がろうとするが、頬辺りに銃弾か掠める。もし、アリッサが放った一本の剣の腹に火花が散っていたのを見逃していたら、頭蓋を粉砕されていたことだろう。

 

「ぉおおおおおおお――ッ!」

 

 すると、グレンが間髪を容れず、上半身を剣に貫かれたまま、レイクへ向かって駆け出す。

 

「ち――≪目覚めよ刃――」

 

「遅ぇッ!」

 

 再び剣に魔力を送って、浮遊剣を再起動させようとする男に先んじて、グレンが愚者のアルカナを引き抜いた。

 

 固有魔術【愚者の世界】――愚者の絵柄に変換した魔術式を読み取ることで、グレンを中心とした一定効果領域内における魔術起動を封殺する術が一瞬早く起動する。

 

 この場における、全ての魔術起動が封印された。

 

「うぉおおおおおおお――ッ!」

 

 グレンはアルカナを投げ捨て、自身の肩に刺さる剣を引き抜いて――

 

 ――そして。

 

「………………」

 

 静寂。グレンが突き出した剣は――レイクの左胸部――急所を完全に貫通していた。

 

 

 

 

「……思い出した」

 

 スコープ越しで事の顛末を見ていたジョセフは、グレンに対し何かを納得したかのような顔で呟いた。

 

「一年前まで帝国宮廷魔導士団に一人、凄腕の魔術師殺しがいた。いかなる術理を用いたのかは知らないけど、魔術を封殺する魔術をもって、外道魔術師達を一方的に虐殺して廻った帝国子飼いの暗殺者」

 

 そう。まるで今のように。

 

「活動期間は約三年。その間に始末した一級の外道魔術師の数は公式だけでも二十四人。しかも、その誰もが超一流の凄腕ばかり。旧世界だけでなく新世界では連邦軍も南オーシア軍も裏の魔術師達の誰もが恐れた魔術師殺し、コードネームは――『愚者』」

 

 スコープでレイクとグレンを見るジョセフ。

 

「まさか、その正体が三流魔術師だったなんて……やれやれ、こんなことがあるとはね」

 

 レイクは崩れ落ちるように倒れた。もう、彼は脅威ではない。すでに死んだのだから。

 

 そして、グレンも壁にもたれかかるように崩れ落ちるのを確認したジョセフはスコープから目を離し、ライフルを肩にかけて西館に向かうのであった。

 

 

 

 

 

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