ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員 remake 作:藤氏
いよいよ女王陛下を歓待するその時が近づいていた。
魔術学院正門前は、女王陛下の行幸を出迎えるため、学院関係者でごった返していた。正門から本館校舎の来客用正面玄関に向かって人垣の道ができている。先発で到着した王室親衛隊の面々が周囲に目を光らせ、あふれかえる生徒達を仕切っていた。
今や、その場に集う学院関係者の全てが、緊張した面持ちで女王陛下の到着を今か今かと待ちわびていた。
「相も変わらず人気あるよな、女王陛下」
そんな人垣を構成する一角、緊張に満ちたこのような状況にもかかわらず、ジョセフは普段と変わらない調子で呟いていた。
「確かにここまでの人垣ができるなんて、今まで見たことないかも」
ジョセフの左隣に並ぶアリッサが半ば感心したように呟く。
一方でジョセフの右側では……
「いや、だってさぁ、帝都からここまでめっちゃ遠いじゃん?転送法陣も今は使えねえし……俺が陛下だったら絶対、面倒臭くて来ねぇ」
「アンタみたいな出不精と女王陛下を一緒にすんなッ!不敬でしょうが!」
相も変わらずグレンとシスティーナがそんなやり取りをしていた。
システィーナがグレンの背中をはたいた時に、グレンがよろめいていたが。
と、その時だ。
「女王陛下の御成りぃ~ッ!女王陛下の御成りぃ~ッ!」
人垣の道の中央を、馬に騎乗した衛士が叫びながら駆け抜けて行く。
それを受け、待機していた楽奏隊が歓迎のパレードマーチを演奏し始めると、生徒達一同は大歓声を上げながら盛大な拍手を巻き起こした。
爆音が辺り一帯を支配する。やがて、人垣でできた道の間を護衛の親衛隊に囲まれた豪奢な馬車が悠然と進んで行く。女王アリシア七世が窓から身を乗り出して、生徒達の歓声と拍手に応えるように手を振ると、さらに拍手と歓声の音量が上がった。
そんな、盛況ぶりの最中。
ジョセフはふと、ルミアを流し見る。ルミアは首にかけられたロケットらしいものを手に、それを開いていた。
「……まぁ、なんとなくわかる」
そんなルミアの様子を見て、ジョセフはアリシアの方に目を向けた。
ルミア=ティンジェルは本名ではない。ルミアの本当の名前はエルミアナ=イェル=ケル=アルザーノ。帝国王室直系の正統な血筋を引く、元・王位継承権第二位――つまりはアルザーノ帝国の王女様だ。
ルミアは本来ならば、このような場所にいるはずのない貴人なのだ。だが、三年前、ルミアが『感応増幅者』と呼ばれる先天的異能者であることが発覚し、様々な政治的都合から表向きは病で崩御なされたとして、その存在を抹消されたのである。
その裏事情はとても複雑だ。
アルザーノ帝国王家の始祖は、隣国のレザリア王国王家の系譜に連なっている。それゆえにアルザーノ帝国とレザリア王国は、互いの国家の統治正統性や国際件以上の優位性について、常に揉めに揉めてきた関係だ。おまけに帝国王家の統治正統性を保証する帝国国教会を、レザリア王国を事実上支配する聖エリサレス教会教皇庁は異端認定しており、両教会の関係もすこぶる悪い。
そんな中、帝国王室の血筋から悪魔の生まれ変わりであると、いまだ広く堅く信じられている異能者が生まれてしまったことが明るみになりかけたのだ。
もし、エルミアナの存在が外部に漏れれば国内混乱は避けられず、神の子孫であるとされる帝国王家の威信は地に堕ち、常に帝国の併合吸収を狙うレザリア王国や聖エリサレス教会教皇庁が知れば、第二次奉神戦争勃発の引き金になりかねない。
しかも、そうなれば、レザリア王国によるアルザーノ帝国の併合をなんとしても阻止したいオーシア連邦が黙っていない。北セルフォード大陸に連邦軍を派兵するだろう。そして、レザリア王国もオーシア連邦と敵対関係にある南オーシア連邦に参戦を要請するだろう。
つまり、エルミアナという少女の出自と異能という組み合わせは、良くも悪くも神聖なる王家に対する民衆の絶対的威信で持っている帝国を根幹から揺るがしかねない猛毒のみにあらず、大国を巻き込む大戦争へと発展しかねない存在だったのだ。
そのためエルミアナの存在は表向き病死とされ、密かに処分されることが決定した。国家を背負い立ち、国民を守らねばならない女王と帝国政府の苦肉の決断だった。
そして、様々な思惑と権謀術数の果てにエルミアナ王女――ルミアは今、こうしてシスティーナのそばにいる。
ジョセフとアリッサもあの事件に関わっていなければ知らなかった素性。あの事件でデルタはルミアの素性を知っている、唯一の外部組織となった。
因みに、この情報は連邦政府には報告していない。報告しようものなら、あの大統領子飼いの”クーメーカー”が動くかもしれないからだ。なぜ、天の智慧研究会が彼女を狙ったのか、そこをはっきりしない限りは連邦政府には報告しない。それがデルタの今後の方針だ。
そして、そんな素性を知っているからこそ、ジョセフは今のルミアの心境が容易に想像できた。
(母親が本心で嫌いになったわけではないのは恐らく本人も知っているだろうけど……なんていうんかなぁ……)
そんなルミアをジョセフは頭を掻きながら、物思うのであった。
それにしても……
「なんなんだよ、この配置……」
左隣にアリッサ、右隣にウェンディで背後にテレサという、なんかお互いに牽制し合っていそうな配置にジョセフはジト目でため息を吐くのであった。
魔術競技祭は例年、魔術学院の敷地北東部にある魔術競技場で主に行われる。
競技場はまるで石で造られた円形の闘技場のような構造だ。中央には芝生が敷き詰められた競技用フィールド。三層構造の観客席は外に向かうほど高くなり、空から見れば深皿のように見えるだろう。
この競技場は魔術的ギミックを組み込んだ建築物でもあり、管理室からの制御呪文一つで、フィールドをなみなみと水の張られたプールにしたり、樹木が乱立する林にしたり、炎の海にしたり、石造りの舞台を出現させたり、あらゆる条件・競技に対応可能だ。
そして今、競技場の観客席は人であふれかえり、活気に満ちていた。
観客席にいるのは学院の生徒達だけではない。生徒達の両親や、学院の卒業生など、学院の関係者が続々と集まっている。競技場観客席の最も高く見晴らしの良い場所に据えられたバルコニー型の貴賓席には、女王陛下の御姿も見えた。
魔術を公の場で使用することを法的に禁じられているこの国において、魔術による競い合いというものは、実際に参加するにしろ観客に徹するにしろ、魔術師達にとっては何物にも代えがたい娯楽なのだ。そういうわけで今年も大勢の観客が学院の内外から集まり、賑わっていた。
魔術競技祭は学年次ごとのクラス対抗戦で、年に三度行われる。つまり一年次生、二年次生、三年次生の三つの部があることになる。今回開催されるのは二年次生の部だ。ちなみに四年次生の部は、四年次生が卒業研究で忙しいとの理由で開催されない。
最終的に表彰されるのは、総合一位に輝いたクラスのみだ。二位や三位に意味はない。全か無か。それゆえに勝利にあらゆる手段を尽くすことを是とする魔術師の、古典理念を正しく踏襲した表彰方式である。
そして、今回の二年次生の競技祭のみに限り、女王陛下自らが表彰台に立ち、優勝クラスに勲章を直接下賜するという帝国民ならば誰もが羨むような名誉がある。
魔術競技祭に参加するすべての生徒が、そして各クラスの担当講師が、なんとしても優勝したい……そう息巻いているのが今回の二年次生の部の魔術競技祭であった。
そんな中、二年次生二組――グレンの担当クラスは特に学院内の噂でもちきりとなっていた。なにしろ、この状況で、まさかのクラス生徒全員参加なのだ。成績上位者も成績下位者も分け隔てない、この平等出場。
グレンは勝負を捨てた、流石は魔術師の風上にも置けない男、でもグレン先生のクラスは全員参加できて羨ましい、いや待て、このやる気のなさは女王陛下に対する不敬ではないのか?……この一週間、各方面で散々に囁かれた。
グレンがハーレイに喧嘩を売って、お互い優勝に給料三ヶ月分をかけているという噂も注目を集めるのに一役買っていた。
とはいえ、奇異の目を集めてはいたが、誰もグレンの担当しているクラスに期待などしていなかった。勝負になるとすら思っていなかった。
やがて時間がやってくる。決闘礼装としての細剣を腰に吊った生徒一同が中央のフィールドに集合整列し、魔術競技祭開催式が行われる。開式の言葉、国歌斉唱、関係各者の式辞、生徒代表による選手宣誓――式は粛々と進んでいく。
そして、女王陛下の激励の言葉と共に、とうとう魔術競技祭が開催されるのであった。
果たして、この競技祭は最初の競技から衝撃の結果を以て幕をあけるのであった。
最初の競技――『飛行競争』であの二組がトップ争いの一角だった四組を抜いて三位に躍り出たのであった。
次からジョセフとアリッサが暴れまくります(笑)