ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員 remake   作:藤氏

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 アルザーノ帝国には、帝国王室に忠誠を誓う領地貴族が少なからず存在する。

 

 奉神戦争後、辛うじて独立を保ったアルザーノ帝国だが、疲弊した帝国貴族に待ち受けていたのは、多額の負債を抱えた財政難であった。

 

 この未曽有の財政難に多くの帝国貴族は領地を王室に奉還し、領地貴族から宮廷貴族へ、領主から代官へと鞍替えすることになる。

 

 だが、中には卓越した領地経営手腕を発揮して財政難を克服し、自身の領地を守りきった貴族達もまた存在する。かつてのスペンサー家は伯爵家として自身の領地を守りきった貴族である。そして、ジョセフの幼馴染であるウェンディの家――ナーブレス公爵家もまたその一つである。

 

 スペンサー伯爵家は、依頼主の要請に応じて護衛を請け負ったり、各地の紛争に自身の兵を派遣するなどの所謂傭兵業を基幹に金融業を営み、莫大な利益を上げてきた貴族である。

 

 例えばナーブレス家の基幹産業であるワインを盗賊から守るために護衛を派遣したり、レイディ商会の商品の護衛を一手に引き受けたりして、それで得た利益を元に金融業を営み、領地を発展させていった。

 

 それだけではなく、スペンサー家は魔術師一門として魔術学会にそれなりの影響力を持っていたし、特に電撃系の魔導技術の発展に貢献していた家でもあった。

 

 そんなわけで、帝国内でもそれなりの力を持っていたスペンサー家であったが、五年前、当時の当主でありジョセフの母親であるエヴァ=スペンサーは何の前触れもなく領地を王家に奉還し、ジョセフを連れて連邦に渡って行ってしまったのである。

 

 突然の奉還と連邦の移住に、当時の帝国内では物議を晒したのだが、奉還する数ヶ月前に夫が亡くなったということもあって、心労が祟ったのではないのかという説が主流になって収まっていった。

 

 

 

 

 あれから、五年。

 

「まさか、こいつが来るとは予想外だったな……」

 

 アルザーノ帝国魔術学院の学院長室で豪奢な金髪の美女が、憂いの表情でため息を吐いていた。

 

 そして、その美女――学院の魔術教授セリカ=アルフォネアは、この度、この学院に留学生として編入することになった二人の内の一人の書類に目を通しながら、ぽつりと零していた。

 

「ほう、彼を知っているのかね?セリカ君」

 

 執務机に腰かける学院長――リックは少し意外そうに言う。

 

「ははは、スペンサーと言ったら、あのスペンサー伯爵家のことだろ?こいつの母親、エヴァとは知り合いだったからな」

 

 エヴァ=スペンサー。

 

 ジョセフの母親にして当時のスペンサー伯爵家当主だった彼女により、スペンサー家は大きく躍進し、軍用魔術に関する研究――特に電撃系統の研究では画期的な研究成果や論文をいくつも発表し、実際に帝国の魔導技術の発展にも大きく寄与していた。

 

「エヴァ=スペンサー。ご存知の通り、スペンサー伯爵家最後の女当主……電撃系統の魔術を得意としており、それに関する研究では常に高い評価を得ていた……」

 

 セリカはエヴァの息子――ジョセフの書類を丁寧に束ね、学院長の執務机に重ねて置いた。

 

「五年前の件で物議を醸しだしたが……その息子が連邦の留学生として来るとはな……」

 

「ふむ?ほほぅ、魔力容量も意識容量も優秀、系統適性は電撃系統が高くて、それ以外は平均よりも上、基礎能力だけ見てもトップクラス……この学院でも彼に匹敵する生徒はそう多くなさそうじゃの」

 

 リックは机に置かれた書類の束を手に取り、ざっと目を通していく。

 

「ジョセフ=スペンサー。十四歳の時に連邦陸軍士官学校を首席で入学……首席じゃと!?」

 

 書類に目を通していたリックが驚きの声を上げた。

 

「この学院と共に難関で名高い士官学校の入学試験を、首席合格で入学じゃと!?」

 

「……しかも、入学後の成績も首席を守っている。首席で卒業したら、連邦陸軍のエリートコースは約束されたも同然、下手したら陸軍大将にも昇り詰めることだって夢じゃない。そうなったら、えらい騒ぎになるだろうな」

 

「帝国出身の陸軍大将……確かに騒ぎになるじゃろうのう……もう一人の女学生も、中々の優秀な学生。まさか、初回でこんな優秀な学生が二人も来ていただけるとは!」

 

 どうにも渋い顔のセリカとは違い、リック学院長はほくほく顔だ。

 

「うーん……」

 

 セリカはどうにも納得いかないといった表情を崩さない。

 

「ふむ、どうしたのかね?セリカ君。何か気になることでもあるのかね?」

 

「いや、ちょっとな……」

 

 不思議そうに尋ねてくる学院長に、セリカが息をついて応じる。

 

「なんで、この二人が来るのかなって、思ってね」

 

「と、申されると?」

 

「いや……さっきも言ったとおり、スペンサーは帝国出身の元・貴族の子息だ」

 

 セリカはちらりとジョセフの書類を流し見る。

 

「今回の留学生の受け入れについては反発する者が少なくなかったからなのか、連邦がそれを考慮して連邦生まれの学生ではなく帝国出身の学生を派遣してきた……おかしくない話だ。だが、なぜ、あえてジョセフ=スペンサーなんだ?」

 

 そう言うセリカの顔には、やはり困惑と煮えきらないものが見え隠れしていた。

 

「スペンサー伯爵家の息子……どうして、五年前、突然帝国から連邦に鞍替えしたエヴァの息子を帝国の留学生として来ることを連邦は承認したんだ?普通、他の学生を送り込んだ方が波風立たないで済むだろ?」

 

「……言われてみれば、確かに少し奇妙な話ではあるのう……」

 

 ジョセフの到来に、少々浮かれていた学院長が、ほんの少しだけ冷静になる。

 

「それに……もう一人の女学生の方も中々だぞ」

 

 そしてセリカはアリッサの書類を流し見る。

 

「アリッサ=レノ。レザリア王国出身の人間ってことは、このレノ家はあの聖堂騎士団の名家で、四十年前の奉神戦争で帝国を苦しめたあの家の人間ということになる。連邦に鞍替えしたことによって帝国内では嫌っている者も少なくない家の子息と、奉神戦争で苦しめたレザリアの名家の令嬢……いろいろと物議を醸し出しそうな両家の人間を連邦は送り込んだ?何か妙じゃないか?一体、連邦は何を考えているんだが」

 

 そう言って、セリカは肩を竦め、ため息を吐いた。

 

 

 

 

「おい、聞いたか?今度来る連邦の留学生?」

 

「ああ、一人は帝国出身でもう一人はレザリア出身って話だろ?」

 

「そうそう。で、帝国出身の奴なんだが……あのスペンサー家の人間らしいぜ……?」

 

「マジかよ……五年前に突然連邦に鞍替えしたあのスペンサー家の……?」

 

「しかも、向こうの軍学校では首席で合格して、その後の成績も首席でいっているらしい」

 

「な、なるほど……それなら、こっちに来るのもわかるし、有り得る話だ……」

 

「そういや、そいつ、この前システィーナ達とばったり会ったらしいんだけど、システィーナに対して、見下した態度で接していたらしいぜ?」

 

「あの優等生をかよ……?おっかな過ぎるだろ」

 

「しかもそいつ、二組に編入されるって話だし……最近、あのクラス、ヤバくなってないか?」

 

 ジョセフがシスティーナに対して冷たく吐き捨て、その後二人の幼馴染――ウェンディとテレサに再会してから数日後。

 

 学院の生徒の間では、二人の連邦の留学生、特にジョセフに関しての噂で持ちきりなのであった。

 

 

 

 

 それから、数日後。

 

 編入前の諸々の準備が一段落したジョセフは、散歩がてらフェジテをあてもなくぶらぶらと歩いていた。

 

 しばらく歩いて、そばにある公園を通り過ぎようとした時。

 

「ん?」

 

 ジョセフは公園の一角にあるベンチに、魔術学院の制服を着た女子生徒が俯いている姿を見た。

 

 自分はまだ昼を少し過ぎたぐらいである。

 

「確か、まだ授業は全部終わっていないはずだろ?なんで……?」

 

 足を止めたジョセフは、銀髪を認識するや、先日カフェで会ったあの女子生徒――確か、システィーナ……だったと思う。彼女がなぜかベンチで俯いていた。しかも、泣いているようにも見える。

 

「一体、なにがあったん?あの子……」

 

 ジョセフはそんなシスティーナをしばらく見て……

 

「……やれやれ」

 

 さすがにそのままにするのもアレだと思ったのか、ジョセフはシスティーナの下へ向かうのであった。

 

 

 

 

 システィーナ=フィーベルは、先日から非常勤講師としてやる気のない男に、魔術を下らない無価値なものだと面と言われた。

 

 今日も相も変わらずの自習でシスティーナは関わらないようにしていたのだが、グレンがルーン語辞書の引き方を解説し始めた時、流石に黙っていられなくなり、やる気のない非常勤講師――グレン=レーダスの前で”偉大なる魔術”と言ったことが事の発端となった。

 

 この時のグレンは、いつもの様子とは違い、魔術の何が偉大で崇高で、何の役に立つのかと食い下がってきた。

 

 グレンの想定外の反応に、システィーナは戸惑いすぐに答えることができなかった。次から次へとくるグレンの質問に即答できない自分に苛立ったシスティーナ。やがてグレンは自己満足、一種の娯楽と魔術を真っ向から否定されているのだが、システィーナは即答できず圧倒的に言い負かされていた。

 

 そして、ついには……

 

 あぁ、魔術は凄ぇ役に立つさ……人殺しにな――

 

 魔術を無価値と断じられただけでなく、外道に貶める発言をグレンから発せられたのだ。

 

 さすがに我慢ならずに反論しようとするが、普段すっとぼけた顔のグレンが、この時だけは何かを――魔術を憎むような形相でまくし立て、その勢いに圧倒されたシスティーナは何一つ反論できなかった。

 

 そして……現在に至る。泣きながら教室を出て行き、学院を飛び出して、公園で泣いていた。

 

 そんなシスティーナに。

 

「……何やってんの?こんなところで」

 

 誰かがシスティーナの前に立ち、そう聞いてきた。

 

 泣きはらした顔を上げると、そこにはオッドアイの少年がシスティーナを見下ろしていた。

 

「あ、貴方は……ッ!?」

 

 システィーナはこの少年のことを憶えていた。なにせ、先日カフェでこの少年に面と嫌味を言われたのだから。あの後、ウェンディとテレサの幼馴染と二人から聞かれて……確か、ジョセフ=スペンサーと言っていたような気がする。

 

「……なによ……貴方もなの?」

 

「貴方もなのって、何が?」

 

「貴方も魔術を否定するの!?無価値で下らなくて、人殺しにしか役に立たないって……ッ!?」

 

「……はい?」

 

「そこまでして魔術を否定するの!?嫌味を言いたいの?だったら私は――」

 

 システィーナは身構え、敵意に満ちた視線をジョセフに送った。

 

「……話がいっちょん読めんばってんが」

 

 ただ、ある程度何があったのかは察したジョセフは、システィーナに頭を下げた。

 

「……先日のこと、ごめん」

 

「え?」

 

 頭を下げたジョセフの予想外の言葉に、システィーナは硬直した。

 

「あの時は、あんたのあの言い分にムカついたし、馬鹿にしやがってと思ったけど……あんな嫌味はちょっと言い過ぎた。だから、謝罪する。その……悪かった」

 

 ジョセフは気まずそうに、謝罪のような言葉を呟く。

 

「え、えっと……その……わ、私も……知らなかったとはいえ、貴方の前であんなこと言って……ごめんなさい……」

 

 特に言い訳がましくなく、素直に頭を下げてきたジョセフに、これまでの敵意など薄れてしまった(そもそも、ジョセフにはグレンほどの敵意は抱いていなかったのだが)システィーナも謝る。

 

「……それで、今日はどうしたん?まだ授業とかあるんでしょ?」

 

「それは……」

 

 再び俯くシスティーナ。しかし、拳を握りしめわなわなと震えているのにジョセフは気付いた。

 

(さっきのあの反応……ふーん、そういうこと?)

 

 さっきのシスティーナの反応から見て、彼女になにがあったのか察したジョセフは、頭を掻いて立ち上がる。

 

 そして。

 

「……ちょっと付き合え」

 

「え?」

 

「その様子だと、どうせ学院には戻らないでしょ?だったら、ちょっとウチと付き合え」

 

「…………はぁ?」

 

 ジョセフの真意を測りかねて戸惑うシスティーナが顔を上げると、やれやれと肩を竦めながらこちらを見るジョセフ。先日のあの冷めて見下したようなオッドアイではなく、気遣うような傷心を持つ人に寄り添うような優しい目をしていたジョセフがいた。

 

「……わかったわ。どうせ、学院に戻っても、あいつがまともな授業なんてしないでしょうし」

 

 まだ知り合って間もない(しかも、最初の出会いがある意味で最悪)男子に付いていくのは如何なものかと思ったが……今の彼なら親身に話を聞いてくれるかもしれないと思ったシスティーナは立ち上がる。

 

 そして、ジョセフとシスティーナは公園から出て歩き出すのであった。

 

 

 

 

 

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