ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員 remake   作:藤氏

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それでは、どうぞ。


05

 

 

 

「そういえば、まだ自己紹介してなかったね」

 

 連邦政府から割り当てられたジョセフの部屋にて。

 

 ジョセフは、システィーナをソファに座らせて紅茶を用意しながら、自己紹介を始めた。

 

「今度、連邦の留学生としてお宅らの学院に編入されることになった、ジョセフ=スペンサーです。ま、よろしく。ええと……フィーベル……さんだっけ?」

 

「システィーナよ、システィーナ=フィーベル。こちらこそよろしく、スペンサーさん」

 

「ジョセフでいいよ」

 

「そう。私の方もシスティーナでいいわ、ジョセフ」

 

「OK、システィーナ」

 

 トレーに二人分の紅茶が入ったティーカップを載せ、システィーナの下へ向かうジョセフ。

 

「……で、公園で俯いていたらしいけど、学院で何かあったの?って、言っても、さっきのあの様子である程度は察しがつくんだけど」

 

「…………」

 

 システィーナに紅茶を差し出すジョセフは、早速本題に入り、システィーナが口を開くのを紅茶を飲みながら待つ。

 

「……今、私のクラスには非常勤講師が次の正式な講師が来るまでの間のつなぎとして担当しているの」

 

「非常勤講師……ああ、そういやカフェでそういう話していたね。確か、ヒューイっていう人が突然辞めて、引継ぎができるまでのつなぎとして非常勤講師が来たって」

 

「盗み聞きしていたの?」

 

「いや、普通に周りに聞こえていたぞ?初っ端から自習とか、決闘の約束を反故にされたとか」

 

「う……」

 

 そうやら自分はかなり溜まっていた鬱憤をカフェでぶちまけていたらしい。

 

「だったら、その講師がどういう奴か知っているよね?あいつ、ロクに授業はしないし――」

 

 ジョセフは、途中で口を挟むことなくシスティーナの話を最後まで耳を傾ける。

 

 初日からの職務放棄に、決闘の結果の反故など、魔術師としては絶対にやってはいけないことを平気でやらかしている。

 

 それでいて、反省の色はない。むしろ、今すぐにでもその職を辞めたいとばかりにそういう行動をしているような気がする。

 

 最初は戸惑っていた生徒達も、時間の無駄だとばかりにグレンを無視し始め、システィーナも無関心を決めていたのだが……その後、グレンは酷薄に細められた暗い瞳、薄ら寒く歪められた口からこう紡がれたのだ。

 

 魔術は人殺しに凄い役立つ、と。

 

「…………」

 

 ジョセフは、紅茶を飲みながらひたすら話を聞くと、システィーナは再び涙目になっていく。

 

「あいつ、魔術を下らないものだって決めつけて……私、悔しくて……あいつに、何も反論できなくて……」

 

「なるほどね……ふむ」

 

 ジョセフはグレンという男がシスティーナに向けて放った魔術は人殺しという言葉につていて考えた。

 

 魔導大国と呼ばれる帝国が、他国から見ればどういう意味なのか、ジョセフにはわかる。帝国宮廷魔導士団に毎年、莫大な国家予算が組まれている理由もわかる。

 

 魔術の決闘にルールができた理由もある程度理解できる。帝国だけでなく連邦もなのだが、最初に習う初等魔術の多くが攻性系の魔術なのかもわかる。

 

 そして、二百年前の『魔導大戦』、四十年前の『奉神戦争』、百年前の『オーシア独立戦争』とその後に連邦が引き起こした数々の戦争で魔術がどういう役割を果たしたのかも知っている。近年、この帝国で外道魔術師達が魔術を使って起こす凶悪犯罪の年間件数と、そのおぞましい内容もジョセフは知っている。

 

 なるほど、確かに魔術は人殺しとしても使われているのは確かだ。これは連邦の魔術師であるジョセフは絶対に反論できない。だって、オーシアの魔術師ほどそれを如実に表している魔術師は外道魔術師以外にいないだろうから。

 

「魔術は人殺しに役立つ……間違ってはいないかもね」

 

「な、なんですって!?」

 

 ジョセフは腕を組んでグレンの言うことも一理あると理解するが、システィーナはそんなジョセフの言葉に反応し、机を叩いて立ち上がる。

 

「間違ってないって、貴方!貴方も魔術は人殺しだと――」

 

「まだ話終わってないから、最後まで聞け」

 

 ジョセフもグレンと同じく魔術を下らないと決めつけようとしていると決めつけたシスティーナが、凄まじい剣幕でまくし立てようとするが、ジョセフは最後まで話を聞けと諭す。

 

 諭した時のジョセフの雰囲気に気圧され、システィーナの怒りは静まり、再びソファに腰かける。

 

 システィーナが腰かけたのを見たジョセフは、再び話を進める。

 

「確かに魔術は人殺しにも威力を発揮している現実がある。現に、連邦がそうだ。連邦の魔術師ほど、戦争に参加している魔術師なんておらんだろうよ。だから、そのグレンという先生に言われたら正直、反論しづらい」

 

 ぶっちゃけ言うと、グレンはあながち間違ったことは言っていないのである。魔術は人を傷つける一面は確かに数多く存在する。

 

 だが、決してそれだけではない。

 

「こう言っちゃ、システィーナは怒るだろうが、俺も魔術は偉大で崇高だとは思っていない。思っていないし、人を傷つける側面もあると思っている。ただ、俺は魔術は偉大ではないが、人殺しにしか役に立たないとかも思っていない」

 

「え?」

 

 魔術をロクでもないと、ジョセフがそう思っているに違いないと思っていたシスティーナは硬直した。

 

「魔術自体は偉大ではない……っていうのは、まぁ、連邦の魔術師の間では共通のことでして……偉大かどうかは置いといて、魔術が人殺しだけ役立つわけではないんだよね」

 

「えーと……じゃあ、ジョセフは魔術のことをどう思ってるのよ?」

 

 魔術は偉大でも崇高でもない。だが、人殺しなどという外道にしか役立たない、というわけではない。

 

 ジョセフには魔術は一体なんなのか?

 

 連邦の魔術師にとって魔術とは?

 

 気になってしまったシスティーナは、ジョセフに問うと。

 

「ん?そうねぇ……ざっくりいうと、あんたは、はぁ?って思うかもしれないが……魔術ってのは、使える人が限られるちょっとした道具みたいなもんさ」

 

「…………はぁ?」

 

 もっとたいそうな考えなのかと思ったが、予想外の答えにシスティーナは思わず気の抜けた声を出し、ジョセフは「ほら、出たよ、はぁ?が」と言わんばかしの顔をして、話を最後まで聞けと手で制す。

 

「まぁ、その反応は予想内だから置いといて……というのもね――」

 

 そう言いながら、ジョセフはあの時、追いかけてきたウェンディとテレサと再会した時のことを思い出す。

 

 

 

 

 話はジョセフがカフェを出たところまで遡る。

 

「まさか、二人とも魔術学院で同じクラスにいるなんてねぇ……」

 

 あの後、ジョセフはウェンディとテレサの制服姿を見ながら懐かしの幼馴染達を見ていた。

 

 五年ぶりに再会したが、二人とも美少女に成長している。瑞々しく張りのある肌。子供から大人へと移行する思春期の少女特有の艶めかしく清楚な身体の線が制服のデザイン性もあり如実に表れている。

 

 半裸になったら、年頃の少年達には目の毒過ぎることであろう。

 

「ええ、一年から同じクラスなんですよ、私達」

 

 そう言うテレサの顔は、偶然とはいえ久々の再会に喜んでいるのか、ニコニコと微笑んでいた。

 

「あの、連邦からの留学生って……貴方なんですね」

 

「そうそう。俺とあと一人が来月ぐらいにそっちに来ることになってるんよ。確か……二組になるとかなんとか……」

 

「まぁ、そうなんですね。ふふ、私達もそのクラスなんです」

 

「へぇ~、となると一緒になるのか」

 

「はい、一緒ですね。うふふ」

 

 なんか、すごく嬉しそうですね、テレサさん。

 

 すると。

 

「因みに、その中にシスティーナっていう女子生徒がいますわ。あの銀髪の女性のことですわ」

 

 もう一人の幼馴染であるツインテールの少女――ウェンディがつん、と腕組みしながらシスティーナの名を出す。

 

「……マジで?」

 

「マジ、ですわ」

 

 そう言ってため息を吐くウェンディ。

 

「はぁ……確かにあの時のシスティーナの言い方はどうかと思いましたけど、貴方の言い方もちょっと言い過ぎですわよ?彼女、怒っていましたし」

 

 ですよねー。

 

「編入する時でも構いませんわ、謝ってあげて下さいな」

 

「……まぁ、ムカついていたとはいえ、確かに言い過ぎだったかも」

 

 あんな嫌味を言われたら、怒る人は怒るだろうし、さらに嫌味が返ってきても不思議ではない。

 

「それにしても、貴方が連邦の軍学校にいるなんて……いえ、全く予想外というわけではありませんでしたが」

 

「まぁ、うちらって代々軍人とか輩出している家だし……軍って割と身近っていうかなんというかね……」

 

「それに、貴方、向こうでは首席で入学試験に合格し、その後の成績でもトップクラスらしいですわね」

 

「まぁ、うん……そうだね」

 

 そう言って頭をかくジョセフに。

 

「……むぅ」

 

 ウェンディは、頬を少し膨らまし不機嫌になる。

 

「…………?」

 

 なぜに不機嫌になる?と首を傾げるジョセフ。

 

「あらあら、ウェンディったら」

 

 すると、テレサが苦笑いしながら、ジョセフに言う。

 

「彼女、入学前から『わたくしがあの学院のトップに決まっていますわ』と自信満々だったの。そうしたら、システィーナに鼻っ柱を折られる形になっちゃって……」

 

「……あー、そして俺にも成績面で負けているような感じになってしまっていると?」

 

「まぁ、そういうことになるわね。と言っても、ウェンディはとても優秀な子ですから」

 

「……ドジさえしなければ?」

 

「ええ、ドジさえしなければ」

 

 そう、ある部分を強調するように言う二人に対し――

 

「うるさいですわね!二人とも、ドジを強調しないでくださいましッ!」

 

 少し涙目なウェンディが、びしっとジョセフに指を突きつける。

 

「とにかく、来月からはわたくしが……「よし、帰りましょうか、テレサ」人の話を聞きなさいッ!」

 

 ウェンディの話を全力無視し、テレサと帰ろうとするジョセフの腕を掴んで引っ張るウェンディなのであった。

 

「どうした、ウェンディ?」

 

「どうした、ウェンディ?じゃありませんわよッ!なに人の話を聞かずにテレサと一緒に帰ろうとしているんですの!?」

 

「……心配すんな、お前のドジは恥ずべきことじゃないから」

 

「そういう話じゃありませんわよ!?これから……「あ、そうだテレサ、ここらへんでいい店って……」ジョセフぅうううううううううううう――ッ!?」

 

 ジョセフの両肩を掴んでガクガクシェイクするウェンディ。

 

(絶対に楽しんでますよね、ジョセフ)

 

 明らかにウェンディの反応を楽しんでいそうなジョセフと、ガクガクと涙目でシェイクするウェンディの二人の姿を見て。

 

(私、本当にジョセフと再会できたんですね……ふふふ、会いたかったわ、ジョセフ)

 

 テレサはくすりと笑みを零すのであった。

 

「……と、まぁ、ウェンディを散々イジくりまわすという日課も達成したことで……」

 

「なんなんですか、その日課は……?」

 

 一通りウェンディをイジりまわして満足したジョセフは、ウェンディのジト目を受け流す。

 

「ねぇ、二人ってさ……なんで魔術を勉強しようと思ったの?」

 

 ジョセフはウェンディとテレサにそう問うのであった。

 

 

 

 

 話を今に戻す。

 

「――と、いうことがあってね……俺は二人になんで魔術を志すのか?って聞いてみたんよ」

 

 先日のことを話し終えたジョセフは、紅茶が入ったカップに口をつけ、話を続ける。

 

「すると、こう返ってきたよ。ウェンディは貴族として一人前になりたいって。テレサは魔術を商売に役立てたいって。ウェンディのも魔術が人殺し以外にも役立つが、特にテレサのは間接的にであれ、人の役に立つと思う。要するに、魔術が人殺しにしか役に立たない外法がどうかというのは、使う人次第なんだよ。銃が人を殺すんじゃない、人が人を殺すというありきたりな理屈が魔術でも通じるわけ。でも……俺はもう少し違う考えもあるかな」

 

「違う考え?なんなの?」

 

 ジョセフが魔術にどう考えているのか、興味が湧いたシスティーナ。

 

「そのグレンという先生が言ったとおり、人を傷つける可能性を秘めた魔術なんて、きっとない方がいいと思う。なければ少なくとも魔術で傷つけられる人はいなくなるから。でも、魔術はすでにこの世に在る」

 

「……それは、そうね」

 

「それが在る以上、それを無いと願うのは現実的じゃない。なら、考えないといけない。どうしたら魔術が無実の人達に害を与えないようにできるのか」

 

「…………」

 

「でも、そのためには魔術のことを知らないといけない。知らなければそれを考えるのはできないのだから。知らなければ魔術はどこまでもただの得体の知れない悪魔の妖術で、人殺しの道具で、法も道もない外法なんだから」

 

「…………」

 

「要するに……盲目のまま魔術を忌避するより、知性をもって正しく魔術を制する……少なくとも自分はそのような魔術師になりたいから、軍学校に入ったってわけ」

 

 祖父のような偉大な魔術師になりたい。人の役に立つとか立たないというのは次元の低い話だと思っていたシスティーナにとってはジョセフのような考えは持っていなかった。

 

 そんなシスティーナに、ジョセフはにっと笑みを浮かべ。

 

「まぁ、考えてみ?魔術って一体、なんなのか?偉大とかそういう次元の高い話じゃなくて、もっと単純な話を考えてみ?」

 

 そう言うのであった。

 

 

 

 

 

 






次からアリッサさんが出てきますよー

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