ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員 remake   作:藤氏

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「最近、学院で噂になっている非常勤講師、かなり評判いいらしいわね」

 

 フェジテ中央区にあるオーシア連邦領事館の食堂にて、昼からステーキを頬張っていたアリッサがジョセフに例の非常勤講師の話を切り出す。

 

「そうそう。最初の十一日間はえらい悪かったけど、最近は質の高い授業を行うらしいよ?」

 

 ダメ講師グレン、覚醒。

 

 その報せは学院を震撼させた。噂が噂を呼び、他所のクラスの生徒達も空いている時間に、グレンの授業に潜り込むようになり、そして皆、その授業の質の高さに驚嘆した。

 

 グレンの授業は別に、よくいる似非カリスマ講師の授業――奇抜なキャラクター性や巧みな話術で生徒たちの心をつかむような物でも、やたら生徒達に迎合し、媚を売るような物でもない。ただ、教授する知識の真の意味で深く理解して、それらを理路整然と解説する能力があるゆえに為せる、本物の授業であった。

 

 これまで学院に籍を置く講師達にとっては、魔術師としての位階の高さこそが講師の格であり、権威であり、生徒の支持を集める錦の御旗だった。だが、学院に蔓延する権威主義に硬直したそんな空気は一夜にして第三階梯と格下であるグレンに破壊された。まさに悪夢の日だった。

 

「非常勤とはいえ、あのセリカ=アルフォネアが推薦していたくらいだから、まぁ、けっこう出来る人だとは思っていたけど」

 

「その出来る人が、どうして最初の十一日間は最悪の授業をしていたのかしら?」

 

「さぁ?昨日、ウェンディと会ったけど、あのひと、魔術が嫌いなんじゃないかって……そういうような感じだったらしいよ」

 

「魔術が嫌いな魔術師、ねぇ……」

 

 魔術が嫌いな魔術師。確かに、そういえるかもしれない。

 

 だが、魔術が使えるし知識もかなりあるとするなら、最初は嫌いではなかったのだろう。

 

「過去に魔術が嫌いになった出来事があったんだろうよ。それしか考えられんし」

 

「いずれにしても、ちょっと面白くなってきたんじゃない?」

 

 それもそうか、と。ジョセフはステーキを頬張る。

 

「それはそうと、ジョセフ」

 

「ん?」

 

 ステーキを頬張っていると、ふとアリッサがジョセフを見ながら、別の話題を切り出す。

 

「さっきから気になっていたけど……そのウェンディとテレサって、誰なの?」

 

 アリッサはどうやら、ジョセフの幼馴染である二人に興味あるらしい。

 

「ああ、あの二人は幼馴染で、うちの家と彼女達の家はけっこうな付き合いがあったからね」

 

「ふーん?」

 

「……アリッサさん?」

 

 なんだろう。嫌な予感がする。とんでもない爆弾発言が来そうな感じがする。

 

 すると。

 

「ジョセフって、その二人と付き合ってるの?」

 

「お前、よくその短い言葉でツッコミどころを凝縮できたよな?」

 

 付き合ってねえよ。

 

 再会してから数日しか経ってないのに、急展開過ぎるでしょ。

 

 そして、なんだよ二人って。普通一人でしょ。

 

 と、言わんばかしの顔でアリッサを見るジョセフ。

 

 その顔で付き合ってないと察したアリッサは、どこか安堵したような顔になる。

 

「そう。なら良かったわ」

 

「なにが良かったんだろうか?なにが……」

 

 因みに、もしイエスだったらどういう反応していたんだろうか?

 

「なぁ、アリッサ。もし俺がイエスって言ったらどうするつもりだったん?」

 

「え?彼女達をブラックリストに入れるつもりだったんだけど?」

 

「ニコニコ顔で物騒なこと言うんじゃありません」

 

「ジョセフがもし、二人と■■■していたら……皆殺し――」

 

「だから、物騒なこと言うんじゃありません!ていうかするかッ!」

 

「ジョセフ。女は好きになり過ぎるとね――」

 

「なるわけないだろ!お前だけだ、お前だけ!」

 

「もしそうなったら……いいわよ?私と激しく――」

 

「するかッ!バカちん!」

 

 誰かこの下ネタ肉食令嬢を止めて。と、ジョセフは頭を抱えるのであった。

 

 

 

 

 夕方、ジョセフは自身の部屋にて、テレサから渡されたノートの中身を見ながらグレンの授業についての話を聞いていた。

 

「……ここまでやれるなんて、本当に質の高い授業をするんだな、その先生」

 

「ええ、しかもそれを誰でも理解できるように丁寧に教えているから、本当にすごいと思うわ」

 

 グレンの授業の内容をまとめたノートを見て、ジョセフとテレサは感嘆していた。

 

 どうやら、今日は『汎用魔術』と『固有魔術(オリジナル)』という魔術では大きく分けられる二つのことについての違いについての内容であったらしい。

 

 昨今は、固有魔術を神聖視して汎用魔術を軽く見る傾向を持つ魔術師がいるが、実は固有魔術は作るだけなら魔術を知っている者ならば誰でも簡単に作れる代物である。

 

「固有魔術なんて、俺でも一つは作って持っているし、作るだけなら簡単なんだよね

 

「そうなんですか?凄い……」

 

「で、あれの何が汎用魔術より大変なのかというと、固有魔術は何百倍も優秀な何百人もの魔術師達が何百年もかけてやっと完成された汎用魔術師に対して、一人で術式を組み上げて、その完成度を何らかの形で汎用魔術を超えなきゃいけないことなんだよね。でないと、ただの汎用魔術の劣化コピーにしかならないし」

 

「ジョセフって、先生と同じことを言うんですね。それで、固有魔術を至高だと思っていた生徒達は肩を落としていたわ」

 

「まぁ、わからんでもないよ。誰でも扱える汎用魔術に対して、固有魔術は読んで時の如くその人にしか扱えない魔術なわけだから」

 

「ジョセフって凄いですよね。私達が知らないことを知っているのだから。連邦では皆そう教えられているの?」

 

「俺の場合は、母さんからそう教えられたから。連邦でも汎用を軽く見て固有魔術を神聖視している連中はけっこういる」

 

 そこは、連邦も帝国も変わらない。

 

「テレサってさ、グレン先生の授業はどう?合う?」

 

「そうですねぇ。授業の内容に関してはいいと思います。前任の先生も教え方は良かったのですが、グレン先生も良いと思いますよ?」

 

「まぁ、話を聞いた限りじゃ、合理的だし実践主義的なところあるから、苦にはならないけど。ウェンディは?」

 

 すると、テレサは言いにくそうに間を空けて、言った。

 

「ウェンディはその……本人が直接口に出しているわけじゃないんだけど、グレン先生の授業はあんまり好きじゃないみたいなの。貴族としての教養として身につけるために魔術を習っている彼女から見たら、グレン先生の授業は優雅さと余裕がないと映っているようで……」

 

「合理的にやるグレン先生と、教養として魔術を習いたいウェンディ……確かに合わないといったら合わないかもね」

 

 ウェンディのように教養として魔術を習う貴族は帝国の中ではかなりいる。そして、その中にはシュウザー侯爵家やノワール男爵家、クライトス伯爵家やイグナイト公爵家、そしてスペンサー伯爵家のように講師・教授、軍人などになって魔術を活用している家もある。

 

 代々、数多くの将校を輩出しているスペンサー家の人間であるジョセフも、そういう家柄のためなのか、連邦に移った後も、帝国軍から連邦軍の人間になった母親から合理的で実践主義的に魔術を教えられていた。

 

 だから、ジョセフのように合理的に教えられた者にとってはグレンの授業は合うし、教養として身に着けたいウェンディのような者にとってはグレンの授業は合わないのはあまり驚くことでもなかった。

 

「まぁ、合う合わないはあるからね。ウェンディがそう思うなら、とやかく言うことはないけど……うーん、グレン先生のような講師はそうそういないからねぇ。聞いてみるだけでもけっこう価値あるものなんだが……うーむ」

 

 と、その時である。

 

「ふふっ」

 

 テレサが含むように笑い始めた。

 

「……どうした?テレサ」

 

「いえ、その、ジョセフってウェンディのことなんやかんやで気にかけているんだなって、思っちゃって」

 

「そうか?いやまぁ、全く気にはならないわけじゃないけど」

 

 幼馴染だし、多少はねぇ、と頭をかくジョセフに、テレサがぽつりと呟いた。

 

「ねぇ、ジョセフ。五年前のこと、覚えてる?」

 

「五年前……まだ、俺が帝国にいた頃の話のこと?」

 

 なぜ突然、そんな話が出てくるのか。ジョセフはテレサの意図が読めない。

 

 すると、テレサはジョセフが腰かけているソファの隣に腰かけ、そっと身を寄せる。

 

「テレサ?」

 

 綺麗な紫色の髪から仄かなシャンプーの香りがする中、ジョセフは少し硬直する。

 

「その時に言った私の言葉、覚えてますか?」

 

 ジョセフの指に自分の指を絡めるテレサ。二人の周囲だけ、甘い雰囲気が漂い始める。

 

「……まぁね」

 

 あれか、と。ジョセフは五年前のテレサの言葉を思い出す。

 

 あれは、てっきり……

 

「あれって、どういう意味で言ったの?」

 

「ふふ、どういう意味でしょう?」

 

「……自分で考えろってことね」

 

 確かに、あの言葉の返事はジョセフからはしていない。

 

 というのも、突然連邦に移る前だったし、連邦に移って以降は会うことはないだろうと思っていたから、返事はまだ何も考えていなかった。

 

 だから――

 

「まだ、考えはまとまってない」

 

 ぽつり、と。ジョセフは素直に口にする。

 

「あの時はああいう状況だったからってのもあるけど、待たせすぎっていうのもわかるけど、嘘は言いたくないから。だから、まだ、考えはまとまっていない」

 

「……そう、ですよね」

 

 その言葉を聞いたテレサは、納得はしていたが、どこか寂しそうな顔をしていた。そして、惜しそうに指をジョセフから離す。

 

「こうしていられるのも、本当に偶然でしたし……私も貴方と会えるなんて思わなかったから……待ってますね?」

 

 テレサはやはり寂しそうに微笑みかけるのであった。

 

「……明日も授業あるんでしょ?」

 

「ええ、本当は先生方が魔術学会で学院にいないから五日間お休みなんですけど、私達のクラスだけ授業が入っているんです」

 

「なんで?なんかあったんか?」

 

「その、グレン先生の前の先生――ヒューイ先生が、突然、辞めてしまって。それで私達のクラスだけ授業の進行が遅れているんです。今回はその穴埋めみたいなものでして……」

 

「そりゃ、大変なこって」

 

 自分達のクラス以外が休んでいる中、授業に出なきゃいけないテレサに同情するが、同時にジョセフはある違和感に気づいた。

 

(前任の講師が突然退職……妙ね)

 

 普通、正式に退職するなら手続きが必要なのは言うまでもない。次の講師に自分のクラスを円滑に引き継がせるためだ。

 

 だが、今テレサがいる二組を担当しているのは非常勤講師であるグレンである。

 

 一ヶ月という短い期間での非常勤講師ということは、次の講師が担当するまでの、いわばつなぎ。

 

 逆にいうと、そこまでしなければいけないのは、ヒューイが正式な手続きを経ずに退職したということになる。突然の退職で学院側は代わりの講師を用意することができなかったのである。

 

(なーんか、きな臭い話だね……)

 

「そろそろ、帰らないと」

 

「……そうだね。近くまで送ろうか?」

 

「あらあら、ふふ、では、よろしくお願いしますね?」

 

 黄昏の夕日に燃える、フェジテの町並み。

 

 テレサを送る中、ジョセフは一見なんの事件性も影響もないヒューイという人間の行動について、なんとなく心に棘のような不安が刺さった感覚が抜けなかった。

 

 

 

 

 


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