言ってしまえば投稿者の考えていた蟲毒ルートが、読者の方々が望んでいたものと違ったため、行き場のなくなった怪文書を供養するものであります。
私はいつから間違ってしまったのだろうか。
始まりは私が初めて走ったあのレースだったと思う、あの時はただ大きなレース場で走るのが楽しくて、他のウマ娘の人たちと走るのが楽しくて、思いっきり走った。たった1000mなんて当時の私にとっても短かったし、私の頭の中には『もっと走りたい』、その言葉しかなかった。
だから私は言ってしまった。
「楽しかったね、また走ろう」
と。どのような言い方だったのはしっかりと覚えてはいないが、そのような言葉を今では難しくなった笑顔で言っていた、そう思う。
それからトレセン学園に入学して、たくさん走った。あの時はただ誰かと走れるのが楽しすぎて、周りからどう見られているかなんて考えたこともなかった。
走って、勝って、走って、勝って、走って、勝って……
最初に壊してしまったのは、名も知れぬあの子、私はいつものようにあの言葉を言ってしまった。その時のあの顔は忘れたくても忘れられない。次の日、その子は学園から消えていた。自主退学だそうだ。
私の世代は最初、黄金の世代といわれていた。私がその筆頭だってもてはやされた。私はその期待に応えようと、努力した、いや、してしまった。
クラシックまでは楽しかった。まだだれかと競い合ってる気がした。私が直線で抜いても、誰かが抜き返してくれた。私にはない技術で私に食らいついてくれた。
そんな人も時間が経つにつれて、1人、また1人と消えていって、気がつけば、私に追いつける人はいなくなってしまった。
私は1人になった。一緒に走ってくれる人がいなくなってしまった。世間は私を持ち上げた、まさに史上最強だと。
トレーナーさんはそんな私を見かねたのか、世界への道を用意してくれた。走るのにもう何も感じなくなってしまった私は、何か変わるかもしれないと思いそれに飛びついた。
あの提案が私のせいで絶対に勝てない場と化したレース場を変えるものだったのか、他の子たちに機会を与えるものだったのか、私を救おうとして外へ飛ばしてくれたのか、今となってはわからない。
私は海外で走った、走りすぎた。その時はただ私と競い合ってくれる人が欲しい、私を倒してくれる人が欲しい。
そう思いながら走ってしまった。
結果としてはいなかった。いやいたのかもしれないが折ってしまった。
私を負かしてくれる人は海外にもいなかった。
私と張り合える人がいない、私に勝ってくれる人がいない。そう解ってしまった時には私は日本に帰ってきてしまった。
空港には誰もいなかった。
トレセン学園に帰る途中、ふとレース場に寄った。
そこにあったのは絶望だった。日本の競技レベルは世界に比べて低い、そんな常識を忘れていた、いや信じようとしなかった。日本にはエルコンドルパサーがいる。グラスワンダーがいる。セイウンスカイがいる。キングヘイローがいる。トウカイテイオーがいる。メジロマックイーンがいる。ミホノブルボン、ライスシャワー、テイエムオペラオー、メイショウドトウがいる。その他にも強い先輩方もいたはずだ。
そんな強かったはずのウマ娘がどう考えても弱かった、負けるイメージがわかなかった。
何をどう考えても、負けない、勝ってくれない。どうすればいいのかわからなかった。
帰国したことが世間に広まり、私は英雄としてたたえられた。
みんなの前では私はスペシャルウィークを演じなければいけなかった。
強くて、愛嬌があって、希望に満ち溢れたスペシャルウィークを。仮面の中にある私と正反対のものを。
そのことに気が付いたのか、私を送り出してくれたトレーナーさんに泣きながら謝られた。
私の心には何も響かなかった。
トレーナーさんは責任を取って辞めてしまわれた。世間には私を育てた名トレーナーとされていたためか、家業を継ぐため、という理由が付けられて発表された。
私の仮面を外せる人がいなくなった。
私が初めて勝ってしまったあの日からもう5年経とうとしている。私に勝てそうな人はいまだいない。シンボリルドルフ会長も卒業なされ、次に回ってきたのは私だった。
新しく会長となり、仮面をつける時間が増えた。私の仮面は本当に仮面なのか。
もう外し方はわからない。
「スぺちゃん会長~、入学式始まるよ~」
「はい、今行きます」
今日は入学式、新しい風の吹く日。
私が望むのは、仮面をはがしてくれる強い風。
どうか私に初めての敗北の味を教えてほしい。