絶望が欲しい、と言ったのはあなたですよ、ミスター。
IF.root animation. PART 1
ガタンゴトン
電車の心地よい揺れと暖かい日差し。
睡眠をむさぼるのに適した環境、知らずの内に眠ってしまってようだ。
「見て、お母さん! ウマ娘さんだ!」
「こら、寝ているのに起こしちゃたら悪いでしょ!」
隣にいた小さい女の子が騒いでいる。昔の私みたいにウマ娘と触れ合う機会が少なかったのかな?
「いえ、大丈夫ですよ。ちょっとウトウトしてたぐらいですから。」
そう答えながら目をこする。なんだか、夢みたいな気持ちだった。こんなに気持ちよく寝れたのはいつぶりだったかと思うぐらい。
……………待て。私は今どこにいた。
電車の中、何故だ。
私はさっきまで寝てたのは控室! ジャパンカップ終わった後の控室! なんで電車の中にいるの!
とっさに身の周りを調べる。服は、勝負服じゃない。昔トレセンに向かう時に来てた服と同じもの。最近は全く着ていなかった服。荷物には何故かリュックサック。寝る前はこんなもの持ってなかった。
慌ててあたりを見渡す。
姉は、いない。
いつもそばにいてくれた気配が感じられない。
……いやまだ慌てるな、うろたえるな。
周りを見渡す動作の延長で、外の景色とこの電車がどこに向かっているかを確認する。
「トレセン学園の生徒さんですよね。まだ最寄り駅にはついてないから大丈夫ですよ。」
隣にいた親子、その親の方が私が寝過ごしたと思ったのか話してくれた。
「あ、すみません。ありがとうございます。ちょっと慌てちゃって……。」
「お姉ちゃん、トレセン学園の人なの! すご~い!」
……お子さんもいる。申し訳ないけど現状把握のために甘えさせてもらおう。
「うん、そうなの。学園のこと知ってるなんてすごいね。」
「えへへ~! この前ママに教えてもらったんだ! それで、お姉ちゃんのお名前なあに?」
それだ。目覚める前の私は少なくとも無敗三冠ウマ娘。シンボリルドルフ会長にも勝った。少しでもレースを知っていたら聞いたことはあるはず。もしこの親子が知らなくても他の乗客も何人かいる。だから、名乗れば何らかの物事が起きるはずなんだ。
「スペシャルウィーク、っていうの。知ってる?」
お願い誰か知ってる、って言って。
「う~ん、知らないや! ママ知ってる?」
「え。ご、ごめんなさい。私そこまで詳しくなくて……」
「………………いえ! なんだかすみません。これから、皆さんに知ってもらえるようとっても頑張りますね! ……あ、そろそろつくみたいです、では!」
逃げるようにその場から離れる。
ちょうど停車してくれたことは幸運だった。
……気分は最悪だが。
ーーーーーーーー
何度目になるかわからないが、神を呪う。
かといって自力で私が置かれている現状の解決はできないのでどうやっても神頼みになる。
本当に気分が悪い。
ふらつきながらもなんとか駅内のベンチに座る。息を何とか整えながらできる限り現状を把握する。
ジャパンカップ終了後、控室で睡眠をとっていたら、目が覚めるとトレセンへ向かう電車の中。周りに姉はいなかった。何らかの理由で離れている場合もあるが最悪を考えずにはいられない。
今、私が置かれている現状を把握するにはポケットに入っていたスマホで自身の名を検索してみればすぐにわかるのだろうが、どうしても耐えられそうにない。かといって何もしないわけにはいかない。自分がどんな状況に置かれているのかすら解らないのだ。
とりあえず、自分のリュックサックを漁る。理由はここに何もない気がしたから。現実逃避、だが。
最低限の着替え、見覚えのない書類、おそらく自分のものだろうが見たことのない小物たち。本当に嫌なことだが"私"のものではない。
震える手を何とか抑えながら見覚えのない書類を確認する。
転入届、だった。
今日付け、私が先ほどまで見ていた年月とは違うもの。
私が、ジュニア期でホープフルSに出走するために練習を積んでいた日付、その日に転入することになっている書類。
頭の中では、もうどうしようもなかった。
せめて、これだけは存在していてほしい。藁にもすがるような手でスマホを手に取る。
宛先は、母。
本文は、簡潔に。
『お姉ちゃんは今何していますか?』
いつもの私なら、絶対にこんなもの送らない。私が狂いかけたせいで、母は少し、無理なほどに姉の話題を避けてくれた。今でもそうだった。……これで、これで帰ってきた言葉によって、すべてが解る。
時間にしては5分ほど。
私にとっては永遠より長かった。
ただ、判決を待つ罪人のように、じっと、返信を待つ。
~♪
返信が、来た。
『急にどうしたの、スぺ? スぺはずっと一人っ子だったでしょ。今日は初めての日だから色々と気にしてしまうのは解るけどあんまりよく解らないのは困っちゃうから送らないでね。何かあったらちゃんと電話で話すこと! 電話、待ってるからね。』
あぁ、どうしようもなく、世界が、憎い。
ーーーーーーーー
"母"からの返信のあと。数時間ほど、何もできずにただ、そこに座っていた。
自分の顔がどうなっていたのかは解らないが、ひどい顔だったのだろう。
わざわざ、駅員の方が介抱してくれ、暖かいニンジンジュースをご馳走になった。
なにか、暖かいものを入れておかげで、少しだけ前を向く気力が沸いた私は、駅員さんに礼をいい、ゆっくりとだがトレセン学園へと歩を進めている。
地方遠征や、最初のバイト。何度もこの駅からトレセンへの道を通った。
町の様子はイヤになるほどあの時と全く同じで、自分だけがおかしいということを周りが攻めているみたいで、居心地が悪い。かといって逃げるように歩く速度を早めるほどの気力があるわけでもない。
まるで、拷問のように知っている場所、見たことのある景色、話したことのある顔を見せられる。"今の私"を知る人はいないはずなのに、私は知ってしまっている。
どうしようもなく、息苦しい。
私の行く場所には、大体姉が一緒にいてくれた。道を歩くたびに、あそこではあんな話をした。ここではこんな話をした。そこは動画撮影という壁の向こうだったが姉が気に入ったいた場所だった。
全部、記憶のままにそこにある。
だが、姉はいない。
あぁ、さっき頂いたものは飲まない方がよかったのかもしれない。現状を理解するほどに戻しそうになってしまう。
だが、戻しそうになるのを耐えるという周りを見なくて済む、ということはありがたい。気持ち悪さを耐えながら、体が覚えている道を進む。頭ではただ道を歩くだけでこんなにきつくなっているのに、姉との思い出が多い学園についてしまったらもっとひどくなる。そんなことは解っているが、私には歩を進める以外の選択肢は、ない。
気が付けば、学園までもうすぐだった。
最初にここを通ったときは、自分の試練が始まるってことで変に緊張して、いつもの過食癖が出てしまって姉を困らしちゃったっけ。とにかく口に何かないと不安になっちゃうから色々買って食べた。そのせいでお小遣いほとんど使い切っちゃったのはいい思い出、なのかな。
…………一緒に笑い合える人がいないってのは、こんなにも辛いんだね。お姉ちゃん。
遠目にだが、校門前に理事長秘書のたづなさんが待っているのが見えた。あまりよく知らないが、姉が昔、『ウマ娘のことを良く知って思ってくれているいい人(ホントに人かどうか分からない)』言っていたからたぶん予定の時間からずっと待っていてくれたのだろう。色々と確認して、何とか歩いてきたせいで書類に書いてあった時間から三時間ぐらいたっている。待たせてしまってごめんなさい。
私の顔色がよっぽど酷かったのか、こっちのことを認識してすぐに飛んできてくれた。
「だ、大丈夫ですか!? 肩を貸します、今すぐ保健室へ!」
「すいません、ありがとうございます。……本日からお世話になるスペシャルウィークです。」
「あぁ! 転入生の! 今度から調子が悪くなったりしたら学園の方にすぐ連絡をお願いしますね、すぐに車出しますから!」
そんなことを言われながら、たづなさんに保健室へ連れられ、寝かせられる。
精神的に参っていたせいか、すぐに眠気に襲われた。
願わくば、目覚めた先が元の世界であることを。
本編のほうはもうちょっと待ってください
こっちはこっちで進めていくつもりです。
本編に過去編、あとIF編。三つも作ってしまいましたがなるようになるでしょう。
たぶん。
スぺちゃん、その夢は覚めないよ。