どうしましょ、実はこの段階で元に戻す、なんてこともできるんですが……、このままがいいと。
でもどうしましょ、そんなお顔で非難されてもこちらとしては何かお言葉を頂かないと困るのですが……
まぁ致し方ありませんね。ゆっくりとですが歯車を進めていきましょう。元よりもずいぶんと小さく、もろいものですが。代用品ぐらいにはなるでしょう。
目が覚めた時、感じたのは体の重さだった。
眠りにつく前に思っていた願望は叶えられるはずもなく、数回しか見たことのない保健室で目が覚めた。
あまり、これ以上迷惑をかけるわけにもいかないのでお礼を言ってその場から離れる。
ここまで連れて来てくれたたづなさんには今度お礼を言うことにする。
それよりも私の頭の中を占めていることは全身に鉛でも巻き付けられているような体のだるさ、重さだった。
さっきまではこんなことなかった。なんだか、無理やり私を押さえつけるような、必要以上の力を出せないように押さえつけるような感じがする。
お姉ちゃんの指示でやっていた加重トレーニングよりもずっと重く、つらい。
だけど軽く走るぐらいはできる。とても、忌々しい。
そんなことを考えていると、寮に着いた。寮長は、前と同じフジキセキさん。こちらを心配してくれていたが、大丈夫だと嘘をいい、逃げるように立ち去る。
案内すると言われたが、元々勝手知った場所だ。部屋番号の確認だけをして、その場から去った。前と同じでおそらく同室はスズカ先輩。少しだけ、期待は持つべきではないがあの部屋にお姉ちゃんがいる気がした。
もし、本当にいるのならば部屋に入ったときに口に人差し指を立てながら『言わないでね』なんてジェスチャーをするはずだ。そんな非日常を思い出してしまい、少し笑う。
そんなことを考えていたら、部屋についてしまった。
もう夜だ。あまり大きな声を出さないように気を付けよう。
「失礼します、入ってもいいですか。」
「どうぞー、開いてます。」
ドアを、開ける。いたのは一人だけだった。
「……今日から、お世話になります。転入生のスペシャルウィークと言います。」
「ご丁寧にどうも、サイレンススズカと言います。そんなにかしこまらなくていいのよ。」
軽い、談笑をしながら部屋に入る。
荷ほどきをしていると、その中身に違和感を覚える。
これは、二年生用のものだ。
慌てて転入届の書類を確認しなおす。
転入生、中学二年、二月、
意味が、解らない。
だが、解るしかない。
さっきまでいたのは11月、今いるのは2月。
三か月も寝ていればもっと違う対応をされる。
といううことはまた飛ばされた、ということ。
どれだけ、私をおもちゃにして楽しむつもりなんだ、クソ女神。
私が、保健室で目覚める前は11月、私の学年は1年だった。
まだなんとかホープフルに出れる時期だった。
全くもって、イヤになる。
ーーーーーーーー
何事も、何事もなく朝が来た。
目覚めたのは寮内の自室。姉の姿は依然見つからない。
起きる時間は体が覚えていたのか、それとも昨日保健室で寝たせいか、朝練をするのにちょうどいい時間に目が覚めた。一番最初、過去にそうしたようにスズカさんに頼み込み、朝練に付き合わさせてもらう。
軽いランニング、そこまでスピードを出さずにスタミナを温存する もののはずだったが……
昨日感じた体中に巻き付く鉛の感覚が外れない。結局、私が出せる速度に全く届かずに、そして想像以上に体力を削った朝練になった。
これじゃあ勝てるはずのレースに勝てない。
今の私に目標なんかないが、一番初めに浮かんだのはその言葉だった。
私が想像以上に落ち込んでいるの見かねたのか、スズカさんは学年の違いなどを取り上げて私のことを慰めてくれたが、全くそういうことではない。以前アメリカで見たスズカさんよりもずっと遅い、そんな今のあなたに言われても……、そう思ってしまった。
浮かんでしまった真っ黒なものを振り払いながら、食堂に移動する。
何か口に含むだけで戻してしまいそうな精神状態ではあるが、そのまま野垂れ死ぬのを楽しんでみるであろうあいつらのこと思い出し、何とか一般的な量を胃に流し込んだ。
味は感じられなかった。
その後は、私の記憶にあるものとほとんど一緒だった。あの時は姉につられて少しふざけて入ったのを慰める形でウララちゃんに話しかけられたが、今回はこの暗い、参っている顔を心配して話しかけられた。
これが地顔だと言ってごまかしたが、騙されてくれているかは解らない。
まぁ姉が私の前に現れてくれる以外に私の感情を収めてくれる出来事なんてありえない、姉の存在は朝、母にしたメール。昨日の保健室で寝る前に送ったメールと同じものを送り、今の私が一人っ子であることを確認しているので現れる可能性なんてないが。
こんなこと考えていたらまた吐きそうに成ってきた。今の私にはどうにもならない、やめてしまおう。
その後、一度習った授業、二度目の初めましての友人たちとの昼食、放課後となった。
この世界ではまだエルちゃんはリギルに所属していなかったらしく、その選抜テストに出走するなんて会話がされていたが、誘われなかった。まぁこんなに顔色悪いんだし、周りもずっとそれを気にしてる。そんな奴をレースに誘うなんてことはしないよね。
このまま私はスピカに直行、そのまま入部。としてしまってもいいが今は別に走る気なんて起こらない。朝スズカさんと走ったのも、今の自分の現状を把握したかっただけ。
今日はこのまま自室に戻って、ただ時間が過ぎるのを待つことにしよう。
もしかしたらまた今夜寝て、起きれば元の世界に戻ってるかもしれないから。
「おぅ、おぅ! どうしたそんな顔して! 辛気臭すぎてサングラスが曇っちまうぜ! あ、マスクのせいか?」
目の前には、サングラスとマスクをしたゴールドシップさんがそこにいた。
ずっと、下を見ながら歩いていたせいか気が付かなかった。少し離れた場所にスカーレットさんとウオッカさんもいる。……なんだか、懐かしい、な。
でも、ここでは初対面。
「えっと、どなたでしょうか。」
「お~? このゴルシ様を知らないとは人生100割損してんな! 泣く子も黙るゴールドシップ様とはあたしのことだぜ! んで、お前は?」
この感じ、やっぱり懐かしい。少しだけ、気が楽になった気がする。
でも、このゴルシさんは私が抱えていた秘密を、知らない。共有してくれる、人じゃない。
「スペシャルウィーク、といいます。」
「…………あぁ、なんだ。うん、勧誘やめやめ! おいスカーレット、ウオッカ! お前ら戻って練習でもしてこいや! あたしゃこいつの面倒見とくから! 多分あいつにバックドロップでもしといたらメニュー出してくれるはずだし、ほら散った散った。」
ゴルシさんが無理やり二人をその場から離れさせる。
「うし、これで誰もいないよな。……初対面でなんかあれだけど、悩みとかあったら、聞くぜ。」
やっぱり、あなたは優しいんですね。
もう全部、ぶちまけたいぐらいに。
…………でも、この世界、姉のいない世界、私のことは、私で。
他人を巻き込んでいいもんじゃない。
ヘタに関わりすぎると、次の標的は彼女かもしれない。
お世話になった彼女が、今目の前にいる彼女じゃないけど、そうなるのは死んでもいやだ。
おもちゃになるのは私だけでいい。
「いえ、大丈夫です。………あと、ありがとうございました。」
「そっか………、んじゃまぁなんだ? あたしらスピカってチームに所属してんだけどよ。無茶苦茶自由なとこだからよかったら参加してくれよな。いいところだし、気に入ってくれると思うぜ。」
「………えぇ、いつか、また。」
そう言ってその場から離れる。
やさしさが、目に染みた。