朝が来た。何も変わらない、忌々しい朝。
昨日と同じ時間に起きたせいか、それとも御好意だったのかは解らないが今日はスズカ先輩から朝練に誘われた。昨日は今の力量を確認するために無理やり走ったが、今日はそんな気分じゃない。やることがあると言って丁重に断った。
なのである程度早く目が覚めてしまった分時間が空いた。だけどもう一度寝るという選択肢はない、もう一度目が覚めた時、まだここにいることをもう一度自覚しないといけないのが嫌だからだ。
だから情報収集に使うことにする。
まだこの時期の、この私はパソコンを持っていないようなのでスマホで思いつくものを調べていく。
今のスピカのことや、グラスちゃんたちがいるリギルのこと、後はセイちゃんが所属していたチームやキングちゃんがお世話になっていたトレーナーさんのこと。あとスズカ先輩のこと。
順に、上げていく。
スピカ、私が覚えているのとは違い、今はゴールドシップさん、ダイワスカーレットさん、ウオッカさんの三人。スズカ先輩はまだ所属していない様子、あと驚いたのはいつも競い合っている二人が私より下の学年だということ。二人に先輩呼びされるのはちょっと複雑。
リギル、常勝無敗の最強チーム。私が走り始める前と同じ評判。正確な情報かどうかは解らないけど、昨日の選抜レースでエルちゃんが勝利し、入部した様子。私が知る彼女であればそれも納得、というか確信になる。
セイちゃんが所属しているチーム、キングちゃんがお世話になっているトレーナーさんは存在すらしなかった。二人とも私の知らない別のチームに所属しているみたい。私の知っている二人の強さではないのかもしれない。どこかそれに安心している自分がいたが、もうレースに出る気力がない今では関係のないこと。それに出たとしても感じている鎖がなくなるとは限らない。
スズカさん。調べたら昨日、バレンタインステークスというレースに出ていたみたいだ。タイムは私の知っているスズカ先輩よりはやっぱり遅い。
あと、調べるつもりはなかったけど目についたウララちゃんの記事を見て驚いた。
あのウララちゃんが連敗、それもほとんどドベだということ。まだ公式のレースでの出走はないけれど模擬レースで負け続きらしい。記事の書き方や着いたコメントを見る限り、相当なもの好きな記者が書いたもののようだけど……、やっぱりおかしい。
ウララちゃんとちゃんとしたレースはしたことないけど、あのウララちゃんがそんなに負け続けるはずがない。あの子はちゃんとした実力者だったはず……
やっぱりこの世界は私が知るものではないみたい。
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その後、ほとんど必要がないことを調べる、無意味なネットサーフィンをしていると、登校する時間になっていたため、校舎に向かう。
朝食はエネルギーと必要最低限の栄養素が取れるゼリー飲料。昼食、夕食は何とか固形物が取れそうだが、朝は何も口に入れる気が起こらない。それでも何も食べないというのは、いないはずの姉に怒られる気がして無理やりこれを飲み込んだ。これなら朝食を戻してしまう心配も少ないと思う。
授業は知っている内容。だいぶ前にやてしまったものなので退屈だ、明日からは授業中に暇をつぶせるようなものを持って来る、もしくは用意しておく必要がある、とメモをしておく。今日はほとんど外の景色を見ながら時間を過ごした。セイちゃんになんだか仲間のように見られている気がするようになったこともここに書いておく。
それと、休み時間中に本人から聞いたが昨日の選抜レースはエルちゃんが勝利し、無事入部したようである。案外ネットの情報も侮れないなぁ、なんて思いながら当たり障りのない称賛の言葉を返しておいた。
そんなこんなで時間が過ぎ、放課後になった。友人からはまた顔色の悪さを指摘され、心配されたが前と同じようにこれが地顔なんだとごまかした。
それで、今日はどこかのチームに入りたいと思う、まぁ選択肢は一つしかないけど。
何でもこの学園ではどこかのチームに所属するのが必要であり、所属しないと公式のレースに出走できないだけでなく、この学園での居場所もなくなってしまうらしい、たまたますれ違ったたづなさんに先日のお礼をしていた時に教えてもらったが、転入生である私は比較的早めにチームに所属しておかないと面倒なことになるらしい。
私としては別にこのトレセンに居続ける理由もないので出て行っても構わないのはないのだが、そうなると返されるのは姉のいた痕跡が何もない故郷。さすがに耐え切れそうにないため所属しようと思う。
これから向かう先はスピカ。元の世界で所属していたチームであり、昨日ゴールドシップさんに紹介されたチームでもある。この世界が私の知るものままの場合、この時期のスピカはチームメンバーを集めるために奔走していたが、トレーナーの沖野さんの方針が周りに受け入れられておらず四苦八苦していた時期だと思う。
そんな状態なら、こんな私でも受け入れてくれるだろう。
スピカの部室、その前に立つ。
初めての時は確か部室の中にスズカさんがいて、確か後ろから沖野さんに足を触られたはず。
今回もそんな感じなんだろうかとドアを開けると、そこには書類仕事をしている沖野さん、トレーナーさんがいた。あんまり、そんなことをしているイメージがなかったので、失礼だけど唖然としてしまう。
「……………えっと、俺の顔になんかついてる? ずっと顔みられると心配になってくるんだけど。」
「あ、すみません。ちょっとびっくりしてしまって。……あの、スピカに入部、ってできますか?」
「お! 入部希望者か! そりゃ大歓迎だけど……、その前に体調の方は大丈夫なのか? 顔色も悪いようだし、先に保健室に連れて行こうか?」
「いえ、大丈夫です。体調の方は問題ないので……」
そう言いながらトレーナーさんの机にある書類の上の方に入部届の書類を見つけ、引っ張り出す。
「これ、書けばいんですよね?」
「あぁ、そうだが………、すまない。書いてる間、足を触ってもいいか?」
? 珍しい。この人なら許可取らずに触りに行くと思ってたけど。別に拒否とかそういうものはない。三年近く面倒を見てもらったし、この人なら変なことはしない。最初はお姉ちゃんに言われた、ということからくる信頼だったが今はそんなことはない。一つ返事で了承した。
「……トモの張りも申し分なし、肥えウマ娘に難なし。という言葉が一番合っている気がするが……。なぁスペシャルウィーク。最近かなり無理、自分が出せる全力を超えようとして走ろうとしたか?」
「……はい。自分が出せると思っている力と体が出せる力、それに大きな隔たりがあると思っています。」
「なるほど……、多分だがそのイメージは今の体の延長線上にあり、そして寸分たがわないほどに正確。そんな感じかぁ……。イメージが先行し過ぎて体の成長が間に合ってないのか?」
「なんだか全身が鎖に繋がられているような感覚です。」
「う~む。それで、今の体に合った配分で走る、てことはできるのか?」
「はい。出来ると思います。」
「なるほど、な。…………うし! 大体わかった! なんかお前さんとは初めてのはずなのになんだかそんな気がしないな!」
そう、ですよね。
「………書類、これでいいですか?」
「ありゃ、変なこと言った? ……おし、ちゃんと書けてるな。んでどうする? 触らせてもらった感じ体調よりも精神的にまいってる、て感じだったが少し走ってみるか? ちょうどうちの奴らが練習してるし、気も晴れるかもしれんぞ?」
確かに、少しでも体を動かせば現状を忘れられるかもしれない。
ちょっとだけだけど、走ることにしてみた。
練習後、一週間後のレースに早速出走登録されたことを知り、『あぁ、やっぱりこの人らしいな』と思ってしまい驚きよりも何故か懐かしさに近い感情が出てきたのはちょっとした発見だった。
あといつもは見て笑ってる側だったけど冷静に見るとウマ娘の身体能力のプロレス技に耐えられるトレーナーさんってちょっとおかしいと思うの。
ほら、私は大丈夫ですから皆さんやめたげてください。
「そういえば、スぺ。お前こいつに足触られた?」
? はい。入部届書いてる時に触ってもらいましたけど、それがどうしたんですゴルシ先輩?
トレーナーさんの絶叫が響き渡る時間が長くなった。
すこしだけ、笑えた気がする。
スぺちゃんにとっての食事は、姉の分まで生きる、という意思表現に近いものです。彼女にとってこの世界は非常につらい物であり、生きる意思がほとんど沸いてこないので食事量も少なくなりました。それでも何とか食べようとしているのは存在しない姉の分だけでも食べようとしているのか…