Re:ゼロから苦しむ異世界生活 作:リゼロ良し
―――それは、突然訪れた。
突然、ひとりでに動き出す1冊の本――――否、
「え? え? なにかしら!? なんなのかしら?? 本が勝手に、勝手に!? こんな事、今まで一度も……!! ぁ………!」
1つは本に囲まれた場所、書庫。
そして、もう1つは人影が2つ見える書斎。
「ロズワール様……!?」
「馬鹿な……。これが突然動きだすなんて、これまでに一度も……。何故だ、何故動き出す? 私に、何を求めて……」
別の場所ではあるが、共通している事もある。
この2冊の本は、2人が管理し、そしてたった2つしか存在しないという事。
そして 何より共通するのは まるで暴れているかの様に本が飛び跳ね、乱暴にページがバラバラバラバラ、とまるで翼を羽ばたかせるかの如く動きだしたという事。
これまでの長い長い年月において、一度も無かった現象が立て続けに起こる。
暴れる本を宥める事もせず、魅入っている間に 本がとある白紙のページでピタリと止まった。
止まったかと思えば、次は文字が浮かび上がる。
ページいっぱいに文字が広がっていく。じわじわと浸蝕する様に。
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しりたいしりたいしりたいしりたいしりたいしりたいしりたいしりたいしりたいしりたいしりたいしりたいしりたいしりたいしりたいしりたいしりたいしりたいしりたいしりたいしりたいしりたいしりたい
シリタイシリタイシリタイシリタイシリタイシリタイシリタイシリタイシリタイシリタイシリタイシリタイシリタイシリタイシリタイシリタイシリタイシリタイシリタイシリタイシリタイ
カツテナイ、ゴウヨク、オサエキレナイ、オサエキレナイ、シリタイ、シリタイ、コレハ、ショウブ……
軈て、浮かび上がる文字がピタリ、と止んだかと思えば、最後に1つだけ残っていた。
見つけて
同時刻。
場所:リーファウス平原。
街道中央付近、フリューゲルの大樹。
突如、霧が出現。
「そんなそんなそんな!」
たった1台の竜車が全速力で街道を突っ走る。時に蛇行し、方角を変え、ただ只管手綱を握り、身体全体を震わせた。
当然だ。
この
突然、それもこの平原を覆いつくすかの様な勢いで広がる霧。その意味を知っているから。
それが何を齎すモノなのかを――知っているから。
「あ、あぁ、龍よ! 龍よ! 救いたまえ!!」
震える身体をどうにか動かし、手綱を引き、全力で竜車を引く地竜を全速力で走らせる。
走っている竜も、その脅威を知っている。知っているからこそ、人間と竜の意識が一致団結している。
ただただ1秒でも早く、この場から離脱する。
全速力の傍ら、手が届く範囲、動かせる範囲ではあるが積み荷を放棄する。
乗せられた荷は自身の財産。大変な損害は免れないが命あっての物種だ。
少しでも身軽に、少しでも早く駆ける為に。
だが―――それを嘲笑うかの様に、霧を纏った
―――ブオオオオオオオオ……!!
全てを呑みこむと言わんばかりに大口を開けて、迫る。
この視界の効かない霧の中を、竜車よりも何倍も巨体で、大空を泳ぐ。
「
彼は、最初は
嫌な予感はしていたが、街道に霧がかかる事自体は珍しい事ではないから、と自分自身を勇気づけ、大丈夫だと言い続けた。霧の規模を考えたら、気にし過ぎだとも思っていた。
ほんの僅かなもの。霧がかかった先まではっきりと見えるから大丈夫だと。
だが、その希望は潰える。
僅かな量だった霧が、突如異常なまでに発生したからだ。霧が突然現れたから。
その霧を見て……予感が極まった。
ここに、
霧を見ただけで、まだその姿を本当の意味で見たワケではないが、最早選択の余地はない。
王国が編成した大討伐隊……、その頂点とも呼べる剣聖の称号を持つ英雄でさえ、その怪物、白鯨の前にはその命を散らせた。
そして、今はどうだ……?
この街道を走っているのは、
1日、後1日予定を遅らせれば、後1日野営していれば………と、その白い悪魔を前にして、ぶつぶつと願望を呟き続ける。
―――死にたくない、死にたくない、死にたくない。
霧と共に空を泳ぐ白鯨。
それと出会う事、それは即ち死を意味する。
運よく助かる事もあるだろうが、それは幾重の生贄を捧げた上でのことなのだ。
つまり、他人の命を踏み台にして助かる他無いのだ。
そして、今この場に 自身の命の代わりに差し出せる命は―――無い。
目の前が真っ暗になる。
涙が溢れてくる。
生にしがみつこうと、藻掻き続ける。
「ヒッ……!!」
後方迫っていた筈の白鯨が、いつの間にか側面に、直ぐ側面にまで来ていた。
竜車と同じ大きさの大きな目玉をギョロリっ、と動かしながら、獲物を確認しているのが解る。
悲鳴を上げるのが遅れているのが解る。
頭の理解に身体がついて来ないから。
白鯨の目を見て、驚き――悲鳴を上げるまで凡そ2秒かかり……。
「「うわあああああああ」」
悲鳴を上げながら、手綱を思いっきり引っ張って方向転換をした。
この時の彼はすぐに気付く事は出来なかった。
死が直ぐ傍にまで迫ってきていたのだから、当然と言えば当然。
自身の悲鳴のほかに、もう1つ――――声があったと言う事に。
竜車の速度が下がり、更に方向を変えたこの2つの偶然? 幸運? が重なった結果。
「―――――ぁぁぁぁぁぁッ!!!」
彼が操縦する竜車に何かが直撃した。
それは ドスンッ! と大きな音と共に現れる。
屋根の布が大きく破れ、支柱が破損し、バランスが乱れてしまう。どうにか立て直す事は出来たが、白鯨の一撃である事を考えたら、彼は振り返ったりはしない。振り返れない。
背後に居る存在を考えたら、もう思考を1つに絞り、他を寄せ付けない。
ただただ、逃げる事だけしか考えられない。
「痛ッッ………、なんて乱暴な放り出し方……」
後ろで声が聞こえる。
死が間近で迫っているからだろうか? 幻聴が聞こえてきた。
荷台には誰も居ない。誰も乗せていない。破損しかけて折角新調した荷台があっという間にボロに変わっているだけの筈だ。
「って、なんだなんだ!!?? あれなんだ!??」
もう1つ、声が聞こえてきた。
驚き声。幻聴とは思えない程リアルな声。放棄していた思考が蘇り、僅かな感覚で後方を探る。直ぐ後ろ、本当に直ぐ後ろにその声の主が居る様な気がしてきた。
「でっかぁぁぁぁぁぁ!! うわ、口とかやばいっ!? いや、なにアレ!? 形状的にくじら……? いやいやいや イキナリ降ろされて、なんでこんな場面!??
「!!!」
3度目ともなれば、最早幻聴ではない。疑う余地はない。
意を決して、
大きく空いた荷台の屋根、戸板。そしているハズの無い誰か。
赤みが掛かった茶色の髪。肩口まである髪が凪いでいる。
この暴走していると言って良い竜車、風の加護が切れた状態の荷台だと言うのに、地にしっかりと足を立てて、あの白鯨を目の当たりにして驚いている。
驚くのは当然理解出来る。
白鯨とは死をまき散らす破壊と破滅の権化。出会うなら即死を意識する。
大昔……口にその名を出す事も憚られるあの
「あ、あ、あ、あ、あ、あなた!? そこのあなた!? 一体なんなんですか!? なんで?? どうやって、ここに!? 忍び込んでいた、っていうんですかぁぁ!?」
最高速度の中、恐怖と混乱でどうにかなりそうな頭を動かし、口も動かし、言葉を発した。
気にかける余裕は一切ない。だが、突然の乱入者は 別の様だ。
白鯨を観ていた筈の視線を、自分が居る方に、前方に向けてきた。
そして、正面からはっきりと顔を見る。
男だ。―――歳は、恐らく同じか僅かに下だろうか、見た事無い珍妙な服装をしている。
何より、一番特筆すべき点はその表情。
白鯨に出会ったというのにも関わらず、その顔色に
ただ純粋に驚いている、困っている、それだけの様に見えた。
気のせいだったかもしれないが、次の返答でそれが気のせいでは無かった事に気付く。
「あ、ああ! ごめんなさい! これ、壊しちゃったみたいで………。あと、隠れてたってワケでも……その、説明が難しすぎて……。決して泥棒とかじゃないです」
ペコペコ、と頭を下げながら指をさす先には、夫々 床と屋根に空いた大きな穴を指していた。そして所々壊れている部分も指差していた。
正直、白鯨から逃げる時に破損した箇所、積み荷を放り出す時に破損した箇所もあるから、どれが彼が原因なのかは解らない。
解らないが、今はそれどころじゃない。
「こ、壊しちゃった、って。え、泥棒っっ?? そんなの諸々どうでもいい事ですよぉぉ!! あ、あなた! いまの状況解ってるんですかぁぁっ!??」
忘れたくても忘れられない。
突然彼が乱入してきた以外は状況は変わっていない。あの白い悪魔の追撃は終わっていないのだから。
「ん? え? あ、ああ、あの白いおっきいのです、よね。……………うん。くじらっぽいけど、アレはどう見てもモンスターの顔。それに口開けて迫ってるトコを見ても、…………つまり、食べられかけてる、って事でしょうか?」
「改めて聞く事じゃない! 何を悠長に白鯨を観察してんだよ、アンタ!!
「あ、いや……その………」
落ち着いてる男と落ち着かない男。
どちらがおかしいか、それは一目瞭然。
騒いでいる方が正しい。白鯨の脅威はこの世界では共通認識。名を知らない、何も知らない子供ならまだしも、ぱっと見10代後半から20代のいで立ち。知らない筈がない、と思っているから。
―――そう、普通なら……。
「落ち着いて話を……っていうのは、絶対無理。状況はまだはっきり解らないし、アレが何なのかも解ってない。でも、彼を観ていたら解る。……あの大きいのは
落ち着いた男は、状況を漸く把握。
その詳細は解っていない。……解っていない事を解ってない騒がしい男が、懇切丁寧に説明してくれるとは思えない。
つまるところ、この窮地を離脱しない限り、迫るアレをどうにか出来ない限り、解らない事だらけ。
「――――どうだろう、
右手を前に出し、目を見開き、手を思い切り開いた。
すると、数秒後……まるで旋風が掌で発生した? かと思う様な現象が起きる。
「でき……た? いや、まだ、まだわからない……。全部、
力を込めているのが解る。グググ、と眉間に皺が出来ているから。
その力が入るにつれて、掌の旋風が変化していく。ただ、渦巻いていただけに過ぎなかった
白鯨が暴れている、竜車が暴走、全速力で走っている。つまり、騒音を考えたら、そんな小さな音などかき消されてしまうだろう。
だが、その小さな旋風……、いや、黒き竜巻の存在感は、増していく。
混乱を極めていた彼が、その黒き竜巻を認識させられる程に。
「な、何が、何が起きているんですか!?」
纏った破裂音、今度は光まで発しだした。火花の様に思えていたその破裂音は、今やまるで落雷。雷でも唸っているかの様に耳を劈く。
「通じるか、まだ解らないです。でも あの大きいの、追い払ったら……、オレの話、聞いてくれますか?」
右手の手首を左手でギュっ、と握り締め、全神経を右掌に集中させているのが解る。
何が起きているのか? と振り返った彼が次に耳にした言葉。……正直耳を疑った。
【白鯨を追い払ったら】
彼はそう言ったのだ。
子どもでも大人でも、白鯨を前に虚勢を張れる者など居る筈がない。
大討伐にて、国の英雄を……剣聖を殺したあの白鯨を前にして……。
否定するのは簡単だ。喚くのも簡単。生存率0%なのは変わらない。遅いか、早いかである事は。
でも、このどん底の状況から、ほんの僅かでも這い上がる事が出来るなら。
この
「僕が出来る事ならなんだってやります!! なんでもします!! 助けて下さい!!」
助けを懇願する彼―――オットー・スーウェンは、後にこの時の事をこう振り返った。
あり得ない、絶対に無理、絶対に死ぬ。
泣いて喚いて、必死に拒否して……、それでも 何処かでは諦めていた筈だった。
でも、1度目は気付かなかった。2度目も気付けなかった。3度目に漸く気付く事が出来た。そんな気がした。
龍に願った想いが、叶うのだと。
「言質取りました。オレとしても助かります。確実と言えないのが辛い所ですが、頑張りますので」
ギュっ、と今度は右手を握り、あの黒い竜巻を握りつぶしたと思えば、白鯨の方に向き直す。
「食事中申し訳ない。―――
思いっきり振りかぶって、右手を前に突き出した。
「
圧縮された黒い塊が、噴射され、霧を突き破り、白鯨に迫る。
霧が、黒い塊に集まっていく。……否、吸い込まれていく。
丁度、竜車に影響が出ないギリギリの範囲の街道を、木々を、空気を、大地をも、何もかも飲み込む。
軈て、まるで時間が止まったかの様に、黒い塊が吸い込むのを止めたと同時に。
ドンッ!!
と言う轟音と雷鳴、表現するのが難しい、五感では集めきれない程入り混じったあらゆる轟音が、一斉に上空に放たれる。
そして、巨体の白鯨が……、大空を支配していると言って良い白鯨が、更なる上空へ
それどころではない。
「!! ふんっっ、がッッ!!!」
その黒い塊は、白鯨の右翼。複数ある空を飛ぶ翼の一部を捥いでしまったのだ。今の一撃は巨大な刃にもなると言う事なのだろうか。
オットーは、そのあまりの光景に唖然とし、違う意味で再び思考放棄をしてしまった。
不幸にも、竜車の方へと弾き出されてあわや直撃! と思った時、彼は宙に飛び出して、その翼を受け止めてしまった。それもまた、オットーが驚く要因の1つでもある。
そして白鯨の一部を外に放り出そうとしたその時だ。
「っっ~~~~ぁ……、やば、い……
彼の身体がグラり、と揺らいだ。
そして、グシャッ、っと白鯨の右翼の欠片の下敷きになってしまったのである。