Re:ゼロから苦しむ異世界生活 作:リゼロ良し
驚きの連続で、然しもの狂人も思考がまとまらず混乱極まっていた。
極々一般人からしてみれば、普通にしていても、普段通りだったとしても、混乱極まってしまう様な相手、そんな狂人ペテルギウスであってもだ。
だが、それはある意味仕方がない事だと言える。
何せ己の持つ絶対の存在【福音書】に記述されていない出来事が、こうも立て続けに起こる事など、これまで長い年月世界に試練と称して厄災をばら撒き、怠惰ではなく勤勉だと災いを齎し続けてきて初めての事だったからだ。
約束された未来、福音を得る為の行動に誤りは無い筈だと、狂ったように妄信、狂信しているからこそ、思考が停止してしまっていた。
二頭の地竜に攻撃。
かちあげられ、吹き飛ばされた事など考えていない。所々負傷している事など意に介していない。
「直ぐ別れる事になる。……言いたい事があるなら、今の内に言っとく事を勧めるよ、スバル」
「すっげー嫌な勧め方だなオイ。でもまぁ、オレも兄弟と同じくらい、キてるってだけは言っとく。十分どころか、十全にわかってるつもりだ」
試練の前に立ちはだかる2人。
何も記されていない。
身悶えする様な魔女の寵愛を、その残り香を受け取っている男が反旗を翻す事も、この狂人には理解しがたい、理解できない事なのだ。
「狂った頭でもわかるよーに、言ってやるよ。【慎重に検討を重ねましたところ、御社の社風とは致命的に合いません。誠に勝手ではありますが、内定を辞退させていただきます。貴殿の今後のご活躍と発展をお祈り申し上げます】ってところだ。………まぁ、お前がここから
懇切丁寧に言っているつもりだが……、ツカサは苦笑いをした。
「スバルの地方の方言? ってヤツかな。多分理解できないと思うね。すごく丁寧に断ってるのは解るのに」
「おうよ。分からなくて結構。ただ嘲笑ってるだけだからよ。残り幾ばくも無い人生の最後に、ってな」
戻ってきたパトラッシュの頬にスバルは手を当てた。
そして、それはツカサも同じく、ランバートが求める様に首を垂れていた。
夫々の地竜は己が主の元へと馳せ参じ、それこそペテルギウスが言う主の寵愛を一身に受けている。
気位の高い種である地竜と言うが、ここまで愛嬌が良いと、ドラゴン、恐竜と言える格好いい顔が最高に可愛く見えてくるものだ。
「今、なんと、なんと言いました? ――――
スバルが言った事をガン無視するペテルギウス。
否、まるで彼の時間軸にズレでも生じているかの様だ。
「否、否否否否否否否否否ッ!! …………アナタ、こうも言いましたね? このワタシに対し、もう
恩寵を預かり、魔女の寵愛を一身に受けたスバルの拒絶反応よりも、何よりもペテルギウスが目を真っ赤にさせて、その血のように赤い目を向ける。
何度も何度も搔きむしり、血涙が流れているかのように目元から多量の血が流れ出る。それでも全く意に介さない。
「なるほど、なるほど、アナタ……怠惰じゃないようデス。どうやら勤勉の様デス。……これは、これはこれは、初めて、初めて、初めての事、デス」
ペテルギウスは、その権能を全開にさせた。
周囲の木々をなぎ倒し、大地を抉り、狂人を取り巻くその陰の本数が増える。
間違いなく、前のペテルギウスより遥かに多い。
その増えた見えざる手を感じ、ペテルギウスは目を見開きながら、それでいて声色は静かに言った。
「我が《指先》に預けた筈の因子が戻った。――――アナタがやったのデスね?」
「正確にはオレの、オレ達の仲間だよ。大恩人たちだ。返しても返しきれない程の恩を貰った」
「…………」
ツカサは平然と会話を続けているが、スバルはそうはいかない。
これまで、否、前回の時に出会ったペテルギウスの性質、性格、その狂人っぷり。頭の中で考えたくはないが、それでもスバルの中で出来上がっているペテルギウス像は、ここで意味不明に狂喜狂乱、狂いに狂いまくって、それこそ魔獣の様に見境なく襲い掛かってくるものだと踏んでいた。
地竜にぶっ飛ばされるだけでなく、魔女の寵愛を否定して、軽くいなして、侮辱するようなもの言いで……、ブチギレ案件だと思っていたのだ。
だが、この狂人の振る舞いは、静かだ。静かすぎる。
そう――――まるで、嵐の前の静けさの様に。
狂人は大きく大きく天を仰ぐ様に、両手を掲げて宣言する。
血走らせた狂人の血涙、瞼を裂いたのか,或いは食い破った爪から出る血なのか、血飛沫を周囲にまき散らせながら。
異様な雰囲気だったが、だからと言って怖気づいた訳ではない。
ツカサと同じ、十全に彼の気持ちが解る。
否、それ以上だ。
スバルは、2度もこの狂人にエミリアを殺された。
他の誰もが覚えていなくても、世界でたった2人だけが覚えている世界であったとしても、間違いなく
目の前の狂人に、愛しい人を殺されたのだ。
ツカサにとってみれば、愛する人―――ラムを殺された様なモノだ。そういう意味ではスバルの方がキれている。
キレる……それに見合う実力があれば、真っ先に血祭に上げる程には。
分相応、身の程を弁えているからこそ、最善を尽くすように行動を心がけているだけなのだ。
「この暴挙、この暴言、それには報いを。勤勉に勤め上げてきた我が指先。先に逝って待っているが良いのデス。今、今、今今今、いまいまいまイマイマイマいいまいまいまいまぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!」
これまでは格好つけてました。
演技でした。
でも我慢できずに、とうとう素が出てしまいました。
―――と言わんばかりに静かな立ち上がり、話し方だったペテルギウスは一変。変貌し、破顔し、滅茶苦茶になった。
狂った様に顔を掻きむしり、血走った目をはっきりとツカサへと向け、あの無数に増えた見えざる手を向けた。
「報い、報い報い報い報い!! そう、報いなのデス!! その四肢を捥ぎ、魔女に魂を捧げ、果たすとする―――デス!!」
爆発的にペテルギウスの影が広がる。
膨れ上がる無数の漆黒が、やがて一本の巨大な黒い腕となる。
圧倒的密度と物量、仮に見えていても、この大きさと速度では、回避するのは非常に難しい。
だが、それでも微動だにしない。
ツカサは勿論、スバル自身も。
ツカサの手には、いつの間にか剣が握られている。
それは、ヴィルヘルムがクルシュより賜った数振りの宝剣の一振り。
かの白鯨戦においては、基本魔法で対処していたツカサだった。だが、この度の戦において、物量戦ではなく森の中での白兵戦で、近接戦闘では絶対に剣も必要、役に立つ筈だとヴィルヘルムから受け取っている。
それは、主より受けた剣の筈だが、クルシュも了承済みとの事だ。剣を捧げる相手ではない事が心苦しく思うのだが、それを気にするクルシュではない、とヴィルヘルムは毅然と言い放った。
守る為に、戦う為に、己が信念を魔だけではなく剣にも込める事が出来るのであれば、どんな鈍であったとしても、帯刀しておけと。
老骨と揶揄する剣鬼が、剣を託す。いつも以上に重く感じたのは言うまでもない。
「―――
ペテルギウスの闇とはまた違う漆黒の闇がツカサの剣に帯びる。
明らかに違うのは、ペテルギウスのような禍々しい闇ではない。それは、まるで
真一文字に振るった剣は、膨大な質量に物を言わせて迫るその巨腕を文字通り一刀両断の元に切り伏せ、更に切り口から爆風が起きたかの様に、周囲に闇撫での手を四散させた。
「腕捥ぐ~、とか言っておいて、叩き潰そうとした、とかじゃねーのかよ、コレ。自傷行為バッカしてっから、近視・乱視になっちまうんだよ、ばーか」
視線はペテルギウス。いつも通りの挑発する傍らでも、ツカサの剣がスバルの視界の中にあり続ける。
憧れ以上のものがスバルの身にふつふつと湧き起こる。
最高に格好良いのは、自慢の兄弟だ。
「―――つーかよ、兄貴って呼んで良い?」
「嫌」
「だよな? いうと思ったよ
兄弟と呼んでいるのに矛盾しているが、それでも上でもない下でもない。
そういう風に、考えたくない、とツカサは言って軽く笑った。そして、それはスバルも解っていた様だ。同じく軽く笑って返す。
そんな談笑、日常の一コマのやり取りをしている間、時間が止まっていたのはペテルギウスだ。
権能を全開にさせた。
指先が全滅したなどと、記憶にない事態だ。それでも、失った分だけ魔女因子が、その寵愛が身に集まるのも事実。
全てを込めて放った権能が……。
「アナタ、何を、何を、何をしたというのデス!!? いえ、そちらのアナタも!! 我が権能が見え……、ありえない、あってはならない! この与えられし寵愛を!? なぜ、なぜなぜ、なぜなのデス!??」
「オレは、コイツのおかげで」
「そんで、オレはわかんねーな。身体に残り香つけてく魔女にでも聞いてくれよ」
ツカサが指を己に指すと、それに呼応する様にクルルが顕現され、その肩に乗る。
スバルはスバルで、どういう理屈かわからないが、スバルの身の内にいる魔女が影響を齎せている事は理解できていた。
ペテルギウスのあの見えざる手のような権能。スバルで言うなら、《死に戻り》。権能を持つ者同士だと共鳴して見える様になる……などと仮説を立てている。
「精霊術士!!?」
「嫌悪する顔向けてるけど、その100倍はオレも思ってるから。お前に対して、……ああ、
「きゅきゅんっ!」
クルルを目にした瞬間、ペテルギウスには嫌悪、唾棄、ありとあらゆる負の感情が、形となってその表情に現れ出ていた。生理的嫌悪感と言うなら、ツカサ、スバルだって負けてない。何せ心底気持ち悪いのだから。
「寵愛寵愛言ってるけどな? 生憎、お前らの言う魔女――――サテラは、お前らには見向きもしてないよ。もう、とっくの昔にフラれてる」
「――――!! それは、一体どういう……、我らが魔女の寵愛を愚弄するなどと!?」
見えざる手が見えた事よりも、その混乱よりも今のツカサの発言に目と耳を疑うペテルギウス。そんなペテルギウスを嘲るようにツカサはつづけた。
いつ、どの時のペテルギウスであっても、この言葉は何よりもキクのだろう。
最早自明の理。
「もう、心に決めた人が出来てしまってるから、だよ。当たり前だろ? 横恋慕程醜いモノは無い」
「オレとしては、複雑極まりないんだがなぁ、エミリアたん一筋! ……んでも、右手にエミリアたん、もう片方にレム。塞がっちまってるから。それでも、構わない~~って、ぎゅ~~~って捕まえてくるんだぜ? ハートを。生まれ出でて十数年。どうやらオレにもモテ期到来、モテる男の苦労が漸く理解できた気分だよ、なぁ兄弟?」
「そこはオレに同意を求めないで」
言葉のほとんどがペテルギウスには理解できなかったかもしれない。
だが、その真意は容易に読み取れる。
つい先ほどまで、静かで強者な雰囲気醸しだしていたくせに、一皮むけたら、弱い犬程よく吼える状態。
(それでも、見えない権能やら指先やらの性質は十分凶悪で、初見で対応するのは難しすぎるから、十分強敵なのだが)
格好つけてた? キャラはもう完全に霧散。臨界に達した憤激、怒髪天をつく。
それは自傷行為となって現れる。狂人は己の指の付け根までをかみつぶし、爪・骨・肉全てを食いつぶしていったのだから。
見ているだけでも痛々しいが、それ以上に心の底から見下す事が出来ているので、大した視覚的ダメージにはなっていない。
「おのれ、おのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれれれれれれれれれれれれぇぇぇぇぇぇ――――――!!!」
なぜ寵愛……見えざる手が見えるのか、権能を察する事が出来るのか、様々な疑問は残っているが、それらを埋め尽くす憤激が闇の手となって形作り、再びツカサやスバルの元へと伸びて出てくる。
先ほどのような一本の巨腕ではなく、無数の腕。
質より量、と言わんばかりの波状攻撃。
一本であれば霧散し直ぐ終わるだけかもしれないが、あの無数の魔手は四方八方に飛び散り、最早狙いつける事さえ忘れてすべてを蹂躙し始めている。
まるで、破壊だけを求めている様に。
その時だ。
ペテルギウスの頭上……、丁度ツカサが囲ったジ・アースの壁面の頂に光る何かが見えたのは。
「怒りで周りが見えてない。だから、お前は怠惰なんだよペテルギウス」
「おのれおのれおのれおのれおのれぇぇぇぇえええええええ」
ツカサの警告にも似た挑発は一切耳に入らず、ただただわめき続けるペテルギウスの頭上。
闇の手の発生源、腕の根本辺りに虹の光が差し込んだ。
「アル・クラウゼリア」
虹と黒。
再び交わる時。