Re:ゼロから苦しむ異世界生活 作:リゼロ良し
「な、な、なにを、なにをなにをなにをなにをなにを!! アナタはいったいなにを!!」
話がまるで通じないと思われた狂人ペテルギウスだが、何の皮肉か漸く話が出来る様になった。
一般的に考えるのであれば、魔女教大罪司教ペテルギウスと、会話が出来た~等と、嬉しいなどとは思えないのだが、今回に限っては例外かもしれない。
「ほんとほんと、よーく見える。目ぇ悪くたってよーく見えるぜ? そのドス黒い気持ちわりぃヤツ」
ツカサに続く形で、スバルも盛大に挑発する様に、額に手を付けて笑いながらペテルギウスに告げる。
「私も同じく。正直、見えて喜ばしいものではない事は確かなのだが、脅威を排除するという面では、この上なく都合が良いと言うものだ。【怠惰】の権能を縛ったも同然だからな」
ユリウスもツカサやスバルに倣って、ペテルギウスの現状を告げた。
自身の権能に絶対を信じて疑わない狂人に対し、一番効くのはそれを覆し、認めたくない現実を突きつけるというものだ。
「まだ解ってない怠惰な馬鹿に答えを見せてやる」
ツカサは嘲笑しながら、ペテルギウスを見る。
未だに納得がいってない狂人は、頭を前後左右に振り続けて狂乱している。今の時点で攻撃魔法の一つや二つ、ユリウスなら一足飛び足で剣撃を当てて御仕舞、と言うのも悪くはないが―――、この男には、ペテルギウス・ロマネコンティと言う男には、それだけでは足りない。
試練と称して世界に厄災をばら撒き、アーラム村を、エミリアを襲った。……
その度、パックが消し去ったかもしれないが、だからと言って気が晴れる訳がない。
ツカサは両手を広げて、ここに来てからずっと仕掛けていた魔法を解除。
ペテルギウスに纏わりついていた黒いナニカが、キラキラと銀に輝く粒子状に姿を変えて、みるみる内にツカサの手の中に戻り―――軈て消失した。
「目に見えないだけで、そこに在る事には変わりはないだろ? 白鯨の霧を真似るのは正直嫌だったから、せめて【白】から【黒】に変えてみた」
「なるほど、―――確かに見えなくなった。まさに見えざる手か」
「達人とかだったら、周囲に土埃でも巻き上げて煙幕にして~、とかやっちまいそうだが、兄弟の場合、相手が気づかない内につけてんだしなぁ。達人超えちゃってるわ。神域だわ。背中遠いわ」
「日々研鑽を忘れずに、積み重ねる事が重要だよスバル。それにヴィルヘルム殿に師事し、剣を少しの期間でも学んだのであれば、解る筈だ」
「へーへー、解ってますよーーーっだ! そんなスマートに指摘せんでもじゅーーぶん」
ツカサが解除した事により、再びペテルギウスの【見えざる手】は復活を見せる。
と言っても、ユリウスの目にのみ見えないだけであり、この場において、無条件で看破している人間が2人いる事には変わりない。
「あー、だからって種明かしの間を狙って~って小賢しい真似しても無駄だぜペテルギウス。お前のその手は、兄弟の黒霧なくたってよーく見えてる。魔女様の香水のおかげでよ?」
権能が復活を果たしたというのに、悠長に会話を続けて居られるのは、それが理由だ。
呆気に取られて目を丸くさせていたペテルギウスだったが、漸く再び狂乱する事が出来た。
黙っている時が異常だ、と思わせてくれるペテルギウスは流石である。
「笑えないのデス!! 冗談ではないのデス!! あってはならないことなのデス!! そのような手法で、小細工で、子供騙しで! ワタシの愛を! 忠誠を!! 蔑ろにぃぃぃぃ!!!」
「こんな手法、小細工、子供騙し。まさにそれだ。誰にでもわかりそうな手品の種。それにさえ気付けなかったお前にだからこそ、こう言ったんだよ」
大きく一歩、足を前に踏み出し―――狂人の目を真っ向から受け止め、それをも上回る眼力を以て押し返す様に威圧すると、今度は嘲笑うかの様に吐き捨てた。
「
プツン―――――――。
今度こそ、ペテルギウスの逆鱗に触れたようで、何かがプツリ、と切れた音まで聞こえてきた。
その血走った眼の中の瞳部分は完全に裏返り、白目状態になる。白に血涙の赤が混じり、余計に悍ましく彩りながら再び見えざる手を全開で繰り出した。
テンペストに阻まれ、虹の極光に切り刻まれ(1本はスバルの剣)た見えざる手であったが、やはり一度に出す事が出来る上限は決まっている様だが、消費する様なものではないらしい。
消滅させても直ぐさま新たな魔手を繰り出し続ける。相応の精神力を削るであろう事は想像できるが、眼前の狂人が、それを気にする訳がない。命尽きたとしても、触れてはならないモノに触れたツカサを血祭に上げる、四肢を捥ぐ、と言った本懐を遂げるまで止まりはしないだろう。
「アルぅぅぅぅぅ、ドォぉぉぉぉぉぉナァぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ここで、ペテルギウスは怒りに我を忘れていた様に見えたが、ちゃんと考える所は考えていた様だ。
見えざる手ばかりに頼っていた訳ではない。土魔法ドーナの最上位アル・ドーナ。
地面を隆起させて、土を操る魔法。
自分周辺の大地を決壊させる勢いで、この周辺一帯の地形を変える勢いがある極大魔法だった。
「うっおぉぉぉっっ!!?」
「くっ!?」
当然、その射程距離はツカサ、ユリウス、スバルたちのいる地面にも容易に届く。
大地が、まるで大海原の波の様に揺らいだかと思えば、突如宙へと押し出されてしまったのだ。
「ゆだん、ゆだんゆだんゆだんゆだんゆだんゆだんゆだんユダンユダンユダンユダ―――――デス!!!」
白目のまま、両手を天へと掲げ、血涙を流し、高らかにペテルギウスは宣言。
狙い通りに、3人を宙に放り投げる事が出来た事に、少なからず調子を取り戻したようだ。
「ワタシは!! 400年!! 魔女の寵愛を一身に浴びて!! その意思を体現するそのために勤勉に勤めてきたのデス!! そのワタシに、ワタシに対し、魔女に対し、不敬極まりない暴言、暴挙、狂言、妄言! すべてを踏み躙る背徳者!! 肉片となりて、その罪悔いるが良いの――――デス!!」
空中では身動きが取れないだろう。
上手く魔法を使う事だって出来ないだろう。
―――そう、全てがペテルギウスにとって都合が良い相手の状態になっているだろう、と縋っているだけなのだ。
400年と言う永き悠久の時の中を生き、人類から見れば悪夢の様な事件であったとしても、ペテルギウスにしてみれば勤勉に勤め上げてきた。
それが、その積み重ね上げてきたすべてが、足元から崩れ去る感覚――――。
考えてはいけない、感じてはいけない、頭の片隅であったとしても駄目だ、と狂気狂乱の中にも確かにある恐れ。
それをまるで見透かしているかの様に、狂人の目に見える
「敵前で油断なんて、お前の様な馬鹿がする事だ」
大地が地殻変動しているかの様な轟音が響くこの中で、ペテルギウスは確かに聞いた。
そして、まるで時間が停滞しているかの様に、景色がゆっくり、ゆっくりと動く。
そして、それを自分は止める事は出来ない。
「テンペスト」
両手で使う風の魔法。
それは、荒れ狂う黒き暴風だった先ほどとは違い、今度はスバルとユリウスを優しく包み込むと、その風を鎧の様に見立てて、アル・ドーアによる礫の攻撃から身を護り―――。
続いて、ペテルギウスの方を指さした。
ゆっくり、ゆっくり……、心臓が異様な速さで動き続けているというのにも関わらず、時の流れは異様な程に緩やか。
そう――――まるで、走馬灯の様に。
その時間の流れに逆らう事は出来ない。
ペテルギウスは、ツカサの指さす方をゆっくりと見てみる。
そして、それを見た瞬間――――血走らせていた眼が更に大きく、眼球が飛び出る勢いで見開かれた。
そこにいたのは、鮮やかなエメラルドの体毛、額にはルビーの宝石、身体全てが光輝いている精霊の姿がそこには合った。
これだけ主張しているというのに、なぜ足元にいるのに気付けなかったのか、ペテルギウスは自問自答で頭の中がパンクしそうになるが、言葉は一切話す事が出来ない。
あれだけ、喚き散らせていたというのにも関わらず……。
「ジ・アース、インヴェルノ」
頭上で聞こえてくるツカサの声。
それに連動する様に、地の精霊の輝きも増していき―――、軈て終末は訪れた。
「ヴォルケーノ」
大地より吹き出るのは、白銀の氷槍。
まるで噴火したのかと見紛う勢いでペテルギウスの身体を大地ごと押し上げて、吹き飛ばした。
「ゥガッッ!!??」
その一撃は、相手を凍らせて捉える―――と言った生易しいものじゃない。
鋭利な刃や或いは強靭な棍棒か、冷徹な冷気を纏った無数の武器が、ペテルギウスの身体中を切り刻み、或いは打ち尽くし、一瞬の内に半死半生にさせるだけの凶悪な魔法だった。
そして、宙に吹き飛ばされた後に、更に続くのは虹の極光。
突き出された刃は、正確にペテルギウスの身体中心を捉えた。
そして、ドスッ! と鈍い音が響く。
「たとえ肉体が滅んだとしても、その魂は逃げると聞いている。我が虹の極光は貴様の邪悪な魂さえ逃がさない。―――虹の彼方へと散るがいい!」
ツカサの風を受け、己の剣にすべてを込めたユリウスの剣は、ペテルギウスの身体を貫いたが、その突進技の勢い・威力が共に強かった事もあって、突き刺されたままではいられず、ペテルギウスの身体は更に勢いよく大地へ向かって弾け飛んだ。
だが、下からは未だ氷結の噴火は依然と続いている。
大地から吹き荒れる力と空から降り注ぐ虹の極光。
挟まれてしまった狂人に成すすべはもう何も無い。
「次いでに食らっとけ! 唸れ烈風!! 纏え神風!!
空中にいる状態であっても、姿勢を崩さず、拾っていた拳大の石を投球する事が出来たのも、偏にツカサのテンペストの領域であったからこそだ。
更に大地へと落ちていくペテルギウスの身体に間に合う様に強引に強気に、口で言ってるだけで、実際にちゃんと風をその石に纏わせる事が出来たかは定かではないが、それでも尚、肩をフルスイングして投げた石は、超速球、超新星、と呼ばれるに相応しい速度だった。
単純に考えれば、空から大地に向かって投げる、おまけに地上で投げるのと大差ない安定さを空中で手に入れる事が出来ているので、スバル自身の球速に加えて、テンペスト・重力と様々な力が加算されているのだ。
因みにスバル自身は野球少年だった事はない。有名選手の名も、ニュースで知った程度。
ただ、近所のバッティングセンターには通ってストラックアウトに燃えた時代はあった。
プロ野球選手でさえ、パーフェクト達成困難のあのゲーム、プロを超えてやる、と熱く燃え上がった時代があった。
様々な糧を経て、皆の信頼も勝ち得て? 更に更に奇跡まで味方につけ、剛速球となったストレートは、地に落ちるペテルギウスに追いつき、その額にガツンッ! と重い一撃をくれてやる事に大成功。
ペテルギウスが、砂埃を上げて大地へと最初に激突。続けてユリウスとスバルが降りる。
「勢いが強過ぎて仕留めきれなかったのは初めての経験だ」
「アレで死にきれねぇとか、殺すよりヒデー状況にしちまったな。――――全く同情はしねぇ」
優雅に着地したユリウスとは実に対照的に、地に足がついた時点で風の加護が無くなったので、自前の体重が突然戻った影響もありたたらを踏むのはスバル。
そして、最後の最後まで、2人が無事に下に降りるまで見届けた後に大地へと降り立ったのはツカサ。
3人が揃った所で、スバル風に言えば襤褸雑巾と化し、身体中から血を吹き、流しているペテルギウスを見下ろす。
「馬鹿、な、ばか、な、バカ……な……、そんな、ばか、な……」
歯を食いしばり、血泡を吹き、涙を零し、信じられないという顔でペテルギウスは焦点が定まってない目で3人を見上げた。
「逃がさない、逃げられない。言った意味が解ったか? スバルが反旗を翻した時、逃げに徹さず、立ち向かった時点でお前は終わっていたんだ」
無情にも襤褸屑の様に倒れ伏している敗者を労わる姿勢は一切見せず、ただただ無感情にその狂人を見下ろすツカサ。
そこには人の善い彼の姿は何処にもない。
だからこそ、心の優しい彼にここまでの顔をさせる魔女教に改めて怒りを覚えるのはスバル。
無論、ユリウスも思うところが無い訳ではないが、それ以上に魔女教の、特に精力的な活動をしている【怠惰】に対しては王国騎士団の使命としてと言うよりも遥かに嫌悪感が勝っているから、ツカサの怒りにも同意する立場である。
「おわれない、おわれる筈が、ない! 終わっていい筈がないのデス!!」
【終わっていた】その言葉を聞いた途端、半死半生でもう死を待つだけの身体の筈のペテルギウスの目に再び生気が戻った。
「ワタシは、勤勉に、勤めてきたのデス! 怠惰な諦めに浸るなどと……、例え馬鹿と罵られようとも、諦め、立ち止まり、伏して死を待つなどと、怠惰極まる終わりに甘んじる考えなど、持ちえない、許されないの、デス! だから、ならば、なんとしても……!」
生気が戻った。
その狂気も戻った。
喚き、藻掻き、蠢き、全身満遍なく受けた傷を更に自身で広げて血で周囲を染める。
出血多量で死ぬ。普通に見れば誰もがそう言い、匙を投げる事だろう。
無論、治癒に関しては右に出る者はいないとされる、青の称号を持つフェリスを除けば。
フェリス自身も、助けるなんて気は全く無いと思われるが。
「わが、指先―――全て失い、このままでは、滅びを免れ得ぬ……、デスが。デスが、デスがデスがデスがデス―――――が!」
上半身を僅かに起こし、血みどろの顔面をツカサに向けて、ニタリと笑った。
「アナタに、地獄を見せるには―――十分、デス。ワタシには、まだ―――残された器が、あるの……デス!」
全て視通され、先回りされ、ペテルギウスの指先は既に壊滅している。
これ以上ない索敵能力である、ラムとツカサのコンボに加えて、鉄の牙を含めたこちらの戦力での奇襲。たった1本でも残っている可能性は皆無だと胸を張って言える布陣だ。
「―――――嗚呼、脳が……震える」
全てを先回りされようとも、よもやこれは知る筈がない。知れる訳がない。解る筈がない。
今も尚、ペテルギウスは、僅かな疑念と恐怖心が一瞬僅かに燻ぶったが、それは直ぐに忘れて行動に移す。
指先―――予備の肉体。
それがないのであれば、その代わりを現場で見繕うだけだから。
そんな時だ。
最早消えかけた、消える寸前、ペテルギウス
「ここからが見せ場だよ、スバル」
「おう! ……
それは、狂人の最後の最後まで、こびりつき、離れなかった【恐怖】だった。