Re:ゼロから苦しむ異世界生活 作:リゼロ良し
あの女には 何度も何度も殺された。
この目の前の少女でさえ殺した。
その顔を決して忘れず、決して許さず、そして誓った。
誰も欠けてない、五体満足の後日談を必ず見るのだと。
必ず、この心優しき少女と共にハッピーエンドを見るのだと。
そして、今 それに近づき掛けている。
難易度が鬼がかってる内容に、光明が確実に見えて来ている。
命を掛けて逃がしたフェルトが光を齎してくれた。
「それにしたって、たまたまの通りすがりの助っ人にしては、強すぎるだろアイツ……! 化け物サディストと互角って奴!?」
「うん。私も今のうちに、言う通りに……」
少女は倒れてる巨人族の老人、ロムに手を翳した。
彼の額には生々しい傷がつけられている。
そう、あの女にやられたのだ。
「っと、良いのか? 言われたからって治しても。……この爺さん徽章を盗んだ一味だぜ?」
「だからよ。私だって、言われただけで、はい解りました、って言う程単純でも、お人好しでも無いわ。これは私のためでもある」
そう言うと、ロムの傷口付近に手を翳した。
水の属性を纏った精霊術、回復の力を発動させる。
「さっきの盗んだあの子はここには居ないんだから。だから、治ってもらって、このお爺さんから情報を聞き出すの。命の恩人だったら、嘘なんかつかないでしょ。だから、これは私のための行為なんだから」
「……(まったく、そうやって色々と言い訳しないと、自分の行為を正当化出来ないのかよ。……でも)」
スバルは、彼女の横顔を見た。
――もう、彼女は知らないだろうけど……解らないだろうけれど、その
「
「素敵、本当に素敵だわ。名を、名を教えて貰える??」
「刃物をブンブン振り回して、
攻防は過激さを増す。
縦横無尽に動き、あらゆる方向から刃を振るう。特に腹を、腸を狙って刃を振るう。
時にはクルルで、時には身体能力と盗品蔵に掛けてあった剣で弾き、いなし続ける。
体感時間的には相当長い。時の流れが変わったのでは? と思えるほど時間の流れが緩やかだ。
それは、外で見ている者たちも、警戒している者たちも同じだろう。
「そろそろ、
「ええ。感じているわ。とても感じてる。私の攻撃、何度当たったって思ったか、もう数えきれない。何度もお腹を開いた筈なのに、貴方は
「そーですか。ここまで一途なのも困ったもんだ」
ツカサは女の攻撃を回避しつつ、距離を取って一息。
女は紅潮したまま、眼を蕩けさせ舌舐りをしていた。
「そっちは、経験ありで、迷い無しかもだが、オレには
「? なんのことかしら?」
「そろそろ
パンっと両頬を叩き、そして眼を細めた。
そう――そろそろ真面目に攻撃しないと、自分が危ない。
「素敵。素敵な殺気だわ! とうとう、本気で楽しませてくれるのね!」
女は、嬉々としながら懐から2本目の刃を出し、初めて二刀流の構えをした。
本気の戦闘スタイル、と言う事だろう。
「腸狩り エルザ・グランヒルテ」
「名乗る程の者じゃない、ただの通りすがりの助っ人」
「ほんと、ツれないわ。名乗ったのだから、名乗り返すのがマナーじゃない? でも……そこが良い、そこが良いの!」
「盲目……」
二刀流、そして更にギアを上げた速度。
壁を、天井を、地を這い回り幾重のフェイントを重ねている。
目の前でこうも死角、死角へと動き回られては普通ならば目で追いきれないだろう。
だが、ツカサは追う必要は無い。
女……エルザは、ツカサに背後から刃を突き立てる。
これまで、執拗に腹を、腸を狙い続けたが、ここで初めて別の部位を。それこそが最大にして最悪のフェイント。
そして、背中を刺した。突き刺した。肉を抉り、骨を裂き、捻りあげた。致命傷の一撃を……
そして……結果。
刺されたのは自分だった。
「……素敵」
腹部を突き刺し、そして貫通した致命傷。
鮮血が舞い、不快な感触が手に残る。
殺らねば自分が、そして後ろの3人が危ない。何より相手は異常者。
不可解な力の差を見せても、常人なら昏倒しそうな一撃を受けても、まったく怯まない。それどころか、活き活きとする始末。
「ツカサだ。別に即忘れてくれて良い」
ツカサは、突き刺したのと同時に、クルルを差し向けた。
力を込めたクルルの強力な頭突きを受け、刺さった剣ごとエルザは吹き飛び、盗品蔵の壁に激突。そのまま瓦礫の山に埋もれるのだった。
少女は横たわるロム爺の傷の具合を確認する。
一命こそ取り留めているが、治療はまだ完全には終わってない。まだ、少し時間が掛かりそうだと目算を立てていた時、雌雄を決した場面を見た。
深々と突き刺さる剣、舞う鮮血、吹き飛ぶ身体。無事に終えることが出来た事を見た。
そして、同時に……大の字で倒れる彼も見た。
ロム爺の治療もあるが、後回しにして問題ない事を再三確認して、倒れ込む彼に駆け寄った。それは、スバルも同じだ。
幾ら化け物女と言えど、身体に剣が突き刺さり、風穴が開いた上にぶっ飛ばされれば、終わりだ。終わりの筈だ。
「こんなの……何が良いのか、さっぱりだよ……」
倒れ込み、自身の手を見ていた。
何を意味する言葉なのかは、直ぐに解った。
助ける為とはいえ、危険人物だとはいえ、今 人を殺めた事の感触。人体を貫く感覚。命を奪う感覚は消えない。
その事を言っているのだろう、と少女は思った。
とても強いのに、人を手に掛けたのは初めてなのだと言うことも。
「すげえな、ほんとやべえ! 圧倒してる様に見えたんだけど、やっぱきつかったのか? でも、マジでありがとな、お前のお陰で、ハッピーエンドを迎えられそうだ、友よ!」
「ハハハ……それはどうも。3人目の友が出来た。随分と劇的な出会いがあったもんだ……、まあ、オットーの時も似たようなもの、だったか……」
スバルが駆け寄って、手を貸そう、若しくは握手を交わそうと伸ばした。
その手を握り、ゆっくりと力をいれて身体を起こした。そこに、少女とエルザを吹き飛ばしたクルルも合流。
「ほんと、終わったのね。ありがとう」
「お礼はあの子、フェルトにどうぞ。あの子の声がなかったら、ここに来れてないよ」
「………そう」
「まま、フェルトが彼を呼んでくれなかったら、俺達は全滅してたんだ。可愛い顔を歪ませず、スマイルで行こうぜ! 兄妹!」
「歪ませたりしてないし、解ってるわよ! すごーく失礼な気がする。それに、こんな弟要りません」
「うわっ! 辛辣なコメント!!」
頬を膨らませて、むくれる少女。笑う2人。
この倒壊し、殺伐とした修羅の場が和んだ瞬間だった。
「さあ、あのお爺さんには少し待って貰うから。貴方の方を優先するわよ」
「まあ、それくらいは我慢して貰っても良いと思うぜ! 徽章を盗んでなけりゃこんな事にならなかったんだし? ポコポコ何度も殺られて、ようやく助かった命だし? オレが納得させる!」
「何だか、貴方がそう言うのって、すごーく釈然としないのだけど。それに、何度も殺されるって言うのもすごーく変」
少女は手を翳して、ロム爺に施していた治癒の魔法を使う。
それを見たツカサは軽く手を振った。
「ああ、多分それは意味ないと思う。これは、治せる類いのじゃ無いよ」
「?? あっ、あれか! 力を、パワーポイントを使いきっちまったから、傷とかじゃなく時間じゃないと、消費は回復しない、ってやつ? エムピーとはまた違う感じ? って感じでどーよ!」
「?? ちょっと何言ってるのか解らない」
多分、恐らく、ほぼ間違いなく……眼前の男の方が、ツカサが探してる、調査していた原因系であることは、把握している。
最初の質問の時からだ。表情で察しただけだから、確実な言質は取れてないが、間違いないだろう。
街中で初めて出会うタイプ。着てる服もそうだし、口調もそう。怪しさで言えば、自分と大差ない。
自分自身は出会いが良かった。
直ぐに信頼された。
直ぐに終わったとは言え、世界を何百年も蹂躙し続けてきた魔獣:白鯨との遭遇。
そんな、決してツカサにとってここにも負けないくらい、とんでもない場面だった事が功を成したと言える。
今見たところ、この少女と男の関係性は薄そうだ。
それは兎も角として、また気を伺いながら、本題を聞いてみる事にしよう、とツカサは思った。
少なくとも、悪い人間ではないと言うことは解るから。強烈な悪い人間を見たばかりだったから、尚更思う。
今は、まだまだ手に残る嫌な感触。殺めてしまった事実と向き合う事に時間を掛ける方が良い。
どれだけ 時間がかかったとしても、拭いきれないものかもしれない………。
「ありがとう」
「?」
「私たちの為に、ありがとう」
そんな自分の心情を察したのか、いつまでも手を見る仕草から感付いたのか、効かないと言っているのに、癒しの光を当て続ける少女。
そして、男の方も 察したと言うより空気を読んだのか、この時ばかりは先程のような嫉妬心、対抗心をむき出しにすることはなく、頭を下げていた。
「腸を求められるより、こっちの方……だよね」
「はは、そりゃそーだ」
「そんなすごーく物騒な単語、もう暫くは聞きたくないわね」
ははは、と笑いあっていたその時だった。
背後から、殺気を感じたのは。
気を殺し、息を殺し、積み上がった瓦礫の山の音さえ殺し、出てきたのは 死んだ、殺したと思っていた殺人鬼エルザ。
ツカサには、奇襲による攻撃。意識の死角からの攻撃しか通用しないと結論着けた。エルザ自身の気持ちとしては、心行くまで堪能したい最高の相手ではある、が、彼女もプロの暗殺者。
気持ちよりも、結果を、成果を出す方を優先させると決めた。
そして、彼は後で改めて愛せば良い、と。
血と贓物を心行くまで……。
足音、全ての音を極限まで殺し、接近する。
気づけたのは、殺気を感じたツカサと、対角にいた男、スバル。
少女、効かないと言われても試したい、出来れば治したい、と治療に専念していて気付けない。
「危な――――」
背後から迫る凶刃。
それに、間に合わせるのは無理だった。身体を動かすのは無理だった。
ただ、叫び声だけは 出せた……、それだけだ……。目の前の恩人が鮮血に彩られる場面を想像してしまう。
最悪の光景。
助けてくれた人が殺されてしまう最悪の光景をスバルは幻視してしまう。
そして、スバルだけでなく、ツカサも同じくだ。
殺気を感じた、あの殺人鬼エルザが、あの致命傷から復活を果たした事を瞬時に理解したが、どうしようもない。
時間逆行の身体への負担に加えて、この戦いでの消耗。
「(
色んな最悪の可能性を頭のなかで巡らせる。
どうなるか解らない、最悪これで本当に終わりかもしれない。
力を発動させるには燃料である魔力、マナが必要だ。
ここまで、色々とズタボロになってる現状。最悪の想定をしてしまうのは当然。
それでも、不思議だった。
ツカサは、最後の力、と言わんばかりに気付いたら 暴風の化身 テンペストを前に放っていた。
治療してくれていた少女も、友と呼んでくれた男も弾かれる。
凶刃の範囲外へと。
この死に直面するとき、恐怖はあったが、自分よりも他人を護ろうとするような行動を取った事。
覚えてないが、自分はそう言うことを咄嗟に出来る。することが出来る男なのだ。
自分の命の方が大切、と考えるのが一般的だと思っているのに。
――――誇らしいな。
手を伸ばす2人を見て、軽く笑う。
でも、誇らしいかもしれないが、格好は良いとは言えない。助けに入ったは良いが、返り討ちにされてしまう形なのだから。
その時、誰もが想像さえしなかった事も起こる。
死んだと思われたエルザが復活を果たした事と同等クラスに驚くべき事が。
ツカサが開けた盗品蔵の天井。空が見えるそこから、1本の剣が飛来してきた。
それは、正確にエルザとツカサの間に突き刺さり、ツカサに凶刃が突き刺さるのを阻んだ。
「
そして、燃えるような赤い髪の男、ラインハルトがこの場に降臨したのだった。