Re:ゼロから苦しむ異世界生活 作:リゼロ良し
「逃げだ。逃げるしかない。――――全力で、逃げろ!」
たった今、目の前で。
暴虐の限りを尽くした男を消して見せた。安堵する声が上がるよりも早くに、ツカサの怒号が飛ぶ。
最前線、殿の位置にはツカサが、そしてそのすぐ後ろにはクルシュもいる。
他にもまだ戦える五体満足の討伐隊のメンバーが控えているが、真っ先に撤退、逃げろと指示したツカサの声に、直ぐに従えた。
クルシュに発破をかけられ、奮い立ち、白鯨に立ち向かっていった勇士たちなのだが、逃げと言う言葉に疑う事も無く、撤退する事に一致団結。
―――それほどまでに、狂気を内包していたから。白鯨が可愛く見える程に。
「ラムッ!! 急げ!! ランバート!」
「ッ―――――!」
「ギャオオオッ!!」
続くツカサの声とほぼ同時にラム、そしてツカサと共についてきたランバートも唸る。
この場から素早く離脱する為には、直ぐに竜車を、地竜を動かさなければならない。
速く足を用意し、撤退戦をしなければならない為、鬼族として、種としての格の違いを地竜に見せつけ、本能で感じさせ、迅速に確実に従えて動かそうとする。
ランバート自身は、地竜達と会話する事が出来るので、直ぐに指示通りに動く様にと仲間たちに向かう。
「良し、良い子ね。―――ツカサ! 今……………………」
――――この時、ラムは自らの死を
最初から最後まで、死の瞬間まであまりに生々しく痛々しく、ハッキリと覚えている。
一体何処から湧いて出てきたのか、小柄な男がラムの目の前、竜車を跳ね上げて出てきたのだ。濃い茶色の髪をひざ下まで伸ばした背丈の低い少年。身長はおそらくラムと同じかそれ以下。そして年齢も凡そ2,3歳は下だろう。
そして、何よりも感じるのは強烈な悪寒。
あの消し飛ばした男と同質のものを内包しているかの様な――――。
だがしかし、流暢にここまで考える事が出来るのは何故か?
身体は動いていないというのに、相手の姿、容姿、その手に持つ両刃の武器に至るまで、隈なく相手を観察する事が出来ている。まるで、時間の流れが緩やかに、凝縮されたかのよう。
そう――――これは走馬灯。
あのすべてを焼き尽くされた日。あの炎の日に、ラム自身も経験した事がある絶対的な死の予感。悍ましい笑みを浮かべ、人の物とは思えない鋸状の歯を剝き出しにしてくる。
「――――あァ、美味そうだ! どんなもんでも、一口目が一番そそられるッ!! 美味いのか、不味いのか、その瞬間こそが極上の
死と言う避けられない運命の流れが
遍く生きとし生ける者全てに、まるで予め決められていたかに思える。
そして、運命が齎したのは厄災。
だが。
「お預けだ糞餓鬼」
運命の流れ。
それさえも力づくで捻じ曲げ、押さえつけ、平伏させる事が出来る人がここにいる。
「ァァ?」
持ち上げられた身体、浮遊感を感じる身体。
ただ、それだけは解るが、今、たった今、自分に何が起きたのか全く理解できなかった。
「おかしいね!? おかしいよ!? おかしいさ!? おかしいかも!? おかしいとも!? おかしいじゃない!! ぜっっっっったいあり得ないッッ!!」
宙に投げ出されたかと思いきや、次に迫るのは巨岩。
超高速で迫ってくる巨岩を、混乱極まる思考の中、回避する事も出来る訳もなく、それは直撃。
「――――――――!!」
そして、吹き飛ばした先に居るのは、つい先ほどまで消えた、と思われていた男の姿。
この刹那のタイミングで、土中から、地面を吹き飛ばす勢いで出てきた。
―――アレの力……権能、それを利用する……!
「消し飛べ!」
迫りくる全てを例外なく粉砕してのける白い男に小柄な男をぶつける。
竜車であっても、風の刃であっても、大地の一撃であっても、全てをまるで無抵抗のままだというのに、粉砕していく。風も大地も人も地竜も、その前には例外なく粉微塵にされる。
どういった能力かは把握出来ていないが、強力過ぎる力は、己が身、―――その仲間にも牙を向く事を思い知れ。
ラムの窮地を救ったのは当然ツカサだ。
見事に、襲撃者からラムを救って見せ、その相手はテンペストで巻き上げ、無防備な所を、ジ・アースの巨岩で強烈な一撃を見舞わせた。
ただし、この時ツカサはミスを犯した事に気付いていない。
そもそも―――彼の力ならば、最初のあの男の襲撃をも回避する事が可能だった筈だ。
竜車が吹き飛ばされ、何人も犠牲となった。続いて回避しようとしたが、理解できないとてつもない破壊力を前に、再び失った。
だが、それでも回避できるだけの力をツカサは持ち合わせている。
未来を知り、過去へと戻る事が出来るという力は、それほどまでに凄まじい能力だから
だが、それをせず、今に至る。断っておくが、ツカサはただ彼らを見捨てたという訳ではない。命に優劣をつけたという訳でもない。
今何よりも必要なのは、皆が無事で助かる為には、敵の情報。それを一にも二にも、三にも考えていたからだ。
今回の敵は、白鯨の様な未来を見ても回避不能な物量戦じゃない。
力こそは圧倒的だが、一個人が相手なのだ。
難しいかもしれないが、やりようはある、逃げる事も出来る筈。だからこそ情報収取に全力を尽くし、最後には戻るつもりだった。
この巨大な、強大な敵から身を守る為に、皆で帰るために、1つでも情報を持ち帰る事が目的だった。
―――――いや、違う。
ツカサは、ミスを犯した事など本当は解っている。
それでも――――頭ではわかっていても、ミスであるとは、認めたくなかったのだ。
例え、終わる世界だったとしても、例え戻れたとしても、認めたくなかった。
止めれるのなら、止める事が出来るのなら、何度だって同じ事をする。申し訳ないとも同時に思う。なぜなら、今命を落としてしまった戦友たちにしてみれば、贔屓だと思われるかもしれないから。でも、それでも許してもらいたい。
ラムが
ラムを助けた事が、
そして、ツカサが投げた
「ァァァァッ!! やってくれたね! やってくれたよ! やってくれたさ! やってくれたな! やってくれたかも! やってくれたとも! やってくれたじゃない! やってくれたんだな!! ――――良いネェ良いネェ! この飢餓!! この空腹感以外に!! 感じる
届く事は無かった。
あの小柄な男の身の熟し……尋常じゃない。コンマ数秒レベルの世界で、あの状況で巨岩から脱出しただけでなく、悠々自適に歩いてきているのだ。
そして、言わずもがな、背後の男もそう。
その衣服は傷1つ無い。巨岩の破片が、明らかに今男がいる場所に直撃した筈なのに、なんでもないように立っている。
「何者なのだ、お前たちは――――!」
クルシュもこの異常性に思わず身体の芯が震えていた。
白鯨を前にしても、一切引かず諦めず、仲間たちを奮起させ、最後の最後まで抗った戦乙女と呼ばれる豪の者でさえも、次元が違うと言わざるを得ないからだ。
そのクルシュの震え、恐怖する背後の者たちに、多少なりとも気を良くしたのか、小柄な男は、後ろから歩いてくる男よりも先に、前へ前へと出て、高らかに名を、【魔女教大罪司教】と宣言――――する事は出来なかった。
「お前らから名乗る必要は無い。時間の無駄だ。――――魔女教の暴食と強欲。レグルスってヤツとライってヤツだな」
間に割って入るが如く、立ちはだかった男がいるからだ。
無粋であり、無礼であり、癇に障るとはこの事。幹部に対しての扱いがあまりにも雑。
だが、それらの感情を全て押しのけて、ただただ疑問だけが支配していく。
そう、目を丸くさせる小柄な男―――ライ・バテンカイトスは再び奇妙な感覚に見舞われていた。
そう、あの時、ラムを襲ったあの時にも感じたこの感覚。
「あのさぁ?」
ただ、もう1人の男は違う様だ。
頭をボリボリと掻きむしりながら、心なしか言葉に刺々しさが出つつ、歩く速度も上がった白い男――――レグルス・コルニアスは、視線を細め、顔を歪めて、にらみつけてきた。
「そろそろ、いい加減にしてくれないかなぁ。君はどうやら僕の名を知ってるって事は解った。でもね、僕は君を知らないんだ。それって僕だけ知られてるのに、不公平じゃない? 一個人の情報の漏洩、即ち僕の私財を君は奪った事に相違ないって事になるよね? まぁ別に構わないよ。名前くらいなら心の広い僕だから、ある程度は見逃してやる気にもなるし、それに名乗りたくないのなら別に僕は君の名なんか必要としてる訳じゃないし、無欲な僕が得たい知識なんてものもたかが知れてる。でも、幾ら平和が好きな僕でもあまりに礼儀知らずな君を見ると流石に我慢の限界ってものがあるんだよ。解る? 礼儀に関してはさぁ、人間関係を始めるにあたってもまずは名から知るべきだし、お互いを知っていく事から始まるよね? 僕はこれでも気遣いが出来る方だから、なるべく誰とでも友好的に社交的に、打ち解けて接していきたいと心がけてるんだ。常々そう思ってるって言ったも過言じゃない。まず、安心させるための土壌づくりから始めて、徐々に構築していって、新しい繋がりの輪が出来る。それが円滑で円満な人間関係の構築って言えるんじゃないかな? もちろん、恩着せがましい事はいうつもりは毛頭ないし、ずげずげと明かすわけでもない。でもやっぱり、僕が知らないうちに、知られちゃってた、って事、僕は知らないのにそっちは知ってるって事、それは僕の数少ない私財を無礼にも奪い取ったって事なんだよね? 無欲で理性的な僕に対する権利の侵害をしたって事だよね」
「…………」
まくし立ててくるレグルス。
最初から怒気をはらんでいたのは気付いていたが、それ以上に狂気が口から言葉が紡がれる度に、大きくなっていく。
「今度はダンマリか。権利を侵害してる、って指摘してるのにダンマリって事はもう認めてるって事だよね。聞いてる筈じゃん、聞こえてる筈じゃん。その耳がついてるならさぁ、そっちでは会話は出来てるんだしさぁ、僕だけ除け者にしてるって事になるのか? つまり差別主義者って事になるわけだ。権利の侵害だけでなく、差別を息をする様にし続けるって、人間としてどうかと思うんだよね――――――どこまで僕を蔑ろにする気だ?」
言葉の語気がこれまでにない程強張り、強くなり、狂気が膨らんだのを察した瞬間。
いや、瞬間、などとは言えない。
明らかに怒っている筈なのに、レグルスの初動はあまりにも遅い。
だらりと無造作に腕を下げて、その下げた腕が振り上げられた。一瞬、微かな風が巻き起こった。
その直後―――大地が割れる。直線状の大地、いや、大気、否、世界。―――全てが割れた。
そして、同時にくるくると舞い上がるのはツカサの左腕。
肩から腕にかけてが綺麗に両断されており、血しぶきをまき散らして地面に落ちる。
その衝撃は凄まじい。だが、それ以上に凄まじいのはあまりの切れ味の良さ。あの動作で、何故ここまで鮮やかに、筋肉・骨・神経、全てにまるで隙間を開けた、と思える程の斬撃を放つ事が出来るのだろうか。
実際に見た訳ではないが、細胞の1つ1つが一切潰れてない様に思える。仮に素早く腕を取り戻し、それを接合させれば、即つながりそうな予感がする。離された事を理解しているのは、常に流動している血液だけで、他の細胞たちは離された事にさえ気付いていないかの様。
「――――?」
そんな未来を、レグルスは
振るった一撃はツカサを割り、その次いでに世界を割った筈だった。
だが、今眼前に広がる光景は一体なんだろう?
確かに大地や世界は割れた。綺麗に世界に切れ込みが入っていて、その先は地平線の彼方。何処まで続いているかわからないだ。
なのに、目の前の男の腕は健在。
まるで……無かった事にされた。
そう――――
「―――――今何をした?」
「…………」
「答えろ! 話しかけてんだからさぁ! 相槌の一つくらい打つのが当然ってもんじゃないの。人として当たり前のことがどうしてできないわけ?」
「いきなりやってきて、いきなり仲間たちを殺して、いきなり腕を斬ったヤツに人として当たり前がどうとか言われたくないがな。―――と言うか、最初のヤツはもう忘れたのか? ああ、許してくれたのか? 人の頭飛び越えて、ってヤツ。随分優しいんだな」
「それは黙ってた君が、突然話し始めたからだろ? 会話のキャッチボールってヤツが途切れたからこその結果だろ? 幾ら僕が優しいからって、不遜な態度を取られたら黙ってられないよ。そもそも最初の頭を飛び越えたヤツ? 僕が許した? そんなわけないじゃないか。考えてみればわかる話だ。人を跨がない、なんて幼子でも覚える作法だ。当然言おうと思ったよ。ただね、指摘の順番を変えただけであって、僕が言おうとした事実は変えられない。なのに何、さも言い負かしてやった感出しちゃってんの? 幼稚もここまできたら極まってるね。デカい図体していて幼稚とか、歪で欠落した自分の在り方、意識しなきゃかえれるものもかえれない、なんでそれに気づかない訳? 知らず知らずのうちに、心を土足で踏み荒らし続ける人生を送ってるって事に全く気付けない、哀れで醜い欠落者なんだな、君は―――」
レグルスは、次により大きく腕を振るい、今度は両断するのではなく、世界を粉砕させる
「!!」
ボゴンッ! 轟音と共に、レグルスの身体が
比喩ではない。綺麗に90度傾いた。
「お前のそれが一体どういう理屈なのか、全くわからないが、
この男、レグルスには何をしても効かない。
これまでで検証済みだ。
竜車をぶつけても、巨岩をぶつけても、風の刃をぶつけても、
そして、その手から繰り出される攻撃は凶悪無比。
同じ場所に存在を許さない、と言わんばかりの代物だ。
凡その予想では、腕を振るう事で鎌鼬、魔法に似たナニカを形成させて両断する。
あの刃の発動のトリガーはその手の動作。
だが、そこでレグルスの攻撃を完結させるには早計過ぎる。
あの巨大橋を粉砕する時も、腕を振るってなかった。
本当に歩いてきただけだった。
つまり、何かをする都度、レグルスがそこに破壊を求めたなら、それに力が応え、破壊する必要のないものと判断したら無傷のON/OFFが出来る。
動作の全てが攻撃手段であり、防御手段でもある。はた目からみれば、全く予備動作無しでの攻撃をし、全く防ぐ気が無いのに、全てを遮断する、と言う性質が悪すぎる力だ。
加えて、一体どういう原理なのか、絡繰が理解出来ない。単純に想像するのは攻撃無力化、身体無敵化。想像したくはないが、そうでもないと説明がつかないのだ。
だが、ツカサが着目したのはレグルスの立っている足元。
先ほど、レグルスを視界から消したのは、実は地面を陥没させただけなのだ。
ジ・アースの応用。地面を隆起させ、岩、砂利、―――大地を以て攻撃をする魔法なのだが、隆起させるという事は地形を変えさせるという事、つまり大穴を開ける事も出来るのだ。
大地の奥、100m以上はあろう深さにまで突き落としたが、大地を割りながら平然と戻ってきた。
戻ってきた事には驚かないが、戻る際、【上や横に進む】時は、その障害になるものは全て例外なく問答無用の破壊を以て押し通っている。
だが、着地し、悠然と歩いてきている。
「お前と話してる暇はない。考える時間が欲しい。―――少し空で遊んでろ」
「――――――――ッッ!」
抉り出された大地と共に、レグルスは発射された。
途中で抉り出された地面は粉微塵にされるだろうが、一度宙を飛び、吹き飛ばした後であれば 相応に時間が稼げる筈だ。
「何せ――――」
「そろそろ良いかナァ!!? オレ達の空腹感! 飢餓感!! 満たされないこの暴食!! 味わっても良いかナァ!?? 待たされたな! 待たされたよ! 待たされたさ! 待たされたとも! またされただろうさ! 待たされたんだろう! 待たされたからこそ、もう暴飲!! 暴食!! ――――お預けは、説教よりも嫌いな事なんだよなァ。僕たち、オレ達は再認識したよ」
「変なのがもう1人いるんだ」
狂人を1人退場させた所で、またもう1人いる。
大罪司教との連戦とはこう言う事なのだ。
ただ、お行儀よく待ってられる様な性質じゃない事くらいわかるのが、この【暴食】と言う存在だ。
それはつまり、レグルスと言う【強欲】が別格なのかもしれない。
下手にあの男の攻撃範囲内に入れば相応の被害を被る。だからこそ、
「――――ラム、クルシュさん、動けるか? 立てるか?」
「あ、ああ。問題ない」
「……大丈夫よ」
死を
クルシュもそうだ。
あのレグルスの一撃の元、身体を両断されてしまった身体を見た。形容しがたい痛みも感じた。
だが、それらが全て夢だったかの様に、悪夢だったかの様に、覚めれば四肢はついているし、身体はバラバラになっていない。
あまりにも不可解で不気味で、人が踏み込んで良い領域を超えているとさえ思えた。
だが、断っておくが、クルシュも当然ラムも、死地だから言ってツカサ一人に任せて良い、と考えている訳ではない。
如何に強大な敵であったとしても、如何に動けない程の恐怖を味わったとしても、クルシュもラムも、己の命惜しさに全てを丸投げして任せたりなど出来る訳がない。
クルシュは己が通ってきた道を進む為、そしてラムは愛しい人を守る為。
この身など惜しくない、と思っているから。
だが、今回に限っては話は別だ。
逃げろ、待て、攻撃するな。
全てそれに従っているのだ。
臆したわけじゃない。それが最善であり、この窮地を脱する為に必要な事だと判断したから。
敢えて言うとすれば、不甲斐ない自身に嘆いている。―――その時間さえ今は惜しいから、心の中では吼え続けている。
「事態は何も好転してないけど、時間は稼げた。
その次の瞬間だった。